100日後に死ぬ彼女

変愚の人

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また、あの夢を見た。





*

崩れていく3棟のマンション。失われていく人々の命と日常。
私はそれを、ただ茫然として見ることしかできない。
現場に押し掛けるマスコミに取り囲まれ、私はただ何も言えず、崩れ落ちる。



遂に、ツケは払われた。これ以上ない、最悪の形で。



……そして、強烈な後悔と絶望を感じながら、夜半に目が覚めるのだ。

*

「……くっ……」

もう、10年も同じ夢を見ている。にもかかわらず、一向にこの最悪の目覚めには、慣れそうもなかった。

横の妻は、静かに寝息を立てている。彼女を起こさないよう、私はキッチンへと向かい、睡眠薬のレンドルミンが入った紙袋を手に取った。こいつとも、もう10年の付き合いになる。

コップに水を入れ、錠剤を流し込む。年々効きは悪くなっているが、それでも1時間以内には眠れるだろう。私は寝室に戻り、ベッドに潜り込んだ。

妻からはずっと、ちゃんとした睡眠障害の専門医に診てもらうように言われている。私もできればそうしたい。
しかし、それは絶対にできない。この悪夢の原因は、何より一番私が理解している。
もし医者に診てもらうことになれば、この原因を話すことになるだろう。それは、私が築いてきたものを、全て失うことに繋がる。



悪夢の原因、それは……



そこで、睡魔が襲ってきた。

*

「水元ちゃん、今日は調子悪かったじゃないの」

向かいの少し日に焼けた男が、ハヤシライスを食べながら口の端を上げた。それを聞いた、隣の禿かかった男が苦笑する。

「それでも水元が一番スコアいいんだがな。80切れなかった程度で調子悪いと言われたら、俺たちは何なんだ」

「まあでも、こうやってたまに同級生4人で集まってゴルフするのは、やっぱ楽しいものだねえ。というか、クラブハウスの飯旨くなってない?」

斜向かいの少し太めの男が訊いた。

「確か、クラブハウスの運営に高級フレンチをやってる企業が参入したらしいな。ゴルフブームに乗って、富裕層を取り込もうとしてるらしい」

「さすが三友地所の幹部候補。情報のアンテナが広いねえ」

「煽てても何も出さんぞ、丸井」

丸井と呼ばれた浅黒い肌の男は、私の言葉にヘヘっと笑った。

「まあ金ならもう心配はないんだけどな」

「は?」

「いや、最近流行りの『FIRE』、俺もすることになってね。9月末で大泉建設を辞めることにした」

私を含む、3人の目が丸くなった。FIREーー投資で財産を作って早期退職するのには、1億円ぐらいは必要と聞いている。丸井にそんな金があるとは、初耳だった。

「本当か?」

「ああ。株で一山当ててね、働かなくても大丈夫なぐらいには金融資産ができたのよ。身辺整理をして、来年頭にはベトナムかタイに移住するつもり」

「すげーな。お前にそんな才能があるとはねえ」

禿かかった男、大仏が唸った。

「でも、お前も大泉では結構出世してたんだろ?」

「まあな。でも、やっぱ50近くなったら大事なのは自由よ、自由」

「それは独身貴族だから言えるんだよなあ、羨ましいよ。子供がいて、マンションのローン抱えてる身じゃそんな決断はできんわ」

小太りの柳沢が肩を落とす。ククっと丸井が笑った。

「まあ、どの株が上がるかぐらいは教えてやるよ」

「今教えてほしいもんだけどな」

「ま、それはおいおい、な。そもそも、お前らも社会的には俺より上だろ」

それはそうかもしれなかった。私は三友地所の総合開発部第一部長、大仏は国土交通省のキャリア。そして柳沢は、世界的に有名になりつつある建築家だ。
大手ゼネコンの管理職である丸井も、世間一般に比べれば成功している方ではあるが。

「ったく、ケチくさいな」

「ハハハ、さすがに今日のラウンド代と飯代は俺が奢るよ」

「でも、もう頻繁にこうやって4人で集まるのは無理そうだな」

柳沢が寂しそうに呟いた。少し、しんみりとした空気が流れる。

「……何、たまに日本には戻るから安心しろって」

「そ、それもそうだな」

柳沢はハヤシライスをスプーンですくった。大仏が「そうだ」と手を叩く。

「せっかくだから一度自由ケ丘のエバーグリーン、見に行かないか?俺たちがここまで成功したのは……」

「……大仏」

私は彼を睨んだ。大仏はハッとしたように固まる。

「……そ、そうだったな……」

「俺は構わないけどね。もう10年、何事もなかったんだ。国を離れる前に見ておくのも悪くない。大仏ちゃんの言う通り、今の俺たちがあるのは、あそこのお蔭だ」

丸井がナプキンで口を拭う。彼の言うことは、確かにその通りだ。

エバーグリーン自由ケ丘は、自由ケ丘の一大開発プロジェクトだった。高級専門店を揃えた商業施設を併設する、大型高級レジデンス。
30前半でその担当になった私は、サラリーマン人生の浮沈をかけてこの案件に打ち込んだ。施工会社の丸井、設計とデザインを担当した柳沢、そして官庁として許可を出した大仏も、この案件に賭けていた。
それは見事に成功した。高級イメージにも関わらずリーズナブルな設定の販売価格、そして自由ケ丘という街のイメージに沿ったデザインとブランディングは、たちまち評判となった。
竣工から10年経った今でも、エバーグリーン自由ケ丘は街のランドマークであり続けている。あの仕事は、確かに私の、私たちの誇りだ。



……ただ一点の、重大な瑕疵を除いては。



「水元ちゃん、まだ、気にしてるのか」

低く、小さな声で丸井が私に言った。

「……それはそうだろう」

「大丈夫、10年何もなかった。あのことは、忘れた方がいい」

「……ああ」

丸井の言う通りなのかもしれない。私は考えすぎているだけなのかもしれない。


それでも、万が一。万が一のことが、ないとは言い切れない。
だから私は、10年間眠れないのだ。


*

ゴルフから帰った私は、書斎のノートPCを開いた。休日でも会社から連絡は来る。メールに一通り目を通してから、夕食を採るのが私の習慣だ。
大体は工事の進捗状況に関するメールだったが、その中に見慣れないアドレスがあった。
……フリーメール?スパムメールは弾く設定になっていたはずだが。

題名は「水元敬士様へ」とある。私の名を知っている誰かか。うちの会社は、個人情報の流出には人一倍気を遣っているはずだが。

添付ファイルはない。ウイルスメールでは、どうもなさそうだ。変なURLを踏まなければ、無害なメールではありそうだ。
すぐに削除するつもりで、私はそのメールを開いた。

*

水元様

突然のメール、大変恐縮です。身分は明かせませんが、私のことはアイとお呼び下さい。
ある事実について確認したく思い、ご連絡させて頂きました。

単刀直入に申し上げます。エバーグリーン自由ケ丘の耐震設計に、問題はございませんでしょうか。
さらに具体的に申し上げれば、免震構造の一部が手抜きとはなっておりませんでしょうか。

本件、重大な事故に繋がりかねないと認識しております。
もし内部告発のお考えがあれば、是非とも相談に乗りたいと考えております。

勇気を持ってご連絡頂けることを、心より願っております。

アイ

*


……何だ、これは。


血の気が一気に引くのが分かった。なぜ、私たちしか知り得ないことを、このメールの差出人は知っている?
丸井たちの知り合いの誰かか?いや、この事実を漏らすほど馬鹿な奴らではない。
私も、墓場まで持っていくつもりだ。妻にも、この事実は知らせてはいない。


だとしたら、どうしてこのメールが?「アイ」とは一体、何者なのだ?


*



その日見た悪夢は、普段よりずっと鮮明だった。レンドルミンも効かないほどに。




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