100日後に死ぬ彼女

変愚の人

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「今日も随分並んでるな」

俊太郎が呆れたように呟く。ビルを取り囲むようにできている行列は、ざっと5、60人くらいかな。

「こりゃ2時間コースだねえ。今日は何だっけ?」

「ズワイガニとキウイ」

「キウイ?そんなのラーメンに使うなんて聞いたことない」

「僕もだ。どうする?並ぶの嫌なら諦めるけど」

「いやー、そんなレアなの食べない手はないでしょ」

あたしはニマっと笑い、俊太郎の手を取った。
デートの時、あたしたちは大体まずラーメンを食べる。2人の共通の趣味の一つというのもあるけど、並んでいる間ゆっくり話せるというのも大きい。

中でもここ、「総本家」はお気に入りだ。最初に俊太郎が連れてきてくれた店だけど、とにかく色々強烈なお店なのだ。
まず、スープが違う。普通のお店じゃ決して使わない食材を惜しみなく寸胴に入れ、徹底して煮出す。それを濃厚な醤油タレと合わせてできたスープは、凄まじいほどの中毒性がある。
前に来た時は夏のインターンの前だったけど、その時のスープは確かスッポンだった。食べ終わった後にやたらと身体が火照ってしまったけど、深いコクがあってとにかく美味しかった。

もう一つの特徴はご主人だ。まるで仙人のような風貌で、お弟子さんと2人で切り盛りしていている。
とても気さくな人で、ご主人との会話も結構楽しみだったりする。なお店内のBGMはご主人のカラオケで、なぜかやたらと上手い。
ラーメン界では、ご主人は伝説的な人なのだそうだ。ちょっと前に亡くなった「ラーメンの鬼」とは親友だった、らしい。

そんな「総本家」だから、2時間ぐらい並ぶのはさほど苦じゃない。
列の最後尾に着くと、あたしは俊太郎の頭を撫でた。

「……何だよ」

「んー?いや、なんとなくね。ここに来るのも、結構久しぶりだねえ」

「……夏の間、ほとんど会えなかったからね」

俊太郎の表情が、少し暗くなった。1ヶ月以上も続いたインターンの期間、あたしたちはろくにデートもできなかった。
やっと解放されたのが2週間前だ。その時の俊太郎が凄く不安そうに「会いたかった」と言ってきたけど、寂しかったのはあたしもだ。
だから、月曜に会って間もないのに、こうやって今日も誘った。できるだけ長く、心も身体も繋がっていたかった。

「……例の夢、また見たの?」

「いや……違うのを見た。あまり言いたくないけど、ろくな内容じゃない。一度、カウンセラーか何かに診てもらった方がいいかも」

俊太郎はかなり参ってそうだった。思わず抱き締めたくなったけど、さすがに人目につく。代わりに握っていた手に、少しだけ力を込めた。

「大丈夫、あたしはどこにも行かないから」

俊太郎はちょっとだけ涙目になって、すぐに目を手で擦った。

「……うん」

俊太郎は、基本的に自己評価が低い。東大に通えるほど頭がいいのに、やたらと自分を卑下したがる。
ルックスだってそうだ。ちゃんとしてたら、下手なアイドルよりずっと整ってる。あたしの友達が俊太郎を可愛いと言っていたのは、多分お世辞でもなんでもない。それでも、俊太郎は自分に魅力がないと思い込みたがるのだ。

もちろん、俊太郎は単なるネガティブな陰キャじゃない。優しいし、結構気が利く。
何より、あれで結構男らしい所もあるのだ。


あたしは、俊太郎と初めて会った時のことを思い出していた。


*



それは、去年の7月の末、蒸し暑い夜だった。



*

「いや、だから二次会はいいって」

ニヤニヤしながら、目の前の金髪の男があたしの手を掴んだ。酒臭い息が髪にかかり、すごい不快な気分になった。

「そんなこと言わないでよお。木ノ内ちゃんが来なきゃ盛り上がらないんだって」

男の後ろでは、あたしと一緒に来た優結が別の男に絡まれていた。彼女は酔って意識が朦朧としているみたいで、男のされるがままになっていた。

しまった、こんな合コンに来るんじゃなかった。

セッティングは同じゼミを取ってる葵だった。遊んでいるという噂があって進んで絡もうとしなかった子だけど、彼氏と別れてしばらく経って人寂しかったからか、つい合コンの誘いに乗ってしまったのだ。
合コンが行われる創作料理の居酒屋に着いてすぐ、あたしは来たのを後悔した。

……「ヤリモク」だ。

男たちがマトモな大学生じゃないことを、すぐにあたしは理解した。
葵は慶應の子だって言ってたけど、本当かはかなり怪しい。もし本当だとしても、浅く焼けた肌とこれ見よがしのアクセサリーが、彼らが近付いてはいけないタイプの連中だとあたしに語っていた。

一次会の間、男たちは執拗に酒を飲ませようとしてきた。葵はもう男の一人と姿をくらませている。
あたしは適度にあしらって時間が過ぎるのを待った。上手く切り抜けられるだろうと思っていたのだ。

……甘かった。

優結の手を引いて帰ろうとした結果がこれだ。少し歩けば道玄坂のラブホ街がある。こんな連中に半分無理矢理なんて、最悪過ぎる。

「だから嫌だって言ってるでしょ!!」

「えー、いいのかなあ?お友達、一人じゃ寂しそうだよお?」

葵と違って、優結はあたしの大切な友達の一人だ。あたしだけ逃げたら、優結はメチャクチャにされてしまうかもしれない。そんな友達を売るような真似は……あたしにはできない。あたしは自分の愚かさに、唇を噛んだ。



その時、あたしと男の間に、誰かが割って入った。



「僕の彼女に、何か用ですか」



そこにいたのは、小柄な男の子だった。中学生?……いや、こんな時間に中学生がいるはずがないから、多分高校生かそれ以上なんだろう。
もちろん見覚えはない。……誰だろう、この子。

「は?」

「しつこい男に絡まれて困ってるという連絡が彼女からありまして。それで来たんです」

男はハハッと笑ったかと思うと、その子の胸ぐらを掴んで凄んだ。

「……てめえは引っ込んでろよ」

「引っ込むのは、お前の方だ」

男が殴りかかろうとした、その瞬間。


ドスッ


「か……はっ……」

男が苦痛の表情を浮かべ、うずくまっている。何が起こったんだろう?

そしてその子は優結の方を見ると、呆気に取られている別の男に静かに言った。

「同じ目に遭いたいか?」

「て、てめえっ……」

男はその子に詰め寄ろうとして、足を止めた。野次馬が集まって、騒ぎになり始めている。

「こ、のガキっ……!」

「颯真、ヤバイぞっ?警察が来たら『AD』のことがバレるっ」

起き上がろうとしていた男の顔色が変わった。

「……!!チッ、引き揚げるぞ」

男はペッと唾を男の子に吐き捨て、もう一人と共に渋谷の奥へと消えていった。

あたしは優結を抱き抱える。気持ち悪そうにしているけど、特に問題はないみたいだった。

「あ、ありがとうございます。……本当に助かりました」

「たまたま通りがかっただけですよ。とりあえず、駅まで送ります。連れの人は大丈夫ですか?」

「優結、起きてる?」

「ん……ぐ……だ、大丈夫じゃない、かも……どこかで、休ませて」

優結は一人では帰れなさそうだ。どうしたものだろうと思っていたあたしに、彼は近くのビジネスホテルで一晩を明かすことを提案した。お金は彼が持つという。

「え……?そんな、悪いよ。だってあなた、まだ高校生とかじゃ……」

「あ、一応これでも大学生なんです。あと、お金は十分ありますから」

「でも、助けてもらって、ホテル代までなんて……」

「いいですって。僕がしたいだけなんです。僕は別の部屋で寝ます。終電、もうなくなりそうですし」

そもそも、彼は何者だろう?酔っていたとはいえ、男を一発で倒しちゃうんだから、空手か何かやってたんだろうけど。

「でも、何から何までしてもらって、お礼もなしなんて。ていうか、あなたは?」

彼は竹下俊太郎と名乗った。大学で勉強していたら、こんな時間になってしまったという。
たまたま近くのラーメン屋で遅い夕食を採っていたら、あたしたちを見掛けたということ、らしい。

「でも、何であたしたちを助けようなんて」

竹下君と名乗るその子は、目を丸くした。しばらく考える素振りをして、彼は苦笑した。

「……何ででしょうね。普段の僕なら、絶対にしないのに」

「そうなの?」

「何か、放っておいちゃいけない気がして」

ハハ、と彼は頭を掻いて笑った。

「とりあえず、ホテルに行ってチェックインしましょう。大丈夫、ラブホじゃないです」

*

ビジネスホテルに着くと、あたしは優結を寝かせた。少し吐いたけど、酔いはそこまで深刻なものじゃなさそうだった。

竹下君、って言ってたっけ。善意から色々してくれたのだろうけど、このまま何もしなくていいのだろうか。
朝になったら、彼はふっとそのまま消えてしまいそうな気がする。せめて、連絡先ぐらいは交換しないと。

優結が寝たのを確認し、あたしは時計を見た。午前2時。さすがに遅すぎるだろうか。
あたしは自分の電話番号とLINEのアカウントをメモに書き、竹下君がいる隣の部屋に向かった。ドアの合間からメモを入れることぐらいは、できるはずだ。

ドアを開けると、竹下君が部屋に入ろうとしている所だった。

「待って」

「……!木ノ内さん」

「良かった……これ、あたしの連絡先」

「あ、ありがとうございます」

彼は少し戸惑っている様子だった。これは、いい機会かもしれない。

「ちょっと、話せる?あなたのこと、もう少し聞かせて」

*

その夜は色々話した。彼が東大の1年生だということ。身体を鍛えるためにボクシングジムに通っていて、だから男を倒せたのだということ。
何であたしたちを助けたかは本当に分からないけど、今になって怖くなり、寝付けずにビールを買っていたこと。そして、意外とオタクで、あたしとは結構……いや、かなり趣味が合うこと。


気が付いたら、夜が白み始めていた。


*



そうやって出会ったあたしたちが男女の仲になるまでは、そう時間がかからなかった。



*

「何ニヤニヤしてるんだよ」

「ううん、俊太郎と会った時のことをね」

俊太郎の顔が、少し赤くなった。

「……そうか」

「俊太郎はあたしの恩人なんだからさ。ああやって助けられる勇気のある人なんてほとんどいないんだから、もっと自信持ちなよ」

「そう、だな……って、あ」

俊太郎が何かに気づいて顔を上げた。店の方から、がっしりした体格の男の人が手を振ってやってきている。半袖のワイシャツに、スラックスという姿だ。

「仁さん!」

「よう。やっぱ来てたか」

結構親しげな感じだ。俊太郎の知り合いかな?

「そりゃズワイガニ、しかもキウイですから。今日はお仕事なんですか?」

「ん……まあ、な。嫁と娘はぶーたれてたが」

「出来はどうでした?」

「旨かったよ。93点と家元が言ってたが、期待にそぐわぬ味だったね。……そっちは彼女さんか?」

「ええ」

あたしは頭を下げた。俊太郎の知り合いかな?

「あたし、木ノ内由梨花っていいます」

「そうですか、初めまして。毛利仁、といいます。竹下君とは、よくラーメン屋で一緒になるんですよ」

俊太郎はかなりのラーメン通だ。この人も、そういう流れで知り合ったのかな。

「こちらこそ、初めまして」

あたしはふと、名刺を持っているのに気付いた。インターンの時の習慣みたいなものだ。
バッグから名刺入れを取り出し、慌てて差し出す。

「最近の学生は名刺常備なんだっけな。早稲田の商学部……俺の後輩か」

「そうなんですか?」

「俺は政経だったけどな。っと、こっちも名刺を出すのがマナーだね」

毛利さんは、胸ポケットから名刺入れを取り出した。名刺には、こう書かれてあった。




「警察庁特務調査室 警部 毛利仁」




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