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少年期

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 毎朝の訓練では相変わらず、男性教師は容赦なく木の剣を振るっていた。半ば物置部屋のようにあちこちに鎧やら武器やらが陳列されている訓練場は人気もなく、訓練中何が起きたとて誰にも気づかれない。レーヴェぐらいしか使うものもいないのか、空気がこもって埃の匂いがする。

 訓練場の木の剣とはいえ、子供が大人の斥力で剣をぶつけられてはひとたまりもない。いつもの如く、レーヴェの木の剣は手から弾き飛んだ。

「またか、レーヴェ王子。貴方はいつもいつも訓練で剣を手放しているな。さあ腕を出しなさい」

 だが、今日はいつもと違った。

「それは貴方の教えかたが下手だからでしょう」

 レーヴェはこれまで従順とは言い難いものの、反抗はしてこなかった。しかし、今日は違った。眼光は鋭く、まるで男の罪を咎めるように嫌悪感に満ちている。

「なんだ、その態度は」

「見ての通りですよ。敬えない人を教師をするのは辞めたのです」

「……!そうか、そんなに痛めつけられたいのか」

 第二王子の教師役を務めるだけあって、男は立派な経歴を持っていた。傭兵を経て騎士団に努め、役職も手に入れた。だからこそ、子供に舐めた態度を取られたことが男のプライドを傷つける。

「教育をしてやろう、レーヴェ王子」

「それはどうかな」

 男性教師が木の剣を力のままに振るった。レーヴェは何も持っていない。ひとたまりもないことは明白だ。

「ハンス!」

「はいっ!」

 背後に人の気配が現れる。背後の影は男の足に縄を投げ、引っ掛け、思い切り後ろに引っ張った。

「なっ」

 少しだけバランスを崩した男性教師にレーヴェは足技をかけた。いいや、足技というより渾身の力で足を蹴ったという方が近い。

 抵抗する間もなくドサっという音と共に男性教師が倒れ込む。すかさず二人は男性教師の上に飛び乗った。

 そしてレーヴェは懐からナイフを取り出すと、男性教師の首に添わせた。

「動くな」

「こっ、こんなことが許されると思っているのか」

「そりゃこちらん台詞や!」

 ハンスは縄を巻いて拘束を強める。男性教師がそれに抵抗したので、レーヴェはナイフがあることを思い出させるために肌に直接当てた。

「お前は誰に泣きつくんだ?父上か?こんな子供に?無様に負けたと?ハッ、やれるもんならやってみればいいさ。さぞ父上も喜ぶであろう」

(推しの体を傷つけた……推しの体を傷つけた……推しの体を傷つけたんだ。こんな完璧イケメン至高超絶パーフェクトな推しを!)

 無意識にレーヴェの手に力が入り、男性教師の皮膚の表面から血が滴った。

「悲しいことに先生は訓練中に怪我を負ってしまい、これ以上私の指導をすることは困難となり、辞退するんだ」

 舞台上の役者のように大仰に言葉を紡ぐ。

「ハンス」

「はい」

 ハンスは男性教師の持っていた木の剣をレーヴェに渡し、レーヴェはナイフを持っていた聞き手の右とは逆の手でそれを受け取る。

「さて、どれだけ痛めつければ剣を振るえなくならのかな?そうだ!君の聞き腕を聞いていなかったね。右かい?左かい?それとも両利きかい?それならば両方潰さなきゃならないからわたしとしては面倒なんだが。だから素直に答えてくれるかい?」

「……のッ!ガキがっ!」

「……そうかそうか!両利きだったか!知らなかったな!」

嘘だった。利き腕は右ということは毎日打ち合いをしていれば分かって当然だ。しかし、レーヴェは木の剣で男性教師の右腕を殴る。

 それはレーヴェが毎日やられていることだった。骨を折らない程度に嬲るのだ。毎日、毎日。

「ああ、失敗だった!せっかくなら君が私にベルトを振るった回数を数えておけばよかった!それならばその回数分きっちりと返せたのに!」

 木の剣で男性教師の腕を殴る。そこはまさに独壇場。ハンスはただ物分かりの良い従者のように、横でただ見守っていた。

(推しはこんなにも素晴らしいのに!よく虐げる気になるもんだ!それもいい大人がこんな少年に!)

 それからのレーヴェは、今まで不当に扱ってきた教師たちをあの手この手で辞退するよう追い込んでいった。

 一人また一人と王城を去り、新しく来た教師もまたレーヴェに品定めされていった。

 害を及ぼさない教師は有能無能関わらずレーヴェに干渉されることはなかったが、逆に選民意識の強まりからか、辞めていった教師たちはレーヴェ王子があまりにも優秀で教師役が務まらなかったからだと触れ回るようになった。
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