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少年期
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新しくレーヴェの従僕として仕えるようになったハンスは、はっきり言って目立つタイプではない。外国の血のせいか、少しだけ日に焼けたような肌はハンスの特徴と言っていい。顔立ちだってスッキリしている。しかし輝かしいばかりの美貌を欲しいままにするレーヴェと比べると霞むというもの。硬めの黒髪も、薄めの茶色の瞳も、人混みに一度紛れてしまえば見つけるのに苦労しそうな色彩である。
性格はというと、生来の気質なのだろうか。思慮深いが明るい性格だし、言う時はハッキリとモノを言う。
つまりは、文句のつけようがなかったということだ。核たる後ろ盾を持たない第二王子に付け入ろうとする外務省の差金だが、それが気にならなくなるほどに。
レーヴェは一人で動く生活が長かった。他人にまわりをうろちょろとされると面倒だと思ってしまう可能性を危惧していたが、なってみれば全くの杞憂。
何やらハンスにも事情があったのは分かっているが、今のところは信頼に値する人物であり、レーヴェは気を抜いて生活することができる。
が、ハンスはというと違ったようだった。
「レーヴェん生活絶対おかしか」
「そうだな」
「レーヴェん生活絶対おかしかちゃ!」
バンッとハンスがテーブルを叩いて立ち上がるので、インク壺から少しインクが溢れる。
机の上には自習のための道具が散乱している。レーヴェが自習している横でハンスが叫んだ一言だった。
「なして拷問のごたぁな量ん勉強ばしよるんか」
「父上の意向だ」
「国王様んは息子の大事じゃなかんか」
「むしろその逆だな」
自嘲気味にレーヴェが言うと、ハンスは口から吐いて出てしまう国王への罵倒を無理矢理飲み込んだように押し黙った。
「こんままだっちレーヴェの辛かだけだ……どげんにかしゅるべきだ……」
どうにかするべきと分かっていても、どうすることもできない。そんなレーヴェの雁字搦めの苦しみを代弁するかのような細い声だった。
だが、レーヴェは違った。
(そうだよ……レーヴェなのだから今の環境に甘んじているのはおかしいはずだ)
推しは腹黒だ。それも緻密な計画によって嵌めるタイプの。『君たよ』でレーヴェを攻略する際、攻略しているのはプレイヤーだが、まるでプレイヤーがレーヴェの策略に嵌ったかのようにじわじわと籠絡され物語が進む。
レーヴェは苦しい人生を送っているが、それをバネにできる強い男なのだ。だからこそ、推せるのだ。
——推しであるのなら、このままで良いはずがない
なあなあで勉強をしていたレーヴェの態度が一瞬で変わり、瞳に正気が宿った。
「ハンス、君は正しい。なんの利益ももたらすことのない教師は即刻解雇すべきだ」
「……?解雇きるんか?」
「いいや、雇い主は父上だからな。……しかし、自主的に辞めて貰えばいいわけだ」
「……つまり?」
「やりようはあるということさ。さぁハンス、作戦を練るぞ」
今まで自習に使っていたノートをどさっと横によけて、新しく一冊の手帳を広げる。
手帳は革の装丁だがツヤツヤと輝いていて、使い込まれているのがわかった。
「あの教師どもを陥れる作戦を練ろうではないか」
レーヴェはハンスの前で初めて心から楽しそうな顔を見せた。
ハンスが覗いてみると、手帳にはよくわからない様々な記号が暗号として書かれているようだが、その量が尋常じゃない。
びっしりと敷き詰められた暗号の意味は何が書かれているのか。知りたいような、知りたくないような複雑な気持ちになって、ハンスは顔を引き攣らせた。
レーヴェはまず、それぞれの教師について知りうる限りの情報を書き出す。
名前、性別、年齢、外見と基本的な情報の他に、レーヴェにとって好ましい教師であるか否かが書き込まれていく。
これは単純にレーヴェの独断と偏見ではなく、ハンスの意見も聞き入れながら教師として尊敬できる人物であるかが判断された。最大の除外基準はすぐに鞭を振るう人物だ。
そもそも教えられる立場でこんなことをするのが不敬かもしれないが、レーヴェは第二王子という立場であるし、今までがおかしかったのだ。
それに何より、一度成人を通過した前世の喪女が、その年齢の子供なら常識として持っているような、歳上を無条件で敬ったり従うような価値観は一度大人になってしまえば馬鹿らしくなると言っている。
教師だろうと果断に不要と記入する姿は、年相応の少年であるハンスにとって恐ろしくもあり、慕う理由にもなった。
性格はというと、生来の気質なのだろうか。思慮深いが明るい性格だし、言う時はハッキリとモノを言う。
つまりは、文句のつけようがなかったということだ。核たる後ろ盾を持たない第二王子に付け入ろうとする外務省の差金だが、それが気にならなくなるほどに。
レーヴェは一人で動く生活が長かった。他人にまわりをうろちょろとされると面倒だと思ってしまう可能性を危惧していたが、なってみれば全くの杞憂。
何やらハンスにも事情があったのは分かっているが、今のところは信頼に値する人物であり、レーヴェは気を抜いて生活することができる。
が、ハンスはというと違ったようだった。
「レーヴェん生活絶対おかしか」
「そうだな」
「レーヴェん生活絶対おかしかちゃ!」
バンッとハンスがテーブルを叩いて立ち上がるので、インク壺から少しインクが溢れる。
机の上には自習のための道具が散乱している。レーヴェが自習している横でハンスが叫んだ一言だった。
「なして拷問のごたぁな量ん勉強ばしよるんか」
「父上の意向だ」
「国王様んは息子の大事じゃなかんか」
「むしろその逆だな」
自嘲気味にレーヴェが言うと、ハンスは口から吐いて出てしまう国王への罵倒を無理矢理飲み込んだように押し黙った。
「こんままだっちレーヴェの辛かだけだ……どげんにかしゅるべきだ……」
どうにかするべきと分かっていても、どうすることもできない。そんなレーヴェの雁字搦めの苦しみを代弁するかのような細い声だった。
だが、レーヴェは違った。
(そうだよ……レーヴェなのだから今の環境に甘んじているのはおかしいはずだ)
推しは腹黒だ。それも緻密な計画によって嵌めるタイプの。『君たよ』でレーヴェを攻略する際、攻略しているのはプレイヤーだが、まるでプレイヤーがレーヴェの策略に嵌ったかのようにじわじわと籠絡され物語が進む。
レーヴェは苦しい人生を送っているが、それをバネにできる強い男なのだ。だからこそ、推せるのだ。
——推しであるのなら、このままで良いはずがない
なあなあで勉強をしていたレーヴェの態度が一瞬で変わり、瞳に正気が宿った。
「ハンス、君は正しい。なんの利益ももたらすことのない教師は即刻解雇すべきだ」
「……?解雇きるんか?」
「いいや、雇い主は父上だからな。……しかし、自主的に辞めて貰えばいいわけだ」
「……つまり?」
「やりようはあるということさ。さぁハンス、作戦を練るぞ」
今まで自習に使っていたノートをどさっと横によけて、新しく一冊の手帳を広げる。
手帳は革の装丁だがツヤツヤと輝いていて、使い込まれているのがわかった。
「あの教師どもを陥れる作戦を練ろうではないか」
レーヴェはハンスの前で初めて心から楽しそうな顔を見せた。
ハンスが覗いてみると、手帳にはよくわからない様々な記号が暗号として書かれているようだが、その量が尋常じゃない。
びっしりと敷き詰められた暗号の意味は何が書かれているのか。知りたいような、知りたくないような複雑な気持ちになって、ハンスは顔を引き攣らせた。
レーヴェはまず、それぞれの教師について知りうる限りの情報を書き出す。
名前、性別、年齢、外見と基本的な情報の他に、レーヴェにとって好ましい教師であるか否かが書き込まれていく。
これは単純にレーヴェの独断と偏見ではなく、ハンスの意見も聞き入れながら教師として尊敬できる人物であるかが判断された。最大の除外基準はすぐに鞭を振るう人物だ。
そもそも教えられる立場でこんなことをするのが不敬かもしれないが、レーヴェは第二王子という立場であるし、今までがおかしかったのだ。
それに何より、一度成人を通過した前世の喪女が、その年齢の子供なら常識として持っているような、歳上を無条件で敬ったり従うような価値観は一度大人になってしまえば馬鹿らしくなると言っている。
教師だろうと果断に不要と記入する姿は、年相応の少年であるハンスにとって恐ろしくもあり、慕う理由にもなった。
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