君のための最期を

藍色綿菓子

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一つの言葉

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 会いたいと思った時には中々会えないもので、あの女の人に次会ったのはやはり何度も日が昇って沈んだ後だった。
 久しぶりにあの長い髪を見たのは、カエルのいる森の水辺だ。
 その人は水の近くに生えている曲がりくねった木に手をついて、しげしげと観察しているようだった。
 僕は一言文句を言うため、そっと近づいていく。
 いつものように跳ねて移動するのではなく、草の上を転がるように静かに移動した。
 生い茂った多種多様な草や木の根が邪魔で多少音はたっていたが、水の音に消されている。
 あの人は木を小突いたり耳を当てたりと真剣そうに何かしている。僕には気づかない。
 もうこの位置なら飛びかかることができる、そのくらいの距離にたどり着いて、僕はあの人の後ろに信じられないものを見た。

 球体に一本、太い針を突き立てたような形状の、人間の頭部より大きい生き物。
 球がうじゃ、と動いて、折りたたまれた体からたくさんの細く長い足が覗いた。
 体の色が黒なのと、色が濃いのとで紫に見える赤の目が、威嚇するようにあの人を見て、ゆっくり近づいていく。
 あれはもしかして、時々森を徘徊している魔物じゃないだろうか。
 確か蜂とよく似た習性を持つ、非常に凶暴な魔物だ。
 僕は前に、そいつが巨大な熊を一刺しで殺したのを見たことがある。
 あの時はクマが倒れてすぐそいつも地に落ちて、どうやら相討ちだったようだけど、あの女の人では相打ちどころか歯が立たないのではないか。線の細い人だ。あの距離では弓矢なんて役に立たないだろう。
  それよりも、むしろ気づかない内にやられるかもしれない。現に今、接近中のそいつに気がついてもいない。
 僕は魔物や熊に向かっていったことは今まで一度もない。死んでしまうからだ。僕は弱い。
 でもここで僕が逃げたら、素知らぬ顔でいなくなれば、あの人は死んでしまうのか。
 何日も探し回ってやっと会えても、もう言葉を伝えたい相手もいなくなる。
 ……飛びかかれば届く距離だ。もう蜂の化物はあの人に触れそうな程近い。
 僕は硬い木の根に体当たりした反動で、大きく跳ねて奴に向かった。
 今にもあの人を襲いそうな様子だったそいつが、僕に気づく。赤い目が僕を見た。
 女の人の横を通り過ぎる時、そっと顔を見たら、流石にもう僕に気がついていた。
 間抜けそうに、半開きの口のまま静止していたから、自分の命の危機にはやはり気づいていなかったらしい。
「逃げて!」
 人間の少年のような声が、その場にぱっと響いた。あの人の耳にも届いただろう。
 初めてこの人に会った時、僕は死んだと思った。殺されたのだと思った。
 でも矢は僕に刺さらなかった。少し背中を押された程度の衝撃を、僕が勝手に勘違いして気絶した。
 今僕の体にめりこむ太い針は、勘違いなんかじゃない。
 とても痛くて悲鳴をあげそうだったけど、僕に声帯なんてものはないから、静かな最期だった。
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