崩落

藍色綿菓子

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待ち合わせ

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 私は、喋る虫を見たことが無い。だからもしかしたら、この頭に住む虫もかつては人だったのかもしれない。そんなことを思う。
 道を歩くと、端に転がる人だった肉塊がある。何か喋ることもあるが、既に原型を失っている。蠢き続けて、死ぬことは中々無い。この変異症状が悪化すると、極端に死に辛くなるという研究結果が出ていた。それで動けもしないのだから地獄だろうと思う。しかし、あの状態になってもまだ意識があるのかどうかはわかっていない。もしかしたら何の意識も無くて、平和なのかもしれない。そうだといい。
 文明が急速に退化する中で、ほぼ唯一発展した技術が、安楽死である。人々はそれをいつ選択するか、それとも選択せずに希望を待つか。そもそもお金が無くて選択肢が用意されていない人もいる。私はその口である。ほとんど諦めた気持ちで、滅び行く町や国を眺めている。
 こうも退廃した世間を見ると、こんな中でもめげずに希望を訴え続ける人を見るのは……厳しい。
「虫は元々虫だったの? 人が変異してそうなったとか? 虫が人の言葉を覚える必要がないものね」
「さぁーねえ! 俺は俺だよ! 俺俺! 覚えてる? 懐かしくない? 俺だよカアサン!」
 頭痛がする。頭の奴が身じろぎしたり大声を出すと、顔をしかめる程の鈍痛がする。そういえばもうすっかりあの詐欺無くなったなぁ、確かに懐かしい。それよりももう少し声の音量を下げて欲しい。伝わっているのだから。
 虫は答える気が無いようだ。

 一度だけで良いから来てみないか、と友人に誘われて、感覚の薄れてきた足を引きずって町に出た。今日はここのあるビルの一室で、偉大なる時間を崇める集会があるらしい。変異が始まる随分前から根付いている、大衆的な会である。今では人口縮小に伴って、規模もいくらか小さくなっていると友人から聞いた。
 町にはまばらに人がいる。両足が残っている人だけが往来を歩き、それ以外の人はこのエリアに踏み込んですらいない。それなりに活気のある地域だった。
 待ち合わせ場所に着いた。事故が多発して使われなくなった駅の前に、よく待ち合わせに使われる石像がある。動物を模した像だが、その動物は既にほぼ姿を消している。免疫が極端に弱かったのだそうで。
 広いスペースに、五体満足の人達が演説しているのが目に入った。先進的な拡声器で未来への希望を謳っている。音がワンワンと頭に響いた。
「何としてでも、人は人として生きるべきである! 聞け、耳のある者達。抗え、人は行動によって救われる。まずは我々の声に耳を傾けろ。我々は、人間の可能性、ひいてはこの先の未来への希望を捨ててはいない」
 十人に僅か満たない程度の人数で、揃えられた黒服の男女が活動していた。簡単な冊子を配って、活動内容や唱える理念を訴えかけている。私がその冊子を受け取った時、頭の虫がおかしそうにせせら笑っていたので、黒服は怪訝そうな表情をしていた。集団の特に中央で拡声器を持っていたのが、背の低い男だった。彼は、この辛い世界をどのように捉え、認識し、生き抜くかという精神のありようについて話を広めていた。することもないのでぼんやりと聞き流す。どこかで聞いたような思想だ。演説を聴く物の中には、しきりに頷いて熱狂的な様子を見せる者もいた。
「待った?」
 ぽん、と肩に手が置かれた。間近に能面のような彼女の顔があって瞬間的にぎょっとする。すぐに取り澄まして何でもないような顔をした。
「少し」
 黒服が彼女に声をかけたら面倒なことになると思い、すぐにでも移動しようと彼女の腕を引いた。人間と希望を信じているらしいその集団の思想は、彼女の信じる偉大なる時間のための思想と相反する。
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