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叫び
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放課後、公園を目指して歩いた。太郎さんに話をしようと思った。しかし、今日はいない日のようだった。仕方なく、自販機でいつもの缶を購入し、ベンチに腰掛けてプルタブを起こす。こうして一人でくつろぐのは久しぶりだった。先日の、食べる炭酸が買えなかった一件、そして学校での出来事と、落ち着かないこの気分をどうにか静めたかった。太郎さんに会う前の日常と同じ事をすれば、落ち着けるのではないかと思った。
ところが、一度人と過ごす時間を覚えてしまうと、一人でいても酷く退屈だとしか思えなくなってしまっていた。かつては何を考えてここに座っていたのだろうか? 思い出そうと目を閉じる。どうしても思い浮かぶのは、人と関わった記憶だった。
太郎さんの鴉は、太郎さんの肩の上が定位置だった。皺だらけの足が彼の肩に食い込んでいるのをもう見慣れた。鴉の重量を感じるようで、それが乗っていない時の太郎さんは僅かに傾いていた。
「どんな時に、よく鳥を意識するって、考えたことありますか」
「無いけど」
「私は、一人の時によく意識しているような気がします」
一人でなくとも、寂しさを感じた時に、気が付いたら手の中にいる。
へぇ、と気の抜けた返事があり、少しの時間彼は考え込んで、ぽつりと「飯時」とこぼした。
「俺中卒なんだよね」
そこまで思い出して、もしかしたら太郎さんと私は同い年なのかもしれないと思い至った。
目を開ける。
青白い何かを連れた、フードがいた。昨日と違うのは、マスクが無いくらい。
視界不良ですと言わんばかりのの出で立ちのその人はしかし、しっかりとこちらを向いて視線を外さない。ばっちりと目を開けてしまったため、今更寝たふりは通用しないだろう。距離はというと、そう近くにいるわけではないのだが、何せこの公園は人がいないので、二人だけでいるとなると相手の存在が強く感じられる。フードのその人は、じっと立ち尽くして動かない。
何も知らないふりをして、横を通り抜けて帰ってしまおうか。いけるような気がした。立ち上がり、服に着いた埃を払うと、フードの人は過剰に肩を揺らし反応した。やはり注目されていたらしい。歩き出すと、ついてきたので、徐々に駆け足になって、公園の入り口まで来た所で腕を掴まれた。引っ張られる関節が痛い。
「何、何のご用ですか」
声が震える。だって、明らかに不審者の格好で、隣には世にもホラーな異形がいる相手だ。何を言われるかと身構えるが、その人は一向に喋り出しはしない。躊躇うように、何度か吐息が耳に聞こえる。
「痛い。離して」
駄目元で言った言葉に、やっと相手は口を開いた。
「離したら、逃げるんじゃあ……」
「なぁ」
横から声が聞こえた。今はもう、耳に馴染んだ声だった。鴉の鳴き声と羽音がする。
「あんた嫌がられてるよ。……やめれば?」
フードの人は太郎さんを見て、私を見て、ゆるゆると腕を離した。私はいくらか落ち着きを取り戻したので、気付いたが、近くから見るとその人は細かく震えている。左右に揺れだした青白い何かに、太郎さんはわかりやすく引いていた。何かの口が大きく開く。耳を塞いだ。辺りに絶叫が響いた。この三人にしか聞こえない音で。耳を覆っても効果はほとんど認められず、脳が揺れた。
「謝りたかっただけ。脅えさせて、驚かせたから。……見える人に会ったのは、初めてだったから……」
絞り出すようなフードの声も、その前の何かの叫びも、深い悲壮感に彩られていた。寂しいのだと暴力的なまでに訴えてくる。
私はかける言葉を探した。なぜか寄り添ってあげたくなった。悪意のこもった行動ではなかったのだと、確信したからかもしれなかった。ただ、まだ耳が痛くて、頭の中に音が反響して消えなくて、そうして顔をしかめている内に、顔も性別もわからないその人は立ち去ってしまっていた。
「何だあれ」
名前を知らない太郎さんが吐き捨てた。
ところが、一度人と過ごす時間を覚えてしまうと、一人でいても酷く退屈だとしか思えなくなってしまっていた。かつては何を考えてここに座っていたのだろうか? 思い出そうと目を閉じる。どうしても思い浮かぶのは、人と関わった記憶だった。
太郎さんの鴉は、太郎さんの肩の上が定位置だった。皺だらけの足が彼の肩に食い込んでいるのをもう見慣れた。鴉の重量を感じるようで、それが乗っていない時の太郎さんは僅かに傾いていた。
「どんな時に、よく鳥を意識するって、考えたことありますか」
「無いけど」
「私は、一人の時によく意識しているような気がします」
一人でなくとも、寂しさを感じた時に、気が付いたら手の中にいる。
へぇ、と気の抜けた返事があり、少しの時間彼は考え込んで、ぽつりと「飯時」とこぼした。
「俺中卒なんだよね」
そこまで思い出して、もしかしたら太郎さんと私は同い年なのかもしれないと思い至った。
目を開ける。
青白い何かを連れた、フードがいた。昨日と違うのは、マスクが無いくらい。
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何も知らないふりをして、横を通り抜けて帰ってしまおうか。いけるような気がした。立ち上がり、服に着いた埃を払うと、フードの人は過剰に肩を揺らし反応した。やはり注目されていたらしい。歩き出すと、ついてきたので、徐々に駆け足になって、公園の入り口まで来た所で腕を掴まれた。引っ張られる関節が痛い。
「何、何のご用ですか」
声が震える。だって、明らかに不審者の格好で、隣には世にもホラーな異形がいる相手だ。何を言われるかと身構えるが、その人は一向に喋り出しはしない。躊躇うように、何度か吐息が耳に聞こえる。
「痛い。離して」
駄目元で言った言葉に、やっと相手は口を開いた。
「離したら、逃げるんじゃあ……」
「なぁ」
横から声が聞こえた。今はもう、耳に馴染んだ声だった。鴉の鳴き声と羽音がする。
「あんた嫌がられてるよ。……やめれば?」
フードの人は太郎さんを見て、私を見て、ゆるゆると腕を離した。私はいくらか落ち着きを取り戻したので、気付いたが、近くから見るとその人は細かく震えている。左右に揺れだした青白い何かに、太郎さんはわかりやすく引いていた。何かの口が大きく開く。耳を塞いだ。辺りに絶叫が響いた。この三人にしか聞こえない音で。耳を覆っても効果はほとんど認められず、脳が揺れた。
「謝りたかっただけ。脅えさせて、驚かせたから。……見える人に会ったのは、初めてだったから……」
絞り出すようなフードの声も、その前の何かの叫びも、深い悲壮感に彩られていた。寂しいのだと暴力的なまでに訴えてくる。
私はかける言葉を探した。なぜか寄り添ってあげたくなった。悪意のこもった行動ではなかったのだと、確信したからかもしれなかった。ただ、まだ耳が痛くて、頭の中に音が反響して消えなくて、そうして顔をしかめている内に、顔も性別もわからないその人は立ち去ってしまっていた。
「何だあれ」
名前を知らない太郎さんが吐き捨てた。
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