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食事
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あれよという間に場が整えられていった。用意された自室の窓からは赤い月が見える。呼ばれた夕食の席では、アルバートが一人手を組んだ上に顎を乗せて、機嫌よさげに待ち構えていた。にこやかに迎えられる。イスの数は二つ。テーブルはもっと何人も並べるくらいに大きい。
食卓に着くと、テーブルの上には見たこともないような食事がずらりと並んでいた。かろうじて魚に見える皿の上の物、その色はどす黒い。
「この国の郷土料理だけど、お口に合うかな」
紫の肉片や実の集合した果物が並ぶ中から、おずおずと薄緑色のスープをとった。枝豆みたいな色で安心できた。一口スプーンですくって口に入れる。複雑に入り組んだ濃厚な味、しょっぱい。味覚が混乱してくる。海鮮物の生臭さと似ている。
「不思議な味ですね」
「あなたの国ではどんな食べ物が?」
「パンとか……お米とか……そういえばこの食卓に主食は見当たりませんね」
スープの底に何か触れた。ざらざら、と何か穀物のような軽いさわり心地。押すと潰れる。なんだろう、と思って持ち上げてみた。黒い豆のような物がいくつか。数ミリの黒い塊は蠢いて、生やした足をもがかせていた。毛の生えた小さな足。羽根のない蜂のような外観。
「虫っ……?」
動揺してスプーンを取り落とした。溢れてばらけた虫がスカートのヒダの間に入り込む。慌ててはたき落とす。アルバートの愉快そうな笑い声がクツクツと聞こえた。
「虫は苦手だったね。そうじゃないかと思ったんだよ!」
なのに真っ先に手を伸ばすから。アルバートは本当に愉快そうに笑う。とても嫌な気持ちになった。そんな笑い方だった。
暖かいスープが少量スカートにかかった。
「失礼をすみません、用意してくれたのに落としちゃって。虫を食べる文化はあまり無かったんです」
「君真面目だね……いいよ気にしないで。パンと米? あるよ、出してあげて。私の分はいらない」
側に控えていた針金のような体の人が、片足を引きずって厨房へ消えた。
虫が浸かっていたスープを飲んでしまった……。
「でも味は美味しくない? 口に合わなかった?」
「ちょっと衝撃的で味忘れました……」
美味しかった気がする。でも美味しいだなんて言ったらこの人、さらにすすめてきそうな気がする。そこはかとなく性格が悪い気しかしない。虫は嫌いなのだ。
自分がなぜここにいるのか、その前後のことは忘れてしまって思い出せない。思い出そうとすると頭痛がする。だけど小学校くらいのことだろうか、不意に思い出したのが、ダンゴムシの思い出だ。夏、サンダルを履こうとしたらグシャと音がした。見てみたら潰れたダンゴムシが。ああ、それから虫は苦手なのだ。
「それは残念」
「虫、裸足で、踏みつぶしたことがあって。事故でした。それから苦手なんです」
「そうなんだ。災難だったね。私は美味しいから好物だよ。無理強いはしないけど」
「ほんとですか……」
無理強いはしない、という点を大変疑わしく思った。それが表情に出たらしい。アルバートはまだ意地悪くにやけていた。この人と関わるのやだなぁ。生活の面倒見てくれるっていうけど、それもどこまで信じていいものか。
運ばれてきたパンを美味しく食べた。少しガサガサしていたが、空腹が癒える。口の中の水分が持っていかれる。
パン以外に手を付けるのを恐れていたら、仕方なさそうにアルバートが、一つ一つ「これは畑で取れた野菜」「これは木になる甘い果実」と説明を加えてくれた。
「親切なんですね!」
意外と、と心の中で付け加える。
「奉仕好きな面があるんだ」
そうじゃない面もあるんでしょうね。
「アルバートさん、偉い人?」
「偉い人だよぉ。多分この家にいる限り一番偉いから、気兼ねなく親しみをもって接してくれ。君ならお客さん扱いしてあげるから」
「……偉い人って怖いですよね」
アルバートは遠い目をした。
「そうだね」
食卓に着くと、テーブルの上には見たこともないような食事がずらりと並んでいた。かろうじて魚に見える皿の上の物、その色はどす黒い。
「この国の郷土料理だけど、お口に合うかな」
紫の肉片や実の集合した果物が並ぶ中から、おずおずと薄緑色のスープをとった。枝豆みたいな色で安心できた。一口スプーンですくって口に入れる。複雑に入り組んだ濃厚な味、しょっぱい。味覚が混乱してくる。海鮮物の生臭さと似ている。
「不思議な味ですね」
「あなたの国ではどんな食べ物が?」
「パンとか……お米とか……そういえばこの食卓に主食は見当たりませんね」
スープの底に何か触れた。ざらざら、と何か穀物のような軽いさわり心地。押すと潰れる。なんだろう、と思って持ち上げてみた。黒い豆のような物がいくつか。数ミリの黒い塊は蠢いて、生やした足をもがかせていた。毛の生えた小さな足。羽根のない蜂のような外観。
「虫っ……?」
動揺してスプーンを取り落とした。溢れてばらけた虫がスカートのヒダの間に入り込む。慌ててはたき落とす。アルバートの愉快そうな笑い声がクツクツと聞こえた。
「虫は苦手だったね。そうじゃないかと思ったんだよ!」
なのに真っ先に手を伸ばすから。アルバートは本当に愉快そうに笑う。とても嫌な気持ちになった。そんな笑い方だった。
暖かいスープが少量スカートにかかった。
「失礼をすみません、用意してくれたのに落としちゃって。虫を食べる文化はあまり無かったんです」
「君真面目だね……いいよ気にしないで。パンと米? あるよ、出してあげて。私の分はいらない」
側に控えていた針金のような体の人が、片足を引きずって厨房へ消えた。
虫が浸かっていたスープを飲んでしまった……。
「でも味は美味しくない? 口に合わなかった?」
「ちょっと衝撃的で味忘れました……」
美味しかった気がする。でも美味しいだなんて言ったらこの人、さらにすすめてきそうな気がする。そこはかとなく性格が悪い気しかしない。虫は嫌いなのだ。
自分がなぜここにいるのか、その前後のことは忘れてしまって思い出せない。思い出そうとすると頭痛がする。だけど小学校くらいのことだろうか、不意に思い出したのが、ダンゴムシの思い出だ。夏、サンダルを履こうとしたらグシャと音がした。見てみたら潰れたダンゴムシが。ああ、それから虫は苦手なのだ。
「それは残念」
「虫、裸足で、踏みつぶしたことがあって。事故でした。それから苦手なんです」
「そうなんだ。災難だったね。私は美味しいから好物だよ。無理強いはしないけど」
「ほんとですか……」
無理強いはしない、という点を大変疑わしく思った。それが表情に出たらしい。アルバートはまだ意地悪くにやけていた。この人と関わるのやだなぁ。生活の面倒見てくれるっていうけど、それもどこまで信じていいものか。
運ばれてきたパンを美味しく食べた。少しガサガサしていたが、空腹が癒える。口の中の水分が持っていかれる。
パン以外に手を付けるのを恐れていたら、仕方なさそうにアルバートが、一つ一つ「これは畑で取れた野菜」「これは木になる甘い果実」と説明を加えてくれた。
「親切なんですね!」
意外と、と心の中で付け加える。
「奉仕好きな面があるんだ」
そうじゃない面もあるんでしょうね。
「アルバートさん、偉い人?」
「偉い人だよぉ。多分この家にいる限り一番偉いから、気兼ねなく親しみをもって接してくれ。君ならお客さん扱いしてあげるから」
「……偉い人って怖いですよね」
アルバートは遠い目をした。
「そうだね」
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