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第1章 貧弱だよ乳児編
第3話 呪文、死闘
しおりを挟む俺の名はセリウス・ファルマー。強くなることにくじけそうな者。生後、二百七十日程だ。
魔力の上限を上げようとして失敗した俺だが、諦めずに自分の内側とひたすら向き合った結果、ついに魔力の存在に気付くことに成功した。
分かってしまえばなんのことはない、この身体が内包している魔力があまりにも少な過ぎて、なかなか気付けなかったのだ。
いやー、魔王だった時の身体は探さなくても内から溢れる様な、存在感があり過ぎる魔力が宿ってたから、魔力を探し出す手間なんて必要なかったもんなぁ。それに対してこの身体に宿る砂つぶなんじゃないか? なんて思ってしまう矮小な魔力……実に情け無い。この身体で強くなるなんて、本当に出来るんだろうか?
肉体強度は紙以下、魔力は小指の爪の先程……強くなる以前に俺この先、生きて行けるのだろうか?
だんだん不安になってくる。
いっそのこと、スキルを身につけてしまおうか? 敵が現れた時に自衛する自信無いし。
魔王の時に取得していたスキルは、そのまま魔王の身体に置いてきている。魂の繋がりを利用して、あちらのスキルをこの身体に持ってくることは出来ると思うが……この身体でスキルを使いこなせるだろうか?
過ぎた力は身を滅ぼすと言う。
例えば、手っ取り早く強化出来るスキルの代名詞【身体強化】でこの身体を強化したとして、その反動に耐えうる強度をこの身体は持っているだろうか?
ーーいや無いな。
強化した身体で動いたら、あっちこっちの骨が外れそうだ。
恐らくそうなるであろう想像に、俺は身震いしてしまう。
うん、スキルの取得は慎重にやろう。急しても良いことはない。
という事で、今は魔力の強化からじっくりとする事にする。
それじゃ、前に決めた様にライトの魔法でも唱えますか。確か、ライトの呪文は……
「だぶ、あーだ、ぶーーー」
……ん? 今の呪文……言葉になってなかった様な……いやいや、そんなことは……ちゃんと口があって舌が付いているんだ、呪文が発音出来ないなんてことは……
「あだ、うーきゅー、ぶーーー」
言葉になってないな……何故だ! 舌が上手く回らん! これでは魔法が発動出来んではないか!
その後、何度も試したが上手くいかず、様子を見にきた母に「あら、セー君、今日はご機嫌ね」と笑顔で言われた。
いや、母よ、俺は今、とても落ち込んでいるんですけど。
ーーーーーーーー
俺の名はセリウス・ファルマー。現実から少し目を背けようと考えている者。生後、三百日だ。
最近、俺はとうとう立つことが出来るようになった。まだ立つとフラつくが、これで野望に一歩近付いたと言えよう……まあ、髪の毛の先程の距離ではあるが。
今日もベッドの柵に掴まり立ち上がって、柵の内側をグルグルと歩いている。
乳児が鍛えても大した成果にはならないと結論付けたこともあったが、だからといって何もしなければ成長はしない。足腰は肉体戦闘の土台となるべき所だ、しっかりと鍛えなければいけない。
最近はよく、俺もこの監獄から出されるようになった。しかし、お昼寝の時間になるとやはりここに入れられてしまうのだ。まあ、一日中俺の監視をしなければならない母の安らぎの時間でもあるということで、迷惑をかけない様に大人しくしとくべきなのかもしれないが、俺には休んでいる時間など無いのだ。
むっ!
鍛錬に励む俺の視線の先に、何か動く者が映る。
その者はベッドの下、床の上に四つん這いで立ち、俺の様子を警戒しながら伺っていた。
あのしなやかな四肢、鋭い眼光……生まれながらの狩人、ネコ科の動物……いや、そのまんま猫だな。
不毛の地に居た頃は、アサシンジャガーなどという、気配を消して潜み、隙を見せれば襲いかかってくる奴の同族もいたが、こいつはそこまで危険な奴ではあるまい。無視しよう。
俺は、突然の乱入者を無視してあんよの特訓を続ける。すると、猫はそろりそろりとこちらに近寄って来た。
何故近付いてくる? 俺と接触してもお前に得などないだろ。
漂う緊張。
相手の狙いが分からず凝視する俺を尻目に、猫はベッドの下までそろりそろりと歩いて来て……とうとう、こちらに向かって飛び上がって来た!
ぐぬぅ! まさか、俺に戦いを挑む気か! こんな小物に舐められた行動をされるとは。だが、いくら貧弱とはいえ、流石に貴様ごときに遅れを取るつもりはない!
拳を握り、ファイティングポーズを取る。しかし猫はそんな俺を無視し、ベッドの上に降り立つとちょっと布団の匂いを嗅いだ後で事もあろうか、俺の布団で丸くなりやがった。
なにぃー! まさかこいつは、俺の領土を取りに来たというのか!
牢獄の様な場所とはいえ、この柵の中は俺の聖域。そこに土足で入り込み、我が物顔で丸くなる猫に俺は怒りを覚える。
おのれー! 避けんか、この! この!
猫の背中に手を当て、必死に揺さぶってみるが、猫は全く動じない。
くそっ! ならばバックを取って、こうだ!
猫に沿う様に寝っ転がり、俺は奴の首に手を回す。
このまま首を絞めつけてくれるわ! と思ったのもつかの間。
暖かい日差し、あったかい猫の身体。そしてモコモコの感触……
あっ、いかん、本能的な眠気が……
俺はそのまま、猫に抱きつく様に眠ってしまった。
その日の夕食時、母が父に向かって「セー君ね、今日のお昼寝は猫ちゃんと仲良く一緒に寝てたのよ。可愛かったなぁ」と楽しそうに話していた。
母よ、死闘に負けた俺を辱めるのはやめてくれ。
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