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第一章 恋愛編
第32話 クリスマスイブ(サブストーリー)
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◇ 拓弥 クリスマスイブの10日前 ◇
「佐野さん。外線です。新田さんという方からお電話来てます。」
「お待たせしました。佐野です。」
「佐野君?突然ごめんね。新田です。」
「新田さんって、真由の?」
「そうそう。佐野君の連絡先がわからなくてさ、会社に連絡しちゃったよ。ほらロボット開発って聞いていたからさ。」
「ああ…。それなら真由に聞いたら良かったのに。」
「いや、真由ちゃんの件だから、彼女には内緒で直接佐野君と話をしたくてね。」
「えっ?真由の件ですか?」
「佐野君も仕事中だろうから、今晩時間作って貰えないかな?」
「わかりました。場所と時間は?」
「19:00に『Rock』でどう?Rockなら君の会社から近いでしょ?」
「ご配慮ありがとうございます。その時間に伺います。」
◇ Rock ◇
時計の針は18時49分を指し示していた。
俺は、新田さんとの待ち合わせ場所に足を踏み入れた。
そこは、その名の通りロックな雰囲気が漂うBARだった。
店内には、ギターやベース、ドラムなどの楽器が陳列され、店の奥にはダーツやビリヤードを楽しめるスペースが用意されていた。
どこからか流れてくるロックミュージックのサウンドが、俺の心を高揚させていく。
「佐野君!こっち、こっち!」
声のする方を見ると、手招きする新田さんの姿があった。
初めて新田さんと一対一で会うことになり、緊張しながら彼の席へと向かった。
しかし、新田さんが漂わせる気安い雰囲気に包まれ、すぐに安心感に変わっていった。
ただし、真由から聞いたところによると、彼とは五歳年上の年齢差があるらしいので、きちんとした対応が求められると感じた。
「こんばんは!お待たせしてすみません。」
そこで、俺は彼に丁寧に挨拶をし、礼儀正しい態度で接した。
「いいよ、こっちが早く着いただけだし。それより忙しいのに突然悪かったね。とりあえず飲み物は?」
「では、生ビールを…。」
「ニッ君!生ビール二つ!」
「この場所、良く知ってましたね?」
「ここのマスターは、錦織って言うんだけど、俺の友達なんだよ。」
「へぇ…。顔が広いんですね。」
「人脈だけはやたら多いからね。」
マスターからビールが届き、グラスを突き合わせる。
「乾杯!」
「プハー!ビールって最初の一口目がめっちゃ美味いよなぁ。」
(この人、一口目ってもう半分以上無くなっているんだけど…。)
「それで、話っていうのは…。」
「ああ。佐野君と真由ちゃんは、むかし付き合っていたんだよな?」
「えっ…?」
真由のことで話があると言われていたので予想はしていたが、真由との交際について話題にされると、悪いことをしていなくてもつい動揺してしまう。
「いや、隠さないでいいよ。真由ちゃんからも聞いているし、だからってどうこうはないよ。大学時代の話なんだろ?俺が気になるのは今だ。最近再会したばかりなんだろ?真由ちゃんは随分と佐野君のことが気になるみたいな感じがしたからよ。」
「そうですね。再会したのは地震が起きた日です。今の俺と真由は、複雑な状況にあります。それを理解して貰うには、大学時代の話をしなくてはなりません。」
「そうか。では聞かせて貰えるかな。」
俺は、新田さんに大学時代の話を始めた。
俺と真由は当時、相思相愛の関係にあり、お互いに結婚を視野に入れての交際は順調に続いていたと言う話。
そして、同級生の策略に嵌り、有りもしない浮気証拠によって、仲が拗れて別れることになったという話をした。
新田さんは、真剣な表情で最後まで聞いてくれていた。
「そっか…。それは辛かったなぁ。好き合っていたなら尚更だ。そんで、別れてからも一途に想い続けていた訳か…。」
「はい。別れたのはとても辛かったです。でも、それからもずっと真由が好きでしたが、あんな別れ方をしたので、復縁するのが難しいのは分かっていたんです。それでその後に、職場で恵美と知り合い、今に至ります。」
「でも、また真由ちゃんに再会して恋心が目覚めたと?」
「すみません。」
「いや、責めてないよ。でも、佐野君には恵美さんがいる。それなのに真由ちゃんとも二股なんて話なら俺は納得できないな。」
「ええ。そうですよね。俺は、恵美とは別れます。」
「はぁ?!好きな女ができたらポイ捨てか!?イケメンは羨ましいな!」
新田さんは、俺の一言に反応して身を乗り出してきた。
「いえ、落ち着いてください。それは、少し違います。俺たちの仲を引き裂いた張本人は、恵美だったことが最近になって分かったんです。俺はあの時、恵美に真由との未来を壊されました。俺も真由も、あの時別れたことは、その後の人生にも大きな影響を与えていたことを理解しています。だからそれを知った以上、もう恵美と交際を続けることはできません。」
「恵美さん、めちゃくちゃだな。そういうことね。それで真由ちゃんと元の関係に戻りたいと言う訳か…。」
「はい。」
「そんなに真由ちゃんが好きなの?真由ちゃんの為なら何だって出来る?」
「もちろん好きですし、何だって出来ます!」
「へぇ…。そりゃあ、大したもんだな。だが俺は認めない!」
「は?」
「俺だって真由ちゃんが好きだもん。」
(やっぱり意味わかんねぇな。この人…。)
「あの…。」
「なら、俺より佐野君の方が真由ちゃんに相応しいって認めさせてみなよ!」
「えっ!?どうやって?」
「男同士が単純に力で競い合うならこれよ!」
新田さんは、袖を捲り、分厚い上腕二頭筋を見せつけた。
「ああ…。無理です。俺、右手に麻痺あるから…。」
俺が麻痺があってできないことを伝えると、彼の表情が突然強ばった。
「んなこたぁ分かってるんだよ!その麻痺のある身体で真由ちゃん守れきれるのかってんだよ!左腕なら使えるだろ?」
新田さんは俺を試そうとしている。そう思った。
「くっ…。そこまで言われたら引き下がれないな。」
「そうこなくっちゃ!ニッ君!準備を!」
「よし来た!」
店のテーブルを利用して簡易的なアームレスリング台に早変わりした。
マスターのニッ君が他の客も巻き込んで盛り上げたせいで、俺達の周りにはお客さんがギャラリーとなり、取り囲んでいた。
「レディース&ジェントルマン。ただ今より、好きな女を掛けてのアームレスリング一本勝負を行います。」
いつの間にかマスターのニッ君は、マイク片手にノリノリで進行している…。
「女の名前は…?何だっけ?」「真由ちゃん!」
「そう、真由ちゃん!を掛けての戦いだぜ!西方の男は、俺のダチのヒッキー!」
「ピュー!ヒッキー!」
酔っている客達もノリノリであった。
「東方の男は、ヒッキーの恋敵の佐野君!」
「佐野!やれー!」
俺達は、テーブルを囲んで位置に着く。
緊張の為か手汗が滲む。
それは、新田さんも同じみたいで、マスターに声を掛けた。
「ニッ君、滑り止めある?」
「あるよ!」
(あるんかい!)
マスターが取り出したのは、白い粉状のグリップパウダーだった。
二人ともパウダーを付けた後に双方の手を握りしめた。
新田さんの手はとても大きくて逞しい手だった。
それだけで状況は厳しく弱気になりそうになる。でも、真由の為だ。死んでも勝ちに行く…。
「佐野君。恨みっこなしだ。負けるつもりはないよ。」
「望むところです。」
会場の熱気は更に上がっていく…。
「レディーゴー!」
マスターの合図で力を入れた。
新田さんの腕は…ピクリとも動かない。
ハッキリ言って強い。
俺が弱いのかも知れないが、新田さんの腕を奥まで押し込むことができない…。
身体を支える右手の握力は乏しく、極めて劣勢であると言えよう。
「おいおい、そんなもんか?そんなんで真由ちゃんを守れるのか?」
「クソッがぁ!」
確かに俺は、新田さんの代わりとして彼女を守って行かなきゃならない。
強くあらねばという気持ちだけが、自分の力を後押しする…。
「うぉー!」
身体の隅々まで力を込め、全身全霊を左手に注ぎ込む。
鮮烈な緊張感が脳裏を駆け巡る。
青筋が浮かび上がるほど、頭の血液が激しく循環していった…。
ついに、新田さんの強靭な腕は、動き始めた…。
それは俺にとって劣勢の方にではなく、優勢の方にである。
初めは余裕を見せていた彼の顔には、次第に焦燥が滲み出していくのが分かる。
彼から余裕が消え失せた瞬間であった。
「おい…マジかよ?」
劣勢になりつつある新田さんの様子に、ギャラリーは驚きの声をあげる。
「うりゃー!!」「ぬぉー!!」
お互い掛け声を上げて、最後の力を振り絞った。
《パタン…。》
勝負は遂に決した。
勝ったのは…。
「勝者!佐野君!」
「うしゃー!」
「うぉー!」「すげぇ!」「キングに勝ったぞ!」
なんと…自分が新田さんに勝利したのだ。
自分自身がそれを信じられず、手のひらを見つめると、赤みが滲み出ていた。
「佐野君。やられたよ。完敗だよ。真由ちゃんは、君に任せるよ。どうか、幸せにしてやって欲しい。」
「えっ?マジですか?」
「おい、マジでやり合ったんだ。当たり前だろ?」
新田さんの言葉と、麻痺と彼との力量差によって、諦めかけていた勝利が自分の手に届いた奇跡。
そして、真由を失わずに済んだ安堵感。
全てのことが重なって感極まってしまう。俺は、気づいたら涙が頬を伝って落ちていた。
「おい、男の癖に泣くなよ!」
「新田さんだって…。」
新田さんも同様に涙を流していた。
俺に泣き顔を見られた新田さんは、恥ずかしそうにしてトイレに行くと言って場を離れた。
「佐野君だったか…。アンタ、余程ヒッキーに気に入られてんだな。アームレスリングで奴が負けるのを初めて見たぜ!」
「えっ!?まさか…。」
「ギャラリーも言ってたの聞いたろ?奴は、アームレスリングで『キング』って言われてる。この辺りじゃあ、負けなしの王者だからな。」
「じゃあ…。」
「ああ。奴には内緒だぞ!多分あいつなりに考えて、アンタにその好きな女を任せようと思ったんじゃねぇのかな。奴はそういう奴なんだよ。」
(新田さん…。好きな女性の為に身を引くなんて、誰にでもできることじゃない。男気に関しては、俺の完敗だったな。)
トイレから出てきた新田さんは、またいつも通りの能天気な彼に戻っていた。
俺は新田さんに言われて連絡先を交換した。
新田さんには、このことを真由には言わないようにと念をされたので、快く承諾した。
そして、あるお願いも…。
突然の呼び出しに困ることもあったが、新田さんと分かり合えたのは大きな収穫だった。
結局、更に『もう一軒付き合え』と言われるがままに付き合って、俺達は前よりもかなり親しくなれたのであった…。
「佐野さん。外線です。新田さんという方からお電話来てます。」
「お待たせしました。佐野です。」
「佐野君?突然ごめんね。新田です。」
「新田さんって、真由の?」
「そうそう。佐野君の連絡先がわからなくてさ、会社に連絡しちゃったよ。ほらロボット開発って聞いていたからさ。」
「ああ…。それなら真由に聞いたら良かったのに。」
「いや、真由ちゃんの件だから、彼女には内緒で直接佐野君と話をしたくてね。」
「えっ?真由の件ですか?」
「佐野君も仕事中だろうから、今晩時間作って貰えないかな?」
「わかりました。場所と時間は?」
「19:00に『Rock』でどう?Rockなら君の会社から近いでしょ?」
「ご配慮ありがとうございます。その時間に伺います。」
◇ Rock ◇
時計の針は18時49分を指し示していた。
俺は、新田さんとの待ち合わせ場所に足を踏み入れた。
そこは、その名の通りロックな雰囲気が漂うBARだった。
店内には、ギターやベース、ドラムなどの楽器が陳列され、店の奥にはダーツやビリヤードを楽しめるスペースが用意されていた。
どこからか流れてくるロックミュージックのサウンドが、俺の心を高揚させていく。
「佐野君!こっち、こっち!」
声のする方を見ると、手招きする新田さんの姿があった。
初めて新田さんと一対一で会うことになり、緊張しながら彼の席へと向かった。
しかし、新田さんが漂わせる気安い雰囲気に包まれ、すぐに安心感に変わっていった。
ただし、真由から聞いたところによると、彼とは五歳年上の年齢差があるらしいので、きちんとした対応が求められると感じた。
「こんばんは!お待たせしてすみません。」
そこで、俺は彼に丁寧に挨拶をし、礼儀正しい態度で接した。
「いいよ、こっちが早く着いただけだし。それより忙しいのに突然悪かったね。とりあえず飲み物は?」
「では、生ビールを…。」
「ニッ君!生ビール二つ!」
「この場所、良く知ってましたね?」
「ここのマスターは、錦織って言うんだけど、俺の友達なんだよ。」
「へぇ…。顔が広いんですね。」
「人脈だけはやたら多いからね。」
マスターからビールが届き、グラスを突き合わせる。
「乾杯!」
「プハー!ビールって最初の一口目がめっちゃ美味いよなぁ。」
(この人、一口目ってもう半分以上無くなっているんだけど…。)
「それで、話っていうのは…。」
「ああ。佐野君と真由ちゃんは、むかし付き合っていたんだよな?」
「えっ…?」
真由のことで話があると言われていたので予想はしていたが、真由との交際について話題にされると、悪いことをしていなくてもつい動揺してしまう。
「いや、隠さないでいいよ。真由ちゃんからも聞いているし、だからってどうこうはないよ。大学時代の話なんだろ?俺が気になるのは今だ。最近再会したばかりなんだろ?真由ちゃんは随分と佐野君のことが気になるみたいな感じがしたからよ。」
「そうですね。再会したのは地震が起きた日です。今の俺と真由は、複雑な状況にあります。それを理解して貰うには、大学時代の話をしなくてはなりません。」
「そうか。では聞かせて貰えるかな。」
俺は、新田さんに大学時代の話を始めた。
俺と真由は当時、相思相愛の関係にあり、お互いに結婚を視野に入れての交際は順調に続いていたと言う話。
そして、同級生の策略に嵌り、有りもしない浮気証拠によって、仲が拗れて別れることになったという話をした。
新田さんは、真剣な表情で最後まで聞いてくれていた。
「そっか…。それは辛かったなぁ。好き合っていたなら尚更だ。そんで、別れてからも一途に想い続けていた訳か…。」
「はい。別れたのはとても辛かったです。でも、それからもずっと真由が好きでしたが、あんな別れ方をしたので、復縁するのが難しいのは分かっていたんです。それでその後に、職場で恵美と知り合い、今に至ります。」
「でも、また真由ちゃんに再会して恋心が目覚めたと?」
「すみません。」
「いや、責めてないよ。でも、佐野君には恵美さんがいる。それなのに真由ちゃんとも二股なんて話なら俺は納得できないな。」
「ええ。そうですよね。俺は、恵美とは別れます。」
「はぁ?!好きな女ができたらポイ捨てか!?イケメンは羨ましいな!」
新田さんは、俺の一言に反応して身を乗り出してきた。
「いえ、落ち着いてください。それは、少し違います。俺たちの仲を引き裂いた張本人は、恵美だったことが最近になって分かったんです。俺はあの時、恵美に真由との未来を壊されました。俺も真由も、あの時別れたことは、その後の人生にも大きな影響を与えていたことを理解しています。だからそれを知った以上、もう恵美と交際を続けることはできません。」
「恵美さん、めちゃくちゃだな。そういうことね。それで真由ちゃんと元の関係に戻りたいと言う訳か…。」
「はい。」
「そんなに真由ちゃんが好きなの?真由ちゃんの為なら何だって出来る?」
「もちろん好きですし、何だって出来ます!」
「へぇ…。そりゃあ、大したもんだな。だが俺は認めない!」
「は?」
「俺だって真由ちゃんが好きだもん。」
(やっぱり意味わかんねぇな。この人…。)
「あの…。」
「なら、俺より佐野君の方が真由ちゃんに相応しいって認めさせてみなよ!」
「えっ!?どうやって?」
「男同士が単純に力で競い合うならこれよ!」
新田さんは、袖を捲り、分厚い上腕二頭筋を見せつけた。
「ああ…。無理です。俺、右手に麻痺あるから…。」
俺が麻痺があってできないことを伝えると、彼の表情が突然強ばった。
「んなこたぁ分かってるんだよ!その麻痺のある身体で真由ちゃん守れきれるのかってんだよ!左腕なら使えるだろ?」
新田さんは俺を試そうとしている。そう思った。
「くっ…。そこまで言われたら引き下がれないな。」
「そうこなくっちゃ!ニッ君!準備を!」
「よし来た!」
店のテーブルを利用して簡易的なアームレスリング台に早変わりした。
マスターのニッ君が他の客も巻き込んで盛り上げたせいで、俺達の周りにはお客さんがギャラリーとなり、取り囲んでいた。
「レディース&ジェントルマン。ただ今より、好きな女を掛けてのアームレスリング一本勝負を行います。」
いつの間にかマスターのニッ君は、マイク片手にノリノリで進行している…。
「女の名前は…?何だっけ?」「真由ちゃん!」
「そう、真由ちゃん!を掛けての戦いだぜ!西方の男は、俺のダチのヒッキー!」
「ピュー!ヒッキー!」
酔っている客達もノリノリであった。
「東方の男は、ヒッキーの恋敵の佐野君!」
「佐野!やれー!」
俺達は、テーブルを囲んで位置に着く。
緊張の為か手汗が滲む。
それは、新田さんも同じみたいで、マスターに声を掛けた。
「ニッ君、滑り止めある?」
「あるよ!」
(あるんかい!)
マスターが取り出したのは、白い粉状のグリップパウダーだった。
二人ともパウダーを付けた後に双方の手を握りしめた。
新田さんの手はとても大きくて逞しい手だった。
それだけで状況は厳しく弱気になりそうになる。でも、真由の為だ。死んでも勝ちに行く…。
「佐野君。恨みっこなしだ。負けるつもりはないよ。」
「望むところです。」
会場の熱気は更に上がっていく…。
「レディーゴー!」
マスターの合図で力を入れた。
新田さんの腕は…ピクリとも動かない。
ハッキリ言って強い。
俺が弱いのかも知れないが、新田さんの腕を奥まで押し込むことができない…。
身体を支える右手の握力は乏しく、極めて劣勢であると言えよう。
「おいおい、そんなもんか?そんなんで真由ちゃんを守れるのか?」
「クソッがぁ!」
確かに俺は、新田さんの代わりとして彼女を守って行かなきゃならない。
強くあらねばという気持ちだけが、自分の力を後押しする…。
「うぉー!」
身体の隅々まで力を込め、全身全霊を左手に注ぎ込む。
鮮烈な緊張感が脳裏を駆け巡る。
青筋が浮かび上がるほど、頭の血液が激しく循環していった…。
ついに、新田さんの強靭な腕は、動き始めた…。
それは俺にとって劣勢の方にではなく、優勢の方にである。
初めは余裕を見せていた彼の顔には、次第に焦燥が滲み出していくのが分かる。
彼から余裕が消え失せた瞬間であった。
「おい…マジかよ?」
劣勢になりつつある新田さんの様子に、ギャラリーは驚きの声をあげる。
「うりゃー!!」「ぬぉー!!」
お互い掛け声を上げて、最後の力を振り絞った。
《パタン…。》
勝負は遂に決した。
勝ったのは…。
「勝者!佐野君!」
「うしゃー!」
「うぉー!」「すげぇ!」「キングに勝ったぞ!」
なんと…自分が新田さんに勝利したのだ。
自分自身がそれを信じられず、手のひらを見つめると、赤みが滲み出ていた。
「佐野君。やられたよ。完敗だよ。真由ちゃんは、君に任せるよ。どうか、幸せにしてやって欲しい。」
「えっ?マジですか?」
「おい、マジでやり合ったんだ。当たり前だろ?」
新田さんの言葉と、麻痺と彼との力量差によって、諦めかけていた勝利が自分の手に届いた奇跡。
そして、真由を失わずに済んだ安堵感。
全てのことが重なって感極まってしまう。俺は、気づいたら涙が頬を伝って落ちていた。
「おい、男の癖に泣くなよ!」
「新田さんだって…。」
新田さんも同様に涙を流していた。
俺に泣き顔を見られた新田さんは、恥ずかしそうにしてトイレに行くと言って場を離れた。
「佐野君だったか…。アンタ、余程ヒッキーに気に入られてんだな。アームレスリングで奴が負けるのを初めて見たぜ!」
「えっ!?まさか…。」
「ギャラリーも言ってたの聞いたろ?奴は、アームレスリングで『キング』って言われてる。この辺りじゃあ、負けなしの王者だからな。」
「じゃあ…。」
「ああ。奴には内緒だぞ!多分あいつなりに考えて、アンタにその好きな女を任せようと思ったんじゃねぇのかな。奴はそういう奴なんだよ。」
(新田さん…。好きな女性の為に身を引くなんて、誰にでもできることじゃない。男気に関しては、俺の完敗だったな。)
トイレから出てきた新田さんは、またいつも通りの能天気な彼に戻っていた。
俺は新田さんに言われて連絡先を交換した。
新田さんには、このことを真由には言わないようにと念をされたので、快く承諾した。
そして、あるお願いも…。
突然の呼び出しに困ることもあったが、新田さんと分かり合えたのは大きな収穫だった。
結局、更に『もう一軒付き合え』と言われるがままに付き合って、俺達は前よりもかなり親しくなれたのであった…。
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