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30話 白亜
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(あれ…ここは?)
目を覚ますと、そこにはかつて一度だけ訪れたことのある、純白の空間が広がっていた。
(確か、メモリーピースに触れた瞬間、意識が遠のいて…)
思考を巡らせる私の視線の先に、懐かしい声が降り注ぐ。
「シルファ、いらっしゃい。」
振り返ると、白き空間の中心に据えられたテーブルと椅子が目に入った。
その椅子に腰掛け、優雅に茶を嗜むのは、女神パルナス様。
彼女の存在だけが、この無機質な世界を温かなものへと変えていた。
「突っ立っていないで、こちらにお座りなさい。」
穏やかな微笑みで促されるまま、私は女神様の向かいの席に座った。
目の前に差し出された白いカップからは、ほのかなお茶の香りが漂う。
私が手に取ると、女神様はふと慈愛に満ちた表情を浮かべた。
「もう一つ目のメモリーピースを手に入れたのね。立派なものだわ。」
その言葉に、心の中に静かな安堵が広がる。
「ありがとうございます。それも彼の力のおかげです。私一人では成し得ませんでした。」
お茶の温もりを喉に通しながら、私はそう答えた。
「そう、それこそが重要なのよ。」
女神様は微笑む。
「あなたたちの旅の目的は、二人で協力すること。そのことを、忘れないで。」
ふと、疑問が胸をよぎる。この場所に呼ばれた理由──
私はそっとティーカップをテーブルに置き、口を開いた。
「ところで女神様。私はどうしてこへ…?」
女神様はカップを置き、静かに頷く。
「理由は二つあるわ。一つは、お礼を伝えたかったの。あの悪魔の企みを阻止してくれて、本当にありがとう。」
そう言って目を閉じ、深く頭を垂れた。
「悪魔の目的──それは、私への信仰を抑え、邪神の信仰を増やすこと。もしあのまま悪魔の好きにさせていたら、どうなっていたか分かる?」
女神様の問いに、私は思わず息を呑む。
「私たち神は、人々の信仰心によって力を得るわ。私への信仰が途絶えれば、私の加護も弱まり、逆に邪神が力をつければ、魔族や魔物の勢力が増すの。それが彼らの狙いだったのよ。」
その言葉の重みを噛み締め、胸に渦巻く思いが波紋のように広がる──。
「なるほど、成り行きとはいえ、倒すことができて本当に良かったです。では…もう一つの理由とは?」
私の問いかけに、女神様の瞳が一瞬だけ柔らかな光を湛えた。その後、ふふ、と楽しげな笑みを浮かべる。
「ふふふ…そうね。あなたは本当に素直でかわいらしい子ね。」
女神様はその優雅な仕草で微笑んだ。私は、その表情に若干の困惑を覚え、少し声を高める。
「あの…女神様?すみませんが、質問の答えになっていない気が…。」
少々無礼に思いつつも、正確な答えを得たいと思うあまり、思わず首をかしげてしまった。
すると、女神様が「あら?」と驚きの仕草を見せた後、愉快そうに肩をすくめる。
「まあ、そうね。確かにきちんと答えていなかったわ。ごめんなさいね。もう一つの理由…それはね、メモリーピースについての新たな情報を伝えるためよ。」
女神様は軽く手を叩き、その微笑みの中に新たな思案を浮かべる。彼女の声色には、どこか期待感と使命感が入り混じったような響きがあった。
「具体的な位置までは正確には分からないのだけれど…西大陸に向かえば、必ず見つかるはずよ。」
「西大陸ですか…。そこは、確か獣人たちの国があると聞きます。」
私の返答を聞き、女神様は小さく頷き、満足げに微笑む。
「その通りよ。きっとその地で、あなたは、メモリーピースだけでなく、新たな出会いや発見をするでしょう。それもまた、あなたたちの旅の重要な目的になるわ。」
言葉に宿る確信と期待の温かさが、私の心に静かに灯をともす。
「ありがとうございます。西大陸を旅の目的地に加えます。」
「それで良いわ。それでは、行きなさい。あなたと彼の旅路が、幸せと希望に包まれることを祈っているわ。」
女神様の言葉が静かに胸に響き渡る。
そして次の瞬間、純白の空間がゆっくりと溶けるように遠のき、再び意識が消え去った─。
* * *
目が覚める。
深呼吸をすると、鼻をくすぐる少し古い木材の匂いが部屋に充満していることに気づく。
ぼんやりとした意識が次第に覚醒し、周囲を見渡した。ここは宿屋の一室だ。粗野だが暖かみのある空間が、昨晩の記憶を薄くなぞる。
(そうだった…。宿屋で倒れちゃったんだっけ。)
そう思いながら、ふと自分の手に意識が向く。温かい感触が手のひらを包み込んでいる。動揺に満ちた鼓動が胸の奥で早鐘のように響き渡る。
「えっ…これって…?」
視線を手元へと向けると、思いもよらない光景が飛び込んできた。
そこには、私の手をしっかり握りしめ、静かに眠りに落ちているレオさんの姿があった。
(な、なにこれ!)
驚きと嬉しさが交錯し、心臓の鼓動はさらに激しく跳ねる。
一瞬の戸惑いの後、彼の顔へと視線を移した。眠りに落ちたままの穏やかな寝顔がそこにあった。
一つのベッドを共有することは幾度もあったが、背中を向け合って眠ることが常であったため、彼の寝顔をじっくりと見るのはこれが初めてだった。
「かわいい…。」
そっと前髪をかき分けると、その指の先に柔らかな温もりが伝わる。そして、不意に彼の眉が僅かに動いた。
「ん…?」
静かな吐息と共に彼の瞳が開き、私と目が合った。視線の交わる瞬間、空間が一気に動き出すような感覚に襲われる。
「シルファ君!無事だったのかね?」
「あ…はい、大丈夫です。」
「そうか…良かった。昨晩、突然倒れた君を見て心配で仕方なかったんだ。神眼で調べたが、病気でも怪我でもなかった。目覚めるまで待つしかなかったんだ。」
彼の声には安堵が滲んでいたが、私の胸には小さな違和感が残った。ふと、自分の手を包む彼の大きな手に視線を落とし、その原因を探る。
「あの…レオさん?」
私の言葉に気づいたのだろう。彼はその視線を辿り、自分の手に意識を向けた途端、慌てて手を離し、眼鏡を吊り上げながら視線を逸らした。
「す、すまない!君があまりに心配だったので、つい…。ご、誤解しないでくれたまえ!」
その必死な様子があまりにも滑稽だったため、思わず吹き出してしまう。
「ふふっ…レオさん、可愛いですね。」
「お、おい、シルファ君!違うんだってば!」
彼の抗議を軽く受け流しながら、新しい朝の柔らかな光が部屋を満たしていく。
心の中には、少しだけ特別な記憶が刻まれていた…。
目を覚ますと、そこにはかつて一度だけ訪れたことのある、純白の空間が広がっていた。
(確か、メモリーピースに触れた瞬間、意識が遠のいて…)
思考を巡らせる私の視線の先に、懐かしい声が降り注ぐ。
「シルファ、いらっしゃい。」
振り返ると、白き空間の中心に据えられたテーブルと椅子が目に入った。
その椅子に腰掛け、優雅に茶を嗜むのは、女神パルナス様。
彼女の存在だけが、この無機質な世界を温かなものへと変えていた。
「突っ立っていないで、こちらにお座りなさい。」
穏やかな微笑みで促されるまま、私は女神様の向かいの席に座った。
目の前に差し出された白いカップからは、ほのかなお茶の香りが漂う。
私が手に取ると、女神様はふと慈愛に満ちた表情を浮かべた。
「もう一つ目のメモリーピースを手に入れたのね。立派なものだわ。」
その言葉に、心の中に静かな安堵が広がる。
「ありがとうございます。それも彼の力のおかげです。私一人では成し得ませんでした。」
お茶の温もりを喉に通しながら、私はそう答えた。
「そう、それこそが重要なのよ。」
女神様は微笑む。
「あなたたちの旅の目的は、二人で協力すること。そのことを、忘れないで。」
ふと、疑問が胸をよぎる。この場所に呼ばれた理由──
私はそっとティーカップをテーブルに置き、口を開いた。
「ところで女神様。私はどうしてこへ…?」
女神様はカップを置き、静かに頷く。
「理由は二つあるわ。一つは、お礼を伝えたかったの。あの悪魔の企みを阻止してくれて、本当にありがとう。」
そう言って目を閉じ、深く頭を垂れた。
「悪魔の目的──それは、私への信仰を抑え、邪神の信仰を増やすこと。もしあのまま悪魔の好きにさせていたら、どうなっていたか分かる?」
女神様の問いに、私は思わず息を呑む。
「私たち神は、人々の信仰心によって力を得るわ。私への信仰が途絶えれば、私の加護も弱まり、逆に邪神が力をつければ、魔族や魔物の勢力が増すの。それが彼らの狙いだったのよ。」
その言葉の重みを噛み締め、胸に渦巻く思いが波紋のように広がる──。
「なるほど、成り行きとはいえ、倒すことができて本当に良かったです。では…もう一つの理由とは?」
私の問いかけに、女神様の瞳が一瞬だけ柔らかな光を湛えた。その後、ふふ、と楽しげな笑みを浮かべる。
「ふふふ…そうね。あなたは本当に素直でかわいらしい子ね。」
女神様はその優雅な仕草で微笑んだ。私は、その表情に若干の困惑を覚え、少し声を高める。
「あの…女神様?すみませんが、質問の答えになっていない気が…。」
少々無礼に思いつつも、正確な答えを得たいと思うあまり、思わず首をかしげてしまった。
すると、女神様が「あら?」と驚きの仕草を見せた後、愉快そうに肩をすくめる。
「まあ、そうね。確かにきちんと答えていなかったわ。ごめんなさいね。もう一つの理由…それはね、メモリーピースについての新たな情報を伝えるためよ。」
女神様は軽く手を叩き、その微笑みの中に新たな思案を浮かべる。彼女の声色には、どこか期待感と使命感が入り混じったような響きがあった。
「具体的な位置までは正確には分からないのだけれど…西大陸に向かえば、必ず見つかるはずよ。」
「西大陸ですか…。そこは、確か獣人たちの国があると聞きます。」
私の返答を聞き、女神様は小さく頷き、満足げに微笑む。
「その通りよ。きっとその地で、あなたは、メモリーピースだけでなく、新たな出会いや発見をするでしょう。それもまた、あなたたちの旅の重要な目的になるわ。」
言葉に宿る確信と期待の温かさが、私の心に静かに灯をともす。
「ありがとうございます。西大陸を旅の目的地に加えます。」
「それで良いわ。それでは、行きなさい。あなたと彼の旅路が、幸せと希望に包まれることを祈っているわ。」
女神様の言葉が静かに胸に響き渡る。
そして次の瞬間、純白の空間がゆっくりと溶けるように遠のき、再び意識が消え去った─。
* * *
目が覚める。
深呼吸をすると、鼻をくすぐる少し古い木材の匂いが部屋に充満していることに気づく。
ぼんやりとした意識が次第に覚醒し、周囲を見渡した。ここは宿屋の一室だ。粗野だが暖かみのある空間が、昨晩の記憶を薄くなぞる。
(そうだった…。宿屋で倒れちゃったんだっけ。)
そう思いながら、ふと自分の手に意識が向く。温かい感触が手のひらを包み込んでいる。動揺に満ちた鼓動が胸の奥で早鐘のように響き渡る。
「えっ…これって…?」
視線を手元へと向けると、思いもよらない光景が飛び込んできた。
そこには、私の手をしっかり握りしめ、静かに眠りに落ちているレオさんの姿があった。
(な、なにこれ!)
驚きと嬉しさが交錯し、心臓の鼓動はさらに激しく跳ねる。
一瞬の戸惑いの後、彼の顔へと視線を移した。眠りに落ちたままの穏やかな寝顔がそこにあった。
一つのベッドを共有することは幾度もあったが、背中を向け合って眠ることが常であったため、彼の寝顔をじっくりと見るのはこれが初めてだった。
「かわいい…。」
そっと前髪をかき分けると、その指の先に柔らかな温もりが伝わる。そして、不意に彼の眉が僅かに動いた。
「ん…?」
静かな吐息と共に彼の瞳が開き、私と目が合った。視線の交わる瞬間、空間が一気に動き出すような感覚に襲われる。
「シルファ君!無事だったのかね?」
「あ…はい、大丈夫です。」
「そうか…良かった。昨晩、突然倒れた君を見て心配で仕方なかったんだ。神眼で調べたが、病気でも怪我でもなかった。目覚めるまで待つしかなかったんだ。」
彼の声には安堵が滲んでいたが、私の胸には小さな違和感が残った。ふと、自分の手を包む彼の大きな手に視線を落とし、その原因を探る。
「あの…レオさん?」
私の言葉に気づいたのだろう。彼はその視線を辿り、自分の手に意識を向けた途端、慌てて手を離し、眼鏡を吊り上げながら視線を逸らした。
「す、すまない!君があまりに心配だったので、つい…。ご、誤解しないでくれたまえ!」
その必死な様子があまりにも滑稽だったため、思わず吹き出してしまう。
「ふふっ…レオさん、可愛いですね。」
「お、おい、シルファ君!違うんだってば!」
彼の抗議を軽く受け流しながら、新しい朝の柔らかな光が部屋を満たしていく。
心の中には、少しだけ特別な記憶が刻まれていた…。
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