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恐怖の学園編

学園のラブハンター⑦

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「鬼ごっこはもう終わり?」

 バサバサと翼を羽ばたかせる希望が、冬夜と真白を見下ろす。
 二人は木々の生い茂る森林地帯に逃げ込んでいた。
 木々が障害物の役割を果たしてくれるだろう。
 真白の考えは間違ってはいなかったが、少し甘かった。

「ちょっとは考えたようだけど。意味ないわよ!」

 降下してくる希望の正面に巨木が迫っていた。
 ぶつかるかと思った瞬間、木がバターの様に切れる。
 冬夜はひぃいいっ、と悲鳴じみた声をあげる。
 希望の爪による切り裂き攻撃の威力は二人の想像をはるかに上回った。
 障害物を用意できたところで戦況は好転しなかった。

 残された手は……――、

「真白さん。僕の血を吸って」
「え……でも」
「僕なら大丈夫だから……それに僕、真白さんのこと大切に想っているから」
「ありがとう、冬夜くん……私も冬夜くんのこと……――」

 あむっ――

 甘噛みの様に噛みつき血を吸う。
 いつもよりも噛み方が優しいのは真白の心遣いである。

「結局、冬夜くんはアンタにとって食糧でしかないってわけね。最後の晩餐ってところかしら」

 高笑いする希望は少し苛立ったように、

「……って、いつまで血吸ってるのよ!?」

 待ちきれなくなった希望が突撃してくる。
 しかし、希望の攻撃が冬夜と真白に届くことはなかった。
 膨大な黒い妖気が渦を生み出し、希望を拒むように吹き飛ばした。
 膨れ上がるプレッシャーは空気を震わせる。

「なんなのよコレ!?」

 希望はそのプレッシャーを放つ元凶を見て息を呑んだ。

「なんて禍々しい妖気なの!! 白銀の髪が紅く染まっていく……アレが真白の正体だっていうの!?」

 なんとか間に合った。
 冬夜は一息ついた。

「おい、小娘。私に牙をむくとはいい度胸だな。その愚かさの対価、その身を持って償うがいい」

 冷たい物言いに、冷たい瞳。
 いつもの真白とは受ける印象がまるで違う。正反対と言ってもいいだろう。

「例えヴァンパイアが相手でも負けるわけにはいかない……私たちサキュバスが男を誘うのは。数少ない種を絶やさない為、大勢の男の中からを選ばなきゃいけないの――その邪魔をするヤツは許さないッ!!」

「許さない? お前の都合など知らん。許さないから私に牙をむくと? 脆弱者が」

 真白が殺気立つ。
 放たれる威圧感は希望から冷静さを失わせる。
 直線的な攻撃――

「遅い」

 真白は飛び上がると飛行する希望の背後を取り、尻尾を掴み、そのまま地面にたたきつけた。
 呻き声をあげた希望に容赦なく真白は追撃の一手。
 ハンマー投げの要領で希望をぶん投げる。
 ものすごい勢いで宙を舞う希望。
 そのまま木へと激突する。
 圧し折れた木がその衝撃を物語っている。

「バサバサと煩わしかったんだ……その羽、二度と飛べぬようにむしり取ってやる」

 希望は震えていた。
 それでも真白は一切躊躇することなく足を振り上げた。
 止めの一撃である。

 ――冬夜が二人の間に割って入る。

「なんのつもりだ」
「もう、やめようよ真白さん。希望さんも反省してるよ、ね?」

 希望は固まっていた。
 驚きに目を丸くして。

「お前はその女に殺されかけたんだぞ? それなのにかばうというのか?」
「もう充分だよ……それに希望さん、悪い人には見えないしさ。根はやさしい娘だと思うんだよね。僕たちの力になってくれる今の真白さんと同じで」

 真白は、ふんと鼻を鳴らして視線を逸らす。
 照れ隠しである。

「誤解するな。私はお前の血を奪われるのが嫌だっただけだ」

 そう言うと、真白の紅く染まっていた髪が元の銀髪へと戻ってゆく。
 冬夜は真白を受け止めると、

「希望さんも戻ろうか」

 と手を差し出す。
 冬夜の手を掴み立ち上がった希望は、真白をおぶった冬夜の後ろをついて歩いた。


 道すがら希望の胸はドキドキ高鳴っていた。


♢     ♢     ♢     ♢


 運命の人を見つける事こそがサキュバスの宿願。唯一無二の伴侶を見つけ出す。しかしことはそんなに簡単ではない。
 夢乃希望もそんなサキュバスの一人だった。
 しかし、ついに見つけたのだ、運命の人を。
 ファーストコンタクトは最悪だった。
 だからこそこれからはプラスの評価を積み重ねていこう。
 手始めにの胃袋を掴む――、

 希望はキッチンへと向かい気合を入れてエプロンの紐を結んだ。
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