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第三幕 新たな戦場――苦戦続きのバラエティー
ACT88
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収録が終わると、そそくさとスタジオを後にする真希。
私はすぐさま真希を追った。
真希はさっさと自分の楽屋に入ると帰り支度を始めた。
化粧台の上に散らかった私物をかき集めるようにして、本革のボストンバックに落としてゆく。
早くテレビ局から出ていきたいのだろう。
それにしても雑だな、と思う。
私はそんなに詳しくはないけれど、化粧品の殆どは大多数の者が知っている超が付く高級ブランドの物ばかりだ。
ボストンバックに放り込まれたブランド物の化粧品の類で、バックは変形している。
後日、ボストンバックの中を整理させられる真希のマネージャーの事を思うと同情せざるを得ない。
「あの映像って真希が撮ったのよね?」
私は苛立ちの見える真希に恐る恐る尋ねた。
大きく息を吐いてから、
「だったら何?」
「何ってことはないけど……」
「私疲れてるの。帰ってもいいわよね?」
「う、うん」
私は頭を縦に振る。
真希は、歪な形になったボストンバックを肩に掛けると、落胆を漏らした。
「物事っていうのは思い通りにはならないものね。狩る側だと思っていたら、実は狩られる側だった……そこで終わっていれば良かったんだけど」
狩る側だの、狩られる側だのと言うのはおそらくMIKAの事なのだろう。
「……そこで終わっていれば良かった……――」確かに真希はそう言った。
真希の描いたシナリオではおそらくMIKAを完全に潰すことが出来たのだろう。しかし、実際には潰すことは出来なかった。
大御所芸人、福福亭晩春が講じた策――シナリオの前に阻まれた。
2人の思い描いたシナリオは対極に位置するものだった。
どちらのシナリオをなぞるのか。そんなの決まっている。大御所たる晩春さんのシナリオを優先するに決まっている。
それは真希であろうと、そうするだろう。実際に不満を抱きながらも晩春さんのシナリオから逸脱しようとはしなかった。
かなり顔には出てたけど……。ワイプに抜かれてたら完全にアウトだった。
真希は去り際に、
「あのジジイには気をつけなさい」
そう忠告を残してテレビ局を後にした。
…………
……
…
真希が帰った後、私は晩春さんの楽屋にいた。
ちなみに隣には、MIKAが神妙な面持ちで立っていた。
「ごめんなぁ。2人とも忙しいのは重々承知しとるんやけど……」
胡坐をかいた晩春さんが言う。
「おれの番組を落とすような事があったみたいやけど……いちいち説明せんでも分かるやろ?」
じわっと滲む汗は、私の身体から急速に熱を奪う。
それはMIKAも同じようで、MIKAの腕には鳥肌が立っている。
おそらくは全身にそのゾクッとする感覚が駆け抜けている事だろう。
「みんな仲良くせなあかんで」
笑う晩春さんの瞳は全く笑っていなかった。
「すみませんでした」
MIKAは頭を下げる。
衣装の裾を握り、皺を作る。
次第に深く、より深く刻まれる皺は、アイロン掛けしてもきれいにならないだろう。
そう思わせるほど、力強く握られたMIKAの拳には筋が見えている。
「番組の視聴率が落ちたなんてことはないから安心してええで」
かけられた声は私に対してのものだったが、私は反応が遅れた。
「あ……あ、はい」
どうやら私はお叱りを受けることはなさそうである。
そう思うといくらか気が楽になった。
「だって君たちが視聴率を取ってるわけじゃないんだから。視聴率取ってるのはおれやからね」
やっぱり気は重いままだ。
晩春さんは本気で言っている。
つまりは私たちでは視聴率が取れないという事。
晩春さんは番組は自分でもっているという事を暗に言っているのだ。
今まで芸能界の第一線で活躍してきたからこその自信。そこに慢心はない。故に私は恐ろしくなった。
この人が敵に回ってしまったら……考えてしまった。
真希が忠告していた「ジジイ」はあまりにも強大だった。
敵方に回してはいけない。だからこそあの自己中心的な真希が黙ってシナリオに従ったのだ。
MIKAを消す前に自分が消されかねない、という事実に気付いたのだ。
だから真希は私に忠告した。
福福亭晩春には逆らうな、と。
「真希ちゃんには先に話しておいたんやけど、2人とも、これからもよろしく頼むで。ほな、仲直りの握手や!」
笑みの中にあるプレッシャーに気圧される形で、不本意ながら、私とMIKAは互いに手を取った。
仲直り。そんな簡単に割り切ることは出来ないけど、仲違いしたままでは番組だけでなく、この業界からも消し去られてしまうかもしれない。
MIKAはアイドルらしい笑顔を浮かべ、私は心の中にある陰を悟られぬように微笑んだ。
そして交わされた握手は、互いの手を潰さんばかりに強く、強く握られた。
私はすぐさま真希を追った。
真希はさっさと自分の楽屋に入ると帰り支度を始めた。
化粧台の上に散らかった私物をかき集めるようにして、本革のボストンバックに落としてゆく。
早くテレビ局から出ていきたいのだろう。
それにしても雑だな、と思う。
私はそんなに詳しくはないけれど、化粧品の殆どは大多数の者が知っている超が付く高級ブランドの物ばかりだ。
ボストンバックに放り込まれたブランド物の化粧品の類で、バックは変形している。
後日、ボストンバックの中を整理させられる真希のマネージャーの事を思うと同情せざるを得ない。
「あの映像って真希が撮ったのよね?」
私は苛立ちの見える真希に恐る恐る尋ねた。
大きく息を吐いてから、
「だったら何?」
「何ってことはないけど……」
「私疲れてるの。帰ってもいいわよね?」
「う、うん」
私は頭を縦に振る。
真希は、歪な形になったボストンバックを肩に掛けると、落胆を漏らした。
「物事っていうのは思い通りにはならないものね。狩る側だと思っていたら、実は狩られる側だった……そこで終わっていれば良かったんだけど」
狩る側だの、狩られる側だのと言うのはおそらくMIKAの事なのだろう。
「……そこで終わっていれば良かった……――」確かに真希はそう言った。
真希の描いたシナリオではおそらくMIKAを完全に潰すことが出来たのだろう。しかし、実際には潰すことは出来なかった。
大御所芸人、福福亭晩春が講じた策――シナリオの前に阻まれた。
2人の思い描いたシナリオは対極に位置するものだった。
どちらのシナリオをなぞるのか。そんなの決まっている。大御所たる晩春さんのシナリオを優先するに決まっている。
それは真希であろうと、そうするだろう。実際に不満を抱きながらも晩春さんのシナリオから逸脱しようとはしなかった。
かなり顔には出てたけど……。ワイプに抜かれてたら完全にアウトだった。
真希は去り際に、
「あのジジイには気をつけなさい」
そう忠告を残してテレビ局を後にした。
…………
……
…
真希が帰った後、私は晩春さんの楽屋にいた。
ちなみに隣には、MIKAが神妙な面持ちで立っていた。
「ごめんなぁ。2人とも忙しいのは重々承知しとるんやけど……」
胡坐をかいた晩春さんが言う。
「おれの番組を落とすような事があったみたいやけど……いちいち説明せんでも分かるやろ?」
じわっと滲む汗は、私の身体から急速に熱を奪う。
それはMIKAも同じようで、MIKAの腕には鳥肌が立っている。
おそらくは全身にそのゾクッとする感覚が駆け抜けている事だろう。
「みんな仲良くせなあかんで」
笑う晩春さんの瞳は全く笑っていなかった。
「すみませんでした」
MIKAは頭を下げる。
衣装の裾を握り、皺を作る。
次第に深く、より深く刻まれる皺は、アイロン掛けしてもきれいにならないだろう。
そう思わせるほど、力強く握られたMIKAの拳には筋が見えている。
「番組の視聴率が落ちたなんてことはないから安心してええで」
かけられた声は私に対してのものだったが、私は反応が遅れた。
「あ……あ、はい」
どうやら私はお叱りを受けることはなさそうである。
そう思うといくらか気が楽になった。
「だって君たちが視聴率を取ってるわけじゃないんだから。視聴率取ってるのはおれやからね」
やっぱり気は重いままだ。
晩春さんは本気で言っている。
つまりは私たちでは視聴率が取れないという事。
晩春さんは番組は自分でもっているという事を暗に言っているのだ。
今まで芸能界の第一線で活躍してきたからこその自信。そこに慢心はない。故に私は恐ろしくなった。
この人が敵に回ってしまったら……考えてしまった。
真希が忠告していた「ジジイ」はあまりにも強大だった。
敵方に回してはいけない。だからこそあの自己中心的な真希が黙ってシナリオに従ったのだ。
MIKAを消す前に自分が消されかねない、という事実に気付いたのだ。
だから真希は私に忠告した。
福福亭晩春には逆らうな、と。
「真希ちゃんには先に話しておいたんやけど、2人とも、これからもよろしく頼むで。ほな、仲直りの握手や!」
笑みの中にあるプレッシャーに気圧される形で、不本意ながら、私とMIKAは互いに手を取った。
仲直り。そんな簡単に割り切ることは出来ないけど、仲違いしたままでは番組だけでなく、この業界からも消し去られてしまうかもしれない。
MIKAはアイドルらしい笑顔を浮かべ、私は心の中にある陰を悟られぬように微笑んだ。
そして交わされた握手は、互いの手を潰さんばかりに強く、強く握られた。
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