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第三章

第三十八話・フォートランド城での日常・火種

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ジョエルはボイルから話を聞いて怒りに震え、自分の甘さにも怒りを覚えた。アレンから目を離してはいけなかった、まだ葬儀の時の犯人が見付かっていなかったのだから。

アレンと温暖なノーランドに行って、どうやら平和呆けしていたようだ。

バルトは話しを聞くと直ぐにブルース達を拘束し、伯爵に報告した。事が余りにも重大だからだ、彼等は公然と城内でアレンを殺そうとしたのだ。

取り巻き達はふざけていたのだと言い、矢を射たのはブルース一人だと喚いたが取り合わなかった、ブルースを止める事もせず煽っていたも同然だったからだ。

伯爵と執務室でバルトが打ち合わせしていると、グラバルとケーヒルが乗り込む勢いでやって来た。

「どう言う事です、お爺様。ブルース達はケーヒルの配下で僕の家来同様だ。今直ぐに拘束を解いてください。」
伯爵の座る机の前までズカズカ来ると、机を両手で叩いて叫ぶように言った。

「グラバル、ブルース達が何をやったか知っているかね。」
伯爵は冷静に怒りを押し殺して答え返す。

「ええ、彼等はふざけていたと言っている、まあ、少し悪ふざけの度が過ぎたとも反省しています。」
そう答えると、肩を竦めた。

「矢を射かけるのがふざける範疇に入るとは、到底考えられん。明らかに殺人行為だ。」
今度は伯爵が拳で机を叩いた。

「・・・でも、奴は生きて、ピンピンしているそうじゃないですか。」

「ジョエルが止めなければ、アレンに剣を振り下ろしていた筈だ。それ自体も二度目、いや三度目の殺人行為だ、いや、このダンドリュウス家に対する反逆行為だ、絶対に許すことはできない。」
伯爵の声は怒りに震えを帯びて来た。

「お爺様、僕よりあいつを取ると言う事ですか?」

「論点が違う、殺人者を許す訳にはいかないと言っている、それもダンドリュウス家に剣を向けたも同然だ。ブルースは怪我が治るのを待って公開処刑する、他の者も怪我が治れば鞭打ちの上、我が所領からの追放とする。それとも何か、彼らの責任を取ると言うので有れば、鞭打ち所領追放を代わりに受けてもよいぞ。」
伯爵は最後は立ち上がって激しく二人に言い放った。

伯爵の怒りに触れ、彼らは大人しく部屋を引き揚げたが、その日の夜、ブルースを含む五人が牢内で死んでいた。
どうやら、毒入りの酒を飲んだらしい、否、飲まされたのか、結局分からずじまいに終わった。

火種は燻ったままと言う事になる。



僕は三日の間昏々と眠り続けた、どんなに揺すっても目を覚まさなかったらしい。



アレンは顔の横の熱量と胸の上の重量に苦しくなって目が覚めた。

「うう。」目が覚めると顔の横の毛皮の塊がもぞもぞ動き、胸の上の重量が首を伸ばして僕を見つめた。
クッキーとトゥルールだった。

「はは、おはよう、かな?トゥルール、重いよ。」ふわふわの雛のくせに案外重い。
「クッキーも、おはよう。久しぶりだね、大丈夫?お腹減ってない?」

最近クッキーはあんまり姿を見せないし、元気も無いどうしたのだろう、心配事の一つだ。
いつものように身体を擦りつけて来たクッキーを撫ぜてやる。

「おはよう、おおう!!いつの間に!!・・・全然気が付かなかった。」ジョエルが僕のベットの横に椅子を置いて眠ってたみたいだ。

クッキーとトゥルールを見て、目を丸くしている、それもその筈でトゥルールがこんな風に現れるのは初めてだ。
僕の胸の上に二段重ねの雪だるまのように乗っている。

「それがトゥルールか?まじかに雛の形で見るのは初めてだ。まるでオレンジの綿菓子だな。」

「ふふ、でも案外重いよ。」

「ちょっと触ってもいいかな?」ジョエルが恐る恐る手を伸ばしてトゥルールに触れるが気にしてないようなので、そっと抱き上げた。

「ほんとだ、案外重いね。綿菓子なのにな、でも、ふわふわだ~~、気持ちいい~~。」ジョエルが手で撫ぜる度に綿毛がフワワと靡く。

クリュルルルル~~、トゥルールが鳴いたので二人して吃驚した。

「なんだ~?」

「さあ、撫ぜられて気持ち良かったのか、もしかしてお腹が空いたのかな?あれ?クッキーが寝てる、やっぱり体調が悪いのかな?」

「ほんとだな、なにも食べないでこいつが寝るなんてよっぽどだな・・・」

クッキーは枕の上で丸まっていつの間にか眠っていた。

「魔獣の生態はよく分かってないんだろ、今はそっと休ませてやるしかないな。きっと、アレンの事が心配で無理して出て来たんだよ二匹とも。」

「うん、そうだね。」アレンはジョエルからトゥルールを受け取ると、大事そうに抱き込み膝の上にそっと下ろして癒してやるようにゆっくり撫ぜた。

クリュルルルル~~、リルルルル~、気持ちがいいのかトゥルールは再びさえずった。


「あれから、どうなったの?」アレンはジョエルから、その後の事を掻い摘んで話しを聞いたが暗い気持ちになる。とうとう死人が出てしまった。

「アレンの所為じゃないよ、自業自得だ。生きてても処刑されてた、伯爵様はそりゃお怒りになってたからね。」

「・・・・。」

「それより、体調はどう?ボイルから、アレンが発火したと聞いたけど。俺が見た時は身体の炎は消えてた、ただ弓矢や鉄砲が燃えてたのは見たんだ。」

「よく分からないよ。ただ、ボイルまで狙われて凄く腹がたって胸の内がざわざわして、矢を下ろせって指を向けたら炎が灯って、その炎が彼らの弓や鉄砲に燃え移ったんだ。だから、自分が燃えてたかどうかは分からない。熱くなかったし。」

「ふ~ん、熱くなかったのか、じゃ”燃えろ”と思った訳でもなかったんだね。」
「うん、だから何が起こったのかよく分からなかったんだ。」

「アレンの魔力なのか、トゥルールの魔力なのかは分からないけど守護魔法には違いないから自分で制御できれば怖い者無しじゃない?」

「でも、それで人が燃えたら大変だよ。」
「う~ん、便利だと思うけどな~、燃えろ!グラバル!!・・・な~んて。」

「ジョエル!!」
「冗談、冗談。へへへ、怖い顔だよ、アレン。・・・・ご免。」

「ふ~、そんな冗談言わないで。それより、ボイルはどうなったの?怪我しなかった?」
「大丈夫だよ、ちゃんと証言して無事に帰って行ったよ。」

実は帰り際にジョエルはボイルにお城の衛士になるにはどうしたらいいか聞かれたのだ、でもアレンには内緒だそうだ。
(良い友達をもってるじゃないか。”アレンも僕達を守る為に頑張ってるから、そんなアレンを守るんだ”って友達冥利に尽きるねえ。)

「アレンに気を付けろって、それと負けないで、と言ってたよ。」

「うん、分かった。ジョエルも助けてくれて有難う、ほんとにナイフは百発百中なんだね。」

「今度、教えるよ。」ジョエルはにっこり笑ったが、その笑い方バルトに似てて怖いよ。




丸一日ゆっくりと部屋で休息を取り、次の日に厩舎に行きリュゲルに会った。あんまり喜んで興奮するから結局引き出して騎乗することになった。
彼は何度も僕に頭を擦り寄せて優しく嘶き僕の目をつぶらな瞳で覗きこんで来る、リュゲルなりに僕の事を心配してくれてたみたい。
温かいリュゲルの顔に僕も顔をくっつけて、そのたてがみを撫ぜるだけで癒される。
皆は怖いと言うけれど、リュゲルはほんとは優しい馬なんだ、凄く主人に忠実なだけで。

湖の周りを一周すると言われて少し緊張したけど、ジョエルとネルも一緒で安心だ。
風が爽やかであんな出来事が無かったみたいに感じる。

厩舎に帰るとリュゲルが名残惜しそうにするので、ブラシを掛けたり、餌や水をやってから今度は馬場に引き出して並歩、速歩、ギャロップ(ジョエルが教えてくれた)をしてゆっくり触れ合った。
二人ともそんな僕に付き合ってくれたけど、いいのかな?


翌日、練習場に行くと、新たにウィルと言う衛士を紹介された。

「よろしくお願いします、ウィル・バクストンと申します。」バルトと同じ年で子供が二人いて、もう直ぐ三人目が生まれるらしい。

「今日から、側仕えが、ジョエル、ネル、ウィルの三人にして貰う事になった。」バルトが例によっての行き成り宣言だ。

(そんなに危なっかしいかな?でも、色々事件に巻き込まれたから文句は言えない。皆にも一杯心配掛ける事にもなったし。)

「伯爵様の御考えだ。三人いた方が交代もできるし何かと便利だ、ウィルは上の子が十歳らしいからお前の事もよく気が付いて面倒みてくれるだろう。」

「お爺様が・・・。」今回、一番心配かけたかもしれない。僕が目を覚ましたと聞いて直ぐに部屋に入って来たお爺様の目の下にはくっきりと隈ができていた。

心配は掛けたくないけど、厄介事は向こうから勝手にやって来るからどうしようも無い、先の見えないトンネル状態だ。

「それと、これを渡しておく。探して拾って来た。」
それは、あの時ブルースの矢を打ち払ったダガーだったが、根元の所で剣が三本に折れバラバラになって歪んでいた。

それを見ると、震えが来た。やはり、ほんとうの事だったんだと、改めて思い知らされた。
僕はボイルを巻き込んで彼らと命のやり取りをしていたのだ。

「これがお前の命を救ってくれたんだ。よく打ち払えたな、やっぱりちゃんと鍛えて良かっただろう。武器の良し悪しは大事だからな、このタガーは城下でも折り紙付きの鍛冶師の作だ。同じ物を手に入れて来た。」
バルトは又、新しいタガーをくれたが、今まで以上に真剣に向き合おうと受け取った。


周りの誰かを巻き込まないように、
守れるように、
足手纏いにならないように

僕が強くなるしかないのだ。



ジョエルは言うまでも無く、ネルとも何度も一緒に練習して気心がしれてるし、ウィルはさすがお父さんて言う感じで直ぐに慣れる事ができた。


剣の練習はウィルも入れて五人でしたが、時々ケーヒルやその取り巻き達が物も言わず、ずっと練習を冷ややかに見ているのが耐えられない、凄く嫌な雰囲気だ。


でも、グラバル兄さまには徹底して避けられているのか、その影さえ見掛けない。






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第三十九話・フォートランド城の日常・発火(予定)




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