抱く気満々だった新妻から「白い結婚にしましょう」と言われた

黒水玉

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白い結婚にいたしましょう

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「私たち、白い結婚にいたしましょう」

初夜のベッドの上で新妻から言われた言葉に、バレット・オデュレーは動きを止めた。

「私とは閨を共にしなくて結構です」

本日、結婚式を上げ、正式に妻となったリリアーナは、そう言って彼に背を向けた。そのままベッドを降り、立ち上がる。初夜のために着せられたのであろう、薄くて防御力の低いネグリジェ姿を見て、寒そうだなと彼は思った。

「そうか――……わかった」

バレットは静かに答えた。リリアーナは振り向かないまま、夫婦の寝室と繋がった自分の部屋へと向かっていく。

一度もこちらを見ずに扉の向こうに消えたその背中からは、彼女の気持ちは読み取れなかった。


   ◇


「アホか!? なんでそれで『そうか、わかった』なんて言っちゃうわけ!?」

騎士団の同僚であるエリックは、バレットの話を聞いて声を荒らげた。

「いや……ショックのあまり」

新人団員の稽古を眺めながら、バレットはぼんやりと呟く。

一年の婚約期間を経て、ついに迎えた結婚式。婚約期間中は手を握る程度の触れ合いしかなく、ようやく彼女の体に触れられると浮き足立っていたところに「閨は共にしません」発言。あまりの衝撃に頭が真っ白になってしまったのだ。

エリックが「はぁ」と溜め息を吐く。

「どうりで結婚式の翌日に出勤してるわけだ。予定では二週間は休暇だったよね?」

「ああ」

あまりの気まずさからリリアーナと顔を合わせられず、逃げるように家を出てきてしまった。

「それだけショック受けるんなら、追いかけて抱きしめるくらいしたらよかったんじゃない?」

エリックの言葉に、バレットはパチリと瞬いた。

「そうしてよかったのか?」

「駄目な理由もないだろ?  夫婦なんだから」

なるほど、そうだったのか。拒絶されたショックと、寒そうなネグリジェ姿の妻を引き止めるのも悪いなという思いで見送ってしまったが、引き止めるべきだったのかもしれない。

「……しかし、嫌がられているなら逆効果じゃないか?」

バレットの問いに、エリックは「それはそうかもなぁ……」と腕を組んだ。

「だいたい、なんでそんな話になったわけ? 君たちそんなに不仲だった?」

「いや……そうでもなかったはずなんだが……」

バレットとリリアーナは、貴族によくある政略結婚だ。彼女の実家であるフランディア侯爵家は由緒正しき高位貴族で、本来、貧乏子爵家の次男であるバレットではとてもじゃないが釣り合わない。しかし、バレットには剣の才能があり、騎士団でも目覚ましい活躍を見せた。王家からの信頼も厚く、次期騎士団長となることが内々に決定している。その功績を買われ、リリアーナとの婚約に結びついたというわけだ。

いかにも貴族らしい結婚だが、婚約が決まってからの二人は存外うまくやっていた。聡明でしっかり者のリリアーナは、貴族社会に不慣れなバレットをいつも導き、寄り添ってくれていたし、バレットも慣れない手紙や茶会などを精一杯頑張った。少しずつだが、想いは通じ合ってきていると思っていた。

けれど、ここ最近はリリアーナの様子が変だった。どこか物悲しそうに遠くを見つめ、溜め息を吐いている時がよくあった。理由を尋ねても「きっとマリッジブルーですわ」とかわされてしまい、納得しきれないまま引き下がったのだが……

「他に想う男でもいたとか……?」

エリックがぽつりと呟く。

「そうか……ショックだな」

バレットが顔色一つ変えずに言うと、

「……本当にショックだと思ってる?」

エリックが疑うような眼差しを向ける。心外だ。これほどショックを受けているのに、エリックには伝わっていないらしい。この顔のせいだろうか? よく「表情筋が死んでる」だの「なにを考えているかわからない」だのと言われる。

「まあ、帰ってからよく話してみなよ。跡継ぎの問題もあるだろ?」

「そうだな……」

最悪、子どもは養子をとるという方法もあるが、できればリリアーナとの子どもがほしい。

「仮に想う男がいたとしても、今さら離してやる気はないしな……」

独り言のようなバレットの言葉に、エリックが半目になる。

「思ってることは言葉にしなきゃ伝わらないよ」

いつも「言葉が足りない」と言われるバレットは、友の忠告に素直に頷いた。それから、ついでとばかりにエリックが付け加える。

「あと、いくら親友オレ相手でも、夫婦の秘め事を赤裸々に話すのはどうかと思う」

呆れたように言われて、バレットはポリポリと頬を掻いた。自分のこういうところが駄目なのかもしれない。


   ◇


――気の強そうな女性だ。
リリアーナの第一印象はそれだった。

輝く金髪。燃えるような赤い瞳。それを長いまつ毛が囲み、薄い唇は優美な笑みを浮かべている。気品と自信にあふれたその姿は、さすが名門貴族のご令嬢といった風格だ。

「バレット様。どうか私のことはリリアーナと。それに敬語も不要ですわ」

初顔合わせの茶会で、リリアーナはバレットにそう言った。

「しかし、リリアーナ様と私では家格が違いすぎます」

バレットは目を伏せて答えた。
無表情でわかりにくいが、彼の心は憂鬱だった。貧乏ゆえに貴族社会とはたいして関わりのない家に生まれ、騎士団に入団してからは剣一筋の無骨な男だ。同年代の女性とも貴族令嬢ともまともに関わったことがない。しかも相手は名門貴族のお嬢様だ。機嫌を損ねたり、作法を間違ったりしたらどんなことになるのか、考えるだけで憂鬱だった。

そんな彼を見て、リリアーナは首を傾げる。

「あなたはいずれ私の夫になるのだから、家格は同じようなものでしょう?」

そうだろうか。確かに、このままいけばリリアーナはオデュレー子爵家に嫁ぐ。フランディア侯爵家は彼女の兄が継ぐことになっているためだ。しかし、元々の家格がなかったことになるわけではない。バレットは貴族の常識に疎いところがあるが、格上の相手を敬わなければいけないことくらいは知っている。彼女の言葉が社交辞令なのか本音なのかわからない。彼にとって貴族の言葉遊びや建前だらけの会話は難しく、彼女の真意をはかることができない。

なんと返せばいいかわからず黙り込んだバレットに、リリアーナは微笑んだ。

「私は、夫になる方とは対等でいたいのです」

彼女の言葉に、バレットは顔を上げる。

「親同士が決めた相手であろうと、互いを慈しみ、寄り添える関係でいたいのです。だってそのほうが幸せではありません? これから長い時を一緒に過ごすのですもの。気の置けない関係でいたいでしょう?」

「それは……そうですね」

「ね?」

リリアーナはどこか挑戦的に微笑む。

「私たちはまだ始まったばかり。なら、生かすも殺すも私たち次第だと思いませんか?」

「…………」

「私たちの間にはまだ情はないかもしれませんが、それはこれから育てていけばいい。水をやり、肥料をやるように――相手を尊敬し、大切にし合えば、いつか美しい花が咲く……そんなふうに思っていますの」

彼女の目に嘘偽りはなかった。まっすぐにバレットを見つめる瞳は、芯の強さを見せつけるように透き通っていた。

リリアーナの言うとおりだ。結婚というのは本来、愛し合う二人が共に支え合い生きていくことだ。政略結婚でもお互いに尊重し合い、慈しみ合いながら過ごしていくことはできるはずだ。

――この人を信じたい。彼は漠然とそう思った。

「……つまり」

恥ずかしいことを言ってしまったと思ったのか、リリアーナはごまかすようにコホンと咳払いした。

「私はバレット様と、良い夫婦になりたいと思っておりますの」

ありきたりな言葉だった。バレットでも理解できる単純な話。そして、そのあまりの単純明快さに、バレットは彼女の言葉を信じることを決めた。

「ですから、バレット様にはどうぞ肩の力を抜いていただいて――」

「わかった。これからよろしく頼む、リリアーナ」

「変わり身が早すぎない!?」

突然開き直ったバレットに、キレの良いツッコミが返ってくる。その様子に彼は思わず吹き出した。くつくつと肩を震わせるバレットを、リリアーナは少し不服そうに見ている。だが、案外満更でもなさそうに彼には見えた。

後からわかったことだが、リリアーナは凛とした気高い淑女として振舞っているが、実は意外とツッコミ気質で世話焼きな女性だった。その片鱗がこの時すでに出ていたのだ。

気の強い女性だと思った。――そして、素晴らしい女性だとも。

そもそも“気の強そうな女性”というのは、バレットにとっては悪口でもなんでもない。戦場以外ではぼんやりして口下手な彼は、どちらかと言えば尻を叩いてくれる強気な女性のほうが好みなのだ。

加えて、あの気高さと心意気――
バレットは秒で恋に落ちた。


   ◇


その日、バレットはいつもよりはるかに早い時間に帰宅した。まだティータイムに間に合う時間だ。エリックから、さっさと帰って仲直りしろと背中を押されてしまったのだ。

――他に想う男でもいたとか……

エリックの言葉が頭をよぎる。

婚約期間中のリリアーナは、バレットに誠実に向き合ってくれていた。出会いの時の言葉に嘘はないと思った。だが、本当は違ったのだろうか。本当は、無愛想でつまらない自分なんかより、もっと素敵な相手がいたのだろうか。彼女ほど美しく聡明な女性なら、それこそ引く手あまただ。いくらでも選び放題なはずである。

モヤモヤした気分のまま、バレットは屋敷の玄関扉を開けた。

「今帰った」

「だっ、旦那様!?」

玄関ホールに入ると、年嵩の執事がバレットの姿を見て目を丸くした。

「おっ、お早いお帰りで……」

「ああ」

そもそも、本来なら休暇中なのだ。やらなければいけない仕事があるわけでもないし、いつ家に帰っても問題はない。

「リリアーナは?」

執事に尋ねると、彼はビクリと肩を震わせた。

「おっ、奥様は……その……」

執事は落ち着かない様子で視線をさまよわせる。いつも柔和で落ち着いた彼にしては、やけにしどろもどろで歯切れが悪い。

「…………」

嫌な予感がする。執事はチラリと視線を階段に向けた。その方角は、リリアーナの私室がある方向だった。その様子に、バレットの野生の勘が働いた。

「だっ、旦那様! お待ちください!」

走り出したバレットに執事が声をかける。しかし、そんなものに従っている場合ではない。

――まさか。まさか誰かがリリアーナの私室にいるのか? 夫の自分に知られてはいけない相手が、彼女の部屋を訪れているのか?

執事の静止を振り切って階段を駆け上がる。

(まさか本当に俺以外の男と情を繋いでいるのか? リリアーナ……!)



「うわああああああああん!!!」

「!?」
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