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後編
しおりを挟むメイドの朝は早い。
いつもの習慣で明け方に目を覚ましたルリアは、エルヴィスの腕の中からそっと抜け出した。鈍い痛みを訴える体を叱咤して起き上がる。全身がダル重い。昨夜、初めてなのにさんざん貪られたからだ。
(好き放題してくれちゃって……)
ルリアは眠るエルヴィスをジト目で見下ろす。
すると、ルリアと同じく裸のエルヴィスがぼんやりと目を開けた。それに気付くと、彼女はにっこりと笑顔を作る。
「おはようございます、エルヴィス様。よく眠れましたぁ?」
いつものぶりっ子の仮面をかぶり、尋ねると、エルヴィスは気だるそうに「ええ……」とこたえた。
「……朝、早いですね」
「メイドの仕事はたぁくさんあるんですよぉ。ちゃんと早起きできてえらいでしょう? 褒めてくれてもいいですよ♡」
媚びた笑みを浮かべると、エルヴィスはルリアをじっと見つめた。
「あなたキャラのわりに真面目ですよね」
その言葉に、ルリアの笑顔がピシリと固まる。
「……ああ、そのキャラは作ってたんでしたっけ」
わざとらしく言われ、彼女は眉間に皺を寄せた。せっかく人がいつもどおりにしていたのに、協力する気はないらしい。
――仕方ない。こうなったら絶対に王宮で騒ぎ散らかして、責任をとらせてやろう。
誓いを立てながら、ルリアはベッドから出る。すると、床に足をつけたところで、エルヴィスの声がかかった。
「それで、どうしますか?」
「どうしますかとは?」
主語のない言葉に振り返る。
「すぐ結婚しますか?」
「は?」
「それとも、しばらくは恋人期間にしますか? あなた歳はいくつでしたっけ」
「え? あ? に……21歳……」
「なるほど。最近では21歳で結婚だと少し早い風潮ですが、まだ待ちたいとかありますか?」
「いや……というか、結婚とか恋人とか、なんの話……」
「なんの話って――」
エルヴィスはパチリと瞬く。
「普通の男女は両思いになったら、交際なり結婚なりするものなんじゃないですか?」
「両思い……? 誰と誰が……?」
「僕とあなたが」
「はぁ?」
僕とあなた? それはつまり、エルヴィスとルリアが両思いだということだろうか。意味がわからない。そんなルリアの態度にエルヴィスは首を傾げていたが、思い出したように「ああ」と呟いた。
「好きです。結婚なり交際なりしてください」
今度こそ、ルリアは固まった。
「すき……?」
「ええ」
「黒幕を聞き出すために脅したりしたのに……?」
「それとこれとは別問題です。思惑がわからないと、完全に信用もできませんしね」
その妙な冷静さはエルヴィスらしい。
「そもそも、見捨てると思われてるのも心外です。侯爵を断罪したら、手助けしてやろうかくらいは思ってましたよ」
「嘘だ! 全然そんなこと言ってなかったじゃん!」
「今後の話をする前に、あなたが押し倒してきたんでしょう」
「…………」
はて、そうだったろうか。気が動転していたし、そもそも助けてくれると思っていなかったので、はなから耳に入っていなかった可能性はある。
「それならまあ、据え膳は食っておいてもいいかと思いまして。“既成事実”にもなりますしね?」
エルヴィスが半目でこちらを見る。元はと言えば自分が言い出したことなので、ルリアは反論できずに目を逸らした。
「でも……そんな素振りなかったでしょう……」
代わりに違う言葉を投げかける。先ほどエルヴィスが言った「好きだ」という言葉。鵜呑みにするには怪しすぎる。今まで彼は、ルリアに好意的な態度をまったくとってこなかったのだ。
「まあ正直なところ、好意が確定したのは昨夜の一件ですね」
「は?」
“好意が確定する”とは、おかしな言い方だ。一体どういうことだろうか。
「あなたが自分の意思ではなく、脅されて僕の命を狙っていたこと。それがバレても、僕を巻き込んで助かってやろうとする気概。そのへんがよかったですね。思っていた以上にたくましいなと思いまして」
「…………」
そんな理由で人を好きになるものだろうか。恋をした理由としてはあまり納得できない。まだ「抱いたから情が移った」と言われたほうが理解できる。首を傾げていると、エルヴィスはルリアの目を正面から見た。
「あなたの目に恋や愛の類はなかった。――初めは」
まっすぐな視線を受けて、ルリアは瞬きを一度した。
「あなた、僕に取り入ろうとはするくせに、見返りは求めなかったじゃないですか。まあ、隙をついて殺すことが目的だから、見返りを求めないのは当然だったんでしょうけど。それで、少し親切にしたりすると途端にうろたえるんですよね。それがおもしろくて。最初は悪意を隠してるだけだったのに、いつからかそこに“迷い”が生じて、だんだん“好意”が見え隠れしてきて。その過程を見ているのは結構興味深くておもしろかったです」
ルリアは今度こそ閉口した。すべて見透かされていたのだ。一年という期間の中で芽生えた情も迷いも。好きになってはいけないと言い聞かせながらも、惹かれていく思いを。そして、それを見てエルヴィスはルリアに興味を持った。しかし、だとしたらそれはかなり――
「性格悪くない?」
「今さらでしょう」
シレッと言うエルヴィスを、ルリアはジロリと睨んだ。だが、普段のルリアが絶対に見せない表情だったからだろうか。彼はどことなくおもしろそうな顔をしていた。
◇
その後、エルヴィスによって侯爵は断罪され、ルリアは死を免れた。
彼女が暗殺を企てていたことは、王や騎士団長などのごく一部にのみ知らされた。本来なら罪に問われるところだが、侯爵に脅されていたこと、そしてエルヴィスからの強い弁護もあり、王宮を辞めるだけですんだ。
今は王都のすみに店をかまえ、食堂を切り盛りしている。身分や性別を問わず、人々の憩いの場になるような店を作っていきたい――それが今の願いだ。
サラはたまに店に顔を出して、「あんたならやると思ってたわ」とエルヴィスを射止めたことを褒めたたえてくれた。サラの前では少しずつぶりっ子の仮面を脱いでいるのだが、彼女はあまり気にしていないようだ。初めから演技だとわかっていたのかもしれない。
そして当のエルヴィスは、今日もルリアの店に入り浸っている。
「ルリアさん、明日お店休みですよね」
カウンターに座る彼が、片付けをしているルリアに尋ねる。閉店時間を過ぎた店内に居座っていられるのは、彼だけの特権だ。
「そ、そうだけど……」
なにを言われるかわかっていながら、ルリアはおずおずとこたえた。
「今夜、泊まっていっていいですか?」
つまりそれは「朝まで抱いていいですか?」の意味だ。それがわかっているから、ルリアは顔を真っ赤にして小さく頷いた。ちらりとエルヴィスを見やると、彼はルリアの様子にご満悦なのか、わずかに目尻をゆるめていた。
「やっぱ性格悪い……」
「なんとでも」
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