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瞬間、視界が反転した。

ナイフを持つ手をつかまれたと思ったら、次の瞬間にはベッドに仰向けに転がされていた。目の前には、いつも通りの無表情のエルヴィスがいる。ルリアに覆いかぶさるように跨り、こちらを見下ろしている。

――ゾッ、とルリアの血の気が引いた。

「ずいぶん斬新な夜這いですね」

はずしていたメガネをかけながら、エルヴィスは言った。彼の視線はルリアの握るナイフに注がれている。

「殺したいほど愛してるってやつでしょうか」

めずらしく彼が冗談めいたことを言う。それが逆にルリアの恐怖心を煽った。

「な……んで……」

はりついた喉から、かすれた声を絞り出す。

「“なんで”? ……ああ、“なぜ睡眠薬を盛った茶を飲んだのに起きているんだ”ということでしょうか。簡単ですよ。薬が混ざっていることに気付いたので、解毒の魔術を自身に施した。それだけです」

はくはくと息を吸う。視界がグルグルして定まらない。手足が冷たくなり、恐怖から来る涙が目尻に溜まる。

「それとも“なぜ寝たふりをしていたのか”ということでしょうか。それはもちろん、薬を仕込んだ相手がどのようなことをするつもりか確認したかったからです。まあ、なんのひねりもない予想どおりな結果でしたが」

「どうして……いつから……」

――いつからルリアが間者だと気付いていたのか。

「初めからですよ。他の者はうまく騙せていたようですが、僕は当事者ですからね。あなたの目に恋や愛の類がないことはすぐにわかりました」

ルリアはなにも返すことができない。唇を震わせ、エルヴィスを見つめるだけだ。そんな彼女に、エルヴィスは目を細めた。

「どうしたんです? いつも騒がしいあなたらしくないですね」

白々しいセリフを聞きながら、ルリアはなんとか口を開いた。

ガリッ――…

「!?」

突然、口の中にエルヴィスの人差し指が侵入してきた。こじ開けられた衝撃で、ルリアは「ぐっ」と喉を鳴らす。

「自決用の魔術ですか。周到なことだ」

――もし計画が失敗したら、これを唱えて自決しろ――そう言われていた呪文が、口に指を突っ込まれているせいで唱えられない。

ふいに、エルヴィスがなにかを呟く。すると、まばゆい光がルリアの視界を照らした。彼女の全身を包むように輝いた後、すぐに消える。それを見届けると、エルヴィスはルリアの口から指を抜いた。

タラリと、こめかみを汗がつたう。急いで決められた呪文を唱えるが、なにも起きない。

まさか――……

ルリアはそろそろとエルヴィスに視線を向けた。彼の顔には、あいかわらずなんの表情も浮かんでいない。

――まさか、今の一瞬で自決用の魔術を解呪したというのだろうか。

(そんな馬鹿な……)

自決用の魔術は、人の生死を操る高度な術だ。かけるにも解くにもそれなりの技術が必要になる。ルリアがこの術をかけられた時は、かなりの時間と手間がかかった。解呪も同じくらい難しいと聞いていたのに、まさかこんなに簡単に看破されるとは。
エルヴィス・ラグレー……王国の筆頭魔術師というのがどういうものか、ルリアはこの時ようやく理解した。

「――さて」

エルヴィスの声に、ルリアはビクリと体を震わせた。握ったナイフが、エルヴィスによって抜き取られる。彼はそれを手の中で弄びながら、ルリアを見下ろした。

「なにか言い訳はありますか?」

ルリアは唇を噛みながら、目を伏せた。

「……いえ」

その答えを聞き、エルヴィスはナイフを空中へ放った。
刺される――! と思ったのもつかの間……、ナイフは重力に従わず、ふわふわと宙に浮く。魔力で浮かせているのだ。それは彼の一存で、いつでもルリアの心臓を突き刺せるのだろう。

「いいんですか? 弁明しなくて。理由によっては見逃されるかもしれませんよ?」

「……かまいません」

ここを逃れたとしても、どうせじきに殺される。任務を失敗した者に慈悲など与えられはしないのだ。ならば、彼に殺されても同じことである。
エルヴィスは「ふむ」と息を吐いた。

「あなた、素人でしょう。プロの暗殺者には見えない。何故こんなことを?」

「………………」

「元々、暗殺目的で城に上がったのですか?」

「………………」

「誰の差し金です?」

「………………」

黙り込むルリアに、エルヴィスは深々とした溜め息をついた。そして、ふいにこちらに手を伸ばす。ルリアのメイド服の襟元をグッと握り――…

勢いよく引き裂いた。

「っ……!」

突然のことに、ルリアは目を見張る。前開きのボタンが弾け飛び、ベッドの下まで転がった。下に着たキャミソールがあらわになり、それをグイッとたくし上げられたあたりで、ようやくルリアは我に返った。

「いやっ……!」

エルヴィスの手をつかんで止めようとするが、逆に両手首をつかまれ、頭上で押さえつけられてしまう。
驚くほど躊躇なくブラジャーがめくり上げられ、ルリアのささやかな胸がエルヴィスの前にさらされた。

「ひっ……!」

エルヴィスの長い指が胸をつかんだ。少しの痛みを伴うそれに、乱暴をされるのだという恐怖が如実に湧き上がった。

「いや……やめて……」

「ずいぶんと甘っちょろいことで。正体のバレた女スパイの末路など、殺されるか、慰みものになるかの二択でしょうに」

淡々と言いながら、エルヴィスはルリアのメイド服のスカートをめくり上げた。腰のあたりまで上げられたせいで、下半身の下着が丸見えだ。上半身部分は破られているので、服を半分着た状態でありながら、大事なところをほとんど彼に見られるかたちになっている。それはいかにも犯される女の姿というかんじで、ルリアはなりふりかまわず暴れ回った。けれど、いくら暴れてもビクともしない。魔術はなにも使われていない。彼はそれほど筋骨隆々なわけでもない。なのにまったく敵わない。

「誰の差し金です」

胸をわしづかみながら、エルヴィスが問う。少しの優しさもない手つきに、ルリアは顔をしかめた。

「どうせ脅されているんでしょう。指示した人間を言えば、見逃してさしあげますよ」

「…………」

しばしの沈黙があった。ルリアは迷うように視線をさまよわせる。

すると、エルヴィスはルリアのショーツをつかみ、一気に引き下ろした。恥じらう間もなく、秘部が彼の前にさらされる。

「ひっ……!?」

あまりのことに、ルリアの息が止まった。

「どうしました? まさかこの状況で、優しく愛撫されるとでも思っていたんでしょうか」

言いながら、彼は自分のズボンに手をかけた。ルリアの前に、ブルンとむき出しの陰茎が突き付けられる。ルリアは今度は声すら出なかった。

「濡らしもせず、ほぐしもせず、そのままこれを突き入れます。おそらく相当な痛みでしょう。何度も犯せば、苦痛で気が触れてしまうかもしれません。それでも口を割らなければ、今度は別の男を連れてきてさしあげます。飢えた犯罪者などいいかもしれませんね。普通に犯されるだけですめばいいですが、五体満足では帰れないかもしれません。もっとも、帰れる保証はないですけど。――ああ、それとも広場で衆人環視のなか犯されてみますか?」

淡々と言い、エルヴィスは自身の陰茎を片手でしごく。柔らかかったそれが次第に硬さを持ち、立ち上がっていく。とてもじゃないが、ルリアの中に入るようなサイズには見えない。

ルリアは呆然とエルヴィスを見上げた。彼の顔からは、なんの感情も読み取れない。女の体に触れているとは思えないほど、凪いだ目をしている。仕事の書類を見ている時と同じだ。彼は自分の欲望を満たすためではなく、暗殺者から目的を聞き出すためにこんなことをしている。ルリアが傷付こうが悲しもうが、どうでもいいのだ。

ルリアの脳裏に、一定の距離を保って廊下をついてくるエルヴィスの姿が浮かぶ。それがじわりと歪み、彼女は自分が泣いていることを悟った。

「……アクディオ侯爵家の当主、ラドルフ様です」

小さな声に、エルヴィスがピクリと動きを止める。

「――なるほど、アクディオ侯爵ですか。ということは、あなたは侯爵の手引きで王宮に上がったのですか?」

「はい……」

そう。ルリアに王宮メイドの仕事を斡旋したのがアクディオ侯爵だ。王宮の大臣を務める権力者でもある。平民のルリアが王宮に入れたのも、侯爵が裏で様々な根回しをしたからに他ならない。

「確かに、あの人が王宮を牛耳るには、僕の存在は目障りでしょうね」

この国にとって、エルヴィスの存在は非常に強大だ。国を何度も侵略や魔獣被害から救った功績もあり、王族からの信頼も厚い。ともすれば、役職を持つ権力者より力を持っているとも言える。それゆえに、彼を敵視し、排除しようと狙う者は多くいる。アクディオ侯爵はその筆頭だった。庶民の娘を脅し、暗殺者として送り込むくらいには。

すると、エルヴィスはルリアを拘束していた手を離した。覆いかぶさっていた体を起こし、顎に手を当てて目を伏せる。侯爵への対処を考えているのだろう。
それがものの数秒で終わると、今度は彼女の衣服を整え始めた。ブラジャーやショーツを着せ直し、めくれたスカートも元に戻す。宙に浮かぶナイフも、ベッド脇のチェストへ静かに着地させた。ルリアはキョトンと目を瞬かせる。

「さすがにこれで部屋まで戻るのは難しいですね」

エルヴィスによって破られたメイド服はひどい有様で、確かにこの状態で王宮の中をうろつくのは危険だろう。

「服を貸します。戻ったらそのまま処分してください」

そう言ってベッドから降り、エルヴィスは部屋に置かれたクローゼットへと向かう。ついでとばかりに自分の剥き出しの下半身もズボンにおさめ、身なりを整えた。

ルリアは、クローゼットをあさるエルヴィスの背中を呆然と見つめた。
本当に、黒幕を言ったら解放された。あまりにあっさりと、呆気なく。本当に目的達成のための手段でしかなかったのだ。ルリアの恐怖も悲しみも、彼にとってはどうでもいい。言い訳さえ聞く必要がない。

そしておそらく、自分たちの関係もここで終わる。黒幕を聞き出した今、エルヴィスはもうルリアに用はない。ルリアは暗殺に失敗し、情報を奪われてしまった。彼女では彼に敵わないことも実証された。殺されないのは、生かしておいても脅威ではないからだろう。このまま放逐され、「はいさようなら」となる未来が見えた。その後のルリアがどうなるかなど、彼は知ったことではないのだ。

ルリアは拳を握りしめた。

エルヴィスが衣服を持って戻ってくる。ベッド脇に立ち、手にした服をこちらに差し出す。

「ところで、あなた――」

エルヴィスがなにかを言いかけたが、ルリアはそれを聞かずに、服を差し出す彼の腕をつかんだ。ありったけの力でベッドに引き倒す。逃げられないように腰に跨り、わずかに目を見張る彼の顔を睨み付けた。

「…………ふざけないでよ」

地獄の底から這い出たような低い声が、ルリアの喉からこぼれた。

「あんたになにがわかんのよ! なにも知らないくせに! 人を馬鹿にすんのもたいがいにしなさいよ!」

激情をこらえるように唇を震わせる姿は、普段の彼女からは想像もできない。

「力のある奴はいつもそう! あたしたちのことなんかゴミくず程度にしか思ってない! いいように使って、いらなくなったらポイするだけ!」


――ルリアは一年前まで、平民として田舎で普通に暮らしていた。
父は早くに亡くなったが、母が女手一人でルリアを育ててくれた。ルリアも16歳からは街の食堂で働き、家計を助けた。生活は苦しかったが、優しい母や周囲の人たちに愛されて幸せに過ごしていた。

しかし、ある時、母が病に倒れた。地元の医者ではどうにもできず、腕の良い都会の医者に見てもらう必要があった。しかし、ルリアの家にそんな金はなかった。
ルリアは方々をめぐって助けを求めた。そこで手を差し伸べたのが、アクディオ侯爵家だった。当主のラドルフは快く医療費を援助してくれ、ルリアはラドルフの足元に跪いて礼を言った。

……しかし、治療の甲斐もむなしく、母は帰らぬ人となった。

結果がどうあれ、借りた金は返さなければならない。ルリアは何年かかっても必ず返すとラドルフに言った。

けれど、彼の口から出たのは驚きの言葉だった。

『援助した金は、今すぐ返してもらおう』

『え……?』

思ってもみない言葉に、ルリアは固まった。当然、すぐに返せるような金額ではない。床に跪いたまま呆然と見上げる彼女に、ラドルフはさらに追い打ちをかけてきた。

『待てと言うなら、借金の金利は十日で一割だ。耳をそろえて返していただこう』

『そ、そんな……っ!』

ルリアは愕然とした。悪どい高利貸のような金利だ。それでは借金は膨れ上がる一方で、よほどのことがないかぎり一生返せない。

『返せないと言うか?』

『は、はい……』

青ざめながら額を床にこすりつけるルリアに、ラドルフは恐ろしいことを告げた。

『では、死んでもらうほかないな』

『は……?』

『知っているか? 人間の臓器というのは高値で売れる。金を返せないというなら、別のもので支払ってもらうしかないだろう?』

衝撃的な言葉に、ルリアは声をなくした。顔面蒼白で黙り込む彼女に、ラドルフは顎を上げて笑う。

『それも嫌だと言うなら、もうひとつ方法がある』

『な……なんでしょうか……?』

『とある男を殺せ』

『……こ、ろ…………?』

ラドルフはゾッとするような醜悪な笑みを浮かべた。

『王宮の筆頭魔術師だ。非常に邪魔な男でね。そいつを始末してもらいたい』

……この人はいったい、なにを言っているのだろう。人を殺す? ただの平民でしかないルリアが?
金を返すために娼館で働けと言うならまだしも、なぜ死ぬか人を殺すかなどという話になるのか。

『どうする? 死んでその体を売りさばかれるか、魔術師を殺して全てから解放されるか。好きに選べ』

ニヤニヤと笑うラドルフの顔を見て、ルリアは気付いた。おそらく、初めからこれが目的だったのだ。母が助かろうが助かるまいが、彼はこの話を持ちかけるつもりだった。逃げ場をなくして、自分の都合のいい駒にするつもりだったのだ。

――なぜ娼館に売られるという選択肢がなかったかというと、とにかく侯爵は使い潰せる駒を欲していたからだ。いらなくなったらすぐに捨てられる駒が。女なら好都合だと思ったのだろう。うまくいけばエルヴィスを籠絡することができるのではないかと思ったに違いない。

もっとも、暗殺の話を断っていれば、娼館へ送り込まれるという未来もあったかもしれない。それが一番穏便だった可能性もある。娼婦として一生働いても、借金が返せるかは不明だったが。

この時は気が動転して、とにかく死か殺人かを選ばなければならないと思っていた。

床を睨み付けながら、ルリアは燃えるような怒りを感じていた。なぜ自分がこんなゲスのために死ななければならないのか。嫌だ、死んでたまるか、絶対に。そんな思いが、ルリアの中に渦巻いた。

――だから彼女は、“筆頭魔術師を殺せ”という条件を受け入れた。自らの命かわいさに、他人を犠牲にすることを決めたのだ。

しかし、ルリアは甘く見ていた。人を殺すという任務の恐ろしさを。
そもそも、暗殺やスパイの訓練を受けたわけでもない。味方もおらず、バレないように立ち回るだけで信じられないほど神経をすり減らした。おまけにエルヴィスは人嫌いで、取り付く島もなかった。

けれどやるしかなかった。そのために、できることはなんでもやった。

ルリアは初めからぶりっ子をしていたわけではない。王宮に来たばかりの頃は、目立たぬようおとなしくしていた。髪もきっちりまとめ、周囲から浮かないようにしていた。けれど、それではエルヴィスに近付けなかったのだ。どこにでもいる普通の女では、彼に認識されない。名前すら覚えてもらえず、私的な距離に入ることなどできるはずもなかった。

だからルリアは作戦を変えた。無理矢理にでも彼の視界に入ることにしたのだ。賑やかで図々しく、媚びた女――それになることで、ようやくルリアはエルヴィスの視界に映った。周囲はそれを「緊張がほぐれて素が出てきた」と思ったようだが、そうではなかった。目的を達成するために、背に腹はかえられなかったのだ。


「あたしが自決の魔術をかけられてどんな思いで生きてたか、あんたにはわかんないでしょうね!」

毎日、焦燥と迷いと恐怖に支配されていた。ラドルフに決められた期限は一年。目的を達成できなければ自決の魔術が発動し、殺されてしまう。ルリアが王宮に上がってから、すでに11ヶ月が経っていた。時間がない。やらなければならない。

本当はずっと、怖くて仕方がなかった。生きた心地がしなかった。みんなを騙して王宮で立ち回るのも、失敗した後に待つものも、人を殺すという任務も。――たとえ暗殺が成功しても、口封じのために殺されてしまうかもしれないことも。殺す機会をうかがっては、エルヴィスの隙のなさに安堵していた。

ルリアはエルヴィスのシャツに手をかけた。そのまま勢いよく左右に引き裂く。ボタンが派手に弾け飛び、宙を舞った。先ほど見た光景の逆バージョンだ。さらに、彼のズボンにも手をかける。今しがたしまったばかりの一物が再び引きずり出されようとしているのに、エルヴィスはルリアの顔を見上げた。

「なんのつもりです」

「既成事実です」

感情が高ぶったせいか、ルリアの声には涙が混じっていた。

「あなたと既成事実を作って、あのクソ野郎から守ってもらいます」

「僕にそんなことをする義理があるとでも?」

「ないから作るんです」

勢いそのままに、エルヴィスのズボンを下着ごとずり下ろす。先ほど見たグロテスクな陰茎が再び現れたが、彼女はもう怯えなかった。

「エルヴィス様に襲われたって、王宮中に触れ回ってやります。責任とってくれって泣きわめいて、外堀を埋めて、無理矢理にでもあたしを助けてもらいます」

めちゃくちゃな言い分だ。ルリアとてわかっている。だが止められなかった。

エルヴィスの陰茎を手のひらでこする。彼がやっていたように上下にしごくと、少しずつ硬くなってきた。しばらくそれを続け、しっかり立ち上がったところで、ルリアはショーツを脱いだ。自分の指で蜜口を開くと、エルヴィスの切っ先をそこに当てる。

「まさかそのまま挿入するつもりですか?」

ルリアの動きを目で追いながら、エルヴィスが言う。

「だったらなんです、かっ……!」

抵抗される前に、ルリアはグッと腰を落とした。途端に、ズキリとした痛みが彼女を襲う。まったくほぐしていないのだから当たり前だ。

「んん、くっ……」

想像以上の痛みだった。なんとかエルヴィスのものを飲み込もうとするが、あまりの激痛になかなか進まない。ボロボロと涙がこぼれて、唇からフーフーと荒い息が漏れる。
ひと思いに行くしかない、とルリアは息を吸い込んだ。

しかしそこで、ひょいっとエルヴィスが体を起こした。必死になっていたルリアは、虚を突かれて後ろにひっくり返る。そっくりそのまま体勢が入れ替わり、エルヴィスがルリアを押し倒すかたちになった。

――ああ、ここまでか。

自分を組み敷く男を見上げて、ルリアは思った。これほどの狼藉を働いたのだ。無事ではすまないだろう。最悪このまま殺されるかもしれない。
初めから無理な話だったのだ。王国の筆頭魔術師を殺すなんて。……どうしてあの時、言われるがまま請け負ってしまったのだろう。警察に相談するとか、逃亡するとか、他にも方法はあったはずなのに。

まあ、死期が早まったと言えばそれまでか。どうせ任務が成功しようが失敗しようか、始末されるのだろうから。すべてを諦め、やけくそじみた気持ちでルリアは目を閉じた。

しかし――

むにゅんっ。

「へ?」

ふいに胸をつかまれる感覚がして、目を開けた。エルヴィスがブラジャー越しにルリアの胸を揉んでいる。それも、先ほどのような乱暴なものではなく、妙に優しく、官能的に。

「あなたのそういう、転んでもただでは起きないところはおもしろいですね」

エルヴィスがいつもの無表情で言う。言葉の意味を考えていると、ブラジャーがたくし上げられ、現れたルリアの胸にエルヴィスが唇を寄せた。

「は……?」

胸の柔らかい皮膚に口付けられて、ルリアは目を白黒させる。

先ほどの拷問の続きということだろうか? それにしては様子が違うような――いや、そもそも、もう拷問をする必要はなくなったのでは――

「ひゃっ!?」

エルヴィスの舌が、ルリアの胸の頂きを舐めた。その感覚に体がビクリと跳ねる。自分から出た声の甘さが信じられず、ルリアは口を押さえた。その様子を見ながら、エルヴィスはもう片方の乳首をキュッと指でつまむ。唇で吸い付かれながら、爪でカリカリとひっかかれ、そのたびにおかしな感覚が背筋をつたった。

「んっ、ふっ……」

押さえた手の間から声が漏れた。

「そんな顔もできるんですね」

エルヴィスはルリアの顎を指で持ち上げる。

「いつも変に作った顔ばかり見ていたので」

それを言うなら、ルリアはエルヴィスの無表情と不快感をあらわにした顔しか見たことがない。

「あなた、時々変な顔するでしょう」

顎をつまんでいた手を脇腹にすべらせながら、エルヴィスは言った。

「僕が部屋まで送っていく時とか、会話を返した時とか」

一体どんな顔をしていたというのか。たいがい、予想外のことで戸惑っていたり、とっさに顔を作れなかった時のことだが。

「それ、案外悪くないと思ってました」

エルヴィスはあいかわらず無表情だが、なんだかいつも見る顔とは少し違う気がした。

体をすべる手が、スカートのすそをたくし上げる。そのまま足の間に手を差し込まれ、ルリアは急にハッとした。

「ちょっ、ちょっと……!」

止めようとするが、するりと秘部を撫でられて腰が浮く。先ほど下着は脱いでしまったので、ダイレクトに彼の指が敏感な場所に触れた。まるでくすぐるような手つきに、言いようのないむずがゆさが体に走る。

「んっ……」

エルヴィスの手を押さえるが、くすぐる手は止まらない。入り口のあたりをさすられ、ビクビクと体が震える。強い刺激ではないのに、そのむずがゆさが逆に耐えがたい。

そんな様子を見ながら、エルヴィスはおもむろに彼女の両膝に手を置き、ガバリと左右に割り開いた。

「きゃあぁ!?」

信じられない光景に悲鳴を上げる。先ほどは恐怖一色で羞恥を感じる暇もなかったが、今はエルヴィスが“普通に女を抱く”ようにルリアに触ってくるので、混乱と羞恥が止まらない。あまつさえ、美しい顔がルリアの秘部に近付いて、そこをペロリと舐め上げた。

「ひぁっ……!」

まるで食むように、ルリアの敏感な部分がエルヴィスの口内に招き入れられる。愛液を啜りながら舌が中に侵入し、未知の刺激に下半身がビクビクと震える。逃げ出したくて身をよじるが、両太ももをがっしりと押さえつけられて動けない。

「あっ、あぁっ、んん!」

与えられる刺激のせいで思考がままならない。なぜこんなことになっているのか。ルリアのことをそういう対象には見ていなかったはずなのに。どうして、こんな、

「やぁっ、だめ……! だめっ!」

快楽の粒を強く吸われて、快感がせり上がる。それがもうすぐはじける、というところで、エルヴィスは唇を離した。思わず「え?」と彼の顔を見てしまう。

エルヴィスは目を細めて口元をぬぐうと、今度は中指でルリアの割れ目を撫で上げた。高められた体は大袈裟に反応し、ねだるように腰が揺れる。ゆるゆると上下にすられ、そのままつぷりと指が中に侵入してきた。エルヴィスの指は綺麗だが、こうして中に入ってみると思ったより大きくて長い。予想以上の異物感に、とろけていた頭が少しシラフに戻ってくる。すると、それを見抜いたのか、エルヴィスは親指で敏感な粒をくにくにと押した。

「あぁっ……!?」

彼の手によって剥かれた粒が、強い快感を拾う。そのまま、中におさめられた指が内部を広げるように動き出した。苦しいのと気持ちいいのとが一緒になり、頭がぐちゃぐちゃになる。しばらくそれは続き、指が三本入る頃には気持ちいいが上回ってきた。

「初めてなんですか?」

エルヴィスがふいに尋ねる。「初めて」というのは、こういう行為をすることに対してだろう。指を入れた際の反応を見て、そう思ったらしい。ルリアは息も絶え絶えに「そうです、けどっ」と返す。

「平民だったんでしょう? 貴族よりは恋愛も自由だったんじゃないですか?」

確かに、平民は貴族と違って自由恋愛だし、体の関係があっても結婚しなければいけないわけではない。別れるのだって自由だ。体だけの関係を楽しむ人もいる。――まあ、貴族の中にもそういう人はいるが。

「家のこととか、いろいろ大変で……そんな暇なかったっていうか……」

母と二人、生きていくのに必死で、恋愛は後回しにしていた。周りの友人はとっくの昔に初キスや初体験をすませているのに、ルリアはいまだに夢見る少女のままだった。

「そうですか」

「あっ、あっ、あぁ……!」

喋っている間も、エルヴィスの手は止まらない。すでに苦しさは消え去り、気持ちよさばかりがルリアを支配していた。それがもうすぐ弾けそうになり、ぎゅっとシーツを握る。
――と。快感が弾ける直前、またもエルヴィスは手を止めた。ズルリと中から指が抜かれる。絶頂を取り上げられたルリアは「え?」とエルヴィスを見上げた。
指に付いたルリアの愛液を舐めとる姿は、ひどく扇情的だ。その姿を見るだけで下腹部がズクンとうずく。

「いいんですか?」

エルヴィスが尋ねる。なにが、とルリアは目を瞬いた。

「恋人でもない男にこんなことされて」

「……っ」

「逃げようと思えば逃げられると思いますが」

確かにそうだ。拷問のために暴かれていた時と違い、今はどこも拘束されていない。先ほどよりはるかに逃げやすい状況だ。けれど――

「こっ……ここまでされて引き下がれるとでも……!?」

ルリアはエルヴィスを睨みつけた。なにせ、彼女の体はすっかり快楽の炎を灯されている。しかも、おそらく意図的にイカされていない。行き場をなくしたもどかしさが、解放を求めて暴れ回っている。

「ここまでしたなら最後までするのが筋じゃないですか? そ、それにっ、そうすれば既成事実ができて、あたしの目的も達せますし」

ルリアは言い募るが、エルヴィスは「ふーん……」と呟いた後、「それだけですか?」と言った。

「そ、それだけって……」

口ごもるルリアを、エルヴィスはじっと見つめる。心の奥を見透かすような視線に耐えられなくなり、彼女は目を逸らした。

「まあ、いいです」

そう言うと、エルヴィスは再びルリアの両膝を割り開いた。足の間に体を入れ、そり立った屹立を蜜口にすりつける。その感触に、ぶわっとルリアの顔に血が登った。「最後までするのが筋」などと言ったが、実際にその展開になるとどうすればいいかわからない。

――本当にいいのだろうか? エルヴィスはルリアのことを好きなわけではなく、「性欲が刺激されたから抱こうかな」くらいの感覚だろうに、

グプッ――

「うっ、ひっ……!?」

考え込んでいると、了承もなしにエルヴィスが押し入ってきた。

「ちょっ、ちょっと! まだいいって言ってない……!」

「あなたも僕の了承をとらなかったでしょう」

それを言われてはぐうの音も出ない。

「て、ていうか! 避妊!」

避妊具を付けている様子はなかった。元はと言えばルリアが始めたことだが、さすがにナマでするのはまずい。

「僕自身に避妊の魔術をかけているので大丈夫です」

「え……? い、いつ……?」

「いつもです」

「いつも!?」

「あなたのように無理矢理迫ってくる方が後を絶たないので」

「………………」

つまり、「あなたの子よ! 責任とって!」と言われることがないよう、対策しているということか。壮絶すぎる。いくらエルヴィスが男性とはいえ、無理矢理な行為は犯罪だ。ルリアも人のことは言えないが。

「普通に返り討ちにして訴えたので心配無用です」

彼女の心中を察したのか、エルヴィスは言った。
確かに、彼ほどの実力者ならば、なにかされる前に蹴散らしてしまえるだろう。けれど、与えられた不快感はなくならない。そんなことが何度もあれば、人嫌いにもなるだろう。

考え込んでいたルリアだが、グッと陰茎が押し込まれる感覚で我に返った。

「いっ……たたた……!」

指とは比べ物にならない質量と痛みだ。先ほどまったくほぐさずに入れようとした時よりはマシだが――いや、マシか? どう考えてもルリアの中におさめられるような大きさではない。

「んっ、ぐ……うぅ」

喘ぎ声ではなく、呻き声が漏れた。けれど、これは自分でまいた種だ。なんとかこらえようと唇を引き結ぶ。

すると――…

チュッという音をさせて、エルヴィスの唇がルリアの唇をかすめた。突然のことに、彼女はきょとりと目を瞬く。……もしかして今、自分はキスをされたのだろうか?
答え合わせをする間もなく、再びエルヴィスの唇が落ちてきた。啄むように柔らかく、唇同士が触れ合う。その優しい感触に、ルリアの体から少しずつ強ばりが溶けていった。――と、そこへすかさず舌が侵入してくる。

「んんっ!?」

ぬるりとした感触に、体がビクリと波打つ。好き勝手な舌に翻弄され、無我夢中で彼にしがみついた。
さらに、散々かわいがられた快楽の粒を、またもエルヴィスがクリクリと撫でる。そこを触られたら気持ちいいということが、ルリアにはもうわかっている。口内を舐められる感覚と、敏感な場所を刺激される感覚で、ふわふわと頭がとろけてきた。

――と。
間近で見るエルヴィスの瞳が、なにやら怪しい光を灯したと思ったら、

ズン! と、一気に彼のものが押し入ってきた。

「~~~~っ!」

あまりの衝撃に、ルリアは声にならない悲鳴を上げる。唇を離したエルヴィスが、「はぁ」と湿った吐息をこぼした。

「いったぁ……」

「すみません、一息にしたほうが苦痛が少ないかと思ったんですが……悪手だったようですね。次からは気を付けます」

(……次?)

聞き捨てならないことが聞こえた気がしたが、再び唇が塞がれてしまい、聞き返すタイミングを逃してしまった。

破瓜の痛みを気遣って、動くのを待ってくれているのだろう。腰を動かすことはせず、甘やかなキスだけが与えられる。まるで恋人に触れているようだ。とろんとしながらエルヴィスの顔を見ると――
そこには壮絶な色気があった。普段は汗ひとつかかない額に玉のような汗が浮かび、白い頬はうっすら赤く、吐く息は荒い。いっそ暴力的なまでの色香だ。ルリアの中が意図せずキュンと締まってしまったのも、致し方ないことだろう。

すると、エルヴィスがなにかを呟いた。ポゥと光がルリアの下腹部あたりを照らしたと思ったら、急に破瓜の痛みが和らぐ。

「え? なに?」

「魔術で痛みを消しました」

「えっ!? そんなことできるんですか!?」

「治癒の魔術と同じ原理ですよ」

「あ、あぁ、なるほど……」

治癒の魔術を使えば、瀕死の重症すら治すことができる。多少の痛みを消し去ることくらい、わけないだろう。

「そんなことできるなら初めからしてくださいよ」

エルヴィスほどの実力者だ。初めからまったく痛まないようにもできたのではないか。……まあおそらく、ルリアに対しての罰や意趣返しのつもりだったのだろうが。
ふてくされていると、ふいにエルヴィスが腰を揺らした。

「んっ……」

痛みがなくなったかわりに、中にものが入っている異物感にさいなまれる。しかし、さんざん焦らされたせいだろうか。じきにそれは消え始めた。

「ふあっ……!」

ぐるりと腰を回すようにされ、背中がのけぞる。

「実感していただきたくて」

「じっ、実感?」

「はい」

ズルッと腰を引いたエルヴィスが、抜けるギリギリのところでパチュン! と奥を叩き付けた。

「ひぁっ!?」

「あなたの初めてを奪ったことを」

そのまま激しいピストンが始まる。まるで刻み付けるようにエルヴィスの切っ先がルリアの中を穿つ。
声が我慢できなくなり、手で口元を押さえるが、両手を絡め取られて阻止された。揺さぶられながら喘ぐルリアを、彼はいつものように冷静な、けれどどこかねっとりとした瞳で凝視している。

「やだぁ、なんで見るのっ」

「いい顔だなと思いまして」

淡々とした声なのに、どこか楽しそうに聞こえた。見られているという羞恥すら快感になり、中がキュウッと締まる。悔しいと思うも、寸止めされ続けた彼女の体は、あっという間にのぼりつめていく。

「あっ、あぁ!」

そして、それは突然やってきた。強すぎる快感に飲まれ、目の前が白く染まる。中も外もビクビクと痙攣し、こぽりと愛液がしたたった。

しかし、エルヴィスは許してくれなかった。なにかを逃がすようにふぅーっと息を吐いてから、彼女の腰を両手でつかむ。ズン! と強く奥を打たれて、ルリアの息が止まった。

「い、やっ、待ってっ、いまっ、いって、る、からぁ……!」

そう懇願するが、聞く耳を持たれず。まるで逃がさないというように腰をぶつけられる。絶え間なく快感を与えられ、絶頂を繰り返し、もはやイッているのかいないのかさえわからない。それは少しずつ、ルリアから正常な思考を奪っていった。

「す、きぃ……!」

思考が溶けた口から、脳を介していない言葉がこぼれる。

「好きっ、好きなのっ」

彼女には、いま自分がなにを言っているのかわからなかった。

「ええ、そうですね。好きなんですよね、僕のことが」

「好きっ……好きっ……!」

「僕のことが好きだから、こんなふうに」

バチュン!

「んあぁ!」

「されても」

パンパンパン!

「やっ、あっ、あぁ!」

「感じちゃうんですよね」

グリグリグリ……!

「ああぁぁぁ!」

もはや何度目かもわからない絶頂がルリアを襲った。なにかにつかまっていないとどこかに飛んでしまいそうで、必死にエルヴィスの背中に手を回す。すると、噛み付くように唇をふさがれ、奥に熱いものが吐き出された。

「あっ、あっ、あ……」

彼が吐精したのだとわかると、急激に意識が遠のいてきた。お腹の中のあたたかさを感じながら、彼女は押し寄せる眠気に身をまかせた。
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