スキルも魔力もないけど異世界転移しました

書鈴 夏(ショベルカー)

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夜の少年④

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 ……モーリス家?

 言葉を反芻する。もーりす家。一番の名家。彼が、そのご子息……息子さん。

「妖精の加護を手に入れ、大きな商売を興した家だ。この王都では知らないものはいない」

「……え」

 うそ。自分は、なんて失礼なことをしていたのか。

「えええええ!?」

 声を張り上げて、慌てて口を押さえる。今は夜なのだった。しかしロイは特段気にする様子もなく──暗い表情を作って唇を開いた。

「……だが、最近は、良い噂を聞かない。望んだスキルを得られるエルフ属の肉を、違法取引で手に入れたとも……」

 望んだスキル。違法取引。

 なにか、胸がざわつく。嫌な汗が、背中を伝うのがわかった。

『アンタはさ。もし強い力を手に入れるためだったら、なんだってできる?』

 まさか。まさ、か。予感が、当たっているのなら。

『明日の夜は大切な用事があるから、ここには来れない』

 昨日、彼はそう言って。

「ロイ──俺、行かなきゃ」

 走り出そうとした俺の肩を掴んで、彼は好戦的に笑った。

「……場所も分からないだろう。案内する」






 ***

 護衛を倒し、地に伏せさせる。……俺はもっぱらサポート役だが、役に立てているのなら後悔はない。


 豪華絢爛な、綺麗な絨毯が敷かれたカーペットの上をふたりで走り抜けた。


「……いやだ、そんなの食べたくない、嫌だ!!」

「黙れ! 私はお前のことを思えばこそこんなことまでしてやっているというのに……! 親不孝者が!!」


 大広間の中。ふたりの人間が揉み合っている。何かを持って、掴みかかっているのは彼の父だろう。
 ぶわりと、強い怒りが腹の底から湧き上がって。


「お前なんか、産まれてくるんじゃ──」


 父が、呪いの言葉を吐きかける。少年が、泣きそうに顔を歪めたのを見て、俺は。


「やめろ!!」


 扉を蹴り開け、距離を詰めて。手に握られた肉塊を叩き落としていた。


「っはは、よくやったユウト!!」


 愉しげなロイの声。続々と集う周りの護衛をまた叩きのめして、不敵に笑う。


「っ大丈夫!?」


 床に倒れた少年。手を差し伸べると、夜空を閉じ込めた瞳が涙で潤んでいて。長い睫毛を震わせ、瞬きをすれば雫が落ちていく。しかし。彼の目が、大きく見開き──


「ッユウト、後ろ!!」


 寸でで避ける。父が近くの燭台を手に、殴りかかってきていた。冷たい目をしたロイに最後の抵抗も抑えられ──モーリス家での悪夢は、終わりを告げた。


 騎士団たちが押し寄せ、違法取引の産物も押収され。モーリス家当主は、どこかへと連れて行かれた。


「……ユウト」


 ただひとり、子息を残して。


「へへ。ちょっとは見直した?」

 はにかんでそう言えば、唇を泣きそうに歪める。



「ボク、ボク……アンタに、ユウトにスキルも何も無いことに、安心してた」

「うん」

「ユウトを見て、安心してたんだ。何も使えないからって、ユウトを、ふ、見下し、て……!」

「ああ、泣かないで。俺は大丈夫だから。ね」

「最低だ、ボク、最低なヤツだ……!! ごめん、ごめんユウト、ごめん……」

「気にしてないよ。それに悩んでたんだからそうなるのも仕方ないって。俺がその立場だったら……きっと同じだった」



 彼は、滔々と語り出した。


***

 力が強まる満月に、鑑定スキルを父へ使った。

 スキルは呪いだった。『祝福』なんて真っ赤な嘘だ。力に固執した醜い先祖が精霊の怒りを買った現れだったのだ。
 そして先祖は、それを強大な力なのだと、選ばれた一族の証だと嘯いた。……いや、本物の"祝福"だと勘違いしていたのかもしれない。ともかく呪いはいつしか権力の象徴となっていた。


 ボクだって、同じはずだった。あの優しい大人を見下した。なんで。どうして、ボクも最低な人間のはずなのに。

 泣き出すボクに、ユウトは言う。

「そうやって反省できる人だから、じゃないかな」

 優しい声が耳朶を打つ。その温かさが嬉しくて、辛くて、甘えたくて。

「……人のために心を痛められる子がさ、最低な人には思えないよ」

 ああ。この瞳は、同じ血という戒めだ。平凡な技能は、呪縛を断ち切った証明なのだ。



「……父さんだって、本当はあんな人じゃなかったかもしれない。もし、育てられ方が違ったら……この権力が絶対のものだって教えられてなければ、もっと優しくて――」

 そこまで言って、言葉を切る。そんなことを考えたところで何も変わらないのだから。

「……いや、不毛か。傲慢なのがこの家の育て方だったんだ、そうじゃなかったら元々先祖は精霊の怒りなんて買ってないよね」

「……難しいね。だけど、……いつか、お父さんが自分のしたこととか、力のこと以外にも目を向けてくれたら……精霊も許してくれるかもしれないよ。許してくれなくても、変わってくれるかもしれない」

 どこまでも、楽観的だ。
 父はきっとそういった人間になれないから。そんな見込みなど無いからあの呪いを持って産まれたのだ――冷酷な考えが胸を過った。しかし自分よりも心痛を滲ませた表情の彼に、薄暗い感情が霧散する。

「時間なんてこれからいくらでもあるからさ。お父さんにも、君にも。…………きっと良いようになるって、思いたいよ。無責任なことは言いたくないけど……」

「…………ホント、締まらないね」

「う……ごめん」

「いいよ。アンタらしいし、まあ……励まそうとしてくれてるのはわかるし……実際、ちょっと元気出た」

 ありがと。

 くぐもった声で呟けば、不意に静寂が訪れる。


「……やめてくれる、その顔」

「え……あ、いや。ごめん、ちょっと嬉しくて……」


 だらしのない顔。本当に、子どもみたいな大人。
 涙を拭って、真っ直ぐ相手を見据えた。


「……こんなので挫けたりしない。アンタが目を見張るくらい成長してやるから、待ってなよ」


 そうだ。もう、覚悟は決まっている。


「妖精に祝福されたモーリス家の子息としてじゃない。ひとりの人間として、名前を届かせてみせる」

 それで、それで。

「……それで……あ、アンタの……そばに居ても恥ずかしくない大人になる、から」

「もう十分立派だと思うけど……でも、楽しみにしてるな。また会おう、絶対」

「………………ん」


 息をひとつ、吸って。


「フォルモント・モーリス。覚えておきなよ。将来アンタに会いにいく男の名前だから」


 淡い恋心とともに言えば。


 くすくす、と楽しげに妖精たちが暖かく笑う声が聞こえた、ような気がした。
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