スキルも魔力もないけど異世界転移しました

書鈴 夏(ショベルカー)

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プロタゴニスト③

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「とぼけないでくださいよ。見ようと思って鑑定スキルを使っても、弾かれる感じがするんです。拒絶されてるみたいに」

「拒、絶……? ごめん、ちょっと本当に心当たりが……」

 食事処の喧騒が、どこか遠いものに聞こえた。明らかに、この空間は異様だ。まるでここだけ切り離されているように。
 変わらぬ優しい笑みに、背筋がぞっとする。表情を崩さぬまま、隣にいるロイへと視線を向けた。


「……貴方のせいかな」


 ロイの、せい?
 真意をつかめぬままにロイへ顔を向けると、眉根を寄せ睨みつけている。どんなモンスターを相手にしていても、見たことの無い表情だった。

「ふふ。つまらない話をしてもいいですか?」

 プロタくんが言い終わる前に、がたりと、荒々しく席を立つ音。ロイが立ち上がり、俺の腕を強く掴んだ。

「ユウト、もう行こう。関わらない方がいい」

「っロイ……」

「あはは、悲しいなあ。泣いちゃいそう」

 回り込むように道を塞いで、上目遣いをしながら問いかけた。可愛らしく思えていたはずのそれが、今は酷く恐ろしい。

「こんな僕の身を案じてくれるんだから、ユウトさんなら聞いてくれますよね?」

 試すような声色で。俺は、何も返せず。黙りこくっていると、沈黙を肯定と捉えたのか──彼は笑みを深くしてから言葉を紡いだ。



「僕、家族と村の人間、みーんな殺しちゃったんです」



「……え?」

 時が止まったようだった。

「ああ、大丈夫。遮断スキルを使ってるから、他の人には聞こえませんよ」

 ぽんと手を叩いて、こちらの反応に納得が言ったように。落ち着けるように、彼は言う。違う。そんなことをきにしているわけでは、なくて。

「スキルが全然発現しなくて。役立たずー、とか、穀潰し、無能、早く死ね、とかいろいろ言われて。殴られて。石を投げられて。みんなみんな、敵でした。親も兄弟も、村全員。たまに行商人だったり外部の人が来るんですよ。一度だけ、周りの目を盗んで閉じ込められていた部屋から逃げ出して、その人に助けを求めたことがありました。でも、結局無視されて。この世界に望みなんてないことを知りました」

 なんてことない思い出を語るように。昨日の天気や、晩御飯のメニューを話すみたいに──なんでもない顔で彼は言う。
 しかしその内容は、戦慄するほどに悲愴だ。

 目を伏せてから、顎に手を当てて彼はへらりと笑った。


「それである日、とうとう限界が来ちゃったんでしょうね。ぷつっ、って音がしたと思ったら、どこもかしこも血塗れでした。皮肉ですけど、あいつらのお陰でスキルが発現したんだろうな」



「ふ、と感覚で理解しました。どんなスキルを得たのかを。さっき貴方たちに言ったものの他に、もうひとつ。どんなものだと思います? ……くく、」

 とうとう我慢ができなかったように、肩を震わせて吹き出した。酷く歪な笑みを浮かべて。


「指定した対象の命を奪うスキルなんです! ……はは、ああもう、馬鹿みたいな力だ!」


「は……」

 なんだ、それ。強い、とかいう話ではない。
 一体どれほどのストレスがかかったのだろうか。きっとそれは、想像しても遠く及ばないだろう。


「まあ、対象に少しでも未練があると適用されないし、使うと寿命を僅かに削るらしいんですけど」


 つまらなそうに言い切ってから、突然笑った。



「ねえ。ロイさん。貴方の相棒を殺すこともできるって言ったら、どうします?」



 突然矛先が向かって、心臓が止まったような錯覚を覚えた。足が震える。彼は、いつでも俺の命を奪えるのだ。感情の読めない瞳に刺されて──歯の根が合わない。


「決まっている。お前を殺す」


 地を這うような、低い声だった。心臓が恐怖でばくばくして、ロイの顔は見られなかった。きっと、今まで見た事のない表情をしていたのだろう。


「っあはははは! やっぱり! ……大丈夫、安心してくださいよ。どうせ僕にはユウトさんを殺せなくなっちゃったんですから」


 殺せなくなった──それは、つまり。

「……それは、どういう……」

「ふふ……今まで誰かに未練なんて無かったし、これからだって誰にも未練なんか覚える予定も無かったんですけどね」

 上がる口角をそのままに、弾む声で彼は続ける。

「僕がたくさんの人に好かれるとか、好きな人ができる、とか……くく、いきなり素っ頓狂なアドバイスをしてきて、本当に……っふ、面白かったですよ、ははは!」

「あ、その、それは……」

 不愉快だっただろうか。やっぱりあんなこと言うんじゃなかった! 弁解をしようとしたが、手をひらりと出されて制された。

「ああ、違うんです。本当に、斜め上すぎて」

 ふ、と息をついてから。



「あなたは、殺せないかもなぁ」



 今は。付け加えられたひと言は、変わらず酷く冷酷な響きだったが──呆れと、なんだか、温かさが滲んでいた、ような気がした。

「元々、世界をもう少しだけ見たいと思ってました。それで本当に誰も彼も救いようが無くてつまらないなら、できる限り壊してしまおうともね。……あなたが僕の生まれた村に居てくれたらなぁ」

──なんて、"もしも"の話をするのは不毛ですね。

「ここは地獄だと思ってたけど、あなたみたいな人がいるなら壊さなくてもいいかもしれないな」

「……俺みたいな奴、そこら辺にいるよ」

「どうかな。少なくとも、こんなときに恋愛の話をしてくる素っ頓狂は知りませんから」

 生憎、世間知らずなもので。


 皮肉げに言う彼に、俺は、訥々と言葉を紡いだ。

「俺の友だちにはさ、俺よりよっぽどすごい人も興味深い人もいるんだ。世界がつまらないのかは、いろんな人に会ってみてから考えても、遅くない……と思うよ」

 そうだ。世界は広い。彼を閉じ込めていた村よりも。彼が、想像するよりも。人間は複雑で、世界は興味深いものがたくさんあって。
 なにかひとつでも、彼が満足するものが。傷ついているだろう彼を優しく包み込んでくれるものが、見つかるはずなのだ。

「そう。なら、楽しみにしてます。嘘ついたら、殺しちゃいますよ──なんてね」

 からりと笑って、プロタくんは言葉を続けた。

「世界を沢山見たら逢いに来ます。逃げても、追いかけますから」


「……だ、だったら。寿命を縮めるスキルは使わないで。それで死んじゃったら、会えなくなるでしょう」


 情けなく、裏返りそうになりながら。気持ちを口にする。だって、どれだけスキルが強力でも。命を削るなんて、そんなの──あまりにも、痛々しくて。

 もつれる舌を必死に動かして言えば、彼はほんの少し、目を見開いて。

「……へえ。いいですよ、聞いてあげます。ふふ……本当に、面白い人」


 逃がしませんから。


 ぞっとするほど綺麗な笑みで、プロタくんは手を振った。



 彼がどこかへ向かったあと──俺は、へたりとその場に座り込んだ。
 ロイに手を差し出され、なんとか立ち上がる。表情を見れば、先程のような鋭さはとうに消えていて。なんだか、申し訳なさそうな色が浮かんでいる。

「今まで隠していてすまない。俺のスキルでユウトのステータスを偽装していたんだ。誰かに鑑定されても、怪しまれないように」

「えっ!? ……え!? あ、いや、ありがとう、だけど! ロイのスキル1個じゃないの!?」

「……ああ。すまない、騙していたようで」

「全然!わー……すげえ!!」

「……それほどでもない。多くても、喜ばしいものとは限らないからな」

 意味深に言葉を切る。

「でも、なんでフォルには見えたんだろ……」

「推測だが……泉の加護がスキルを強化していたんだろう。……あれから、そういう相手にも見えないようにしなければいけないと学んだ」

「……いろいろ、迷惑かけるね。ごめん」

「いいんだ。……プロタ、といったか。何度も言うようだが、あまり関わるな」

「……うーん、でも……」

 素朴な願いが、胸に生まれる。

「あの子を温めてくれるなにかが、見つかるといいな。そしたら少しは変わるかもしれないし──変わらなくても、俺はあの子と友だちになりたいよ」

 子どものような願いを口にすると、ロイは「さすがだな」と幼子を相手にする口調で。観念したように、笑った。
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