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頭痛のオレンジ
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西陽が、苦手だ。
劈くような赤に近い眩しいオレンジ。目に入った途端、目玉の中で、今目にしている色を全部ぐるぐる筆でぐちゃぐちゃと掻き混ぜられるような。決して良いものではない。ので、その後ズキズキと痛みが始まる。幼馴染の美羽も頭痛持ちだから理解はしてくれるが、どうやら今日は平気だったみたいだ。羨ましい。
美羽はずっと、両親を失ってひとりぼっちだった。そのうち祖母に育てられ、それからすぐ祖母も亡くなり、またひとりになった。最近またふたりの暮らしになったらしいが。それがこの、噂通り人間を超越した美しさから「人魚ちゃん」と呼ばれている彼女。
「……人魚ちゃんも、ありがとね」
「まあ。……ふふ、あなたも私のこと『人魚ちゃん』って呼ぶのね」
人魚ちゃんが微笑む。目を細めて、どこか妖しい陰りと恐さを見せて。
「頭痛、つらい?」
「まあ。けど、美羽のほうがひどいよ。あいつはほら、月のものがあるから」
「つらさは比較するものじゃないわ、あなたはあなたのつらさがあるでしょ。美羽だってそう言うはずよ」
「はあ~……すげえ。ねえ、君さぁ、人魚ちゃんじゃなくて、なんかこう、女神とか天使とか言われない?」
「そう見える?」
「いや」
モテそうじゃん、と喉元まで出かかった有り触れた褒め言葉は、この容姿なんだから何をそんな今更当たり前のことをと思い、さすがに言い留まった。こんな美しさの権化みたいな女性にそんな褒め言葉は野暮だ。それに俺には、人魚ちゃんをべた褒めするメリットが一ミリもなかった。
代わりに、尋ねたかったことを直球で尋ねた。
「……あのさ。美羽のクラスの奴が喋ってたけど、五歳のときの話、あれ嘘だよな」
「本当よ」
「はー。その『本当』は、『美羽が五歳のとき、美羽が海辺まで行って、怪我をして泣いてた人魚を助けたことなら本当』だろ」
人魚ちゃんは驚かなかった。まるで俺が次に発する言葉を知っていたかのように。そして微笑んで、「あらあら、うふふ」と軽く受け流そうとした。もちろん俺はそれを阻んだ。
「否定しないんだな」
攻撃したい意思は別になかったが、確認したいことは山ほどあった。まず一刺し、と言ったところだ。
「肯定もしないわ」
「うわー」
引くわー。そんなこと言っちゃうんだ。しかし人魚ちゃんは怯まなかった。言葉もするすると出てきては迷わずに紡いで、その上耳に心地好く入り込んできた。俺は不快だったが、万人に多幸感を与えるような声とはこういった声なんだろう。
「ねえ、ここのみんなは本当におとぎ話が好きなのね。縋りたくなるほどのまぼろし、もしもの話、それってそんなに美しいかしら」
「知らね。価値を見出すから好きって人も、周りが好きだから好きって人も、たくさん居るし」
「そう」
人魚ちゃんは冷たい声で吐き出した。そして続けた。
「あなたがもし覚えているなら、あのときあなたが私に言い放った言葉も、怪我の位置も当てられると思うのだけれど、いかが?」
いかがってなんだよ。白々しい。記憶力に自信はあるが、それは全然別の話で、舐めてもらっては困ると言いたかった。
俺は突っ伏していた体をのっそりと起こして、右手で指さした。
「俺はあのとき、『美羽を食べるな』って言った。で、怪我は、右腕の、ここ」
「あら」
人魚ちゃんは、「嫌ね、どちらも正解」と、俺の腕を強く掴んで言った。腕に込められた力強さは、ひとの力を超越したそれだった。男の俺でも痛む強さ。骨が軋む気がした。
外は雨が降ってきていた。夕暮れのオレンジはそのうち雨に溶けて汚く濁って、頭痛は低気圧のせいでますますひどくなっていった。携帯には美羽からの連絡があって、「雨降ってきたから帰り道気を付けて。あとわたしの傘見つけられたら持ってきて」とだけあった。
劈くような赤に近い眩しいオレンジ。目に入った途端、目玉の中で、今目にしている色を全部ぐるぐる筆でぐちゃぐちゃと掻き混ぜられるような。決して良いものではない。ので、その後ズキズキと痛みが始まる。幼馴染の美羽も頭痛持ちだから理解はしてくれるが、どうやら今日は平気だったみたいだ。羨ましい。
美羽はずっと、両親を失ってひとりぼっちだった。そのうち祖母に育てられ、それからすぐ祖母も亡くなり、またひとりになった。最近またふたりの暮らしになったらしいが。それがこの、噂通り人間を超越した美しさから「人魚ちゃん」と呼ばれている彼女。
「……人魚ちゃんも、ありがとね」
「まあ。……ふふ、あなたも私のこと『人魚ちゃん』って呼ぶのね」
人魚ちゃんが微笑む。目を細めて、どこか妖しい陰りと恐さを見せて。
「頭痛、つらい?」
「まあ。けど、美羽のほうがひどいよ。あいつはほら、月のものがあるから」
「つらさは比較するものじゃないわ、あなたはあなたのつらさがあるでしょ。美羽だってそう言うはずよ」
「はあ~……すげえ。ねえ、君さぁ、人魚ちゃんじゃなくて、なんかこう、女神とか天使とか言われない?」
「そう見える?」
「いや」
モテそうじゃん、と喉元まで出かかった有り触れた褒め言葉は、この容姿なんだから何をそんな今更当たり前のことをと思い、さすがに言い留まった。こんな美しさの権化みたいな女性にそんな褒め言葉は野暮だ。それに俺には、人魚ちゃんをべた褒めするメリットが一ミリもなかった。
代わりに、尋ねたかったことを直球で尋ねた。
「……あのさ。美羽のクラスの奴が喋ってたけど、五歳のときの話、あれ嘘だよな」
「本当よ」
「はー。その『本当』は、『美羽が五歳のとき、美羽が海辺まで行って、怪我をして泣いてた人魚を助けたことなら本当』だろ」
人魚ちゃんは驚かなかった。まるで俺が次に発する言葉を知っていたかのように。そして微笑んで、「あらあら、うふふ」と軽く受け流そうとした。もちろん俺はそれを阻んだ。
「否定しないんだな」
攻撃したい意思は別になかったが、確認したいことは山ほどあった。まず一刺し、と言ったところだ。
「肯定もしないわ」
「うわー」
引くわー。そんなこと言っちゃうんだ。しかし人魚ちゃんは怯まなかった。言葉もするすると出てきては迷わずに紡いで、その上耳に心地好く入り込んできた。俺は不快だったが、万人に多幸感を与えるような声とはこういった声なんだろう。
「ねえ、ここのみんなは本当におとぎ話が好きなのね。縋りたくなるほどのまぼろし、もしもの話、それってそんなに美しいかしら」
「知らね。価値を見出すから好きって人も、周りが好きだから好きって人も、たくさん居るし」
「そう」
人魚ちゃんは冷たい声で吐き出した。そして続けた。
「あなたがもし覚えているなら、あのときあなたが私に言い放った言葉も、怪我の位置も当てられると思うのだけれど、いかが?」
いかがってなんだよ。白々しい。記憶力に自信はあるが、それは全然別の話で、舐めてもらっては困ると言いたかった。
俺は突っ伏していた体をのっそりと起こして、右手で指さした。
「俺はあのとき、『美羽を食べるな』って言った。で、怪我は、右腕の、ここ」
「あら」
人魚ちゃんは、「嫌ね、どちらも正解」と、俺の腕を強く掴んで言った。腕に込められた力強さは、ひとの力を超越したそれだった。男の俺でも痛む強さ。骨が軋む気がした。
外は雨が降ってきていた。夕暮れのオレンジはそのうち雨に溶けて汚く濁って、頭痛は低気圧のせいでますますひどくなっていった。携帯には美羽からの連絡があって、「雨降ってきたから帰り道気を付けて。あとわたしの傘見つけられたら持ってきて」とだけあった。
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