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一章 神さびた参道の伝え話
第2話 叔父
しおりを挟む異界から帰還して数日。俺は母から拒絶されるというショッキングな出来事からはボチボチ立ち直り始め、それよりも、これからの生活をどうしようかと悩んでいた。
何せ、戸籍がないのだ。ここで唯一頼りにできる存在である婆ちゃんが言うには、戸籍がないとジュウミンヒョー(住民票)もないから銀行の口座も作れないだろうし、口座が作れないとまともな仕事も見つけられないらしい。
そんなこんなで、うだうだ、グダグダしていたのを婆ちゃんに見咎められ、取り敢えず仕事を紹介してくれるというハローワークとやらに話を聞きに行ってみたものの……
担当してくれた人に戸籍がなく、口座もないと伝えると引き攣った顔でギョウセー(行政)に相談してくれと言われ追い返された。戸籍がないのはやっぱりとんでもなく不便らしい。
どないせぇちゅーんじゃい。
ついでに言えば俺の生まれた日本は学歴社会と言うらしく、俺の最終学歴である中卒ではヒセイキコヨー? (非正規雇用)でも就職は苦しいらしい。そして、仮に仕事を斡旋して貰えるとしても、履歴書に書く中学卒業してから現在までの十年間、経歴が何もないのはヤバいのだとか。
ふぁーwww
現実って厳しい。俺は金、仕事、学歴。なーんも持っちゃいない。異界で培った度胸、剣術、呪術、サバイバル能力は現実の社会生活ではクソほど役に立たない。
そうそう。他にも、中坊だった頃には同年代でもそんなに持ってる奴もいなかった筈の個人用電話──今では近所の小学生の子どもですら持っているというのに、俺はそれすら持っていない。
会って話せばいいじゃん、婆ちゃん家の電話があるじゃんと負け惜しみのような意地で内心ささやかな反抗をしてみたが……最近のケータイはゲームも出来るし、普通にインターネットも出来るらしい。どう繕おうと、現代社会では必須のアイテムのようだ。というか、婆ちゃんですらケータイ持ってたし。正直、欲しいです。
てか、昔はケータイと呼んでたと思うが、今はどちらかと言うとスマホと呼ぶみたいだ。時代に取り残されてんなぁ俺……
──そんなこんなでここ数日、俺は婆ちゃん家に寄生する穀潰し虫と化し、取り敢えず近所を散歩するか体が鈍らないように素振りしたり鍛錬したり……もしくは無駄に広い庭やら、家庭菜園と呼ぶには広過ぎる畑の草むしりをするくらいしか出来る事が無かった訳なのだが。
「おーう、ただいまー。母さんいるかー?」
玄関の方から男性の声が聞こえた。ちなみに婆ちゃんはまた寺の檀家の集まりがあるとかで留守にしている。
「ちわっす……婆ちゃん、今ちょっと留守で……」
『母さん』と呼んだからには、その人は婆ちゃんの息子の一人なんだろうが、俺は少し緊張していた。何せ、俺は存在しない筈の人間だし、父さんの兄弟とはそれこそ失踪するよりも前のこと、十年以上会っていなかった。誰だと警戒されるのは目にみえている。
「うおっ、びっくりした。デケーな……もしかしてお前、辰已、か?」
父さんの兄弟と思しき人物が俺に問いかけた。見知らぬ人物が勝手に敷地内に入っていると警戒されることも覚悟していたのだが、眼の前の人物は俺が父──竜樹の息子の辰已であると認識しているらしい。
「あ、ウス」
「そうか! 随分とデカくなったな! 身長の高いうちの家系でもお前ほどタッパのある奴はいなかったぞ! 一番だな!」
「え、ははは……」
どう反応していいのか困る。というか眼の前の人物はいったい誰なんだ。一向に思い出せない。
眼の前にいる男性も俺ほどではないが、高身長でガタイもいい。息苦しくないようにかネクタイもシャツのボタンも外してあったが、腕には高級そうな時計が巻いてあった。
雰囲気に余裕というか、人の上に立っている者が持つ空気感がある。多分、金持ちかそれなりの社会的地位にあるのだろう。それでいて、やたらとフランクな態度だ。父の兄弟ということもあってか、朧気な記憶の中の父さんの面影にどことなく似ているように感じるが……
「ガキん頃に会ったんだが、覚えてるか? いやぁ、覚えてねぇだろうなぁ……お前もまだこんな小っこかったからなぁ」
「それ、流石に小さすぎません?」
男性は地上からだいたい50~60センチくらいのところで手の平をスイスイと横に滑らせた。
「そうか? だいたいこんなだった気がするが」
ニヤニヤと笑みを浮かべる。
それじゃまんま幼児のサイズだろう。いや、赤子の時に会っていたら合っているのか? いやいや、少なくとも父さんの葬式の時に会ってる筈だ、やっぱり違う。うーん、思い出せない……
「まぁ、そんなことはどうでもいい。母さんが帰ってくるまで中で待たせて貰うぞ」
と、話をしている間に兄弟の内の誰だったかを必死に思い出そうとしていたのだが、その相手はそう言うと、さっさと家の中に入って行ってしまったのだった。
□
「いやぁ、母さんから突然連絡きて、行方不明だった辰已が帰って来たって聞いてよ。こりゃ顔見に行かねぇとって、仕事の合間に抜けて来たんだわ」
「は、はぁ」
「そしたらよ、家にデケェのがいるじゃねぇか! 予想とは全然違ったがな! お前の父親の竜樹はよぅ、ウチの家系の中じゃ小っこい方だったからなぁ」
「へぇ~」
「そこんところ、お前は父親似じゃなくて爺さん似だったってこったな。そうそう、昔じゃ珍しいくらい親父もお前と同じくらい体格が……」
名前が思い出せなくてもどかしい。かといって叔父である人物に名前を聞くのも失礼だろう。というか、小さいとか大きいとかでずっと話が進まないのだが。
何が楽しいのか分からないのにカラカラと呵々大笑する姿は、置いてきぼりをくらっている俺としては少し居心地が悪い。
居間のテーブルの上に置かれた麦茶に入れられていた氷が溶け、カラリとひっくり返った。唐突に叔父さんがピタリと黙り込む。
「……叔父さん?」
「……わりぃな。正直な話最初はよ、辰已が帰って来たってのも疑ってたんだわ。今流行の孫やら息子やらを騙って金を毟り取る詐欺があるからな。とうとう母さんも耄碌したのかってよ」
「そんな詐欺があるんですか……? 孫でも息子でも、会えば、すぐ本人かどうかわかると思いますけど……?」
正直な人だ。多分だけど、婆ちゃんが騙されているかもしれないと心配に思って、忙しいのに時間を作って急いで此処に来たんだろう。
でも、実際に顔合わせれば実の血縁なのかどうかくらい分かるものだよな? それだけ巧妙な詐欺なのだろうか。
「かっかっかっ! そりゃそうだ! 俺もお前見た瞬間にホンモンだって分かったぜ。図体こそ竜樹に似ちゃいないが、目元がそっくりだし、ウチの家系の顔してっからな。あぁ、お前は何でか知らねぇみたいだが、寂しい独居老人を狙った詐欺があんだよ。テレビでよくやってんだろ?」
「はぁ、あまりテレビ見てなかったんで」
叔父曰く、最近では電話で息子や孫の存在を騙って事故やらトラブルの示談金をせしめる輩がいるのだそうだ。息子や孫が困っているなら……と話を信じて金を言われた口座に振り込んでしまうのだとか。
電話の声だけで血縁者だと信じてしまう、というのは俺からしたら不思議な話だった。ついこの前まで他所にいた俺からしたらどうにも信じられない話。昔では考えられない世の中に変化しているようだった。
叔父が言うには、今の世の中ではそれだけ人と人との繋がりが希薄になっているんだろう、と。それが血縁という強い筈の繋がりだとしても。たとえ自分の血縁者の声であっても、何年も会っていなければ分からなくなるものらしい。
「それにお前に関しては方々を探したが見つからなくて、何年も行方不明だったからなぁ。母さんは諦めちゃいなかったが、正直、俺ももうお前の顔は見れねぇと思っていた」
つまりは死んだものと思っていたのだろう。そんな俺が帰ってきたと。十年もの間、行方不明だった者がフラリと戻ってくる。普通は信じられないものだろう。
「しかし、お前これまでいったい何処に隠れてた? 中坊の一人探せないほど警察は無能じゃねぇんだが。攫われて海外にでも飛んでたってのか?」
「そんなまさか」
思うに、叔父さんも俺が突然居なくなった原因が神隠しだとは思っていないみたいだった。というか、叔父さんは警察の捜索能力に大分自信があるようだ。行方不明者を見つけるための仕組みとか、捜査方法とかがあるのかな? 叔父さんの考えているだろう通り、俺がいた場所が警察の手の届く範囲外だというのは当たり。誘拐でも、海外でもないのだけど。
「で?」
「あー……神隠しにあっていた、としか……」
「へっ。母さんがいつも言ってたやつか。……まぁ、言えねぇってなら、今は聞かねぇよ」
「すいません」
まさか異界に迷い込んでたなんて言える訳もない。それこそ頭が可笑しくなっていると思われそうだ。理由を言わないことに不満を表すかと思ったが、当の本人はあっけらかんとしている。むしろ、面白げに観察するようにこちらを見ていた。どうにも理由を聞き出すことを諦めたようではなさそうだ。
「……叔父さん、何か楽しそう? ですね」
「おう、弟の忘れ形見、そのいなくなった一人息子が無事に帰ってきたんだ。これ程嬉しいことはねぇ。それに、大きな謎を抱えて、ときた。俺の知的好奇心が刺激されるってもんよ」
「ふはっ……それは、ありがとうございます?」
「なんだよ、ございますだぁ? そんな他人行儀にすんなよ甥っ子」
その物言いに可笑しくなって笑ってしまう。叔父さんは間違いなく、婆ちゃんの息子だなと思った。器の大きさも開けっぴろげな態度もそっくりだ。
そんな明け透けな態度と言葉に記憶が刺激されたのか、過去の一場面が思い出される。
父さんが亡くなるよりも大分前のこと、婆ちゃんの家で一族全員が集まることがあった。その時だ。父さんが自身の兄弟のことを一人ずつ教えてくれたことがあった。将来もし困るようなことがあったら遠慮なく頼れって。
……確か、叔父さんは兄弟の一番上の長男で、警察勤めだった筈。納得だ。その時は警察という責任ある立場の癖に酒をしこたま呑んでへべれけになり、婆ちゃんに怒られていたことを覚えている。確か名前は──
「あっ、思い出した。竜一叔父さんだ」
「は? お前もしかして今まで分かってなかったのかよ! とんでもねぇ甥だな、オイ!」
何だか可笑しくなって、二人して顔を突き合わせて笑い合った。そして、なんとなく思った。この人とは上手く付き合っていけそうだ。
「なんだい、二人して馬鹿みたいな大声で笑って。外にまで聞こえてたよ」
どうやら婆ちゃんも用事を済ませて帰ってきたらしい。
□
「戸籍がないだぁ?」
「うん、母さんが言うには失踪届けも出てるとかで」
「あー、失踪宣言が出されてる訳か……死亡扱いで、それで戸籍もないと」
婆ちゃんも家に戻り、本来の相談内容である俺の戸籍について話し合っていた。
「あんた確か警察のそこそこお偉い方だろ? なんとかならんのかい」
「無茶言うなよ……そんなの法律屋の領分だろ。俺じゃどうしたらいいかわかんねぇし……はぁ、面倒くせぇが竜臣に聞いてみっか」
竜臣、そう呼ばれた人物も俺の叔父の一人であり、父の弟に当たる人だった筈だ。というか、叔父さん警察のお偉いさんになってたのか。どうりで雰囲気がある訳だ。
叔父さんがスマホを持って庭の方に出ていった。そのまま連絡を取るつもりなのだろう。何だか、どんどん事が大きくなっていくな……申し訳ない。
「それで、竜一には話したのかい」
婆ちゃんが言っているのは、御山の登山道から繋がっている向こう側──俺が異界に行っていたということだろう。
婆ちゃんには既に俺が十ニ年もの間、異界で生活していた事を話している。だが、婆ちゃんも婆ちゃんで、神隠しが存在することを信じてはいても、向こう側にまたこことは違う世界があるだなんて、当初信じてはくれなかった。
なにせ、初め俺は婆ちゃんなら全部信じてくれると思っていたのだが、俺が向こうでどんな生活をしていたのか全て正直に話し終えると……
「可哀想に、気が触れて頭がイかれちまったんだね……」
と本気で憐れむような目を向けてきたのだ。神隠し信じてるのに、異界があるって信じないのはいったいどういうことよ? そもそも神隠しにあってから十ニ年もいったい何処で生活してたと思ってるんだ。
という、今思えば、この婆ちゃんの疑り深さなら、もし電話で俺の騙りがあったとして騙されやしないだろうなと思える出来事があった。……荒唐無稽な話過ぎて呆れてたってのはあったのかもしれないけど。
ただ、俺も俺で婆ちゃんに何とか信じて貰いたくて、異界から持ってきた証拠の道具を見せたりした。でも、それでも頑なに認めようとしないから摩訶不思議な異界パワー(バカでかい庭石を持ち上げてみせた)を見せたり、種も仕掛けもない呪術(火を操る)を見せて、ようやく信じて貰えたのだ。
まぁ、その後に……
「あんた、私の心臓を止めるつもりかい……爺さま……孫が妖術師になっちまったよ……ご先祖様にどう申し訳したら……」
とか、拝むように言われてしまった。どうにも昔はあの家の誰それは呪いを使うとか言われて忌避され、村八分状態に陥るような家があったらしい。しかも、本当に呪いが使えたかどうかは別として。何それ、おっかねぇ。
まぁ、実際には理解出来ない奇行に走る奴やら偏屈過ぎて嫌われてた奴、土地の有力者に逆らった奴なんかが仲間外れにされて、影であの家の誰それが~みたいにコソコソ悪く噂しあったってのが本来の流れなんだろうけどさ。陰湿だね。
「ここらの町中では、もうそういう風習は強くはないが、ちょっと山に入った場所にある集落とかじゃ気にするのも居る。人は怖いもんだ。気をつけるんだよ」
婆ちゃんが言うには、今はもう町中でそういう風習はないが、中には昔の事を覚えている人もいると。
昔、そういったコソコソ話を此処ら有力な寺院の近くに住む割と気位の高い人達が、少し離れた山間部のまだ未開とも言われた場所で暮らしていた人達を揶揄するように言っていたこともあるらしい。それを覚えていて未だに恨んでいる人もいるのだとか。
所謂、部落差別というものか。俺は特に感じたことは無かったのだが、婆ちゃんがまだ子どもだった昔の頃は酷かったらしい。
教育や就職、住居、結婚。今じゃあり得ないと思うが。ある特定の地域出身だから、あの家は昔身分が低かったから、あの家は屠殺の仕事を生業にしていたからと、差別することがまかり通る時代があったのだと。
「お前の力は特別なものだ。それは概して嫉妬を買いやすい。そういう嫉妬する人間は時に理解出来ない考えをするもんだ。静かに暮らしたければ、あんまり外でひけらかすんじゃないよ」
──と、話が反れてしまったが、婆ちゃんの反応で俺は自分の力が忌避されるかもしれないものなのだと理解してしまった。その根底にあるのが、自分たちとは違う、理解できない異質な存在への怖れなのか、はたまた珍しい能力への嫉妬なのかは分からないが……
俺は人に疎まれることなど求めていない。まして、婆ちゃんに迷惑がかかるとしたら尚更。石動の家の誰々が~とか噂が立ったら最悪だ。今ですら失踪から帰って来たってことで話題に上がることも多いのに。これ以上、婆ちゃんに迷惑をかける訳にはいかない。
だから、極力、異界関係のことや自身の力のことは隠すと決めていた。
「いや、言ってないよ」
「それがいいだろうて」
竜一叔父さんならもしかしたら、婆ちゃんにしたように色々と証拠をみせるまでもなく信じてくれるかもしれない。ただ、やっぱりあまり言い触らすような事でもないし、竜一叔父さんの場合、逆に面白がりそうな性格していたからな……知的好奇心の充足とか言って色々要求されそうだ。
考えようによっては、こういうところはこちらの世界の不便な所と言えるかもしれない。
向こうの世界じゃ、基本的に強い奴は怖れられるよりも尊敬されるし、魔法じみた力だって大小こそあるもののそこまで珍しくもなかったから隠す必要は無かった。
だから、隠さなければいけないと頭で分かってはいても、本来持っている筈の力を抑えていると、何だか本当の自分も隠してしまっているみたいで、どううにも窮屈な感じがしてしまう。仕方のないことではあるのだが。
とまれ、この生活に慣れるのにもはもう少し時間がかかりそうだった。
「──おう。電話じゃよくわからねぇってので、今度近い内にここに顔出すそうだ。辰已が生きてたって知って馬鹿みたいに驚いてたぞ、竜臣のやつ」
電話から戻ってきた叔父さんがイタズラ小僧じみた笑みを浮かべて言った。聞けば竜臣叔父さんは弁護士をしているようで、国の制度とか法律に詳しいそうだ。竜臣叔父さん、頭良かったんだなぁ。
しかし、そんな竜臣叔父さんでも、国の制度とか電話では一口には説明しにくいこともあるようで、時間を作って会ってくれることになった。ただ、竜臣叔父さんは県外に住んでるそうで、こちらに来るのはまた後日になるとのこと。
「何いってんだい、お前だって私が電話した時には阿呆みたいに驚いてただろう」
「カカカ、違ぇねぇやな」
そりゃそうだ。誰だって驚くに決まっている。
俺にだって経験がある。異界で生活してた頃、とっくに死んだと思っていた一団の仲間が突然顔を見せることがあって、皆して驚いた覚えがあるのだ。
それまで、てっきり悪鬼悪霊やら災いで死んだものだと思っていたから、亡者になって戻ってきたと騒ぎになっていた。
そのいなくなった奴を偲んでという名目で酒宴もしてたから、その時の酒代を請求するとか冗談なのか本気なのか知らないが息巻いてた奴もいたな。明らかにタダ酒が飲みたいだけなんだろうけど。
「お、そうだ、母さん。お寺さんのお盆縁日はもうすぐなんだっけか?」
「一週間後の土曜日と日曜日だ。えーっと、14と15だね。なんでだい?」
叔父さんの言うお寺さん──慈願寺の本尊は阿弥陀如来であり、ウチのお世話になっている菩提所では阿弥陀如来に加えて不動明王尊を祀っていたりもするため、ここらの門前町でもお不動さんと呼ばれ親しまれている。
縁日とは祀られている神仏の縁にあやかった日、由来のある日に祭りが行われるのが常なのだが、この地域では8月15日に阿弥陀如来の縁日で通称お盆縁日が盛大に行われ、8月23日に地蔵菩薩の縁日、8月28日に大日如来の化身とも言われる不動明王を祭る縁日が行われる。
ちなみに、今日が8月5日。8月13日が迎え盆。8月14日と15日が中日。8月16日が送り盆。そして、少し空いた8月28日が大日盆だ。お盆縁日は13日~16日の盂蘭盆に合わせて行われるが、地蔵菩薩の縁日は大日盆にまとめて行われるらしい。それにしたって盆の行事多すぎぃ! しかも盆の時期は観光客も増えるっていうので、門前町はアホみたいに忙しくなる。
あ、そう、そう。忘れかけてたけど、ご先祖様をお迎えするっていうので、12日までに墓の掃除しとけって婆ちゃんに言われていたんだった。
「あ~、そうか。竜樹が逝っちまった頃から何となく皆で集まる機会も減っちまってたからな……辰已もようやっと帰って来たことだし、アイツらの家族み~んなにも集まれって声かけようと思ったんだがよぅ」
「そりゃあいいじゃないか。大日盆で皆が集まるのは休みの都合上、難しいだろうからね……元々あんたらは盂蘭盆に合わせて顔出すつもりだったんだろう? それだったら普通に盂蘭盆で全員集めな」
「まぁ、それが妥当だよな」
基本的に盆休みはだいたい13日から16日までの4日間、祝日の山の日も合わされば間に平日を挟むが6日間の休みも可能だ。6日もあれば遠方から帰省したとしても、元の家に帰るにも余裕があるだろう。
「皆が同じ時に一斉に集まるのは久しぶりだねぇ。辰已、あんたの為に集まるんだ。色々と手伝って貰うからね」
「辰已ぃ~、きっと皆に散々叱られた挙句、根掘り葉掘り聞かれんぞ。楽しみにしとけよ?」
「はは……お手柔らかにお願いします……」
二人はニヤリとして、俺に人の悪い笑みを向けた。その笑い方は非常にそっくりだった。でも、婆ちゃんも久しぶりに皆が一同に介するというので嬉しそうだ。
父さんがまだ生きてた頃は盆の時期には親戚皆が集まるのは毎年の行事だった。父さんが亡くなってからは、母さんが婆ちゃんの家に行くことを嫌がるようになって、母さんと俺が揃って行くことは無くなった。
父さんの死を切っ掛けに親戚で集まる機会が減ったのなら、それは少し寂しく感じてしまう。根掘り葉掘り聞かれるかもしれないのは少し憂鬱だが、婆ちゃんも期待してるようだし出来る協力はしていきたい。
「あ、そういえば、えっと、薫伯母さんと凛姉は元気?」
そういえば、と思い、なんの気無しに尋ねる。俺が抱いたのは叔父さんの家族も盆の集まりには来るんだよね、という前提があってからの疑問だったのだ。
ちなみに薫伯母さんとはあまり話した覚えはないのだが、叔父さんの娘の凛とは小さい頃に遊んだ記憶がある。凛は親戚の子どもの中では一番年上というのもあって、親戚の集まりがあると子守りの役目を押し付けられていた。俺は一人っ子というのもあって、姉が出来たみたいで嬉しかったことを覚えている。
凛姉元気にしてるかな? 俺よりも9つは年上だった筈だし、もしかしたらもう結婚して、子どももいるかもしれない。
「元気だが……まぁ、いいじゃねぇかよ、その話は」
何故かムッツリと気まずげな顔をした。不自然な反応だ。疑問が浮かぶ。
「この馬鹿タレはねぇ、仕事にかまかけて嫁さんに子ども連れて逃げられて別居中だよ」
「あ、そ、そうなんだ……」
しかし、婆ちゃんはそんな叔父さんを気にすることもなく、顛末を話した。……非常に気まずい。もしも友だちが嫁さんに逃げられたと突然語りだしたとしても、マジ? ウェーイwwwとか言って気を使いつつ飲みに誘うくらいだが、身内には何と声をかけたらいいのか分からない。もう一度言う。非常に気まずい。
ここで聞いたことを謝るのは何か違うよな? それじゃ、あからさまに哀れんでるみたいな空気になりそうだし。
「その癖、逃げられた元嫁には未練タラタラの癖に謝りもしなかったからね。それから、ずっと独り身なのさ、この甲斐性なしは」
「み、未練なんかないやい!」
「あぁん? なら何でいつまでも指輪してんだい! 最初からもっと家庭を大事にして、嫁を労ってやればよかったんだ、このスカタンが!」
しかし、婆ちゃんは竜一叔父さんの母でもあるからして。容赦など小指の先ほどもなかった。叔父さんとしてもこんな家庭の事情、甥っ子に聞かれたくなどなかっただろうに……
「うっ……ぐっ……だ、だってよぉ、あん時は俺も若くて仕事が大事だったしよ……それに、俺が薫と凛を養わなくちゃいけねぇと思って……」
「ハンッ、それで幸せ逃して一生を棒に振ってちゃ世話ないね。仕事で出世しても家族に見捨てられちゃあ、人生おしまいだよ」
「ひでぇっ!」
……本当に容赦ない。そして辛辣だった。俺も婆ちゃんにメタクソに言われないよう気をつけよう。取り敢えず、戸籍を何とかしたら仕事だよな。
「……ふん。一応、薫と凛にも声は掛けておきな。連絡はとってんだろう?」
「……たまにな」
「まったく……薫はいい娘だよ。お前と別に暮らしていても私を心配して連絡をくれる。それをアンタは……」
「勘弁してくれぇ」
どうやら婆ちゃんと薫伯母さんとの仲は悪くないみたいだ。二人の間に何があったのか気にならなくもないが、幾ら叔父と甥の関係とはいえ無遠慮に聞くのも失礼というものだろう。子どもの頃は叔父さんも伯母さんも傍目には仲は悪くなかったと思うのだけど。
俺がいない間に色んなものが変わっているんだなと思うと、と寂しさを感じる。皆からしたら俺も変わったんだろうけど、他の皆も変わったんだろうなぁ。
──その後、竜一叔父さんは婆ちゃんに痛いところを抓られるのを嫌がるようにして帰っていった。婆ちゃんの愚痴がどうにも止まらなくなったのだ。やれ、長男としての役割が~、嫁子に愛想を尽かされるなんて~、凛の子どもの顔も見せろ~、と。やはり、凜には既に子どもがいるらしい。
それからそういえば、と。竜一叔父さんは長男だったのだが、婆ちゃんとは一緒に住まないのかを聞いてみたのだが、以前は一緒に住んでいた時期もあったみたいなのだが、警察の仕事が忙しく、彼方此方に転勤することがあるので現在は外で家を借りているのだとか。
今回、婆ちゃんの家に割と早く来れたのも、近めのエリアに仕事場が移ったからなのだそうだが、警察官って県外の転勤とかもあるのかな? 俺も詳しくは知らないせいか、叔父さんの立場がよくわからん。
他の兄弟たちも皆同じような状況らしく、心配して家に立ち寄ることはあっても同居するという訳にもいかないようだ。婆ちゃんも婆ちゃんで自分の子どもに気を使われるのも嫌みたいだし、息子夫婦と同居して今の悠々自適な生活を手放すのも惜しいみたいだ。
竜一叔父さんは帰り際に言っていた。
「竜樹が逝ってから、母さんも随分静かになった。多分、寂しいんだと思うが、俺らには仕事もあるし家族もいるからな……なかなか様子を見に来ることもできねぇ。辰巳、婆さんに何かあったら頼むぞ」
──と。神隠しに会い、周囲には散々に迷惑をかけ、行方不明だった俺を気味悪がることもなく家に置いてくれた婆ちゃんだ。自分に出来る事は元よりするつもりだと伝えたら叔父さんはニヤリと笑い、外に停めてあった、これまた高そうな車で帰っていった。
……そして、俺が持っていないものがまた一つ見つかってしまった。車と、車の免許証だ。
ふ、ふーんだ、いいもんね! 本気出したら俺の方が車より早いんだからな!
……いつか絶対俺の車を手に入れてやる!
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