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第一章 これは恋じゃない
5話 夢と現実
しおりを挟むいよいよ本番当日。気まずいと思ってたけど、吉川くんと会う暇なく自分の仕事に集中する。そうだ、何を勘違いしてたんだ。どのライブでだって本番の流れは大きく変わらないのに、吉川くんと話す機会が多くて麻痺してた。機材をチェックして、最終確認して深呼吸をする。どのアーティストのライブだって、本番前は緊張する。絶対に失敗は出来ないのだ。
お客さんが入ってきて、客席が賑やかになる。私たちはステージ裏に集まった。黒の燕尾服に身を包み、白手袋をする吉川くんがかっこよすぎて息を呑む。くるっと吉川くんが振り向いて、こっちに来る。ドクドクと、激しく鼓動が鳴った。
「宮坂さんに見られるの、緊張するね」
「……楽しみにしてます」
わざわざこっちに来るなんて。話してる内容までは聞こえないだろうけど、先輩たちの視線が痛い。
「戻ってください」
「うん」
顔を背けて吉川くんに言うと、吉川くんが頷く。足音が小さくなってホッとした。Voystのみんなが音を確認して、円陣を組む。
「Voyst初のアリーナ公演、絶対成功させるぞ!」
「「「「おー!」」」」
拍手で皆を送り出す。サングラスにマスク、眼帯を付けると空気が変わった。オープニング映像が流れ始める。その間に私たちは持ち場に戻った。
ージャンッ
楽器の音がして、5人が下からステージに上がってくる。きゃ~!っと黄色い悲鳴が会場に響いた。リハーサルもすごかったけど、ファンの熱気にVoystの人気を実感する。やがて静寂が流れ、ドラムのスティックを叩く音が小さく聞こえた。
「宮坂さん!宮坂さん!」
肩を叩かれハッとする。思わず私まで惹き込まれて見入ってしまっていた。
「すみません、大丈夫です」
今までどんなライブだって仕事に集中出来てたのに、ギターの音を自在に操る吉川くんが相変わらず……ううんあの頃以上にすごくて魅入ってしまっていた。謝って、仕事に集中する。バンドなのに、まるでアイドルみたいにころころ変わるコンセプトや衣装がキラキラしていて最高だった。
Voystの始まりの曲が流れる。激しいメロディーに乗って、力強い響さんの声が響く。ファンは感動してるのか、何人も口を押さえてるのが見えた。
アリーナ公演初日は大成功に終わった。みゅうみゅうさんも感極まって、ぽろぽろ涙を溢して吉川くんやMiyaさんに慰められている。感情を素直に表現できるみゅうみゅうさんはすごく可愛いと思った。それと同時に自分の心の奥にズキンと小さく痛みが走る。病気ではないだろうし、何だろうな……。目が合った吉川くんに会釈して、私は自分の仕事に戻った。
次の日はちゃんと仕事に集中して、Voystの2日間に渡るアリーナ公演は無事に成功で終わった。セットの片付けをしてると、「あ……」と同僚が顔を上げるから私も振り向く。
「吉……、とわさん」
「お疲れ様でした。差し入れどうぞ」
にこっと笑って吉川くんが私と同僚にスポーツドリンクのペットボトルを渡す。お礼を言って受け取ると、吉川くんは何故か隣に座った。
「これ外せばいいんですか?」
「え、あの私たちの仕事なので……やらなくていいです」
アーティストがセットの解体手伝うなんて聞いたことがない。戸惑ってると、吉川くんが照れたように頬を掻く。
「……感謝してるんです。最初は小さなライブハウスも埋められなくて、それが今はアリーナでライブしてて多くの方に関わってもらえて。それに、宮坂さんに会えてよかった」
真っ直ぐ私を見つめて、吉川くんが言う。そんなの、私だって……。
「私も、Voystのライブに携われて良かったです。ありがとうございます」
吉川くんとのことは苦い思い出だけど、それとこれとは別だ。ここまで幻想的な世界観のライブに関わったのは初めてで、すごく魅力的だった。ありがとう、と吉川くんがはにかむ。
「そんなのっ、俺もすごくすっごく楽しかったです!最高でした!」
一緒に作業してた同僚の子が、大きな声で叫ぶ。あまりの大きさに、私は思わず吉川くんと顔を見合わせて笑った。
「あっ、とわ!何でそんなとこ居んだよ!」
「そんなに気になるのか?」
響さんと足立くんが声を出して、とわさんを呼ぶ。Voystの他のメンバーはすでに着替えて集まっていた。
「あっ、行かなきゃ。ごめん」
「いえ」
吉川くんが普通に話してくれるから忘れそうになる。吉川くんは、とわさんはアーティストだ……。私はぶんぶんと頭を振る。
「どうしたんですか?犬みたいに」
「何でもない」
決して勘違いしてはいけない。とはいえ、私こんなに勘違いするような性格してたっけ。いつだって自分からは好きになってなくて、相手に告白してもらって付き合ってた。それが私の恋の形なんだと、そう思い込むようにしていた。ああ、気まずい。こんなの、きっと気のせいだ……。
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