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第一章
14 準備
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翌朝。
改めてニエスと合流する為に、日が昇り始める前に宿をでて、ニルダムア奴隷商店へと向かう。
ニルダムア奴隷商店に着くと、店のまえで、店員の男とニエスが立って待っていた。
貸し出しの契約の処理や前金の支払いは昨日の内に済ませてある。
店員の男は軽く頭を下げて『それでは、ニエスを宜しくお願いいたします』と挨拶すると、店の中に入っていった。
残ったニエスが一歩前に出る。
昇り始めた朝日を浴びて、キラキラと輝く笑顔を浮かべ挨拶してくれた。
「お早うございます。本日から少しの間ですが宜しくお願いします。御主人様」
御主人様!? 御主人様!!?
その言葉に、勇一が思わず反応してしまう。
お、俺は『御主人様』と言われて、嬉しく思う趣味なんて無いと思っていた。
実際、ディケーネに『御主人様』と言われた時は違和感しか無かったじゃないか。
なのに、なんだ、なぜ今、こんなにニエスに言われた『御主人様』って言葉が、心を揺さぶるように響くんだ?
キャラか? キャラの違いのせいなのか?
震えるぞハートにズキューーンとビート刻んじゃうぜこのやろう って感じだぞ、これ。
何いってるのか、自分でも意味わからなくなってきた。
いや、『御主人様』って言葉でこれだけハートを揺すぶられるってことは……
ひょっとして、ひょっとして、あの言葉を言ってもらったら……
もしニエスのような美少女に『おにいちゃん』と読んでもらえたらなら!
勇一はその姿を想像して、ちょっとトリップしてしまう。
まてまて。
ちょっとまて。冷静になろうぜ、俺。
あくまでニエスは荷物持ちとして借りてるだけだ。
変なことしたり、させたりしたら、莫大な違約金がかかるって昨日の契約の時に聞いたばかりじゃないか。
でも、呼び方を変えるくらいならいいのか? それくらいなら、セーフだよな。
いやいや、だから冷静になれって。
それよりも、やっぱり呼び方を御主人様じゃなくて名前で呼んでもらうように変えてもらうことと、敬語をやめて貰う事は、お願いしておこう。
「二エス。ちょっと一つお願いがあるんだけど……、いいかな?」
「はい。何でしょうか 御主人様?」
「いや、あのさ、俺に対する呼び方なんだけどさ、その御主人様じゃなくて、変えてもらいたいんだよ」
「?? 呼び方ですか? どの様に変えればいいんでしょうか?」
ニエスが小首をかしげて聞いてくる。
その可愛らしいしぐさが、勇一の心を打ち抜く。
勇一は、もう、自分の邪な欲望を抑える事ができなかった。
「えっと……『おにいちゃん』って、呼んでくれないかな」
天使のような二エスの笑顔が、ほんの一瞬だけ凍り付く。
マジデドンビキ。ホンキでイヤそうなカオ
だが、それは勇一の見間違いだったようだ。
目の前のニエスは何事もなかったように相変わらずニコニコと笑っている。
そう、多分見間違いだよな。
勇一は、見えなかった事にして、自分を無理矢理納得させる。
「いや、一回だけでいいから、一回だけでいいから、そう呼んでくれるかな」
「はい。それでは、一回だけ、呼ばせて頂きますね」
ネコミミ美少女のニエスが、天使のように微笑みながら言った。
「『おにいちゃん』」
「うおおおおおおお! 異世界来てよかった!
今までの苦しいことばかりだったけど! この一言で、なんか全部報われたような気がするぜ!!」
横からディケーネが、今までで最大級に冷たい『何を言ってるんだ、お前は』的な目で見つめてくる。
だが、もう、それさえも気にならないくらいの感激を勇一は味わっていた。
――――――
あまり馬鹿な事をやっている時間もない。
まずは、出発する前に旅支度で足りないものをそろえるため、すぐさま朝の市場へと出かける。
異世界では、朝早いこの時間の市場が、もっとも商品あふれ活気に満ちている。
この時間帯に買い物するのが、結構常識だったりする。多くの冒険者達もこの時間帯に買い物してから、依頼に、出かけていく。
元の世界では、結構夜型だった勇一などは、未だにちょっと慣れないが文句も言っていられない。
寝袋などの外で宿泊するための装備をまるでもっていないので、それらを買い揃えていく。
ディケーネが薬草を売っている店に入って、回復薬とは違う見たことない薬品の入った小瓶を何本も買い込む。
「なんなんだ それ?」
「魔物除けの薬品だ。魔物が嫌う匂いが出るミノウ草をすりつぶした物と、聖水を混ぜて作った物だ。
これを周辺にふり撒いておくと、大抵の魔物は寄ってこない。
外でキャンプする時に、一番忘れてはいけない大事な物といえるな」
「なるほど。それは便利な品だな」
買物の最後に、例の不味いエールを買う為に、近くの小さな飲み屋へと入る。
店の入り口には馬の絵の書いた看板が掲げられていた。店名も書かれているが勇一には読むことができない。
「おう、ディケーネちゃんじゃねーか。いらっしゃい」
中にはいると、酒場の親父はディケーネと知り合いらしくて、気軽に声をかけてくる。
いかにも"酒場の親父"といった感じの 剥げた男だ。
「おやじ、いつものヤツをくれ。
今回は三人いるので沢山いる。この水筒いっぱいつめてもらうのと、あと別に水筒ごと二つくれないか」
「あいよ」
酒場の親父は、彼女が手渡した、革製の水筒にエールをつめてから、一度カウンターの奥へと引っ込む。
それから、パンパンに膨らんだ革製の水筒を二つ持って、奥から出てきた。
そんなに買うのかよ。
勇一は、その革の水筒をみて、あのエールの味を思い出して、憂鬱な気分になる。
でも、まあ、確か人間って、一日で二リットルくらいの水分が必要なんだよな。
必要なのはわかるんだが、うーーん。
今までは日帰りの依頼ばかりだったので、最初のあの時以来、飲む機会がなかった。
だが、今回は飲まざるをえない。
大量のビアを見てると、それだけで、かなり憂鬱になってくる。
さらにその革の水筒を背負い袋に結びつけてみると結構な量の荷物になった。
担ぎあげるだけで一苦労だ。
確かに、これを背負って一日歩くのはなかなかに大変だな。
そんな事を勇一がおもっていると、隣にいたニエスが、その細い体からは想像できない程の力で、ヒョイと背負い袋を持ち上げ、軽々と担ってみせた。
その様子を見て驚いている勇一に向かって、ニエスはにっこりと微笑む。
「私、ちょっとだけ、力持ちなんですよ」
ディケーネの説明だと、彼女は、半人半猫の亜人種なので、普通の人族に比べて元々基本能力高い。
更にその亜人種でもかなり優秀なのだそうだ。
腰には二本の短剣も下げていて、本人は謙遜ぎみに『ちょっとだけ戦闘もできます』と言っているのだが、ディケーネの説明では、やはりかなりの腕前らしい。
「ニエスはすごいな、そんな細い体で力持ちで戦闘も出来るなんて。なんとも 頼もしいよ」
「そう言って頂けると嬉しいです。御主人様」
結局、ニエスは勇一の事を最初のまま、御主人様と呼んできて、敬語もつかってくる。
勇一が馬鹿な事を言った為に、呼び方を変えて貰うのと敬語を止めて貰う事は、うやむやになってしまっていた。
今更、改めてもう一度、『呼び方を変えてくれ』とは、非常に言い出しにくい雰囲気になってしまっている。
完全に自業自得だ。
まあ、仕方ないか。
「おいディケーネちゃんよ。それにしても、今回はパーティー組んでるって、珍しいな」
酒場の中で、ちょっと荷物の整理をしていたら親父が話しかけてきた。
「ああ、まあ色々とあってな」
ディケーネは曖昧に誤魔化す。
「結構な荷物そろえてるし。ははーん あれだろ」
酒場の親父が、にやりと笑う。
「お前達も、今噂になってる、例のドラゴン狩りに参加するんだろう。
わかる、わかるぜえ。なんせ、ドラゴン狩りに参加して、一太刀でも入れようものなら、一生自慢できるからな。
俺も、膝に矢を受けて冒険者を引退してなきゃ、喜び勇んで参加する所なんだけどなあ」
「いや、私達はドラゴン狩りには参加しない。いつもの宝探しだ」
「なんだよ 違うのか? この街の有力パーティーはみんながみんな参加するって聞いたぞ。
あ、ひょっとして、参加させてもらえなかったのか?」
「ああ、誘われてもいないさ」
ディケーネが、『どうでもいい』と言った感じで、手を広げて見せてから、店を出るために歩き始める。
「まあ、お前らも頑張って、せめてドラゴン狩りの末席に参加できるくらいにはなれよ。
応援してるぜえ」
店を出ようとする三人に、酒場の親父が激励の声をかけてくれる。
本人は激励してくれてるつもりだろうが、ありがた迷惑以外なにものでもない。
店をでると、なぜか大通り沿いの人垣ができていた。
遠くから歓声が、聞こえてくる。
何だろう?
不思議に思っていると、その歓声が段々と近づいてきた。
「がんばれよー!」「期待してるぞ」
「きをつけてね!」「良い報告をまってるぞー」
街の表通りを、まるでパレードでもするかのように、かなり大きな集団が歩いてくる。
周りの人々は、その集団が近づくと、さらに大きな歓声を上げる。
集団の先頭には、馬に乗った『水と炎の旅団』のリーダー、グルキュフがいた。
街の人々に向かってにこやかに、手を振っている。
その後ろ、集団の先頭の数人は馬にのって進んでいるが、騎乗している中に他の『水と炎の旅団』の面々もいる。
その後ろには、六十人近い数の冒険者達がつき従うように歩いていた。
その集団をみて、勇一はすぐにピンときた。
ギルドの受付嬢が言っていたライトドラゴン退治の為のレイドパーティーだな。
確か50人規模って言ってたけど、これもっといるよな?
そのレイドパーティーは、冒険者65人、大きな皮袋を背負っていたり、荷車を引いていたりする荷物運びを含むと実に総勢77人にも達する大型レイドパーティーになっていた。
一人の街人が進み出て、声を張り上げる。
「『水と炎の旅団』のリーダー、”ダーヴァの英雄”グルキュフ!
その英雄がこの街を脅かすドラゴンを退治し、その名を歴史に刻まんとしているぞ! さあ、皆も称えよ! その名を叫べ! ダーヴァの英雄の名を! 我が街の誇りグルキュフの名を! グルキュフ! グルキュフ!」
その街人の音頭にあわせて、他の街人たちも叫びだす。
「グルキュフ!」「グルキュフ!」「グルキュフ!」「グルキュフ!」「グルキュフ!」「グルキュフ!」「グルキュフ!」「グルキュフ!」「グルキュフ!」
通りの人、全てが異様な熱気につつまれてグルキュフを称えるように、その名を叫んでいる。
グルキュフは、そのハンサムな顔に満面の笑みを浮かべ、その声援にこたえて手を振っている。
「グルキュフさま~~」「きゃー グルキュフ様 こっちむいてー!」
街娘の黄色い声援も混ざる。
その集団の避けるように、勇一たちは道の端による。とても買い物が出来る雰囲気ではないので、熱狂的な街人たちがつくる人垣の後ろから、しかたなく見学をする。
「あの方って、グルキュフ様ですよね。確かこの街一番の冒険者だとか」
「ニエスも知っているのか。本当にすっごい人気なんだな。さっきも最初に音頭を取ってた人なんて、まるで練習したかのように声かけてたもんな」
「実際に練習してるからな。
あんな風にまるで紹介するように叫んで音頭をとってる者は、大抵サクラだぞ。
要するにグルキュフが、裏で金を渡して、街の連中を煽らせているのさ」
「えええ? そうなのか。でも、何の為に?」
「決まってるだろう、人気の為さ。
宝石付以上のパーティーの依頼は、ご指名が多いからな。依頼を出す金持ちどもは冒険者に詳しい訳じゃ無いから、どうしても人気のある冒険者に依頼が殺到しやすい。より良い依頼を受ける為には、人気や知名度は重要な要素だ。今はちょうど王子様の来訪が直前で、街中が浮ついているからな。効果は絶大だろう」
なるほど、冒険者もある意味、人気商売なのか。
勇一は納得した。
目立つ格好したりしてるのも、好きでやってる訳でなく仕事でやっているのかも知れないな。
そういえば途中で黄色い声援をかけていた街娘もいたが、ひょっとすると、あれもサクラなのかもしれない。いや、多分そうだ。いや、絶対そうだ。いや、そうだといいな。
「まあ、あのロクデナシのグルキュフは、実利とは関係なく、あーやって回りから褒め称えられるのが大好きな男だがな。
煽って叫ばさせているのが、パーティー名では無く、自分の名前というのが、いかにもあのロクデナシらしい」
ディケーネは、憎々しげに顔をゆがめる。
確かに、皆に名を叫ばれ、持て囃されているのはグルキュフだけだ。
良く見ると、グルキュフの後ろに『水と炎の旅団』の他のメンバーがいるのだが、―――
迫力満点の肉体を持つ女性は、苦笑いを浮かべていて、頭に刺青をいれたやたらいかつい男は、まるで何か耐えるような表情で、黙々と馬を操っている。
他のちょっと丸っこい顔と体をした男や仮面をつけた二人は、頭までフードをすっぽりと被ていて、表情すら見えなかった。
集団は目の前を通り過ぎ、街を出る正面門へと向かっていく。
ちょっとしたパレードが終わった朝の市場は、異様な熱気は収まり、また元の朝の喧騒が戻ってくる。
ディケーネが、『馬鹿馬鹿しい物をみてしまった』とでも言うかのように、手を広げる。
「さあ、ユーイチ。私達は私達の旅に、出かけるとしよう」
改めてニエスと合流する為に、日が昇り始める前に宿をでて、ニルダムア奴隷商店へと向かう。
ニルダムア奴隷商店に着くと、店のまえで、店員の男とニエスが立って待っていた。
貸し出しの契約の処理や前金の支払いは昨日の内に済ませてある。
店員の男は軽く頭を下げて『それでは、ニエスを宜しくお願いいたします』と挨拶すると、店の中に入っていった。
残ったニエスが一歩前に出る。
昇り始めた朝日を浴びて、キラキラと輝く笑顔を浮かべ挨拶してくれた。
「お早うございます。本日から少しの間ですが宜しくお願いします。御主人様」
御主人様!? 御主人様!!?
その言葉に、勇一が思わず反応してしまう。
お、俺は『御主人様』と言われて、嬉しく思う趣味なんて無いと思っていた。
実際、ディケーネに『御主人様』と言われた時は違和感しか無かったじゃないか。
なのに、なんだ、なぜ今、こんなにニエスに言われた『御主人様』って言葉が、心を揺さぶるように響くんだ?
キャラか? キャラの違いのせいなのか?
震えるぞハートにズキューーンとビート刻んじゃうぜこのやろう って感じだぞ、これ。
何いってるのか、自分でも意味わからなくなってきた。
いや、『御主人様』って言葉でこれだけハートを揺すぶられるってことは……
ひょっとして、ひょっとして、あの言葉を言ってもらったら……
もしニエスのような美少女に『おにいちゃん』と読んでもらえたらなら!
勇一はその姿を想像して、ちょっとトリップしてしまう。
まてまて。
ちょっとまて。冷静になろうぜ、俺。
あくまでニエスは荷物持ちとして借りてるだけだ。
変なことしたり、させたりしたら、莫大な違約金がかかるって昨日の契約の時に聞いたばかりじゃないか。
でも、呼び方を変えるくらいならいいのか? それくらいなら、セーフだよな。
いやいや、だから冷静になれって。
それよりも、やっぱり呼び方を御主人様じゃなくて名前で呼んでもらうように変えてもらうことと、敬語をやめて貰う事は、お願いしておこう。
「二エス。ちょっと一つお願いがあるんだけど……、いいかな?」
「はい。何でしょうか 御主人様?」
「いや、あのさ、俺に対する呼び方なんだけどさ、その御主人様じゃなくて、変えてもらいたいんだよ」
「?? 呼び方ですか? どの様に変えればいいんでしょうか?」
ニエスが小首をかしげて聞いてくる。
その可愛らしいしぐさが、勇一の心を打ち抜く。
勇一は、もう、自分の邪な欲望を抑える事ができなかった。
「えっと……『おにいちゃん』って、呼んでくれないかな」
天使のような二エスの笑顔が、ほんの一瞬だけ凍り付く。
マジデドンビキ。ホンキでイヤそうなカオ
だが、それは勇一の見間違いだったようだ。
目の前のニエスは何事もなかったように相変わらずニコニコと笑っている。
そう、多分見間違いだよな。
勇一は、見えなかった事にして、自分を無理矢理納得させる。
「いや、一回だけでいいから、一回だけでいいから、そう呼んでくれるかな」
「はい。それでは、一回だけ、呼ばせて頂きますね」
ネコミミ美少女のニエスが、天使のように微笑みながら言った。
「『おにいちゃん』」
「うおおおおおおお! 異世界来てよかった!
今までの苦しいことばかりだったけど! この一言で、なんか全部報われたような気がするぜ!!」
横からディケーネが、今までで最大級に冷たい『何を言ってるんだ、お前は』的な目で見つめてくる。
だが、もう、それさえも気にならないくらいの感激を勇一は味わっていた。
――――――
あまり馬鹿な事をやっている時間もない。
まずは、出発する前に旅支度で足りないものをそろえるため、すぐさま朝の市場へと出かける。
異世界では、朝早いこの時間の市場が、もっとも商品あふれ活気に満ちている。
この時間帯に買い物するのが、結構常識だったりする。多くの冒険者達もこの時間帯に買い物してから、依頼に、出かけていく。
元の世界では、結構夜型だった勇一などは、未だにちょっと慣れないが文句も言っていられない。
寝袋などの外で宿泊するための装備をまるでもっていないので、それらを買い揃えていく。
ディケーネが薬草を売っている店に入って、回復薬とは違う見たことない薬品の入った小瓶を何本も買い込む。
「なんなんだ それ?」
「魔物除けの薬品だ。魔物が嫌う匂いが出るミノウ草をすりつぶした物と、聖水を混ぜて作った物だ。
これを周辺にふり撒いておくと、大抵の魔物は寄ってこない。
外でキャンプする時に、一番忘れてはいけない大事な物といえるな」
「なるほど。それは便利な品だな」
買物の最後に、例の不味いエールを買う為に、近くの小さな飲み屋へと入る。
店の入り口には馬の絵の書いた看板が掲げられていた。店名も書かれているが勇一には読むことができない。
「おう、ディケーネちゃんじゃねーか。いらっしゃい」
中にはいると、酒場の親父はディケーネと知り合いらしくて、気軽に声をかけてくる。
いかにも"酒場の親父"といった感じの 剥げた男だ。
「おやじ、いつものヤツをくれ。
今回は三人いるので沢山いる。この水筒いっぱいつめてもらうのと、あと別に水筒ごと二つくれないか」
「あいよ」
酒場の親父は、彼女が手渡した、革製の水筒にエールをつめてから、一度カウンターの奥へと引っ込む。
それから、パンパンに膨らんだ革製の水筒を二つ持って、奥から出てきた。
そんなに買うのかよ。
勇一は、その革の水筒をみて、あのエールの味を思い出して、憂鬱な気分になる。
でも、まあ、確か人間って、一日で二リットルくらいの水分が必要なんだよな。
必要なのはわかるんだが、うーーん。
今までは日帰りの依頼ばかりだったので、最初のあの時以来、飲む機会がなかった。
だが、今回は飲まざるをえない。
大量のビアを見てると、それだけで、かなり憂鬱になってくる。
さらにその革の水筒を背負い袋に結びつけてみると結構な量の荷物になった。
担ぎあげるだけで一苦労だ。
確かに、これを背負って一日歩くのはなかなかに大変だな。
そんな事を勇一がおもっていると、隣にいたニエスが、その細い体からは想像できない程の力で、ヒョイと背負い袋を持ち上げ、軽々と担ってみせた。
その様子を見て驚いている勇一に向かって、ニエスはにっこりと微笑む。
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ディケーネの説明だと、彼女は、半人半猫の亜人種なので、普通の人族に比べて元々基本能力高い。
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「ニエスはすごいな、そんな細い体で力持ちで戦闘も出来るなんて。なんとも 頼もしいよ」
「そう言って頂けると嬉しいです。御主人様」
結局、ニエスは勇一の事を最初のまま、御主人様と呼んできて、敬語もつかってくる。
勇一が馬鹿な事を言った為に、呼び方を変えて貰うのと敬語を止めて貰う事は、うやむやになってしまっていた。
今更、改めてもう一度、『呼び方を変えてくれ』とは、非常に言い出しにくい雰囲気になってしまっている。
完全に自業自得だ。
まあ、仕方ないか。
「おいディケーネちゃんよ。それにしても、今回はパーティー組んでるって、珍しいな」
酒場の中で、ちょっと荷物の整理をしていたら親父が話しかけてきた。
「ああ、まあ色々とあってな」
ディケーネは曖昧に誤魔化す。
「結構な荷物そろえてるし。ははーん あれだろ」
酒場の親父が、にやりと笑う。
「お前達も、今噂になってる、例のドラゴン狩りに参加するんだろう。
わかる、わかるぜえ。なんせ、ドラゴン狩りに参加して、一太刀でも入れようものなら、一生自慢できるからな。
俺も、膝に矢を受けて冒険者を引退してなきゃ、喜び勇んで参加する所なんだけどなあ」
「いや、私達はドラゴン狩りには参加しない。いつもの宝探しだ」
「なんだよ 違うのか? この街の有力パーティーはみんながみんな参加するって聞いたぞ。
あ、ひょっとして、参加させてもらえなかったのか?」
「ああ、誘われてもいないさ」
ディケーネが、『どうでもいい』と言った感じで、手を広げて見せてから、店を出るために歩き始める。
「まあ、お前らも頑張って、せめてドラゴン狩りの末席に参加できるくらいにはなれよ。
応援してるぜえ」
店を出ようとする三人に、酒場の親父が激励の声をかけてくれる。
本人は激励してくれてるつもりだろうが、ありがた迷惑以外なにものでもない。
店をでると、なぜか大通り沿いの人垣ができていた。
遠くから歓声が、聞こえてくる。
何だろう?
不思議に思っていると、その歓声が段々と近づいてきた。
「がんばれよー!」「期待してるぞ」
「きをつけてね!」「良い報告をまってるぞー」
街の表通りを、まるでパレードでもするかのように、かなり大きな集団が歩いてくる。
周りの人々は、その集団が近づくと、さらに大きな歓声を上げる。
集団の先頭には、馬に乗った『水と炎の旅団』のリーダー、グルキュフがいた。
街の人々に向かってにこやかに、手を振っている。
その後ろ、集団の先頭の数人は馬にのって進んでいるが、騎乗している中に他の『水と炎の旅団』の面々もいる。
その後ろには、六十人近い数の冒険者達がつき従うように歩いていた。
その集団をみて、勇一はすぐにピンときた。
ギルドの受付嬢が言っていたライトドラゴン退治の為のレイドパーティーだな。
確か50人規模って言ってたけど、これもっといるよな?
そのレイドパーティーは、冒険者65人、大きな皮袋を背負っていたり、荷車を引いていたりする荷物運びを含むと実に総勢77人にも達する大型レイドパーティーになっていた。
一人の街人が進み出て、声を張り上げる。
「『水と炎の旅団』のリーダー、”ダーヴァの英雄”グルキュフ!
その英雄がこの街を脅かすドラゴンを退治し、その名を歴史に刻まんとしているぞ! さあ、皆も称えよ! その名を叫べ! ダーヴァの英雄の名を! 我が街の誇りグルキュフの名を! グルキュフ! グルキュフ!」
その街人の音頭にあわせて、他の街人たちも叫びだす。
「グルキュフ!」「グルキュフ!」「グルキュフ!」「グルキュフ!」「グルキュフ!」「グルキュフ!」「グルキュフ!」「グルキュフ!」「グルキュフ!」
通りの人、全てが異様な熱気につつまれてグルキュフを称えるように、その名を叫んでいる。
グルキュフは、そのハンサムな顔に満面の笑みを浮かべ、その声援にこたえて手を振っている。
「グルキュフさま~~」「きゃー グルキュフ様 こっちむいてー!」
街娘の黄色い声援も混ざる。
その集団の避けるように、勇一たちは道の端による。とても買い物が出来る雰囲気ではないので、熱狂的な街人たちがつくる人垣の後ろから、しかたなく見学をする。
「あの方って、グルキュフ様ですよね。確かこの街一番の冒険者だとか」
「ニエスも知っているのか。本当にすっごい人気なんだな。さっきも最初に音頭を取ってた人なんて、まるで練習したかのように声かけてたもんな」
「実際に練習してるからな。
あんな風にまるで紹介するように叫んで音頭をとってる者は、大抵サクラだぞ。
要するにグルキュフが、裏で金を渡して、街の連中を煽らせているのさ」
「えええ? そうなのか。でも、何の為に?」
「決まってるだろう、人気の為さ。
宝石付以上のパーティーの依頼は、ご指名が多いからな。依頼を出す金持ちどもは冒険者に詳しい訳じゃ無いから、どうしても人気のある冒険者に依頼が殺到しやすい。より良い依頼を受ける為には、人気や知名度は重要な要素だ。今はちょうど王子様の来訪が直前で、街中が浮ついているからな。効果は絶大だろう」
なるほど、冒険者もある意味、人気商売なのか。
勇一は納得した。
目立つ格好したりしてるのも、好きでやってる訳でなく仕事でやっているのかも知れないな。
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「まあ、あのロクデナシのグルキュフは、実利とは関係なく、あーやって回りから褒め称えられるのが大好きな男だがな。
煽って叫ばさせているのが、パーティー名では無く、自分の名前というのが、いかにもあのロクデナシらしい」
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確かに、皆に名を叫ばれ、持て囃されているのはグルキュフだけだ。
良く見ると、グルキュフの後ろに『水と炎の旅団』の他のメンバーがいるのだが、―――
迫力満点の肉体を持つ女性は、苦笑いを浮かべていて、頭に刺青をいれたやたらいかつい男は、まるで何か耐えるような表情で、黙々と馬を操っている。
他のちょっと丸っこい顔と体をした男や仮面をつけた二人は、頭までフードをすっぽりと被ていて、表情すら見えなかった。
集団は目の前を通り過ぎ、街を出る正面門へと向かっていく。
ちょっとしたパレードが終わった朝の市場は、異様な熱気は収まり、また元の朝の喧騒が戻ってくる。
ディケーネが、『馬鹿馬鹿しい物をみてしまった』とでも言うかのように、手を広げる。
「さあ、ユーイチ。私達は私達の旅に、出かけるとしよう」
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この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します
namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。
マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。
その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。
「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。
しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。
「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」
公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。
前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。
これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。
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