10 / 29
10,夢なら覚めないで。
しおりを挟む宰相ともなれば専用の執務室がある。何故か私はそこに連れて来られ、椅子に座らされていた。
「どうぞ」
「え、あ、ありがとう…」
前ならここに入ることすら出来なかったのに。いつもお姉様だけが出入りして、羨ましくて仕方なかった。
「とても…殺風景なのですね」
「そうですか?まぁ、執務室ですから…」
意外だな、なんて思った。フェロンに与えられた部屋には何度か遊びに行ったことがあるけれど、もっとごちゃごちゃしていた。それなのに変に居心地が良くて、いつも入り浸っていたっけ。
「…あの、ですね、宰相様」
「これからはモランとお呼び下さい。晴れて婚約者となれたのですから」
「いや、いや…婚約者って、何を言って」
「ーー国王のご命令ですから、逆らったり出来ないことはお分かりのはずです」
「いえあの、宰相様?よく考えてください、私との婚約ってこんなに馬鹿げたことありますか?」
「名前でお呼び下さい。…いつも私を好いていると言ってきていたあの言葉はからかっていただけだと?」
「そうじゃなくて、」
「なら問題ないでしょう」
「そういうことじゃなくて」
なんと言えば伝わるのか。とにかく未だに状況が理解出来ていないのだ。
「…あんな若造に貴女を幸せに出来るのなら、私の方が幸せに出来るに決まっている」
「はい?」
「大体何ですか。帰ってくるなり私に飛びつくかと思って腕を広げて待っていたのに、報告だけしてさっさと部屋に戻って」
「さ、宰相様?」
「名前で呼んでください。というか私が振り向くまで諦めないとか言ってたのはどこのどなたですか」
「ご、ごめんなさい?」
謝ってしまったけれど、これは私が悪いの?というか。
「あの、婚約って困ります」
「どうしてですか」
「だってフェロンのプロポーズに了承したばかりで…」
「そんなもの断って下さい」
「はい!?」
なんだか私の知っている宰相様と違う気がする。というか確実に違う。いつも無表情で、いやこれは変わらないか。淡々として、顔を背けて話していたのに、物凄く目が合っている。
「大体何ですか。二十も年上の男と結婚なんて貴女は絶対に我に返った時に後悔すると思ったから、それでも私は貴女が欲しくて仕方なかったからちゃんと愛情を確かめようとカマをかけたのに、貴女は簡単に頷いてファントムに行くし」
「え?」
「そのくせようやく帰って来たと思ったら今度は他の男と結婚するとか言い出すし、何なんですか。私を振り回して楽しいですか」
「振り回してなんか…」
「まぁどうせもう逃したりしませんけどね」
腕を引っ張られソファーに押し倒される、その一連の動作があまりにも自然で、気が付いた時には口を塞がれていた。
「ん、んーーーっ!?」
「…暴れないで」
耳元で囁かれ、ピタリと動きを止めた途端、腕を押さえ付けられる。
「さ、い、しょう、さま」
「…好きですよ、ずっと貴女が。もしも貴女がまだあの若造と結婚すると言うのなら、あの男を貴女の目の前で殺したいくらい、貴女が愛しい…っ」
なんで、どうして。
「だめ、まって…!」
「嫌だ待たない。待ち続けた結果、結局何も良いことなんてなかったじゃないか」
好きな女性に他の男と結婚すると言われた時の気持ちが分かるか、と耳元で問われる。
「わ、かんな、い、」
身体にビリビリと衝撃が走る。重苦しい空気が肺に入って来る。
「…ずっとこうしたかった、愛しい貴女に。…二十も下の女にこんなにも惹かれるなんて、これも全部貴女のせいだ」
「ん、ぁ」
キスなんて数えるほどしかしたことない。それなのに慣れた仕草で舌が口腔に侵入してくる。何とも言えない快感が全身を震わせる。
「貴女が、好きだ……もう一度、私のことを見てくれないか…」
消え入るような声に、返事をしたくても喉の奥から声が出ない。
けれど。まるで夢のようだった。ずっと、もうずっと前から好きだった人が、自分を好きだと言ってくれている。
(夢なら、覚めないで)
そんなことを考えながら、エルステーネは目の前にある温もりにしがみ付いた。
10
あなたにおすすめの小説
タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から『破壊神』と怖れられています。
渡里あずま
ファンタジー
出来損ないの聖女・アガタ。
しかし、精霊の加護を持つ新たな聖女が現れて、王子から婚約破棄された時――彼女は、前世(現代)の記憶を取り戻した。
「それなら、今までの報酬を払って貰えますか?」
※※※
虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。
※重複投稿作品※
表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
三歳で婚約破棄された貧乏伯爵家の三男坊そのショックで現世の記憶が蘇る
マメシバ
ファンタジー
貧乏伯爵家の三男坊のアラン令息
三歳で婚約破棄され
そのショックで前世の記憶が蘇る
前世でも貧乏だったのなんの問題なし
なによりも魔法の世界
ワクワクが止まらない三歳児の
波瀾万丈
婚約破棄すると言われたので、これ幸いとダッシュで逃げました。殿下、すみませんが追いかけてこないでください。
桜乃
恋愛
ハイネシック王国王太子、セルビオ・エドイン・ハイネシックが舞踏会で高らかに言い放つ。
「ミュリア・メリッジ、お前とは婚約を破棄する!」
「はい、喜んで!」
……えっ? 喜んじゃうの?
※約8000文字程度の短編です。6/17に完結いたします。
※1ページの文字数は少な目です。
☆番外編「出会って10秒でひっぱたかれた王太子のお話」
セルビオとミュリアの出会いの物語。
※10/1から連載し、10/7に完結します。
※1日おきの更新です。
※1ページの文字数は少な目です。
❇❇❇❇❇❇❇❇❇
2024年12月追記
お読みいただき、ありがとうございます。
こちらの作品は完結しておりますが、番外編を追加投稿する際に、一旦、表記が連載中になります。ご了承ください。
※番外編投稿後は完結表記に致します。再び、番外編等を投稿する際には連載表記となりますこと、ご容赦いただけますと幸いです。
【完結】悪役令嬢ですが、元官僚スキルで断罪も陰謀も処理します。
かおり
ファンタジー
異世界で悪役令嬢に転生した元官僚。婚約破棄? 断罪? 全部ルールと書類で処理します。
謝罪してないのに謝ったことになる“限定謝罪”で、婚約者も貴族も黙らせる――バリキャリ令嬢の逆転劇!
※読んでいただき、ありがとうございます。ささやかな物語ですが、どこか少しでも楽しんでいただけたら幸いです。
夫から『お前を愛することはない』と言われたので、お返しついでに彼のお友達をお招きした結果。
古森真朝
ファンタジー
「クラリッサ・ベル・グレイヴィア伯爵令嬢、あらかじめ言っておく。
俺がお前を愛することは、この先決してない。期待など一切するな!」
新婚初日、花嫁に真っ向から言い放った新郎アドルフ。それに対して、クラリッサが返したのは――
※ぬるいですがホラー要素があります。苦手な方はご注意ください。
だから聖女はいなくなった
澤谷弥(さわたに わたる)
ファンタジー
「聖女ラティアーナよ。君との婚約を破棄することをここに宣言する」
レオンクル王国の王太子であるキンバリーが婚約破棄を告げた相手は聖女ラティアーナである。
彼女はその婚約破棄を黙って受け入れた。さらに彼女は、新たにキンバリーと婚約したアイニスに聖女の証である首飾りを手渡すと姿を消した。
だが、ラティアーナがいなくなってから彼女のありがたみに気づいたキンバリーだが、すでにその姿はどこにもない。
キンバリーの弟であるサディアスが、兄のためにもラティアーナを探し始める。だが、彼女を探していくうちに、なぜ彼女がキンバリーとの婚約破棄を受け入れ、聖女という地位を退いたのかの理由を知る――。
※7万字程度の中編です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる