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■第一章 出逢ってしまう運命
●第5話
しおりを挟む「敵襲だ! 迎え撃てーーー!」
夜間、いきなり叩き起こされた私は、夜間着のまま腕を引っ張られた。
「早くこちらへ」
「お待ちください、ルーベン様」
わけも分からず、とある通路に押し込まれる。
その通路は普段隠されていて、私は存在すら知らないものだった。
「敵の狙いはジェイミー、あなたです。他国が聖女を奪いに来たのです」
通路の中から後ろを振り返ると、部屋には赤々とした炎がいくつも燃え上がっていた。
「ああっ、城が火の海に……」
「大丈夫です。あなただけは絶対に逃がしますから」
ルーベンは私の後ろから通路に入り、通路の入り口を閉じて外から見えないように細工をした。
その間に私は必死で通路を進む。
一人分の幅しかしない狭い通路のため、私が進まないことにはルーベンも通路を進めないからだ。
通路から出ると、とある廊下の端だった。
廊下にも火の手が上がっており、天井は今にも崩れそうな状態だ。
ルーベンは新たな隠し通路を開くと、そこにまた私を押し込んだ。
通路に入った私は先程と同じように通路を進んだ。
しかし後ろからルーベンがついてくる気配はない。
「ルーベン様?」
振り返った私の目に飛び込んできたものは、崩れ落ちた天井だった。
「ルーベン様!?」
急いで後ろ向きのまま通路を戻る。すると入り口付近でルーベンの声がした。
ルーベンが生きていることで、ホッと胸を撫で下ろしたのも束の間。
「振り返ってはいけません。あなただけでも、逃げて、ください……」
聞こえてきたルーベンの声は、ひどく弱々しいものだった。
「ルーベン様!? お気を確かに! 一緒に逃げましょう!」
「……願わくば……次があるのなら……あなたに、安息を……」
次の瞬間、また天井が崩れ落ちた。
大きな音がしたかと思うと、ルーベンの声は聞こえなくなってしまった。
「いやっ、嫌だ、ルーベン様ーーーーー!!」
ルーベンのもとへ行こうとしたけれど、瓦礫が通路の入り口をふさいでしまい、私は通路から出ることが出来なかった。
失意のまま、私は煙に巻かれて死んだ。
* * *
死んだと思った私が目を覚ますと、子どもの姿になっていた。
私だけではなく、周りの人たちも、私が子どもの頃と寸分変わらぬ姿をしている。
「巻き戻った……の?」
ふと今の自分は聖力が使えるのかと思い試してみると、手からは聖力が溢れ出た。
使えるどころか、王城で聖女の仕事をバリバリこなしていた頃と同等の出力だ。
前回の私は、この頃には聖力をまったく使えなかったはずなのに。
「能力が引き継がれている……?」
なぜ時間を遡ったのか、なぜ前回の記憶があるのか、なぜ能力が引き継がれたのか。
分からないことだらけだけれど、せっかく得た命なので精一杯生きることにした。
それに上手く立ち回れば、前回助けられなかった人も助けられると思ったのだ。
予想通り、前回と同じ時間、同じ場所に、魔物の群れが現れた。
現場で待機していた私は、すぐに聖力を使って魔物たちを浄化した。
浄化しきれなかった魔物が町に逃げ込んだけれど、町に入ったのがたった数匹の魔物だったこともあり、すぐに警備兵によって退治された。
前回多くの犠牲者を出したこの事件は、数人の警備兵が怪我をしただけで、あまりにも呆気なく片付いてしまった。
そして私の浄化を見ていた者の証言によって、私は王城へと招かれ、また王城で暮らしつつ聖女の仕事をこなすことになった。
そして前回と同様に、私はルーベンと恋に落ちた。
「…………ということがありました。そして死んだと思った私は、気付くと時間を遡っていたのです。信じられない話だとは思いますけれど、愛しているからこそあなたには伝えておきたかったのです」
ルーベンと深い仲になった私は、創作だと笑われる覚悟をしながらも、前回の人生の話をルーベンに伝えた。
ルーベンは私の話を笑うことはなかった。
「俺はジェイミーを信じます」
「こんな嘘のような話を信じていただけるのですか?」
「はい。あなたは奇跡の力を持つ聖女です。時間を遡ることだって不可能ではないのかもしれません。それにあなた自身の力ではなくても『世界』が聖女を必要としたのかもしれません」
時間を遡ることが自分の力によるものだとは思えなかったけれど、なるほど。
私が死ぬことを望まない『世界』が、時間を遡らせたという考え方もあるのか。
「時間を遡った理由ははっきりしませんけれど……この後はどうしたらいいのでしょう」
「他国がジェイミーを狙う件、ですよね」
聖女は魔物を浄化したり結界を張ったりすることが出来るけれど、聖女の価値はそれだけではない。
むしろこちらの方が重要かもしれない。
聖女が存在するだけで、その国の水は枯れず、太陽が作物を照らし、その他の自然災害も起こらない。
聖女は、どこの国も何とかして自国に欲しい逸材なのだ。
「他国からの兵を迎え撃つにしても、一斉に攻め込まれたのでは限界があります。どうすればいいのでしょうか」
「聖女が死んだことにすればいいのです」
物騒な言葉に驚いてルーベンを見ると、ルーベンはいつもと同じ輝く笑顔を浮かべていた。
「私が死んだことに、ですか?」
「そうです。聖女が死んだとなれば、他国が攻めてくることもないでしょう」
王城の火事は、他国が聖女を奪うためにやったことだろう。それなら聖女が王城にいないことにすればいい。
なるほど、理に適っている。
しかし、果たしてそんなことが可能なのだろうか。
「結界を張ったり魔物を浄化したりするところを誰かに見られたら、すぐに私が聖女だとバレてしまうと思います」
「行かなければいいのです」
「…………え?」
聞き間違いかと思って首を傾げる私に、ルーベンはもう一度告げた。
「結界を張りにも、魔物を浄化しにも、行かなければいいのです」
結界も張らず魔物も浄化しない?
聖女なのに?
「それでは魔物が町に入ってきてしまいます」
「魔物が出る時間と場所は分かっているのでしょう? そこへ兵士を向かわせれば問題はありません」
「ですが私は一年半ほどの分しか、どこにどういった魔物が出るのかを知りません」
「ではそれまでに兵士の数を増やしましょう。必要なら王宮騎士団も出動できるようにします」
ルーベンは笑顔のままだけれど、有無を言わせない圧を感じる。
「兵士が魔物を討伐するのでは、兵士に犠牲が出てしまいます。私が聖力を使えば……」
「必要ありません」
ルーベンが私の腕を掴んだ。優しくではなく、拘束するように、力強く。
「国民よりも、俺の方があなたを必要としています」
「ルーベン様……ですが、それでは国が……」
「あなたは永遠に、俺のことだけを見ていればいいのです」
そう言ったルーベンは、器用に片手で引き出しから取り出した小瓶の中身をハンカチに垂らし、それを私の口に押し当てた。
ルーベンに嗅がされた薬品は睡眠薬だったのだろう。目が覚めたときには暗く湿った場所にいた。手足には鎖が繋がれている。
「ルーベン様、どうしてこんなことを」
暗い小さな部屋にはベッドとバケツが置かれているのみ。目の前には、どうやっても出ることが出来ないだろう頑丈な檻。
ここは王城にある地下牢なのだろう。
「ここから出してください。私、ルーベン様に何かしましたか!?」
「すみません。俺はジェイミーを失いたくないのです」
檻の前に座ってこちらを見ているルーベンは、謝ったものの私をここから出す気はないようだった。
「お願いします。言う通りにしますから」
「俺はあなたを言いなりにしたいわけではありません。失いたくないだけなのです」
だからと言って、こんな仕打ちはあんまりだ。
私が鎖を引きずりながらルーベンの近くへ行くと、ルーベンは檻の外から私の頬を撫でた。
「ジェイミー、あなたを愛しています」
「こんなものは、愛ではありません」
「愛ですよ。多少歪んでいるかもしれませんが、確かにこれは愛です。あなたを失いたくないと願う、俺の愛です」
多少歪んでいるかもしれない?
どこが“多少”だ。
愛する人を地下牢に閉じ込めるものを、私は愛とは呼びたくない。
「毎日俺が食事を持って来ますので、安心してください。ジェイミーの好きなケーキも用意しますよ」
「そんなことを心配しているわけではありません。本当に私を死んだことにするつもりですか!?」
「はい。葬儀は盛大に行ないますね」
第一王子であるルーベンが死んだと報告をしたら、きっと私は死んだことにされるのだろう。
そして死んだ私を助けに来る者は、誰もいない。
「こんなところに一人でいては、気が狂ってしまいます」
「狂ってしまえばいい」
「……え?」
「狂ってしまえば、ここから出たいとも思わないでしょう」
そんなことを言うなんて。
狂っているのは――――。
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