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■第二章 とても長い一日
●第26話
【side ジェイミー】
あてがわれた来賓室に戻ると、部屋の前には専属侍女であるエディットが立っていた。
「おかえりなさいませ、ジェイミー様。訓練場で汗をかかれておいででしたので、お風呂の準備をしております」
「あら。私の部屋に来てくれるようになったのですね、エディット」
部屋に入りつつそう述べると、エディットががばっと頭を下げた。
「申し訳ございません。先程のご無礼をどうかお許しくださいませ、ジェイミー様!」
「訓練場での出来事を見るか聞くかしたのでしょうけれど、相手が強いからと言って態度を変えるスタンスはあまり好きではありませんね……お風呂には入ることにしますけれど」
バスルームを覗くと、綺麗に磨かれたバスタブからは花の香りが漂っていた。花びらも浮いている。
これが先程の、私の呼び出しを無視したことに対する謝罪のつもりなのだろう。
一日も持たないような嫌がらせなら、最初からしなければいいのに。
用意されたバスタブに浸かりながらエディットを見る。
エディットは真面目に私の髪を洗っているようだ。
「ねえ、エディット。申し訳ないと思っているのなら、私の質問に正直に答えてください」
髪を洗われながら問う。
「先程はなぜ私の呼び出しを無視したのですか?」
「それは……」
頭の後ろからは髪を洗う音だけが聞こえてくる。
髪はもう十分洗ったから、そろそろ流してほしいのだけれど。
「早く答えた方が良いですよ。イライラした私の魔法が暴発して、あなたの顔面に直撃するかもしれませんから」
「…………」
脅しとも取れる――実際脅しなのだけれど――私の言葉を聞いても、エディットは何も言わなかった。
「顔面に魔法が直撃することが怖くないのでしょうか。それなら……解雇の方が効きますかね?」
「サリー侍女長です!」
解雇の二文字を述べた途端、エディットが口を開いた。
なるほど。エディットには、暴力よりも解雇の方が効くのか。
考えてみると、私がエディットの立場でもそうかもしれない。
一時の痛みには耐えられるけれど、王城での仕事を失うことは今後の人生に大きく影響してくるから。
それにしても……サリー侍女長か。
「サリー侍女長がどうかしたのですか、エディット。名前だけではなく、サリー侍女長が何をしたのかを具体的に説明してください」
「その……ジェイミー様はルーベン殿下を誑かした悪女だから無視をするように、とサリー侍女長が侍女全員に命令したのです」
「ルーベンを誑かした悪女、ねえ」
言い得て妙だ。
私が近づかなければルーベンは三度も死ぬことがなかったのだから、確かに私は悪女なのかもしれない。
「サリー侍女長は王城をジェイミー様にとって居心地の悪い場所にして、ジェイミー様が自分から王城を出ていくように仕向けようとしているのです。そうすることで、ルーベン殿下を救えると思っているのです」
「サリー侍女長はルーベンのためを思って、私への嫌がらせを命令していると言うことですね。ルーベンを私という悪女から守ろうとして」
もしくは……聖女の可能性がある人間をルーベンに近づかせないようにしている?
ルーベンが『聖女の慕情』の力を得ないように……。
もしそうなら、組織の内通者はサリー侍女長だ。
「サリー侍女長を問いただす必要がありそうですね」
私への嫌がらせを命令したことが事実かどうかではなく、組織の内通者かどうかを、ね。
「あの、ジェイミー様。今の話をわたくしから聞いたことは、サリー侍女長には言わないで頂けると……どうかお願いします!」
私がサリー侍女長を問いただすと言ったからだろう。エディットの声が震えている。
「エディット。あなたはまだ、私の呼び出しを無視した罰を受けてはいませんよね?」
「ううっ」
エディットが悲しそうな声を上げながら、私の髪を流している。
けれど心配しなくても大丈夫だ。
私はエディットを専属侍女から外す気は無い。
今さら新しい侍女を付けられるより、従順になったエディットの方が扱いやすいから。
「安心なさい。あなたが解雇にならないようには計らいます。一度は私を無視しましたけれど、こうして事実を話してもくれましたからね」
「ありがとうございます!」
「とはいえ、サリー侍女長からいじめられても庇うつもりはありませんけれど」
私が仕返しとばかりに意地悪を言うと、頭の後ろからエディットの小さな悲鳴が聞こえてきた。
* * *
「……と言うことで、サリー侍女長が組織の内通者ではないか、確認をしたいのです」
ルーベンの執務室でエディットから聞いたサリー侍女長の話を伝えると、ルーベンが難しい顔で唸った。
「まさかサリーがそのようなことをするなんて……いえ、まだ疑惑の段階ではありますが……」
「そうですね。エディットが嘘を吐いている可能性もありますね。自白魔法を使って確認しておけば良かったです」
「気軽に自白魔法を使おうとしないでください」
「冗談ですよ。取扱注意の魔法ですからね。きちんとルーベンの許可を得てから使うことにします」
自白魔法を掛けられた相手は、嘘を吐くことが出来なくなる。
そのため自白魔法は尋問に最適な魔法だ。
しかし欠点として、長時間の自白魔法の使用は脳に与えるダメージが大きく、後遺症が残る場合がある。
短時間の使用であれば後遺症は残らないけれど、どの程度の時間で後遺症が残るのかは個人差があり、一概にどのくらいの時間なら平気だと断言することが出来ない。
そのため自白魔法が倫理的にも良い魔法とは言えないことも相まって、この国では使用時間ではなく、自白魔法そのものに使用制限がかけられている。
……とはいえ王子であるルーベンがいれば、簡単に使用許可が下りてしまうのだけれど。
「ジェイミーに嫌がらせをしようと計画したのが誰であれ、気分を害してしまい、申し訳ありませんでした。王城でこのようなことが起こるなんて、恥ずかしい限りです」
「このくらい何ということもないですよ。殺されたわけでもあるまいし」
私がからからと笑ってみせると、ルーベンが複雑そうな表情を浮かべた。
「ジェイミーは人生を繰り返したことで、肝が据わりすぎてしまったようですね」
「そんなことはありませんよ。毎日ビクビクしながら生きています」
「……とてもそうは見えませんよ」
私はルーベンには一体どんな風に見えているのだろう。
『聖女の慕情』と組織の話を聞いてから、私は毎日ルーベンが殺されないかビクビクしているのだけれど。
「……と、それはさておき。さっそくサリー侍女長を尋問しましょう」
私の提案に、ルーベンはすぐには頷かなかった。
「サリーは俺の乳母でもあるのです。彼女が組織と繋がっているなんて、考えたくもありません」
平民の私にはよく分からない文化だけれど、王族や貴族は子どもの面倒を乳母に見てもらうらしい。
そのため乳母に対して母親のような感情を抱く子どもも多いのだとか。
……母親代わりの人間が、自分を殺そうとしている組織と繋がっているなんて、考えたくも無いのだろう。
しかし考えたくないからと言って尋問をしないでおくことは、悪手としか思えない。
「それなら今回でハッキリさせましょう。乳母を疑ったままでいるのは、ルーベンも辛いでしょう?」
「……そうですね。今回潔白が証明されれば、これからはサリーを疑わなくて済みますよね」
サリー侍女長が組織と繋がっていた場合は、疑うどころかクロが判明してしまうけれど。
私はその言葉を口には出さず、ただ黙ってルーベンのことを見守っていた。
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