聖女の恋は始まらない

竹間単

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■第三章 世界を変える力

●第38話


「戦闘訓練を嫌がるみなさんに頼むのは心苦しいのですけれど……近々魔法使い相手に戦闘をする可能性があるのです。それに協力をしていただけないかな、と思いまして……」

 戦闘は嫌だと断られるだろう、と考えていた私の前に、先程の三人が舞い戻ってきた。
 三人とも目をらんらんと輝かせている。

「魔法使い相手の戦闘をするんですか!?」
「いつですか!? 近々っていつの話ですか!?」
「私、絶対に参加したいです!」

「……へ?」

 この反応に誰よりも驚いたのは私だ。
 あれほど王宮騎士団との戦闘訓練を嫌がっていたのだから、この話にも難色を示されると思っていたのに。

「みなさんは戦闘が嫌いだったのではありませんか?」

「あたしたち、そんなこと言いましたっけ?」

 魔法使い三人組が一斉に首を傾げた。

「いやいやいや。今さっき、王宮騎士団の戦闘訓練には協力したくないと言っていたじゃないですか!」

 私の言葉を聞いた三人は、三人で顔を見合わせて苦笑をした。

「そりゃあ騎士団の戦闘訓練には付き合いたくないですよ。彼ら、魔法を使わないんですもん」
「そうそう。汗を飛び散らせながらの戦闘なんて暑苦しいですからね。でも魔法使い同士の戦闘は違います」
「魔法使い同士の戦闘って優雅で美しいですよね。芸術的と言っても良いかもしれません」

 三人は興奮が落ち着いてきたのか、言葉を被せないように順々に話してくれた。助かる。
 ……って、それはどうでもよくて!

「あなたたちが騎士団との戦闘訓練を嫌がっていたのは、荒事が嫌いなわけではなく相手が魔法を使うかどうかの問題だったのですか!?」

 王宮魔法使いは魔法の研究にばかりのめり込んでいて、それ以外のことには興味を示さないと思っていたのに。
 しかし私の言葉に、三人は首を横に振った。

「研究だけに没頭したい人もいますよ。向こうにいる老人たちは、魔法の研究以外に興味を示しません」
「結界を張りに行くのを嫌がってるのもあの人たちです。若い世代は割とアグレッシブに動いてますよ」
「結界を張るのも勉強になりますからね。実践は良い刺激になります。実は私も研究だけに専念したい派だったんですが、以前ジェイミー様を救出しに行ったことで、魔法での戦闘の素晴らしさに目覚めました!」

「王宮魔法使いは全員、研究室に籠もりたいものだとばかり思っていました……」

「人それぞれですね。あたしは魔法が絡むことなら、何にでも首を突っ込みたいタイプです」
「僕もです。毎日、魔法による殺人事件のニュースはないかチェックしてます」
「私は最近、休日には魔法闘技場に通ってるんです。魔法使い同士が己の技術をぶつけ合う決闘は素晴らしいです」

 これは王宮魔法使いに対する認識を変えなくてはいけないのかもしれない。
 上の世代は魔法の研究のみに没頭したい人が多いようだけれど、若い世代はもっと柔軟らしい。

「ええと……では、みなさんは私に協力してくださるのですか?」

「「「もちろんです!!」」」

 三人が力強くそう言った。


   *   *   *


 ついにエディットが組織の者とコンタクトを取る当日になった。
 今は町へ向かう前に、この作戦に参加するメンバーで執務室に集まっている。
 執務室にいるのは、実動部隊であるエディットと私と騎士団長、それに作戦を把握しているルーベンだ。

「エディット。人質がいることを忘れないでくださいね」

「ジェイミー、悪党みたいなことを言わないでくださいってば」

 エディットに念を押す私を、ルーベンが困った顔で見つめている。
 一方でエディットは覚悟を決めた顔つきだ。

「裏切りの心配をする必要はありません。組織がこの国を滅ぼしたら、わたくしの家族は全員死んでしまいますから。そんなことは、わたくしがさせません。組織を壊滅させるお手伝いなら、何でも喜んで致します」

「組織への信頼が、一気に逆の方向へ向かったようですね」

「世界を守るという理念を掲げているのに、その世界の中に自分たちの国が入っていなかったら、こうもなりますよ」

 この様子なら、エディットが裏切る可能性は低いだろう。
 あとはエディットのこの変化を組織に気取られないかどうか、だ。

「……ある意味では、エディットも騙された被害者ですよね。少し同情します」

「ですが、組織に協力をして王城内の情報を流していた事実は消せません。過去は変えられないものなのです」

 過去は変えられない。『聖女の慕情』の力でも無ければ。
 この世の摂理を捻じ曲げることが出来るなんて、あらためてとんでもない能力だと感じる。

「……過去の愚かなわたくしの行為は、きちんと清算するつもりです。刑罰もしっかりと受けます」

 エディットには、過去の自身の行為に対する罪悪感と、今後行なわれる処刑への恐怖がのしかかっているのだろう。
 今のエディットは、どんよりとした陰鬱な雰囲気をまとっている。
 このままではエディットの変化を組織に気付かれる危険があると感じた私は、おもむろにエディットの肩を揉んでみた。

「あまり思い詰めないでください。死刑を恐れているのかもしれませんけれど、この作戦が上手くいったあかつきには、今回の功績をもって刑罰を差し引きしますから。王城内の情報を流した罪は重いですけれど、死刑だけは免れることが出来ると思いますよ。ですよね、ルーベン?」

「そうですね。今回の行動は司法取引と言えますからね。その辺は考慮します」

「……寛大なお心に感謝いたします」

「あくまでもこの作戦が成功したら、ですからね?」

「これはわたくしの贖罪です。絶対に成功させてみせます!」

 恭しくお辞儀をするエディットを見て、ルーベンが首を傾げた。

「ずいぶんと意気込んでいますが、これからエディットがするのは、組織の者にメモを渡すだけですよね?」

「それだけですけれど、それだけのことで違和感を抱かれる可能性があります」

 私はエディットに向き直ると、真剣な口調で告げた。

「エディットはメモを渡したら、いつも通りの行動をしてから王城に戻ってきてください。メモを受け取った男以外にも、組織の者が近くで監視している可能性がありますからね。目的を果たしたからと言って、気を抜かないでください」

「その言葉、俺はそのままジェイミーに言いたいです」

「へ?」

 私に言いたいって何?と顔を上げると、心配そうな顔をしたルーベンと目が合った。

「今回はジェイミーだけではなく騎士団長が護衛として一緒に行動をしますが、くれぐれも油断はしないようにしてください」

 ルーベンは、私が以前組織の者を尾行した際に捕まったときのことを言っているのだろう。

「いくら私でも、同じ失敗はしませんよ。今回は遠くからアジトの場所を確認するだけで帰ってきます」

「はあ、心配です。俺も一緒に行ければ良かったのですが」

「一国の王子が自由に動き回れるわけはありませんよ。今日は大事な会合があるのでしょう?」

 ルーベンはこうして今ここで作戦会議をする時間を作ることだって大変だったはずだ。
 アジトの場所を確認する程度のことで、ルーベンを動かすわけにはいかない。

「そうですね。このあとは欠席の出来ない予定が数件あります。とても集中できる気はしませんが」

「心配しなくても大丈夫ですって。護衛だってわざわざ騎士団長を付けてくれたのですから」

 なお騎士団長が組織の者ではないことは、自白魔法を用いて確認をしている。

「王城内で一番強いのは騎士団長ですから……彼は成長していますか?」

「ええ。騎士団長にだけは、決闘で一敗してしまいました」

「それなら護衛としては申し分なさそうですね」

「申し分ないと言いますか、私は今回遠くから確認をするだけですので、護衛の必要も無いと思います。絶対に大丈夫です!」

 私はにっこりと笑ってみせたけれど、依然としてルーベンは心配そうな顔をしながら私たちを見送った。


   *   *   *



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