6 / 112
【第1章】
第6話 カラスも恩返しをするらしい
しおりを挟む自室として運び込まれた部屋には、子ども部屋のような装飾がされていた。
可愛らしい絵の描かれた壁紙に囲まれた部屋の中には、いくつもの丸っこいぬいぐるみが置かれている。
「クレア様は幼児ではないと何度もお伝えしたのですが」
部屋の装飾を見たリアさんが大きな溜息をついた。
そういえば先程もシリウス様は私に向かって「幼児は寝る時間だ」と言っていた。
死神であるシリウス様にとって、私は幼児に見えるのだろうか。
「シリウス様はどこかズレているのです。悪い人ではないのですが」
リアさんが私に夜間着を着せつつ謝った。
「悪い人ではないのは何となく分かりました。まさかこんな歓迎会をして頂けるとは思いもしませんでしたから」
「もちろんクレア様の歓迎会ではありますが、クレア様に対するお礼も兼ねているのです」
「お礼、ですか?」
お礼をされるようなことをした覚えはない、と不思議そうにする私の手をリアさんが握った。
「今朝、リアを助けてくれたではありませんか」
「でもそのときのお礼は、すでにリアさんがしてくれましたよ」
「使用人が助けられたら主人からも礼をするべき……というのは口実で、シリウス様は単に嬉しかったのだと思います」
「嬉しかったとは、何がですか?」
「この城に来たいと言った人間は、クレア様が初めてでしたから」
それはそうだろう。
私だって恵まれた環境で暮らしていたなら、わざわざ死神の城に行きたいなんて思わない。
「リアも嬉しいです。命の恩人には、もっともっとお礼がしたいのです」
リアさんは握った私の手をぶんぶんと振りながら、曇りなき眼でそんなことを言ってきた。
「命の恩人は大袈裟ですよ」
「リアはクレア様に命を救われたのです。あのままあそこにいたら、いずれ野犬に食われるか餓死していたのです」
ただ薪を退かしただけでここまで感謝されるとは思わなかった。義理堅すぎる。
というか、もしかして。
「シリウス様が私に声をかけてくれたのは、リアさんがそうするように進言してくれたからですか?」
「はい。リアを助けてくれたクレア様を、今度はリアが助けたかったのです」
私が侯爵家から逃げられたのはリアさんのおかげだったのか。
お礼を言われるどころか、私の方こそお礼をしなければならない。
「本当にありがとうございました」
「何の話ですか?」
「リアさんがシリウス様に進言してくれたから、私は……」
「大変、もうこんな時間です。お話は明日にして、今日はもう寝ましょうね」
リアさんが唐突に会話を打ち切り、夜間着に着替えさせた私をベッドへと誘導した。
「一人で寝られますか? 子守歌が必要でしたらリアが」
「リアさんまで子ども扱いして。一人で寝られますよ」
私がぷうっと頬を膨らませると、リアさんは優しく微笑みながら部屋を出て行った。
「もう行った……よね?」
ひとり部屋に残された私は、ベッドの上で飛び跳ねた。
やわらかーい。弾む。ふかふかー。
こんなベッドで眠れる日が来るなんて!
「でも、死神のペットって何をすればいいんだろう」
明日から何をすべきか考えてみたが、死神のペットだった人の話なんて聞いたことがないから、想像もつかない。
「うーん…………まあ、明日になれば分かるか」
考えても答えが出なかったので、とりあえず今はふかふかのベッドの上で転げまわることにした。
そしてベッドの脇に置かれていた、丸くてころころとしたぬいぐるみを抱き締めながら、ぬいぐるみに話しかける。
「シリウス様っていつもあんな感じなんですか?」
当然ながらぬいぐるみが返事をすることはない。
だから私だけが次々に話しかける。
「リアさんは優しくて……あっ、狼の使用人さんの名前を聞くのを忘れました。今度聞かないと……ちゃんと覚えにゃいと……これからここで暮らすんにゃかりゃ……」
話しているうちに、眠気でだんだん呂律が怪しくなってきた。
いろいろありすぎる一日だったが、今日はいい夢が見られそうだ。
疲労の溜まっていた私は、満腹なこともあり、柔らかなベッドの中で泥のように眠った。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
28
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる