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【第1章】

第14話 案外意見は通ったりもする

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 今日はリアが、図書館で授業をすると言って譲らなかった。
 私がまたシリウス様の仕事の邪魔をすると思ったのだろう。

「やっぱり仲良くなるには、スキンシップが必要ですよね。どんなスキンシップがいいでしょうか」

「……クレア様。私の出題した問題は解けたのですか」

「解けました。採点をお願いします」

「むう。最近は無駄に優秀ですね?」

 私が解き終わった小テストを渡すと、すぐにリアは採点を始めた。
 音から察するに、丸が多そうだ。

「そうだ! 分からないなら本人に聞けばいいですよね。今すぐシリウス様に好きなスキンシップを聞きに行かないと!」

「お待ちください」

 部屋から飛び出そうとする私を、リアが捕まえた。

「クレア様は、シリウス様に勉強を言いつけられていますよね。言いつけを破る行為は印象が悪いと思うのです

「……ごもっともです」

 正論すぎてぐうの音も出ない。
 言いつけを守らないのは優等生タイプの真逆だ。シリウス様の好みから大きく外れてしまう。

「クレア様は焦りすぎです。愛はゆっくり育むものです。お互いを知っていくうちに、愛は自然と芽生えるのです」

「私は、愛は情熱的なものだと聞きました」

「その辺は、人それぞれですが。ただ、シリウス様は情熱的なタイプではないと、リアは思うのです」

 呆れ顔のリアにたしなめられて椅子に座った私は、再び勢いよく立ち上がった。

「では、運動の時間にシリウス様と追いかけっこをするのはどうでしょうか!」

「何が、では、ですか。リアの話を聞いていましたか?」

「恋人たちは『私をつかまえてごらんなさ~い、ウフフアハハ』という追いかけっこをするらしいです」

 侯爵家にいる頃に、使用人たちが話しているのを盗み聞きしたことがある。
 『私をつかまえてごらんなさ~い、ウフフアハハ』は、恋人が二人きりで行なうラブラブ追いかけっこのことらしい。

「運動の時間に追いかけっこをするのは、サボりにはならないですよね?」

「走るのであれば、サボりにはなりませんが……」

 私が目を輝かせるのと対照的に、リアの目には疲れの色が浮かんでいた。

「クレア様が運動の時間だとしても、シリウス様はお仕事中です」

「きっと仕事にも息抜きが必要です。もちろん勉強にも。『私をつかまえてごらんなさ~い、ウフフアハハ』をすれば、シリウス様と私の二人が一斉に息抜き出来るんです。走るので運動にもなります。さらに愛も深まります。ああ、なんて効率的なんでしょう!」

 私は両手を合わせてうっとりとした。
 一石二鳥どころか一石三鳥だ。やらない理由が見つからない。

「……もうリアの手には負えません。すべての判断をシリウス様に任せることにします」



 リアに快く送り出された私は、すぐにシリウス様の執務室に突撃した。

「シリウス様ー! お仕事の息抜きに『私をつかまえてごらんなさ~い、ウフフアハハ』をしませんか? ちなみにこれは運動も兼ねているのでサボりではありません!」

「……なんだそれは」

 シリウス様は、勝手に執務室に入ってきた私を歓迎もしなかったが叱りもしなかった。
 手を動かしたまま目だけを私に向けた。器用だ。

「片方が逃げて片方がつかまえる、恋人たちの追いかけっこです」

「追いかけっこか……ふむ。愛玩動物には遊びと散歩が必要だったな。いいだろう」

 あれ?
 一蹴されると思っていたのに、案外乗り気だ。やったあ。

「『私をつかまえてごらんなさ~い、ウフフアハハ』と言うことは、逃げるのはそなたか」

「えっと……そうじゃないですかね?」

 実際にはやったことがないから分からないが。
 でもネーミングから考えると、女側が逃げる追いかけっこなのだろう。

「シリウス様、私と『私をつかまえてごらんなさ~い、ウフフアハハ』をやってくれるんですか!?」

「そなたがやりたいと言い出したのではなかったか?」

「そうです! やりたいです!」

 何事も言ってみるものだ。
 これで私とシリウス様の距離もグッと近付くはず。
 恋人同士のラブラブ追いかけっこ最高!



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