上 下
55 / 112
【第3章】

第55話 シャーロットの顔面力

しおりを挟む

「もう店を閉めちゃうんですか? まだ営業して少ししか経ってないのに」

「あの店はいつもあんな感じだから、構わない」

 いつも気まぐれで営業をしているらしいことは、客の反応から分かった。
 あの後も何組かの客が来店したが、全員が営業中に店に入れたことを珍しがっていた。

「短時間であんなにお客さんが来るということは、ちゃんと営業すればかなりの儲けになると思いますよ?」

「余は、金に困ってはいない」

 そのセリフ、いつか私も言ってみたい。
 もっともシリウス様はお金を持て余して豪遊しているというよりは、足るを知る感じで質素な暮らしをしているために、あまり多くの金銭を必要としていない様子だが……。

 いや待って。
 気軽に店や鉱山を買ったり城を建てたりする人は、全然質素ではなくない!?

「シリウス様と一緒にいると、いろんな感覚が狂っていくような気がします」

「安心するといい。そなたは最初から何かが狂っている」

「私のこと、そんな風に思ってたんですか!?」

 ここへ来て、衝撃の事実が判明してしまった。
 シリウス様に、狂った女だと思われていたなんて。
 私は、どこもかしこも普通なのに……あ、自分で言うのもアレだけど、顔は平均よりもちょっと可愛いと思う。

「……それにしても。どこかに貼ってあるかと思っていたんですが、ありませんね」

「何の話だ」

「シャーロットのチラシですよ。聖女じゃない人のチラシは貼ってあったのに」

 実は町を歩きながらずっと気にしていたのだ。
 シャーロットがみんなに慕われる聖女なら、町に似顔絵が貼り出してあると思っていたから。

「あれは手配書だ。聖女であるシャーロットの手配書が貼ってあるわけはあるまい」

 なんだ。私が今まで見ていたのは手配書だったのか。
 偉人にしてはやけに人相が悪いと思っていたが、罪人なら納得だ。

「では念のため聞きますが……私たち、これまでにシャーロットとすれ違ってはいないですよね?」

「シャーロットが町にいたらすぐに人だかりが出来る。人だかりを見ていないということは、すれ違っていないということだ」

 もしかしてと思って聞いたが、やはりシャーロットとはすれ違っていないようだ。
 シリウス様の話通りなら、すれ違うどころかシャーロットは町に居さえしない。
 きっと今頃、大きなお城の大きなベッドに寝転がりながらごろごろしているに違いない。

「はあ。町に来ればシャーロットの顔が分かると思っていたのに。敵の顔を知らないとイマイチ作戦のイメージが出来ないので、知りたかったんですけどねぇ」

 城にあったシャーロットの姿絵はシリウス様にすべて焼き払われてしまったため、私はシャーロットの顔を知らない。
 シャーロット討伐作戦に協力するかを決めるにあたり、敵の顔くらいは事前に知っておきたいところだったのだが。

「……ふむ。そなたの意見にも一理ある」

 私ががっかりしていると、シリウス様が私の意見に賛同してくれた。

「シャーロットの顔、見せてくれるんですか!?」

「そのものではないが、絵画店に行けば見られるはずだ」

「そうか、似顔絵! その手がありましたね!」

 ついに悪しきシャーロットの顔が拝めると、私は鼻息を荒くした。


   *   *   *


「これが、シャーロット……」

 私はシリウス様の指さした一枚の似顔絵を手に取って、睨みつける。
 絵の中のシャーロットは、私の睨みなど何でもないことだとばかりに微笑み続けている。

「こら。シャーロットじゃなくて『聖女様』だろう!?」

「あいたっ」

 私が似顔絵にガンを飛ばしていると、絵画店の店主が聖女を呼び捨てにした私の額を小突いた。

 シリウス様は絵画店と言っていたが、連れて行かれたのは路上に絵を並べて売っている露天商の前だった。
 絵は日光に当てると劣化すると本で読んだが、どの絵画も太陽をさんさんと浴びている。

「失礼ですが、路上で売ったら絵が劣化しませんか?」

「路上以外のどこで売るって言うんだい! あんたねえ、店を構えるためには何百枚の絵を売ればいいのか知ってるのかい!?」

 先程シリウス様は何でもないことのように店を買ったと言っていたが、やはり世間の感覚とはズレているようだ。
 それはさておき。

「ねえシリウス様。この似顔絵、かなり美化されてません?」

「いや、むしろ劣化している」

 シリウス様は私の持っている似顔絵を眺めながら呟いた。

「本物のシャーロットの方が美人ってことですか!? これ以上に!?」

 暗に自分の絵が聖女の美しさを表現しきれていないと言われた店主は不愉快そうにしている。
 きっとこの人は商人というよりも画家気質なのだろう。
 ガラクタ屋の店主なら、きっと今頃へらへらしながら手を擦り合わせている。

「ふわふわの金髪に大きなピンク色の瞳。まつ毛が長くてお人形さんみたいな顔……やっぱり創作じゃありません?」

「いいや、本当にこの美しい顔だ」

 …………あれ。
 シリウス様、今、シャーロットの顔のことを「美しい顔」って言った?
 さっきも、この絵は本物のシャーロットよりも劣化していると言っていたような?

 でもこれまでのシリウス様の言動から、シリウス様はシャーロットのことが好きではなさそうだった。
 ……いや、待て。
 シャーロットはマリアンヌの子孫なわけで。

「もしかして、シャーロットの顔ってマリアンヌに似てます?」

「瞳の色以外は瓜二つだ」

 やっぱりかーーー!!

 シリウス様はマリアンヌの顔を美しいと思っていて、その顔に似ているシャーロットの顔もまた美しいと思っている。
 確かにこの顔は私から見ても美しいけども!

 でもシリウス様は、惚れた女の顔とそっくりだから美しいと思っている可能性がある。
 それはかなり悔しいというか……私、シリウス様に美しいって言われたことないんだけど!?

 悶々としながら隣を見ると、シリウス様はまだシャーロットの似顔絵を眺めていた。

「……ねえシリウス様。シリウス様は、マリアンヌそっくりのシャーロットをちゃんと倒せます? この顔に弱かったりしません?」

「そんなことは、な、い」

 うん。とっても歯切れが悪い。

「余はシャーロットのことを憎く思っている。ゆえに引きずり降ろせる」

「この顔を正面から見ても?」

「それは……その、もちろん……うむ」

 シリウス様はシャーロットが許せないから、城にあるシャーロットの似顔絵をすべて焼いたのかと思っていたが、それだけではないのかもしれない。
 もちろんそういった意図もあっただろうが、それ以上にシャーロットの顔を見てしまうと、自分の中の使命感が薄れてしまう恐れがあったから、という理由もあったのかもしれない。

「シャーロットに泣き落としをされても、言うことを聞いちゃダメですからね!?」

「分かっている、と、も」

 シリウス様はまた、歯切れの悪い返事をした。




しおりを挟む

処理中です...