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【第3章】

第65話 幻の店扱いされているようです

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 気を取り直して、私は店番を、シリウス様は髪飾り製作を再開した。
 お客さんに説明できるよう、店内に置かれている魔法道具の説明書を読んでいると、さっそく一人の女性が来店した。

「いらっしゃいませ」

「……あなた、新しい店員さん?」

 女性は店内を見回した後で、がっかりした様子を隠しもせずに質問した。
 私は女性の落胆に気付かないふりをして、元気に返事をする。

「はい! 気になるものがありましたら、何でも私にお申し付けください」

「いつもの店主さんは?」

 やっぱりだ。
 この女性は間違いなく、シリウス様狙いでこの店に通っている。
 しかし客には違いないので、笑顔で対応する。

「店主は奥の部屋で商品を製作しています。店の商品はすべて店主の手作りですので」

「そうなの? 魔法道具もアクセサリーも回復薬もあるけれど」

 普通なら別の職人の仕事だが、シリウス様ならどの製作も可能だ。
 なぜならシリウス様は天才だから。

「全部店主が作っています。店主はコミュニケーションに関しては不器用ですが、手先はものすごく器用なんです」

「知らなかったわ。店には何度も来ているけれど、店主さんは無口だから」

 女性は魔法道具を手に取ってぼーっと眺めていた。
 あの魔法道具は、録音した音声を再生することが出来る『まねっこちゃん』だ。
 私が貰ったものは黒猫の人形だったが、店に置いてあるのは白猫の人形だ。

「店主は口下手なんです。でも、とってもいい人ですよ。ちなみにその魔法道具は、猫の右耳を押すと……」

「うふふ、この店の常連ってすごいことなのよ。気まぐれでしか営業しない店だから。きっと店主さんは私の顔を覚えているでしょうね」

 商品の説明をしようとしたが、女性は魔法道具には興味がない様子だった。
 シリウス様に会いに来ただけで、商品を買うつもりはないようだ。
 しかし残念なことに、たぶんシリウス様は女性の顔を覚えていない。
 シリウス様は、興味のあることはとことん研究しまくるオタク気質な一方で、興味の無いことには一切の関心を示さない人だから。

 前に、仕事で町に行っていることが多いシリウス様に、町で流行っている歌や演劇について尋ねたことがある。
 その際に教えられた歌は、数十年前に流行していたもので今は全く流行っていないと、後からマリーさんに教えてもらった。

 そんなシリウス様が、数回店に来ただけの女性に関心を持つとは到底思えない。
 この女性が、たとえば熱心な魔法の研究者ならその可能性もあるが、見たところ普通のお姉さんだ。

「この店、幻の店と言われているのよ。店名が無いから私が呼び始めたのがきっかけなのだけれど。あなたは知っていたかしら」

「そうなんですかぁ」

 私は失礼に当たらない程度に話を流した。
 この女性の話はやたらと流そうだからだ。

 看板についてだが、確かに店には看板が出されていなかった。
 イザベラお姉様に説明する際、店名が言えずやや面倒くさかった記憶がある。
 シリウス様のことだから店名を付け忘れているのだろう。後で店名を決めてもらわないと。

 そして……この女性はどうして私にマウントを取っているのだろう。
 常連客というものは、新人店員にマウントを取りたがる存在なのだろうか。
 客ならまずは店員ではなく商品に興味を持ってもらいたいものだ。

「あなたが雇われたということは、このお店、これからはもっと営業するのかしら」

「もっと営業するように伝えておきますね」

「よろしくね。あと店主さんも店に立って、とも伝えておいて」

 ガラクタ屋の店主を思い出しつつ、真似をして営業スマイルで対応していると、急に女性が声を潜めて話し始めた。

「ところで。この店、店員の募集なんかしていなかったわよね。あなたは店主さんの何なの?」

「恋人です」

 シリウス様が聞いていないのをいいことに、私はシリウス様の恋人と言い切った。

「本当に?」

「本当に恋人です」

「本当の本当に? 神に誓って嘘は吐いていないと言える?」

 しかし女性は私の嘘に勘付いたのか、本当かと連呼しつつ詰め寄ってきた。

「本当に恋人です…………未来の」

 ついに私は女性の押しに負けてしまった。
 だって私がシリウス様の恋人というのは、まだ本当のことじゃないし。まだ。
 近い将来、事実にするつもりではあるが。

「未来の、ということは、今は他人なのね」

「赤の他人よりは親しいです」

 せめてもの抵抗で、他人判定は否定した。
 一緒の城に住んでいるのだから、他人ということはないはずだ。
 しかし。

「顔見知りってことね。よかった。私、店主さん狙いで店に通っているのよ」

 無情にも女性は、私とシリウス様を顔見知りという位置に置いたようだった。
 そしてまたグイグイと喋ってくる。

「あなた、店主さんの好みを知っているかしら。教えてくれない?」

 町で暮らす人は、みんなこんな感じなのだろうか。
 早速この町で商売を成功させる自信がなくなっていく。

「店主の好みは知らないです」

「過去に好きな女性のタイプを話していたことはない? 可愛い系と綺麗系ならどっちが好きかしら?」

 実際のところはさておき、どっちと答えれば、シリウス様のことばかりで商品を買う気の無いこの女性を追い払えるだろうか。
 …………そうだ!

「店主は、あの聖女を見分ける原石を光らせた女性を恋人にしたいそうです」

 私は店の隅に置かれた緑色の原石を指さした。

「シンデレラの石ね。はあ、やっぱり噂通りなのね」

 女性はすでに原石を触ったことがあるのだろう。がっくりと肩を落とした。

「あれを光らせられない女性は、いくら可愛くても綺麗でも、恋愛対象外だそうです」

「あの石は聖女が触ると光るのよね? 店主さんは聖女と付き合いたいということ?」

「まあ……そういうことになりますかね」

 私の言葉を聞いた女性は、手に持ったままだった『まねっこちゃん』を商品棚に戻した。

「悔しい。どうして私は聖女じゃないのかしら!」

 そして女性は、何も買わずに店から出て行ってしまった。

 お。意外と便利だな、シンデレラの石の噂。



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