悪役令嬢は扉をあける~乙女ホラゲの悪役になったのでホラーフラグは折りつつ恋愛フラグは回収します!?~

竹間単

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【第二章】 たとえ悪役だとしても

第22話

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「あと少ししたら、ウェンディさんがこの道を通るわ」

 私とナッシュは女子寮近くの茂みに隠れながら、ウェンディを待っている。

「お嬢様はどうしてそんなことを知っていらっしゃるのですか?」

「……そんなこと、どうでもいいじゃない。ウェンディさんは女子だから、女子寮の前を通るのよ」

「ですが、通りかかる時間はどうやってお知りに?」

「天才ローズ・ナミュリーに不可能は無いの」

 ウェンディの行動パターンは原作ゲームで履修済みのため、いつどこを通るかは把握している。
 しかしそんなことを言えるわけがないため、力業で押し切るしかなかった。

「ウェンディさんが来たら、あなたはここから飛び出してウェンディさんと派手にぶつかって。で、その際にウェンディさんのスカートのポケットからウェンディさんの部屋の鍵を盗んでちょうだい」

 ナッシュが追加で質問をしてくる前に、この後の作戦を確認した。
 ミッションを確認することで、先程の違和感を忘れてくれるといいけれど。

「どうしてスカートのポケットに鍵があると思うのですか?」

 駄目だった。
 むしろ、より怪しまれた気がする。

 ナッシュは疑わしげな目を私に向けている。

「細かいことを気にする男はモテないわよ」

 私はまた力業で乗り切ることにした。

「確認の続きだけれど。無理をする必要はないわ。直接盗むのが難しいようなら、転んだ拍子にウェンディさんに部屋の鍵を落とさせて、拾うときに自分の鍵とでも入れ替えて」

「どちらにしても、盗むのですね……」

 男子寮と女子寮の鍵がそっくりなことはゲームで履修済みだ。
 ちなみにウェンディはゲームの途中で鍵に攻略対象から貰ったキーホルダーを付けるが、今はまだそのときではない。
 だから鍵が入れ替わったところで気付かれない可能性が高い。

「そして、あなたはぶつかったお詫びにウェンディさんを食事にでも誘って。授業棟の食堂がまだやっている時間だから、ウェンディさんをそっちに連れて行ってほしいの」

「ウェンディ嬢を自室に近づけないようにすればよろしいのですね?」

「話が早くて助かるわ。食事代はさっき渡した資金の残りで足りるはずよ」

 ナッシュとウェンディは先程の修練場ですれ違った程度で、まだ話をしたことはない。
 それでもウェンディはナッシュの誘いを断らない気がする。
 なぜなら、ナッシュは攻略対象だから。
 それに奇行のせいで忘れがちだが、ナッシュの外見はその辺を歩いているモブの生徒とは雲泥の差がある。

「あなたがウェンディさんを食事に誘っている間に、さりげなく私があなたの横を通り過ぎるわ。そうしたら、あなたはさりげなく私にウェンディさんの部屋の鍵を渡してちょうだい」

「その鍵でお嬢様がウェンディ嬢の部屋に入って物色をしている間、私は食事をしながらウェンディ嬢の足止めをしておけばいいのですね?」

「物色って嫌な言い方をするわね……その通りだけど」

 私は、隠れている茂みの中で、落ちていた石を三つ積んだ。

「物色が終わったら、ウェンディさんの部屋の鍵はここに置いておくわ。そして、あなたはウェンディさんを女子寮に送り届けたついでに、茂みの中で鍵を見つけるの。そして『ぶつかった拍子に自分も鍵を落としたみたいだ』とか言って、置いてある鍵を拾って。そして『自分の鍵と入れ替わってないか?』とウェンディさんに置いてあった方の鍵を渡して、ウェンディさんの持っているあなたの部屋の鍵を回収して。それが終われば、ミッションコンプリートよ」

 「図書館の鍵」と「ウェンディの部屋の鍵」と「ナッシュの部屋の鍵」で、鍵が三本も出てきてややこしい。
 鍵の取り違いには十分に気を付けないと。

「その作戦ですが……」

 私の作戦を聞いたナッシュは、少し考えてから切り出した。

「ウェンディ嬢の部屋に入るのを私が、ウェンディ嬢の足止めをお嬢様が行なってはいかがでしょう?」

 ナッシュは付き人として、なるべく私を危険の少ない役にしたいのだろう。
 しかしそれは悪手だ。

「男のあなたが女子寮にいると目立ち過ぎるわ。きちんとウェンディさんの足止めをしてくれれば、私に危険は無いから頼まれてちょうだい」

「一旦、この計画は中止にしませんか? もっと策を練ってから……」

「今夜までに必要なことなのよ」

 ゲームでも、ローズは誰に何を言われようとも自分の意見を曲げない頑固な令嬢だった。
 当然そのことを、長年ローズの家で使用人をしているナッシュは知っているのだろう。

 今日何度目かの大きな溜息を吐いた後、渋々と言った様子でナッシュは計画を了承した。



 ――――ドンッ!

 女子寮の前の道へやって来たウェンディに、ナッシュは結構な勢いでぶつかった。
 鍵を落とさせるためとはいえ、ちょっと痛そうだ。

 …………うん?
 これ、悪役令嬢の私が付き人を使ってウェンディをいじめたって話にならないわよね!?

 ウェンディをいじめる気は全く無いが、やっていることはいじめと言われても仕方がない。
 現にナッシュに命令をしてウェンディに体当たりをさせているのは私なのだから。

「きゃあっ」

 ウェンディの可愛らしい悲鳴で我に返った。
 今は、悪役令嬢らしいことをしている自分に青褪めている場合では無かった。

 ふと地面を見ると、ウェンディの近くにはぶつかった拍子に落ちたのだろう部屋の鍵が転がっている。
 すかさずナッシュがその鍵をハンカチで包んで拾う。
 そして一度自身の懐にハンカチごと手を入れたかと思うと、すぐに懐から手を出した。
 今の一瞬で鍵を入れ替えたのだろう。
 つまり、今ナッシュがハンカチの上に乗せている鍵は、ウェンディの落としたものではなくナッシュの部屋の鍵だ。

 自分で提案をしておきながら、ナッシュがこんなに器用だとは思わなかった。
 今度公爵に相談をして給料を上げてあげよう。

「申し訳ありません。お怪我はございませんか?」

 ウェンディは自分にぶつかった相手であるナッシュのことを睨みつけた……が、顔を上げて相手がナッシュだと気付くと、スッと怒りの表情を消した。

 なるほど、イケメンなら体当たりも許されるのか。
 きっとイケメンは人生がイージーモードなのだろうな、と少しの嫉妬を覚えてしまう。

「可憐なご令嬢を突き飛ばすとは、私は何ということをしてしまったのでしょう! 謝って済む問題ではございません。お詫びをさせてくださいませ!」

「私なら平気よ。それより、あなたは誰?」

「ああっ! 私としたことが、名乗ることすら忘れているとは。重ね重ね申し訳ございません! 私はこの学園の普通科に入学しましたナッシュと申します」

 今初めて知ったが、ナッシュは演技過剰なところがあるみたいだ。
 大根とまでは言わないが、芝居がかった口調にウェンディは不信感を抱いてはいないだろうか。

 そう思ってウェンディを見ると、彼女は頬を赤く染めていた。

「ナッシュさんね。私はウェンディ。私も新入生なの」

 どうやらウェンディにナッシュのことを怪しんでいる様子は無い。
 これもイケメン効果だろうか。

「ウェンディ嬢。ぶつかってしまったお詫びも兼ねて、ディナーを奢らせてくださいませ。まだ新入生は外出が出来ないため、学園内での食事にはなりますが」

「まあ素敵! ぜひお願いしたいわ!」

 ヒヤヒヤするまでもなく、ウェンディは即答でナッシュの提案に乗った。

 ……と、二人を見ている場合ではなかった。
 私もやるべきことをやらねば。
 私はさりげなくナッシュの横を通り過ぎ、ナッシュからこっそりウェンディの部屋の鍵を受け取った。
 そしてそのまま何事も無かったように女子寮へと向かう。

 まずは第一ミッションクリアだ。

 鍵の受け渡しをウェンディに見られていないか振り返りたい衝動に駆られたが、鉄の意志で我慢をする。
 ここで振り返ったら、ウェンディに私の存在を印象付けてしまうからだ。

 ウェンディがナッシュに気を取られている今、彼女にとって私はただの通行人に過ぎない。
 しかし振り返ることで「鍵を落とした直後にローズが通った」と覚えられてしまう恐れがある。
 だからどれだけ気になったとしても、ウェンディのことは全てナッシュに任せなくてはならない。

 私は平常心を意識しながら、一度も振り返らずに女子寮に入った。
 そして女子寮の中をゆっくりと歩き、階段を上り、二階の廊下の窓からやっと、ウェンディとナッシュが寮から離れていくことを確認した。
 無事にウェンディを女子寮から離す作戦は成功しているようだ。

 私の方はここからが本番だ。
 二階の廊下に誰もいないことを確認してから、ナッシュから受け取った鍵でウェンディの部屋の鍵を開け部屋に忍び込んだ。
 そして部屋に入った後は、すぐに鍵を閉めた。




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