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【第二章】 たとえ悪役だとしても
第23話
しおりを挟む「…………ふう」
自然と止めていた息を吐き出した直後、誰かの足音が響いてきた。
音を立てないようにドアスコープから覗くと、一人の女子生徒が廊下を歩いている。
彼女は止まることなく歩き続け、そのうちに姿も足音も消えた。
「寮だものね。人通りはあるわよね」
部屋に入る前に、廊下に誰もいないことを確認したが、階段を上って新たに廊下に現れる生徒まで確認することは出来ない。
部屋の前を素通りしていたので、幸いなことに私がウェンディの部屋に忍び込むところは見られなかったようだが。
案外、間一髪だったのかもしれない。
「危なかった。聖女であるウェンディの部屋に侵入したことがバレたら、最悪の場合退学かもしれない」
退学になったら、学園の外からジェーンを助けることは不可能だ。
ジェーン以外の犠牲者たちも原作通りに死んでしまう。
だから退学になるわけにはいかないのだ。
学園に通い続けたまま、『死よりの者』を退治しなくては。
「だから今、私がするべきことは……」
気を取り直して、部屋の中を見回した。
ウェンディの部屋もローズの部屋と同じく、トイレやシャワーが室内に付いているようだ。
学園側は入学前からウェンディが聖女だと知っていたのだから当然かもしれない。
しかし家具はまだあまり置かれておらず、引っ越したばかりの部屋そのものだ。
そのがらんとした部屋の中を、音を立てないようにそっと歩いて、デスクに近づく。
デスクの引き出しを開けると、図書室の鍵は原作ゲームと同じく、デスクの一番上の引き出しに入っていた。
「…………あら?」
デスクに近づくと、置きっぱなしにされている一冊のノートが目に入った。
どうやらウェンディの日記帳のようだ。
「ダメよ、私。他人の日記を覗くのはいけないことよ。いけないことなの」
自分に言い聞かせるように呟いた。
だけど、この日記にどの攻略対象を狙っているかが書かれていたとしたら、今後ものすごく役に立つ。
まだ攻略対象全員とは会っていない時期だが、例えばすでに出会っているエドアルド王子に入れあげている記述があれば、王子とのイベントの発生率が高いことが分かる。
幼馴染のルドガーに関しても同じことだ。
逆に二人のことが一切書かれていなかったら、残りの三人の誰かが攻略対象に選ばれる確率が高い。
「ごめんなさいね、ウェンディ。人助けのためだから許して」
私がウェンディの日記を開こうとした瞬間。
「合唱部、すごかったわね。一緒に合唱部に入りましょうよ」
「実は私、絵にも興味があって。美術部も捨てがたいわ」
廊下から女子生徒たちの声が聞こえてきた。
彼女たちの声を聞いたおかげで冷静になった私は、日記を開くのをやめた。
私は今、ウェンディの部屋に忍び込んでいる最中だ。
いつ誰に勘付かれるか分からない。
それにナッシュがウェンディの足止めに失敗する可能性もある。
あまり長居はしない方が良い。
目的だった図書館の鍵をポケットに入れて、すぐに部屋を出ることにした。
ドアスコープを覗いて、先程の女子生徒たちが去ったことを確認し、サッと廊下に出て鍵を閉めた。
その瞬間、曲がり角から別の女子生徒が現れたが、女子生徒は私に何も言わずに通り過ぎて行った。
またしても間一髪で、ウェンディの部屋から出るところは見られなかったようだ。
* * *
目的を果たした私は、使い終わったウェンディの部屋の鍵を、茂みの中の予定していた石の上に置いた。
鍵が手から離れたことで、少し肩の荷が下りた気がする。
まだ図書館の鍵はポケットの中にあるが。
「さあ、腹が減っては何とやらと言うし、私も何か食べておかないと」
私は食堂で夕食のデリバリーを頼むと、自室へと戻った。
今日も原作ゲームでの定石である「食堂での情報収集」が出来なかった。
そのせいでジェーン以外の女子とはまだほとんど話せていない。
「攻略対象とは結構絡めていると思うのだけれど」
今の時点では私が学園生活を上手くこなせているかは判断できないが、すでに、ナッシュ、エドアルド王子、ルドガーとは話をしている。
二日目にして三人の攻略対象と話せているのは上々なのではないだろうか。
ゲームはまだ序盤も序盤。
セオとは話せていないが、用務員として学園にいるのだから今後話をする機会はいくらでもある。
ミゲルだけは学園にいないから町に行かないと会えないのが残念だ。
「攻略対象の好感度を上げておけば、処刑されないための保険になるかしら」
私はこれから『死花事件』そのものを阻止するつもりだが、もし犠牲者が出てしまった場合に、私の味方になってくれる人は多い方が良い。
原作ゲームでは、事件の犯人であるローズの減刑を求めたのがナッシュだけだったから処刑が確定してしまったが、もっと減刑を求める声が多ければローズは助かったかもしれない。
それにしても、処刑、か。
私は『死花事件』を起こすどころか止めようとしているのだが、何度も都合よく事件現場に出くわしていたら、犯人だと疑われてしまうかもしれない。
その覚悟もしておく必要がある。
暗い気分になってきたところで、部屋の呼び鈴が鳴った。
夕食のデリバリーが届いたのだ。
「考えるべきことはたくさんあるけど、とりあえずは目の前のことに集中しよう。今集中すべきは、今後の身の振り方でも、今夜の『死よりの者』退治でもない。集中すべきは、美味しいディナーよ!」
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