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【第二章】 たとえ悪役だとしても

第30話

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「では魔法の授業を始めます」

 黒いローブに身を包んだ教師が、すらすらと黒板に文字を書いていく。

「みなさんも知っての通り、魔法は誰でも使用が可能です。ですが魔力量には個人差があります。休息をとれば使った分の魔力は回復しますが、その人自身がもともと持っている魔力量以上は回復しません」

 私はこの世界に来てから、まだ魔法は使っていない。
 いろいろなことが起こりすぎてそれどころではなかったというのも大きいが、無暗に魔法を使って痛い目を見たくなかったというのも大きい。
 何をするにしても、基礎をおろそかにする者は痛い目を見ると相場は決まっている。

「みなさん、よく聞いてくださいね。魔法を使う際に、絶対に注意をしてほしいことがあります。自分の魔力が底をついているときに魔法を使うと、生命エネルギーを魔力に変換して使ってしまうのです。ゆえに魔力が尽きるほどの魔法を使わないようにすることが、魔法を使う際の絶対条件とされています」

 教師は身体をくるりと回転させ、厳しい目つきで生徒たちを見た。

「若いうちは大きな魔法を使いたがる者が多いですが、上級の魔法使いに共通していることは、徹底的な魔力量の管理です! 基礎を馬鹿にする者は基礎に泣きます! 自分の能力を過信することは死に直結します!」

 きっと毎年、自分の魔力量を無視して大きな魔法を使いたがる生徒がいるのだろう。
 教師は何度も何度も生徒たちに大声で同じ注意を言い聞かせている。

「私はそれが出来る生徒にしか魔法を教えません。いいですね!?」

 生徒たちは教師の言葉に素直に頷いていた。
 きっと早く魔法を教えてほしいのだろう。

「では今日は初級魔法の授業を行います。机の上に置かれた粘土を動かしてみましょう」

 教師が教卓に置かれた大きな粘土を軽く叩くと、粘土は小さな欠片に分かれ、生徒たちの机の上へと飛んで行った。

「先生、そんな初級魔法からやるんですか? こんなの幼児レベル……」

 文句を言った生徒の額に粘土が勢いよくぶつかった。

「あなたは私の言葉が理解できなかったのですか? 荷物をまとめて帰りますか?」

 生徒は額に張り付いた粘土を懸命に剝がしながら、首をぶんぶんと横に振った。

「ではみなさん、目の前の粘土を動かしてみましょう。杖を構えて呪文を唱えつつ、粘土が動く姿を想像するのです。集中力が切れると粘土は動かなくなります。何度も言いますが、まだ粘土が動いていても、疲れたと感じた時点で魔法を解いてください。これだけは絶対に守ってくださいね」

 クラスメイトたちの反応を見るに、これから行うのは幼児レベルの簡単な魔法のようだ。
 もちろんこの世界に飛ばされたばかりの『私』は魔法を使ったことがないが、ローズの魔力量があれば何とかなるだろう。

 私は粘土に向かって杖を構えた。
 そして粘土が動く様子を想像してみる。
 トコトコ、ピョンピョン、クルンッ。
 そして習った呪文を唱えると、私の想像通りに粘土が机の上を動き回った。
 歩いて、跳ねて、宙返り。
 何だこれ、楽しい!

 さらに想像をしてみる。
 粘土の一部を細く伸ばして縄跳びを作って、ピョンピョン。
 鉄棒を作って逆上がり、グルングルン。
 次は……。

「うわ、なにそれ!?」

 突然聞こえてきた大声に驚いて顔を上げると、私は多くの視線を浴びていた。

「え? なにって?」

 注目されるような失敗をしでかした憶えはない。
 私はただ教師の言う通りに……と思って周りの机を見て、自分の失敗に気付いた。

 クラスメイトたちは、粘土を転がしたり浮かせたりしているだけだった。
 間違っても人型にして歩かせたり飛び跳ねさせたりはしていない。
 失敗に気付いた私は、慌てて粘土にスカイダイビングをやめさせた。

 そういえばゲームの中では、ローズの魔力量が多いこともローズが『死花事件』の犯人と言われた理由だった。
 普通の魔力量では、『死よりの者』を召喚することなど出来ないからだ。
 ……ということは、魔力量が多いことを知られるのはマズいのでは?

「えっと、これは、その……」

 言い訳をしようとしたが、自分のクラスから大魔法使いが輩出できると信じて疑わない教師が涙を流しながら喜んでいる姿を見てしまっては、それも出来なかった。




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