悪役令嬢は扉をあける~乙女ホラゲの悪役になったのでホラーフラグは折りつつ恋愛フラグは回収します!?~

竹間単

文字の大きさ
92 / 102
【第五章】 隠された名前

第84話

しおりを挟む

 そうして私たちがにらみ合っていると、少年には不運なことに、私たちには幸運なことに、アジトにミゲルが戻ってきた。

「今日も観光客がシケててさあ……って、どうしてあんたがいるんだよ!?」

「お帰りなさい、ミゲル」

 笑顔でミゲルを出迎えると、ミゲルは信じられないものを見たという表情をした。
 ミゲルの登場に、少年は大きな溜息を吐いていた。

「お帰りなさい、じゃないだろ。なんであんたがこの場所を知ってるんだよ!?」

「それについては企業秘密よ。そんなことよりミゲルに頼みたいことがあるの」

「そんなこと、じゃないんだけど!? おれたちにとっては死活問題だ!」

「まあまあ、まずは私の話を聞いてちょうだい」

「他のやつにはこの場所のことを話してないだろうな!?」

「大丈夫。話していないし、話すつもりもないわ。だから私の話を聞いて。お願い」

 私は無理やり話の主導権を握ると、先程の少年にしたのと同じ説明をした。
 母親が倒れたからミゲルの治療魔法で治してほしい、と。

「……はあ。あんたに治療魔法を使うんじゃなかった」

「どうしても頼みたいの。大事なお母様だから」

「悪いけど、さすがに信じられない。そうやっておれを連れ出して、どこかに監禁する気かもしれないからな。自分で言うのもアレだが、おれは金のなる木だから」

 ミゲルはすぐには了承してくれなかった。
 きっと、これまでにも危険な目に遭ってきたのだろう。

「うーん。こればかりは信じてもらうしかないわ」

「信じて、とだけ言われて信じられるかよ。昔からの知り合いならともかく、おれとあんたが会うのはこれで二度目なんだからな」

 ミゲルを監禁して金儲けをするつもりなどさらさらないが、そのことを証明できるものを私は持っていない。
 どうしようと困っていると、これまで黙って話を聞いていたナッシュが口を開いた。

「横から失礼します。お嬢様があなたを監禁して金稼ぎの道具にするかもしれないという話ですが、そんなことはあり得ないと断言することが出来ます」

「証拠は?」

 ミゲルに証拠を要求されたナッシュは、懐から財布を取り出し、テーブルとして使っているのだろう石の上に中身をバラまいた。
 財布の中から、たくさんの硬貨が石の上に落ちる。

「これは……!?」

 少年が驚愕の表情でナッシュを見上げた。
 貴族とは思っていたものの、これほどの大金を持ち歩いているとは思わなかったのだろう。

「金を持ってるからなんだって言うんだよ。金持ちの言うことは信じろって?」

 少年が驚く一方で、一度ナッシュの持つ財布の中に大金が入っていることを見ていたミゲルは、眉間にしわを寄せた。

「いいえ。ただの小金持ちなど信じるに値しません。ですが、ただの護衛にこれだけの金貨を持たせるほどに、お嬢様の家はとてつもない金持ちなのです。なぜなら」

 ここでナッシュは深く息を吸い込み、大声を出した。

「この方は、公爵令嬢のローズ・ナミュリー様だからです!」

「…………」

「……ミゲル、こうしゃくれいじょうって何だ?」

「よく分からないけど、金持ちってことじゃないか?」

 しかしミゲルと少年には「公爵令嬢」が通じなかった。
 確かにミゲルたちには聞き馴染みの無い単語かもしれない。

「公爵令嬢とは、非常に良い家柄のお嬢様のことであり、とても品行方正なのです」

 ナッシュが耳の痛いことを言った。
 品行方正……ちょっと私とは縁遠い単語だ。

 居たたまれなさを覚える私を無視してナッシュは続けた。

「公爵令嬢であるお嬢様が、あなたを使って小銭稼ぎをする? 公爵家がそんなはした金を必要とするわけないじゃないですか。むしろ金が余って仕方がないくらいです」

 ナッシュが誇らしげに言い放った。
 少し鼻につく物言いだが、ミゲルたちには効果抜群だったらしい。
 いつの間にかミゲルたちの私を見る目が、敵を見るものから、カモを見るものへと変わっていた。
 ……私、カモにされるの?

 まあ、ナッシュが横にいれば、そう簡単にカモにされることはないだろう。
 ナッシュは私にはものすごく過保護で甘いが、それ以外の人に対してはビジネスライクだ。
 相手が子どもとはいえ、その辺の手を抜くことはないだろう。

「ミゲル、この人たちって本当にものすごいお金持ちなのかも」

「早まるな。金持ちだから金に汚くないとは限らない。むしろ金稼ぎに貪欲だからこそ金持ちになったのかもしれない」

「なるほど……」

 ミゲルと少年の反応を見たナッシュは、財布に硬貨を戻しつつ、一部の硬貨を二人に渡した。

「前金にどうぞ」

 ナッシュが渡したのは、彼らが優に半年は暮らせるだろう金額の硬貨だった。

「こんなに……!?」

「こんなに、ではありません。妥当な額です。成功報酬はまた別にお支払いします。前金がはした金に見えるような金額をね」

 ナッシュはそう言ってから、私に耳打ちをした。

「これで良いんですよね?」

「良いけれど、先に相談してほしかった気はするかも。一応、公爵家のお金なわけだし」

「ご安心ください。あれは私の給料です」

 ……いや、逆に安心できない。
 自分の給料を、ああも簡単に他人に渡してしまうなんて。

「ナッシュの給料を交渉で使うなんてもっと駄目よ。私が頼みごとをするのだから、お金は私が払わないと」

「ですが、お嬢様が交渉をするとカモにされそうだったので」

 ナッシュから見ても、私はカモにされそうだったのか。
 確かに高度な交渉術は持っていないが、私だって子ども相手の交渉くらい出来る。

 そう思ってナッシュを見上げると、ナッシュは静かに首を振った。
 私に交渉は無理だと言いたいのだろう。

「……私にだって出来るわよ」

「彼らは普通の子どもではありません。大人相手に騙し騙されをしながら暮らしているのです。お嬢様では勝てません」

 そんなにキッパリと言い切らなくても良いのに。
 しかしこうもキッパリ言われると、何だかそんな気がしてきてしまった。



しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

おばさんは、ひっそり暮らしたい

波間柏
恋愛
30歳村山直子は、いわゆる勝手に落ちてきた異世界人だった。 たまに物が落ちてくるが人は珍しいものの、牢屋行きにもならず基礎知識を教えてもらい居場所が分かるように、また定期的に国に報告する以外は自由と言われた。 さて、生きるには働かなければならない。 「仕方がない、ご飯屋にするか」 栄養士にはなったものの向いてないと思いながら働いていた私は、また生活のために今日もご飯を作る。 「地味にそこそこ人が入ればいいのに困るなぁ」 意欲が低い直子は、今日もまたテンション低く呟いた。 騎士サイド追加しました。2023/05/23 番外編を不定期ですが始めました。

完璧(変態)王子は悪役(天然)令嬢を今日も愛でたい

咲桜りおな
恋愛
 オルプルート王国第一王子アルスト殿下の婚約者である公爵令嬢のティアナ・ローゼンは、自分の事を何故か初対面から溺愛してくる殿下が苦手。 見た目は完璧な美少年王子様なのに匂いをクンカクンカ嗅がれたり、ティアナの使用済み食器を欲しがったりと何だか変態ちっく!  殿下を好きだというピンク髪の男爵令嬢から恋のキューピッド役を頼まれてしまい、自分も殿下をお慕いしていたと気付くが時既に遅し。不本意ながらも婚約破棄を目指す事となってしまう。 ※糖度甘め。イチャコラしております。  第一章は完結しております。只今第二章を更新中。 本作のスピンオフ作品「モブ令嬢はシスコン騎士様にロックオンされたようです~妹が悪役令嬢なんて困ります~」も公開しています。宜しければご一緒にどうぞ。 本作とスピンオフ作品の番外編集も別にUPしてます。 「小説家になろう」でも公開しています。

転生しましたが悪役令嬢な気がするんですけど⁉︎

水月華
恋愛
ヘンリエッタ・スタンホープは8歳の時に前世の記憶を思い出す。最初は混乱したが、じきに貴族生活に順応し始める。・・・が、ある時気づく。 もしかして‘’私‘’って悪役令嬢ポジションでは?整った容姿。申し分ない身分。・・・だけなら疑わなかったが、ある時ふと言われたのである。「昔のヘンリエッタは我儘だったのにこんなに立派になって」と。 振り返れば記憶が戻る前は嫌いな食べ物が出ると癇癪を起こし、着たいドレスがないと癇癪を起こし…。私めっちゃ性格悪かった!! え?記憶戻らなかったらそのままだった=悪役令嬢!?いやいや確かに前世では転生して悪役令嬢とか流行ってたけどまさか自分が!? でもヘンリエッタ・スタンホープなんて知らないし、私どうすればいいのー!? と、とにかく攻略対象者候補たちには必要以上に近づかない様にしよう! 前世の記憶のせいで恋愛なんて面倒くさいし、政略結婚じゃないなら出来れば避けたい! だからこっちに熱い眼差しを送らないで! 答えられないんです! これは悪役令嬢(?)の侯爵令嬢があるかもしれない破滅フラグを手探りで回避しようとするお話。 または前世の記憶から臆病になっている彼女が再び大切な人を見つけるお話。 小説家になろうでも投稿してます。 こちらは全話投稿してますので、先を読みたいと思ってくださればそちらからもよろしくお願いします。

異世界転生した私は甘味のものがないことを知り前世の記憶をフル活用したら、甘味長者になっていた~悪役令嬢なんて知りません(嘘)~

詩河とんぼ
恋愛
とあるゲームの病弱悪役令嬢に異世界転生した甘味大好きな私。しかし、転生した世界には甘味のものないことを知る―――ないなら、作ろう!と考え、この世界の人に食べてもらうと大好評で――気づけば甘味長者になっていた!?  小説家になろう様でも投稿させていただいております 8月29日 HOT女性向けランキングで10位、恋愛で49位、全体で74位 8月30日 HOT女性向けランキングで6位、恋愛で24位、全体で26位 8月31日 HOT女性向けランキングで4位、恋愛で20位、全体で23位 に……凄すぎてびっくりしてます!ありがとうございますm(_ _)m

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。

悪役令嬢によればこの世界は乙女ゲームの世界らしい

斯波@ジゼルの錬金飴③発売中
ファンタジー
ブラック企業を辞退した私が卒業後に手に入れたのは無職の称号だった。不服そうな親の目から逃れるべく、喫茶店でパート情報を探そうとしたが暴走トラックに轢かれて人生を終えた――かと思ったら村人達に恐れられ、軟禁されている10歳の少女に転生していた。どうやら少女の強大すぎる魔法は村人達の恐怖の対象となったらしい。村人の気持ちも分からなくはないが、二度目の人生を小屋での軟禁生活で終わらせるつもりは毛頭ないので、逃げることにした。だが私には強すぎるステータスと『ポイント交換システム』がある!拠点をテントに決め、日々魔物を狩りながら自由気ままな冒険者を続けてたのだが……。 ※1.恋愛要素を含みますが、出てくるのが遅いのでご注意ください。 ※2.『悪役令嬢に転生したので断罪エンドまでぐーたら過ごしたい 王子がスパルタとか聞いてないんですけど!?』と同じ世界観・時間軸のお話ですが、こちらだけでもお楽しみいただけます。

逃げたい悪役令嬢と、逃がさない王子

ねむたん
恋愛
セレスティーナ・エヴァンジェリンは今日も王宮の廊下を静かに歩きながら、ちらりと視線を横に流した。白いドレスを揺らし、愛らしく微笑むアリシア・ローゼンベルクの姿を目にするたび、彼女の胸はわずかに弾む。 (その調子よ、アリシア。もっと頑張って! あなたがしっかり王子を誘惑してくれれば、私は自由になれるのだから!) 期待に満ちた瞳で、影からこっそり彼女の奮闘を見守る。今日こそレオナルトがアリシアの魅力に落ちるかもしれない——いや、落ちてほしい。

転生してモブだったから安心してたら最恐王太子に溺愛されました。

琥珀
恋愛
ある日突然小説の世界に転生した事に気づいた主人公、スレイ。 ただのモブだと安心しきって人生を満喫しようとしたら…最恐の王太子が離してくれません!! スレイの兄は重度のシスコンで、スレイに執着するルルドは兄の友人でもあり、王太子でもある。 ヒロインを取り合う筈の物語が何故かモブの私がヒロインポジに!? 氷の様に無表情で周囲に怖がられている王太子ルルドと親しくなってきた時、小説の物語の中である事件が起こる事を思い出す。ルルドの為に必死にフラグを折りに行く主人公スレイ。 このお話は目立ちたくないモブがヒロインになるまでの物語ーーーー。

処理中です...