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第4話 依頼
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──「愛斗、愛斗」
大きな掌で揺すられて僕は瞼をこじ開ける。いつの間にか眠っていたようだ。
「あ……僕……」
「起きろよ。来たよ、依頼人ちゃん」
(ん? ちゃん? 女性か……)
寝ぼけ眼の僕の頭にポンと触れると黒淵は視線で『おもひで古書』の扉を指し示した。
見れば女性が、ガラス張りの引き戸に手をかけたのが見える。入口横の辞典の上で丸くなっていたはずの火華は、僕より先に起きていたようで体育座りをしたまま、じっと引き戸を眺めていた。
ガラリと音がして小柄な女性が雑然とした店内を気にしながら入ってきた。肩までの黒髪にすっきりとした瞳の女性で身に着けているのは制服だった。その姿になぜか違和感を感じる。
(あれ?……なんだろう……? あと高校生? )
立ち上がった僕は、黒淵にツンと背中を押されて前かがみになりながら、女性に向かってお決まりのセリフを口に出した。
「あ、いらっしゃいませ。ご想儀の件でしょうか? 」
女性は小さく頷くと僕の後ろで店の奥へと掌を差し出している黒淵にすぐに視線を移した。
「どうそ、こちらへ」
黒淵はカウンターの後ろの丸椅子に腰かけると、女性も僕があらかじめカウンターの前に置いておいた丸椅子にちょこんと腰かけた。僕は少年漫画のコーナーから木製の踏み台を移動させて、カウンターの横に置き腰かける。
「……では早速ですが、お名前と想儀に出したい想いをお聞かせ願いますか? 」
女性は黒淵と視線を合わせると小さな声で質問に答えていく。
「私の名前は、木村鈴子で高校三年生です。供養してほしいのは……」
僕は唾をごくりと飲み込んだ。この一年で数十人の想儀に立ち会ったが、依頼人が供養してほしい想いを口にするときは緊張する。
──その想いを本当に供養してしまって良いのか僕には判断できないことが多いからだ。
鈴子は一呼吸すると、黒淵への視線をそのままに言葉を吐き出した。
「夢……への想いを捨て去りたいんです。供養して頂けますか? 」
「えっ!…夢を……? 」
思わず大きな声をだした僕をすぐに鈴子が睨んだ。
──何なの、うるさいわね!
鈴子の唇は動いてはいないが、僕の心の中には鈴子が僕にむける悪意が勝手に流れ込んでくる。
僕は思わず俯きそうになるのをこらえると鈴子から視線をそらし黒淵を見た。
黒淵なら今回の依頼は、当然ノーのはずだ。
今までも別れた恋人への想いの供養や亡くなった人への慕情を供養したいといった依頼は、自分自身を見つめ、寄り添いながら乗り超えていくべき案件だということで黒淵が依頼を受けることはなかった。
あくまで僕ら『想儀屋』が請け負うのは、いじめやが虐待といった精神的苦痛によるトラウマにより明日が怖いと感じる人、明日が来なければいいのにと涙を流す哀しい想いを抱える人達のために想儀を行ってきた。
「夢への想いを供養ご希望ですね、招致致しました」
「え! ちょっと……黒淵さんっ」
──黙ってよ! 関係ないでしょ!
鈴子と視線は合わないが悪意だけは心に響く。
(そうだ、僕には全然関係ない……でも)
「ぜひお願いします」
鈴子がスカートの裾を握りしめながら、黒淵に返事をする。
「では契約成立ですね、お支払いは後程現金で」
「はい、わかりました」
黒淵は僕の言葉を気にも留めずに、鈴子の情報を黒い手帳にボールペンでメモしていく。
「木村様、一つ確認ですが、一度供養した想いは空に還ります。即ち、現世では同じ想いを抱くことができませんが宜しいでしょうか? 」
鈴子は背筋をピンとたてて「はい」と短く返事をした。
(一体なんなんだよっ! いつもなら断る案件のはずなのに)
「黒淵さん!待ってよ!なんでこの案件を受けるんですか! 」
僕はいつになく感情的になっていた。理由は自分でもすぐに分かった。
──僕には夢がないから。
なにか目標と呼べるものすらない僕にとって夢なんて、本当に夢だ。憧れだ。
こうなりたい、こうでありたい、などという生きていくうえでの自分自身の指針をもつことなど僕には可能なのだろうか。いつかできるんだろうか。そんな強い想いを糧に生きていくことを素直に楽しめる日などくるのだろうか。
「愛斗には関係ないことだよ。依頼人の木村様が供養を望まれてる。だから俺たちで想儀を執り行う」
僕は唇を嚙み締めた。鈴子が僕を横目で睨む。
「さっきから何なの!放っておいて!この夢への想いのせいで苦しいの!哀しいの!」
鈴子が悲鳴のような声を出した。
(夢が苦しい?哀しい?そんなの……当たり前なんじゃないのか?! )
僕は拳を握りしめると、鈴子に向かって再び口を開いた。
「僕は夢がないからわからないけれど……夢なんて苦しくて哀しい想いを積み重ねた先にあるもんじゃないんですか!その先でようやく叶えるもんなんじゃないんですか! 」
「あなたに何が分かるの!私にとってバレリーナになることが全てだった!何よりの大切だった!だから食事制限も頑張ったし、海外のコンクールでも優勝できた!でも……もういいの。気づいたから。私には叶えられない。それに、この足だってもう使えない」
「え? 使えない? 」
僕は鈴子の足に視線を移す。さっき店内に入ってきた時も歩き方に違和感はなかった。勿論見れば鈴子の足は義足でもなんでもない。紺色のハイソックスを履いた色白の細い足が制服のスカートから二本ちゃんと生えている。
「足……? でもキミの足、不自由そうに……見えないけど」
思わずこぼれた僕の言葉に鈴子の眉間に皺が寄る
──貴方みたいに、いまからどんな未来も用意されてる人間には分からない!
(え?僕に……未来が用意されてるだと? 目標も夢も持ったことがない僕に勝手に未来など用意されても空しいだけだ! )
僕が勢いよく立ち上がった拍子に座っていた木製の踏み台がバタンと倒れる。
そして目の前の視界が粉雪が舞い上がるようにほこりで白く染まり、一瞬周りの景色が見えなくなった。
(あっ……!)
その時、何気なく鈴子に目を遣った僕は気付いた。
なぜ黒淵がこの想儀を受けるといったのか。
なぜ鈴子が自身の大切な夢を供養してほしいと言ったのか。
僕は木製の踏み台を元に戻すと黙って座り直した。
「……では今から『おもひで神社』に場所を移して木村様のご想儀を執り行いたいと思います。行きましょう」
「宜しくお願します」
黒淵が僕に一瞬視線を合わせると、満足気に唇を持ちあげながら、タバコ片手に立ち上がった。
僕らは鈴子をつれて、いつものようにおもひで神社の境内に向かって長い石階段を上っていく。
「愛斗、そろそろジョギングでもはじめたらどうだ? 」
「うるさい……ですよ。これでも少しずつ登るペースあがってるんでいい、ですっ……」
黒淵は想儀の際は、依頼人に合わせて石階段を登るが今日の依頼人である鈴子の登るスピードが速いため、僕は着いていくのがやっとだ。黒淵はニヤッと笑うと、火華と鈴子をつれて更にペースを上げ、ものすごいスピードで駆け上がっていく。
(なんだよっ!化け物かよ! )
僕がようやく石階段を登り切って、両太ももに手を当て荒い呼吸を繰り返す頃には、黒淵はすでにカラスの白い羽を鈴子に渡し、想儀の説明も終えたようだった。
火華が鈴子にそっと近づくと、和紙でできた折り鶴を手渡す。鈴子は小さく頷くとすぐに瞳を閉じた。
僕も深呼吸しながら星空を眺める。今夜も雲一つない。見えるのは深い藍色の夜空に下弦の月がぶら下がり、数えきれないほどの星たちが競うように輝きを放っている。
(無事、供養できそうだな……)
鈴子が折り鶴に息を吹き込みカラスの羽を挿すと、折り鶴は鈴子の想いを乗せてすぐに空へむかってふわりと浮かびあがる。火華がさらに折り鶴を押し上げるように息を吐き出せば、折り鶴は星のように煌めきながら一気に天高く飛んでいく。
僕は折り鶴を静かに眺めている鈴子に歩み寄った。
「あの……」
「ねぇ見て……もうあんな遠くまで飛んでいっちゃうなんて。それに不思議……今ね、心の中がとっても軽い」
鈴子は僕と視線を合わせるとすぐに、ほっとしたような笑顔を向けた。
「あのさ……キミのこと何も知らないし分かってなかったクセに偉そうなこと言ってごめん……」
鈴子はすぐに首を振った。
「私こそ、いまからどんな夢でも描くことができて、どんな夢も自分次第で抱くことができるあなたが羨ましくて……」
僕は頭を掻いた。
「……僕はまだ夢を抱いたことがないから分からないけど、いつかキミみたいに夢中になって追い求められるような夢……見つけられたなって思うんだ。一生かかっても夢なんて見つからないかもだけど……それでも探し続けることを諦めないようにしたい」
鈴子が目を丸くするとすぐに歯を見せて笑った。
「もう見つけてるじゃない、夢……」
「え? 」
鈴子がもう間もなく消滅しそうな小さくなった折り鶴を眺めながら、ふわりと笑った。
「夢を見つけるために探し続けるコトだって、貴方の立派な夢でしょう?……頑張ってね」
鈴子は両手を夜空にむかって突き出す。折り鶴が最後の力を振り絞るように小さな光を放って消滅すると鈴子の体も仄かな光の塊となって、夜空に吸い込まれるように消えていった。
(僕の……夢か)
黒淵がスラックスのポケットに両手を突っ込んだまま立ち上がる。
「……さてと、以上をもって木村鈴子様の想儀を終了致します、火華おつかれ。愛斗もね」
珍しく僕と鈴子のやり取りを静かに見守っていた黒淵が、いつものように揶揄うような視線を僕に向ける。
「てゆうか、想儀屋って、死者もくるんすね。言ってくれたらいいのに、普通にイラつきました」
「あはは。愛斗くんはまだまだだね。俺は彼女が店の中に入っていた瞬間、すぐに影がないことに気づいたから」
「僕だってほこりが舞い上がった時、彼女の足元みて影ないのに気づきました」
「遅っ」
黒淵が大げさに体をのけぞってみせると、火華がクスクスと笑う。
「ま、いっちゃうと、俺、先週女子高生の交通事故のニュース見たばっかだったんだよね」
「え? 」
黒淵が僕を見下ろしながら真面目な顔をする。
「将来有望視されていたバレリーナの卵が不慮の事故でこの世を去ったとね。そのときテロップで映った名前が彼女だった。だからすぐにピンときたんだ。彼女、夢への想いが強すぎて成仏できてないってね。だから彼女の夢への想いを供養して彼女と共に空に還れるように依頼を受けたんだ」
「……始めからそこまで分かってたならなんで……」
黒淵が胸ポケットからタバコをとりだすと、あきれ顔でため息を吐き出した
。
「なんで?そんなの言わなくてもわかるでしょ?愛斗自身が気づいてくれなきゃ意味がないからね」
「ふふっ……でも愛斗……ちゃんと気づけたよね」
「火華?うん、まぁね……んっ?……えっ! 」
ふいに火華が僕の腕を引っ張って、無理やり屈ませると僕の頭をよしよしを撫でた。
「わっ……ちょ、火華やめてよ……」
火華は大きな赤い瞳を細めると、かまわず僕の頭を撫でまわしてから、すぐに離れた。
他人から褒められるのなんて初めてかもしれない。嬉しさと恥ずかしさで僕の顔はゆでタコみたいに真っ赤になった。
「鈴子ちゃんのおかげでもあるけど、ちゃんと自分で気づけたのは偉かったよな。愛斗が今まで持ってなかった『夢』がいつの間にか芽生えてたワケだし。いやー、成長、成長!ご褒美に俺もよしよししてやろうか? 」
「お断りします」
僕は黒淵にこれ以上真っ赤な顔を見られないように石階段を駆け降りていく。
「お。俺より早く降りれると思ってんの? 」
「一番早く降りれた人が夕飯おごるってことで」
「どうせ俺しか金持ってねーじゃん」
見れば火華が黒淵と僕をあっという間に追い越すとその小さな姿は暗闇に紛れて見えなくなった。
「はぁ……お姫様もまだまだ子供だな……」
黒淵は僕と顔を見合わせて笑うと、夜空を眺めながら石階段を再び降りていく。僕はスピードを早めた黒淵の後ろ姿を眺めながら、ゆるんだ口元をそのままに胸に手をあてた。
(あったかいな……)
この一年、黒淵と火華と一緒にいる中で僕自身が少しずつ変わっていっていることに気づく。
今までは他人と関わりたいと思うこともましてや他人の想いなど興味がなかったから。このあったかい想いはきっと、他人との関わりの中でしか得ることができない特別な想いなのだろう。
石階段を下り終えると鳥居の前で黒淵と火華が僕を見てすぐに笑った。
「はい! 言い出しっぺの愛斗のおごりっていうか、給料から差し引きな」
「金持ってるくせに、ケチっすね」
僕はわざと憎まれ口をたたいて見せる。僕と黒淵のやり取りをみながら、火華がくすくすと笑う。
(ほんと寂しくないや)
両親が亡くなり、これからずっとひとりぼっちだと勝手に思い込んでいた去年の僕に教えてあげたい。
僕は一人じゃない。いつも隣にいてくれる赤の他人に僕はこんなにも居心地が良くて、ちっぽけな幸せすら感じている。
心はいつだって哀しいよりも、あったかい。
「愛斗、いくぞ」
黒淵が胸ポケットからタバコを取り出すと火をつけた。その煙が一本線となってまるで鈴子とその想いを弔うように夜空へと消えていく。
僕は二人の影を追いかけながら、もう一度空を見上げた。この心に芽生えたささやかな夢を抱いて不確かな未来を真っすぐに歩いていく。
──これからもずっと二人と一緒に。
大きな掌で揺すられて僕は瞼をこじ開ける。いつの間にか眠っていたようだ。
「あ……僕……」
「起きろよ。来たよ、依頼人ちゃん」
(ん? ちゃん? 女性か……)
寝ぼけ眼の僕の頭にポンと触れると黒淵は視線で『おもひで古書』の扉を指し示した。
見れば女性が、ガラス張りの引き戸に手をかけたのが見える。入口横の辞典の上で丸くなっていたはずの火華は、僕より先に起きていたようで体育座りをしたまま、じっと引き戸を眺めていた。
ガラリと音がして小柄な女性が雑然とした店内を気にしながら入ってきた。肩までの黒髪にすっきりとした瞳の女性で身に着けているのは制服だった。その姿になぜか違和感を感じる。
(あれ?……なんだろう……? あと高校生? )
立ち上がった僕は、黒淵にツンと背中を押されて前かがみになりながら、女性に向かってお決まりのセリフを口に出した。
「あ、いらっしゃいませ。ご想儀の件でしょうか? 」
女性は小さく頷くと僕の後ろで店の奥へと掌を差し出している黒淵にすぐに視線を移した。
「どうそ、こちらへ」
黒淵はカウンターの後ろの丸椅子に腰かけると、女性も僕があらかじめカウンターの前に置いておいた丸椅子にちょこんと腰かけた。僕は少年漫画のコーナーから木製の踏み台を移動させて、カウンターの横に置き腰かける。
「……では早速ですが、お名前と想儀に出したい想いをお聞かせ願いますか? 」
女性は黒淵と視線を合わせると小さな声で質問に答えていく。
「私の名前は、木村鈴子で高校三年生です。供養してほしいのは……」
僕は唾をごくりと飲み込んだ。この一年で数十人の想儀に立ち会ったが、依頼人が供養してほしい想いを口にするときは緊張する。
──その想いを本当に供養してしまって良いのか僕には判断できないことが多いからだ。
鈴子は一呼吸すると、黒淵への視線をそのままに言葉を吐き出した。
「夢……への想いを捨て去りたいんです。供養して頂けますか? 」
「えっ!…夢を……? 」
思わず大きな声をだした僕をすぐに鈴子が睨んだ。
──何なの、うるさいわね!
鈴子の唇は動いてはいないが、僕の心の中には鈴子が僕にむける悪意が勝手に流れ込んでくる。
僕は思わず俯きそうになるのをこらえると鈴子から視線をそらし黒淵を見た。
黒淵なら今回の依頼は、当然ノーのはずだ。
今までも別れた恋人への想いの供養や亡くなった人への慕情を供養したいといった依頼は、自分自身を見つめ、寄り添いながら乗り超えていくべき案件だということで黒淵が依頼を受けることはなかった。
あくまで僕ら『想儀屋』が請け負うのは、いじめやが虐待といった精神的苦痛によるトラウマにより明日が怖いと感じる人、明日が来なければいいのにと涙を流す哀しい想いを抱える人達のために想儀を行ってきた。
「夢への想いを供養ご希望ですね、招致致しました」
「え! ちょっと……黒淵さんっ」
──黙ってよ! 関係ないでしょ!
鈴子と視線は合わないが悪意だけは心に響く。
(そうだ、僕には全然関係ない……でも)
「ぜひお願いします」
鈴子がスカートの裾を握りしめながら、黒淵に返事をする。
「では契約成立ですね、お支払いは後程現金で」
「はい、わかりました」
黒淵は僕の言葉を気にも留めずに、鈴子の情報を黒い手帳にボールペンでメモしていく。
「木村様、一つ確認ですが、一度供養した想いは空に還ります。即ち、現世では同じ想いを抱くことができませんが宜しいでしょうか? 」
鈴子は背筋をピンとたてて「はい」と短く返事をした。
(一体なんなんだよっ! いつもなら断る案件のはずなのに)
「黒淵さん!待ってよ!なんでこの案件を受けるんですか! 」
僕はいつになく感情的になっていた。理由は自分でもすぐに分かった。
──僕には夢がないから。
なにか目標と呼べるものすらない僕にとって夢なんて、本当に夢だ。憧れだ。
こうなりたい、こうでありたい、などという生きていくうえでの自分自身の指針をもつことなど僕には可能なのだろうか。いつかできるんだろうか。そんな強い想いを糧に生きていくことを素直に楽しめる日などくるのだろうか。
「愛斗には関係ないことだよ。依頼人の木村様が供養を望まれてる。だから俺たちで想儀を執り行う」
僕は唇を嚙み締めた。鈴子が僕を横目で睨む。
「さっきから何なの!放っておいて!この夢への想いのせいで苦しいの!哀しいの!」
鈴子が悲鳴のような声を出した。
(夢が苦しい?哀しい?そんなの……当たり前なんじゃないのか?! )
僕は拳を握りしめると、鈴子に向かって再び口を開いた。
「僕は夢がないからわからないけれど……夢なんて苦しくて哀しい想いを積み重ねた先にあるもんじゃないんですか!その先でようやく叶えるもんなんじゃないんですか! 」
「あなたに何が分かるの!私にとってバレリーナになることが全てだった!何よりの大切だった!だから食事制限も頑張ったし、海外のコンクールでも優勝できた!でも……もういいの。気づいたから。私には叶えられない。それに、この足だってもう使えない」
「え? 使えない? 」
僕は鈴子の足に視線を移す。さっき店内に入ってきた時も歩き方に違和感はなかった。勿論見れば鈴子の足は義足でもなんでもない。紺色のハイソックスを履いた色白の細い足が制服のスカートから二本ちゃんと生えている。
「足……? でもキミの足、不自由そうに……見えないけど」
思わずこぼれた僕の言葉に鈴子の眉間に皺が寄る
──貴方みたいに、いまからどんな未来も用意されてる人間には分からない!
(え?僕に……未来が用意されてるだと? 目標も夢も持ったことがない僕に勝手に未来など用意されても空しいだけだ! )
僕が勢いよく立ち上がった拍子に座っていた木製の踏み台がバタンと倒れる。
そして目の前の視界が粉雪が舞い上がるようにほこりで白く染まり、一瞬周りの景色が見えなくなった。
(あっ……!)
その時、何気なく鈴子に目を遣った僕は気付いた。
なぜ黒淵がこの想儀を受けるといったのか。
なぜ鈴子が自身の大切な夢を供養してほしいと言ったのか。
僕は木製の踏み台を元に戻すと黙って座り直した。
「……では今から『おもひで神社』に場所を移して木村様のご想儀を執り行いたいと思います。行きましょう」
「宜しくお願します」
黒淵が僕に一瞬視線を合わせると、満足気に唇を持ちあげながら、タバコ片手に立ち上がった。
僕らは鈴子をつれて、いつものようにおもひで神社の境内に向かって長い石階段を上っていく。
「愛斗、そろそろジョギングでもはじめたらどうだ? 」
「うるさい……ですよ。これでも少しずつ登るペースあがってるんでいい、ですっ……」
黒淵は想儀の際は、依頼人に合わせて石階段を登るが今日の依頼人である鈴子の登るスピードが速いため、僕は着いていくのがやっとだ。黒淵はニヤッと笑うと、火華と鈴子をつれて更にペースを上げ、ものすごいスピードで駆け上がっていく。
(なんだよっ!化け物かよ! )
僕がようやく石階段を登り切って、両太ももに手を当て荒い呼吸を繰り返す頃には、黒淵はすでにカラスの白い羽を鈴子に渡し、想儀の説明も終えたようだった。
火華が鈴子にそっと近づくと、和紙でできた折り鶴を手渡す。鈴子は小さく頷くとすぐに瞳を閉じた。
僕も深呼吸しながら星空を眺める。今夜も雲一つない。見えるのは深い藍色の夜空に下弦の月がぶら下がり、数えきれないほどの星たちが競うように輝きを放っている。
(無事、供養できそうだな……)
鈴子が折り鶴に息を吹き込みカラスの羽を挿すと、折り鶴は鈴子の想いを乗せてすぐに空へむかってふわりと浮かびあがる。火華がさらに折り鶴を押し上げるように息を吐き出せば、折り鶴は星のように煌めきながら一気に天高く飛んでいく。
僕は折り鶴を静かに眺めている鈴子に歩み寄った。
「あの……」
「ねぇ見て……もうあんな遠くまで飛んでいっちゃうなんて。それに不思議……今ね、心の中がとっても軽い」
鈴子は僕と視線を合わせるとすぐに、ほっとしたような笑顔を向けた。
「あのさ……キミのこと何も知らないし分かってなかったクセに偉そうなこと言ってごめん……」
鈴子はすぐに首を振った。
「私こそ、いまからどんな夢でも描くことができて、どんな夢も自分次第で抱くことができるあなたが羨ましくて……」
僕は頭を掻いた。
「……僕はまだ夢を抱いたことがないから分からないけど、いつかキミみたいに夢中になって追い求められるような夢……見つけられたなって思うんだ。一生かかっても夢なんて見つからないかもだけど……それでも探し続けることを諦めないようにしたい」
鈴子が目を丸くするとすぐに歯を見せて笑った。
「もう見つけてるじゃない、夢……」
「え? 」
鈴子がもう間もなく消滅しそうな小さくなった折り鶴を眺めながら、ふわりと笑った。
「夢を見つけるために探し続けるコトだって、貴方の立派な夢でしょう?……頑張ってね」
鈴子は両手を夜空にむかって突き出す。折り鶴が最後の力を振り絞るように小さな光を放って消滅すると鈴子の体も仄かな光の塊となって、夜空に吸い込まれるように消えていった。
(僕の……夢か)
黒淵がスラックスのポケットに両手を突っ込んだまま立ち上がる。
「……さてと、以上をもって木村鈴子様の想儀を終了致します、火華おつかれ。愛斗もね」
珍しく僕と鈴子のやり取りを静かに見守っていた黒淵が、いつものように揶揄うような視線を僕に向ける。
「てゆうか、想儀屋って、死者もくるんすね。言ってくれたらいいのに、普通にイラつきました」
「あはは。愛斗くんはまだまだだね。俺は彼女が店の中に入っていた瞬間、すぐに影がないことに気づいたから」
「僕だってほこりが舞い上がった時、彼女の足元みて影ないのに気づきました」
「遅っ」
黒淵が大げさに体をのけぞってみせると、火華がクスクスと笑う。
「ま、いっちゃうと、俺、先週女子高生の交通事故のニュース見たばっかだったんだよね」
「え? 」
黒淵が僕を見下ろしながら真面目な顔をする。
「将来有望視されていたバレリーナの卵が不慮の事故でこの世を去ったとね。そのときテロップで映った名前が彼女だった。だからすぐにピンときたんだ。彼女、夢への想いが強すぎて成仏できてないってね。だから彼女の夢への想いを供養して彼女と共に空に還れるように依頼を受けたんだ」
「……始めからそこまで分かってたならなんで……」
黒淵が胸ポケットからタバコをとりだすと、あきれ顔でため息を吐き出した
。
「なんで?そんなの言わなくてもわかるでしょ?愛斗自身が気づいてくれなきゃ意味がないからね」
「ふふっ……でも愛斗……ちゃんと気づけたよね」
「火華?うん、まぁね……んっ?……えっ! 」
ふいに火華が僕の腕を引っ張って、無理やり屈ませると僕の頭をよしよしを撫でた。
「わっ……ちょ、火華やめてよ……」
火華は大きな赤い瞳を細めると、かまわず僕の頭を撫でまわしてから、すぐに離れた。
他人から褒められるのなんて初めてかもしれない。嬉しさと恥ずかしさで僕の顔はゆでタコみたいに真っ赤になった。
「鈴子ちゃんのおかげでもあるけど、ちゃんと自分で気づけたのは偉かったよな。愛斗が今まで持ってなかった『夢』がいつの間にか芽生えてたワケだし。いやー、成長、成長!ご褒美に俺もよしよししてやろうか? 」
「お断りします」
僕は黒淵にこれ以上真っ赤な顔を見られないように石階段を駆け降りていく。
「お。俺より早く降りれると思ってんの? 」
「一番早く降りれた人が夕飯おごるってことで」
「どうせ俺しか金持ってねーじゃん」
見れば火華が黒淵と僕をあっという間に追い越すとその小さな姿は暗闇に紛れて見えなくなった。
「はぁ……お姫様もまだまだ子供だな……」
黒淵は僕と顔を見合わせて笑うと、夜空を眺めながら石階段を再び降りていく。僕はスピードを早めた黒淵の後ろ姿を眺めながら、ゆるんだ口元をそのままに胸に手をあてた。
(あったかいな……)
この一年、黒淵と火華と一緒にいる中で僕自身が少しずつ変わっていっていることに気づく。
今までは他人と関わりたいと思うこともましてや他人の想いなど興味がなかったから。このあったかい想いはきっと、他人との関わりの中でしか得ることができない特別な想いなのだろう。
石階段を下り終えると鳥居の前で黒淵と火華が僕を見てすぐに笑った。
「はい! 言い出しっぺの愛斗のおごりっていうか、給料から差し引きな」
「金持ってるくせに、ケチっすね」
僕はわざと憎まれ口をたたいて見せる。僕と黒淵のやり取りをみながら、火華がくすくすと笑う。
(ほんと寂しくないや)
両親が亡くなり、これからずっとひとりぼっちだと勝手に思い込んでいた去年の僕に教えてあげたい。
僕は一人じゃない。いつも隣にいてくれる赤の他人に僕はこんなにも居心地が良くて、ちっぽけな幸せすら感じている。
心はいつだって哀しいよりも、あったかい。
「愛斗、いくぞ」
黒淵が胸ポケットからタバコを取り出すと火をつけた。その煙が一本線となってまるで鈴子とその想いを弔うように夜空へと消えていく。
僕は二人の影を追いかけながら、もう一度空を見上げた。この心に芽生えたささやかな夢を抱いて不確かな未来を真っすぐに歩いていく。
──これからもずっと二人と一緒に。
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