哀を喰うキミへ

遊野煌

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第3話 想儀

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黒淵が僕を連れてきたのは、家から十五分程歩いたところにある、寂れた小さな神社だった。

「ここは……?」

鳥居を潜れば、黒淵は数百段はある石階段をひょいひょい登っていく。僕も負けじと足をひたすら動かすが、だんだんと太ももが上がらなくなってくる。

「愛斗くん、運動不足じゃないの? 」

「はぁっ……う……るさいなっ……」

黒淵は僕を馬鹿にしたような笑みを浮かべながら尚もスピード上げて登っていく。僕は小さくなりかけた黒淵の背中を何とか追って、境内にたどりついた。

「おもひで神社……? 」

石階段を上りきると拝殿に掲げられている神社の名前が気になった。平仮名の神社なんて珍しい。そもそも生まれてからずっとこの土地に住んでいたのに、この神社のことを僕は全く知らなかった。

(そんなことあるのか? 一体どうなってるんだ……?)

「ごめん、おまたせ」

黒淵が境内の周りに茂る一際大きなクスノキに声をかけると黒い人影が姿を現した。

「……遅かったのね……」

その声は人間とは思えないほどに凛と澄んだ声だった。人影は真っすぐに暗闇から僕の目の前にやってくると、にこりと微笑んだ。

「愛斗、彼女がお姫様だよ。この神社の巫女でキミの想儀を執り行ってくれる。名前は火華だよ」

火華は僕に軽くお辞儀をするとじっと僕の瞳を見つめた。その見たこともない赤い瞳に心臓が大きく一跳ねした。

「おいおい、自己紹介しなよ」

黒淵に言われて僕は慌てて口を開いた。

「えっと、夜川愛斗です。その想儀?をお願いしたくて……」

僕自身もまだ半信半疑で状況をうまく飲み込めていない為、ひどくぎこちない言い方になってしまった。火華は何も言わないまま、黒いワンピースのポケットから白い折り鶴を取り出すと僕に手渡した。

「これ……? 」

渡されるがままに受け取った折り鶴だが、その材質は柔らかく、少しだけ繊維のざらりとした感触がして、通常の折り紙とは全くの別の素材のものを使って折られている。そしてその折り鶴の大きさは両手の掌サイズ程ある。

(大きいな……想儀に使うのだろうか? そもそのこれ何の紙だ? )

「和紙だよ」

思わずすぐに顔だけ黒淵に向ければ、黒淵はまたタバコに火をつけたところだった。

(なんでいつも……)

まだ出会って少しの間しか一緒に居ないが心が読めるかのように、僕の心の中の疑問に黒淵はタイミングよく答えてくる。隣に立ったままの火華を見遣るが彼女と視線があうことはない。

「さてと始めるよ。愛斗くんの想儀」

黒淵はタバコを咥えたまま、境内の階段に堂々と腰かけると手を高く上げた。その瞬間に夜空から星を落堕とすように物凄い勢いで飛んできて、黒淵の手の先にふわり止まった生きものに僕は目を見張った。

「え……? 白い……」

「ん? 見るのはじめて? 白いカラスだよ。俺のペット」

黒淵は当たり前のように白いカラスから羽を一枚抜き取ると僕に差し出した。

「なんだよ……これっ……? 」

「はい、ご苦労様、お前はもう帰っていいよ……」

黒淵の腕に止まったままの白いカラスは黒淵の言葉を聞き終えると一鳴きすると直ぐに暗闇へと消えていった。

(また呼んで……か)

飛び立つ時、あの白いカラスはそう言った。黒淵とあの白いカラスがどういう関係なのか分からないが、あのカラスは黒淵のことを信頼している。鳥の言葉が分かる僕は黒淵とのやり取りをみてそう感じた。

(黒淵って……? )

「はい、愛斗くん余計な詮索はナシね。で、今から想儀のやり方説明するからね、よく聞いて」

(やっぱり……黒淵には心の声が聴こえてるんじゃないだろうか……? もしかして今のこの声も……? )

僕は何だか得体のしれない気持ち悪さを感じて、頭の中を空っぽにすると大きく深呼吸した。

「愛斗くん」

黒淵は立ち上がると、僕の掌の和紙でできた折り鶴を指さした。

「その白い折り鶴は特殊な薬品を和紙にしみ込ませて一枚一枚手すきで作ってある神聖なモノでね、その鶴にキミの消し去りたい『哀しい想い』を込めて息を吹き込むんだ。そのあと、このカラスの白い羽を膨らんだ背の部分に挿し込めば完了。あとは火華がちゃんと想いを供養してくれる」

黒淵は僕に白い羽を手渡すと、少し後ろに下がった。そしてゆっくりとタバコを砂利の上に落とすと踵で踏んで火を消した。

「……あの、哀しい想いってどういう風に? 」

僕は率直な疑問を黒淵に投げかけた。『哀しい想い』と一言で言われても、今まで溜まりに溜まった哀の感情は、もはやどれがどの時のもので、どのくらいの哀しみだったかなんてまで覚えていない。

そもそもこの折り鶴が、普通の折り紙よりもかなり大きいとはいえ、この中に想いをどうやって込めたらいいのかの全然分からない。黒淵が腕組みをすると小さく首を傾けた。

「それはキミが涙の代わりに溜め込んで、心の端っこにずっとこびり付いてるモノでしょ?具体的な事例や言葉は必要ない。ただ心の声を聴いて、そのこびりついてるモノを外へ追い出すように息を吹き込めば大丈夫なはずだよ」

黒淵の低い声に、火華が僕を安心させるかのようにほほ笑んだ。

(心にこびりついているモノか……)

僕はいままで生きてきてどんなに辛く哀しい言葉を浴びせられても、苦しい耐え難い体験をしても涙を流すことができなかった。吐き出しきれない想いは、とうに心の箱から溢れていたのに、どこへも行けず心の奥底に影のようにシミのように僕を蝕み続けていた。

この想いをなくせたら、どんなにラクになれるだろうか? 

ぼくは白い羽を一旦ポケットに仕舞うと両手で折り鶴を持ち、静かに瞳を閉じる。

瞳を閉じれば風の音と樹木の葉の揺れる音が合わさって、僕の耳元をそっと撫でていく。鼻から空気を吸い込み、口から吐き出すことを繰り返しながら僕は神経を研ぎ澄ませる。

そして水の中に潜るように意識の奥深くを見つめるように、自分の心を自分自身で暴いていく。海の底へと潜っていくように、だだっ広い空の中で雲をかき分けるように、土の中の暗闇をひたすらに這いつくばるように、僕は僕の中の哀しい記憶に想いを重ねて手繰り寄せてくる。

(これだ……)

僕は目を瞑ったまま、折り鶴の底からふうっと息を吹き込んでいく。
全ての哀しみを吐き出すように。
流せなかった涙を流すように。

(あっ……)

何度か息を吹き込んだ時、ふと心が綿菓子のようにふんわりと軽くなったのが分かった。

「……愛斗、カラスの羽を挿すんだ」

僕は膨らませた折り鶴に言われた通りカラスの白い羽を挿し込んだ。すると折り鶴が静かに発光する。

「え……これ……」

両手の中の折り鶴は光を放ちながら、藍色の空に向かってゆっくりと舞い上がっていく。そして僕の身長と同じ高さまで折り鶴が浮かんだと同時に火華が両手を自身の小さな口元に当てた。

「な……にする……の? 」

火華は僕の言葉など全く気にも留めずに、そのまま大きく息を吸い込むと折り鶴めがけて吹きかけた。

その瞬間だった。

ふんわりふんわり浮かんでいた折り鶴は火華から吐き出された呼吸に吹き上げられるように星空に向かって大きく飛び上がる。そして白銀の輝きを最後に折り鶴は燃え上がった。

「なっ……燃えた……? 」

「……愛斗、よく見とけよ。お前の想いの最期の姿だ」

黒淵の言葉を聞き終わるとすぐに燃えた折り鶴からは無数の黒い文字があふれ出す。その文字の羅列は不規則で脈絡もなく、なんの意味も持たないが確かに僕の中に長年蹲っていた哀しい思い出と想いの欠片だとすぐに気づく。

「僕の…… 」

大中様々の色々な書体が混ざった文字達は、どんどん高く高く空めがけて登っていく。もう肉眼では何の文字か判別できないほどの黒い点にしか見えなくなった頃、僕からあふれ出した黒い文字達は、クモの子を散らすように夜空に一斉に散らばり藍色の夜空に吸い込まれていくように音もなく消えた。

僕は黒い文字達が消えて、月と星しか見えなくなった夜空を暫く眺めていた。

「あ……」


ふいに頬に触れたモノが、それだと気づくのに僕はさらに少し時間を要した。生まれて初めてだったからだ。

「意外とあったかい……」

ぽつりとつぶやいた僕に火華がそっと黒いハンカチを差し出した。僕は火華からハンカチを受け取ると、初めて流した涙をしみ込ませるようにハンカチを目頭へと押し当てる。

「……この度はご愁傷さまでした。以上をもって夜川愛斗の想儀を終了致します」

黒淵は僕に一礼すると唇を引き上げた。そのニヤけた顔に頬が熱くなる。

「な……なんだよっ……」

やっぱり僕は黒淵が嫌いだ。僕は雑に涙を拭き終わると、これでもかと目を細めた。

「お、こわっ。いや、無事供養できて良かったなと思ってね。それにまさか、キミの人生初の涙のオマケまで見られるとは思ってなかったし。ご両親も喜ばれてると思うけど? 」

「それはどうも」

「かわいくねぇのな、火華、こいつ燃やしちゃって」

僕が思わず目を見開いたのをみて、黒淵がケラケラと笑った。よく見れば火華もくすりと笑っている。

「人まで燃やせるワケねーじゃん。火華が燃やせるのも供養できるのも人間の哀しい想いと記憶だけだから。ほらよ、ご褒美!」

「わっ……」

黒淵からこちらめがけて放り投げられたのは真っ赤に熟れたリンゴだった。

「……リンゴ……? 」

僕訝しげに右手の中のリンゴを見つめた。

「なぁ、愛斗リンゴの実の花言葉知ってる? 」

「はぁ……? 」

黒淵は長い石階段を両手をポケットに突っこんだまま降りていく。火華を見ればその一段後ろを和紙で折り鶴を折りながら器用に降りている。

(リンゴの花言葉か……たしか大学の講義で……)

「『選択』でしょ? 」

僕は喪服のジャケットの裾でリンゴを擦ると、乾いた喉を潤すようにリンゴに噛り付いた。先を行く黒淵が踊り場で立ち止まると、ふいにこちらを振り返った。

「……半分正解で半分間違いかな」

「半分? 」

火華は黒淵の横で折り鶴を折り終わると、小さな掌にそっと乗せて僕らの会話が終わるのを静かに待っている。

「リンゴはさ、人間と似てるんだよ。人間は生きてる限り常に『選択』を迫られる。その時は最善だと思う『選択』もあとから立ち止まった時にふと『後悔』に変わることもある。それでも人間である限り『選択』は一生続いていくんだ。愛斗……キミが他人からの悪意が聞こえるコトをいつか他人の為に、自分にしか出来ないコトとして使って欲しいんだ。キミのこれからの人生の『選択』を『後悔』しないためにもね」

黒淵の言葉に火華が言葉を重ねた。

「愛斗……リンゴの実の花言葉は『後悔』。リンゴのは花言葉は『選択』だよ」

静かに凛と響く火華の声と共に、火華が手に持っていた折り鶴は発光しながら夜空へとふわりと舞い上がる。

(後悔しないための選択か……)

僕は夜空に向かって首を九十度曲げた。折り鶴はまるで生きているかのように自由自在に夜空を飛びまわり、僕らを見下ろすように旋回している。

「……ということで腹減ったよな。火華、何喰いたい? 」

黒淵が火華をのぞき込む。

「……あんぱん……」

「へ? 」

聞き間違いかと思った。素っ頓狂な声を上げた僕を見ながら黒淵がゲラゲラと笑った。

「お姫様はお仕事の後は糖分が必要でね。じゃあ愛斗、コンビニであんぱん買ってから、ファミレスいこうぜ」

「なんでファミレス? 」

黒淵は当たり前のように僕を食事に誘う。
でも不思議とそれが嫌じゃない。

「『選択』できるモノは多いほうがいいに決まってるでしょ」

「あっそ……別にいいけど」

「ほんと可愛い顔して可愛くねぇ言い方だな。早速言葉の『選択』まちがってんぞ」

「黒淵さん着いていって『後悔』しないか心配で」

「言うねー。もう俺らのこと信用してるくせに。素直じゃねぇのな」

黒淵はタバコを咥えると僕の額をツンと弾いた。

「痛っ!」

その瞬間クスっと声が聴こえた。その笑い声は間違いなく火華から聞こえてきた声だった。

「え? 火華笑ったの……? 」

火華は僕を見上げると小さな掌を差し出した。

(握手……? )

「えっと……」

「ほら愛斗、これからよろしくだってよ」

「なに? よろしく? 」

黒淵が僕と火華の手を繋ぎ合わせるとその上から大きな掌を重ねる。

──大丈夫。一人じゃないから。
(え? 黒淵の……声? )

温かさを感じると共に僕の心の中に今まで聴こえてこなかった想いが流れ込んでくる。

──これから宜しくね。寂しくないからね。

火華の唇は動いていないのにちゃんと声が心に届いて、目頭が熱くなりそうになる。こんなに胸がしめつけられるような、それでいて心地良い感情を両親以外に持つのは初めてかもしれない。


「返事は? 」


黒淵が唇を持ち上げる。僕の返事なんて分かってるくせに。そもそも僕の家を訪ねてきた時点で黒淵はこうなることを分かっていたんじゃないだろうか。僕が今までの哀しい想いを供養したとき、その空いたスペースを埋める何かを僕が無意識に探すことを。

僕は握られていない方の掌で、ポケットの中の芯だけになったリンゴにそっと触れた。

──人生なんてリンゴと一緒だ。さっきもらったリンゴもいつの間にか食べ終わってしまっていたように、長く思える人生も気づけば終幕を迎えている。もしそうならば、人生一度くらい他人と関わって他人を信じてみるのもいいのかもしれない。

「よろしく……」

「よくできました」

黒淵の言葉を合図に互いの掌を離した瞬間、夜空に浮かんでいた折り鶴が小さな星の雫のように光って消えた。

僕たちは顔を見合わせて笑うと今度は三人並んで、石階段を降りていく。

両親の死んだ日。それはとても辛く哀しい日であり僕の心が一度は死んだ日だ。でも僕の心の中が生まれ変わった日でもあるこの日を僕は生涯忘れることはないんだろう。






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