性悪エリート高校の「たのしいうんどうかい」

ゴオルド

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第一部 青蝶編

1 入学式 ―約20キロの本を持たされる―

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 春はあけぼの。やうやう白く……ええと、白く……。白……。この続きって何だっけ? 覚えてねえし。
 そんなレベルの俺――藪島やぶしま亮平りょうへいは、信じられないことに超絶おりこうさん高校に合格してしまった。


 朝日に照らされた坂道を、制服姿の生徒たちが無言で歩いていた。
 男子は紺色のブレザーとズボン、白いシャツに黄色のネクタイ姿で、女子は紺色のワンピースに黄色のリボン、丈の短い上着を羽織っている。紺とイエローの組み合わせが警戒色めいている。

 糊のきいた制服を着て、春風に吹かれて歩く新入学生たちは、すっきりと真新しく見える……はずだが、皆ヨロヨロと蛇行していた。見た目のすっきり感とは裏腹に、千鳥足のような歩き方をしているせいで、どうにもちぐはぐな印象を与える。
 
 俺も真新しい制服に袖を通し、高校までの長い坂をのぼっていた。よろけないよう、しっかりとスニーカーの裏でアスファルトを蹴るようにして、これからの高校生活に向かって一歩ずつ上昇していく。
 鞄が肩にずしりと食い込む。重みでベルト部分がぴんと張っていた。


 この坂をのぼりきった先にあるのが、有名私立高校、景条館けいじょうかんだ。

 俺がこの春から通う景条館は、族流無ぞるむ県ぞるむ市にある。族流無県は治安が悪い。各種犯罪発生率ワースト1位を毎年たたき出している県だ。
 雨の日にコンビニに行けば傘を盗まれないほうが珍しい。自転車は天候関係なく鍵をつけても盗まれる。だが、治安の悪さゆえに土地が安く、そのため景条館は日本の高校では一二を争うと言われるほどの敷地の広さを誇っていた。

 そんな治安の悪い地域にある私立高校なんて、さぞかしレベルが低いに違いない……なんて誤解してもらっては困る。

 景条館は、偏差値においても、日本でもトップクラスの進学校なのだ。

 この高校に進学するやつなんて、中学校に一人いるかどうかってところだろう。中学生のときに学年一位だったやつが集まる高校だ。


 つまりこの高校に入学する生徒はかなり頭が良い。
 だから、俺もかなり頭が良い……わけではなくて、俺の場合、なんと面接と内申点だけで受かってしまった。いわゆる推薦合格ってやつである。

 うっかりだった。
 まさか受かるわけないだろと思っていたのに、うっかり受かってしまった。俺、偏差値59なのに。中学のときに教師受けがすこぶる良かったため、ぬるっと合格だ。これから東大を目指すようなやつらとクラスメートになるのだ。
 とんでもないことになってしまったが、入学を辞退するのももったいない。そうだろ?

 そういうわけで俺は、4月初旬の朝、紺とイエローの制服を着て、めちゃくちゃ重たい鞄を持って、超絶インテリ高校の入学式に出るため、坂をのぼっている。そう、重たい鞄を持ってだ。いやもうほんと鞄が重すぎる。



 あれは先月のことだった。宅配便でダンボール一箱分の本が送りつけられてきた。送り主は景条館である。教科書でも届いたのかと思ったが、違った。哲学とか経済とか遺伝子工学とか、そういうキョーヨーが深まる書籍がどっさり入っていた。

「入学式までに全部読んでおくこと。なお、本は入学式に持参し、学校に返却するように」という添え状付きで。要するに宿題ってことだ。

 俺はまじめなので、本をまじめに、まあ、ざっくりとだが読んだり読まなかったりしながら全ページをめくった。ちゃんと紙を一枚一枚めくったんだ、立派だろ。文字が脳に到達したかどうかなんてのは些細な問題だ。

 そして、今、学校から指示のあったとおりに本を返却すべく鞄に詰め込んで、高校への坂をのぼっている。
 その本を入れた鞄が、めりめりと肩に食い込んでくるのだ。

 これから入学式だというのに、なぜこんな大荷物なんだ……。家の体重計で本の重さを調べてみたら20キロあったぞ。どうかしてるだろ、景条館。

 女子なんかは時折立ち止まっては、鞄を路上に置いて、休憩を挟みつつ登校していた。顔をしかめて手や腕を揉んでいる子もいる。
 その横を通り過ぎるとき、少しだけ罪悪感を覚えた。手伝ってやりたい気持ちもなくはない。しかし今、路上で本を抱えてふらふらしている女子は、ぱっと数えただけでも4人はいる。誰か一人だけ手伝うってのもなあ。それに俺自身も約20キロを抱えてるわけだし。

 悪いが、ここはスルーだ。
 もしクラスメートになったら、そんときは同じクラスのよしみってやつで、少しは手伝ってやるからさ。

 女子たちをスルーしようと決めたとき。

「あっ! きゃ!」

 俺のすぐ前で女子が転倒した。彼女の鞄がアスファルトにぶつかって、ごんという低い音を立てた。いやいや、ごんって。鞄を落としたときの音じゃないだろ。

 さすがに声を掛けた。
「おい、大丈夫か? 全部は無理かもだけど、ちょっとぐらいなら持ってやってもいいけど……」
 俺もそんなに筋力があるほうではないが、というか、どっちかっていうとヒョロいほうだけど、まあ、多少はいけるんじゃね? そう思った。なのに、

「結構よ。借りは作らないわ」
 あっさり断られた。

「お、おお? そうか……?」

 女子は唇を噛みしめて立ち上がると、鞄を抱えて歩き出した。が、見ているそばからまた倒れそうになったから、思わず手を差し出した。しかし、きつい目つきで睨まれただけだった。

「ほっといてよ! 敵に塩を送るだなんて、そんな余裕はかえって嫌味よ」
「へっ?」
 なんだこいつ。敵に塩? 何を言ってるんだ。

 気付けば周囲の視線が冷たい。なんだ? 俺なんかまずいことやったか?
 全然わからないが、手助け無用らしいので、俺はもう他人に構うのをやめて黙々と坂を歩いた。

 ちくしょう、鞄が重くて嫌になる。

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