この島に優しい風が吹きますように

ゴオルド

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第1話 王城でのお披露目パーティーにおける仕打ち

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 春先にしては随分と冷える夜だった。
 王城で開かれたパーティーに参加させられたスウミは、壁のそばに立ち、寒さに震えていた。

(もっと暖かい服装にすれば良かったな。私がドレスなんか着たって意味がないんだし)

 わざわざドレスを買ってくれた父には申し訳ないとは思うものの、スウミとしては無意味なことをやらされている気がしてならなかった。

(こんなパーティー、来たくなかったなあ)

 この国では、毎年桜の咲く頃、王城でパーティーが開かれることになっている。それは20歳となる貴族の子息たちのお披露目パーティーであり、スウミも20歳となったため、父から強引に参加させられてしまったのだ。

「……リクティ家の令嬢が、吟遊詩人と駆け落ちを……」
「……あんな浪費家を後妻にするなんて、ワイル侯爵もどうかしている……」

 あちこちから聞こえる噂話にスウミは眉をひそめる。パーティーはまだ始まっておらず、大広間に集まった参加者たちは噂話で時間を潰していた。

(他人のことを詮索してあれこれ言う人たちって好きになれないけれど……。でも私も一応貴族なのだから、こういう噂話にも慣れないといけないのかな)

 スウミは肩に垂らした癖の強い金髪をなでつけながら、こっそりため息をついた。

(私もつっ立っていないで、誰かと話でもすべきなのかも)

 近くにいる貴族たちに視線を向けると、彼らはさりげなく移動したり顔を動かしたりして、スウミと目が合わないようにした。

(避けられてるよね、これ)

 スウミは貴族の中でも最下層、なんといってもあの悪名高いデルファトル家の令嬢なのだ。仲良くなったところで何もメリットはない。損得で動く貴族がスウミを無視するのも当然だった。

(でも平気。無視されるのは慣れてるし)

 そう自分に言い聞かせてみても、心は沈む。

 気分を変えようと思い、あたりを見回してみた。王城の大広間はとても広く、人が多いのもあって一番奥まで見通せない。天井はとても高く、翼を広げた海鳥の絵が描かれたドーム状の天井裏は見上げれば首が痛くなるほどだ。こんなにも大きな部屋をスウミはこれまで見たことがない。
 そもそもこの王城そのものが異様に大きいのだという。王城には王の家族である、その親族である、貴族、兵や使用人、出入りの職人など多種多様な人々が何百人も、へたしたら千人を超える数が住んでいると言われていた。

 そんな巨大な城の大広間は今夜、貴族の若者とその従者、付添人などでひしめきあっていた。

 みな今日という日にふさわしい装いをしている。令嬢たちは白のロングドレスと手袋、ご子息たちはタキシードに身を包んでいた。中にはピンクや青のドレスを着た女性もいるが、彼女たちは付き添いの姉か母親だろう。付き添いもなく一人で参加している令嬢はスウミぐらいだった。笑顔で話している母娘が目にとまり、ほんの少しだけれど心がしぼむような気がして、スウミは視線を逸らした。
 女性たちは髪を結い上げて髪飾りをつけており、スウミのように髪飾りを買えず、長い髪をただ背中に垂らしている女性は見当たらなかった。

(もう帰りたくなってきた……)

 窓の外に目をやると、冷たい暗闇の中で月が白々と光を放っていた。窓やバルコニーは全て開け放たれており、春の夜風が室内に吹き込んでいる。会場が寒くてたまらないのはこのせいだろう。城の小間使いの子供たちが、風でかき消えてしまった壁の燭台に火をともして回っていた。

 スウミは、庶民が着ているようなロングワンピースとさほど差のない質素な白いドレスの裾を足に巻き付けて、風で足もとが冷えるのを防ごうとした。だがその程度でしのげる寒さではなかった。
 ついに我慢しきれなくなったスウミは、風の吹き込む壁際を離れて、大広間の中央に向かって歩き出した。部屋の中央のほうが暖かいだろうと思ったのだ。
 なるべく目立たないよう、下を向いてそろそろと歩く。

 会場がざわついた。
 スウミは足を止め、何かに引かれるように顔を上げた。大広間の入り口付近の人混みがさっと分れて、貴族たちが道をあける。一体何事かとスウミがそちらに目を向けると、先頭を歩く黒い燕尾服姿の男に思わず目が釘付けになった。

 どこか冷たそうな印象の男だった。色素の薄い白茶色の瞳と、それをさらに淡くした髪のせいでそう思うのかもしれない。真っすぐに結ばれた口元も、とっつきにくそうな雰囲気を醸し出している。整った顔立ちだが、目が離せないのはそのせいではない。今ここにいる誰もが男に注目しており、しかし本人は注目をものともしない、その堂々とした振る舞いこそが見る者の視線をとらえて離さないのだ。
 広間にいる貴族たちは、この男から冷たい視線を向けられると、自然と道を譲ってしまうようだった。

「見て、第一王子よ」
「エルド王子のおでましか……」

 彼こそが第一王子、エルド・クヴァンツ王子のようだ。昨年、このセラージュ島の海を隔てて南東にあるランガジル国と停戦協定を結んだ際、交渉役を務めたのがこの王子だという噂だ。
 王子は迷うことなく真っすぐに大広間の奥に向かって歩く。ただ歩いているだけなのにどこか威圧的だ。歩幅が広いせいかもしれない。
 スウミの近くを通るとき、その淡い色の瞳がスウミを捕らえ、王子は足を止めた。

――え、何!?

 どきりとして鼓動が速まる。冷たい眼差しだった。王子が口を開いて何か言いかけたとき、あたりがしんと静まりかえっていることに気づいた。誰もが王子の言葉を邪魔すまいと口を閉じているのだ。王子の雰囲気がそうさせるのだろう。
 しかし、王子は何も言わないまま、ふいと視線を逸らしてしまった。スウミは金縛りがとけたようにほっと息をついた。

 貴族の若者が卑屈そうな笑みを浮かべて王子に近寄ると、
「あの金髪、紫の瞳の娘はデルファトル家の令嬢ですよ。間違ってもお声がけなさいませんよう」と、耳打ちした。耳打ちとは思えないくらいの大声だった。

 王子はふんと興味なさそうに頷いた。
「随分と場違いな身なりをしているから、てっきり平民の娘が紛れこんでいるのかと思ったのだが」

 周囲から遠慮のない笑い声があがった。スウミは恥ずかしさと情けなさと、そして正直すぎる感想をあけすけに言われたことで、かっと頬が熱くなった。このドレスは確かに安物だけれど、父がお金を貯めて買ってくれたのだ。それを悪く言われて、思わず王子を睨み付けそうになったが、歯を食いしばって俯いた。何事もなくやりすごさなければ。下町の男の子にからかわれたのとはわけが違う。不遜にも王子を睨んだなどと噂になったら父に迷惑がかかってしまう。

「そうか、これでも貴族だったか」
 またどっと嘲笑がわく。

――なんなの、これ。本当に不愉快だ。

 手をきつく握りしめて耐えた。
「ええ、ですので王子がお話しされるような相手では……」
「貴族であるならば、いつか俺と話をする機会もあることだろう」
 王子はそっけなくそう言い捨てると、とりまきを振り払うようにして広間の奥へと行ってしまった。
「……え?」
 スウミはすっかり面食らってしまった。遠ざかっていく背中を見ながら、眉をひそめる。どういうことだろう。話しかけないほうがいいという助言を聞く気はないようだが。平民のような身なりだと馬鹿にしておいて、なぜそんなことを言うのかわからない。貴族たちもどう受けとめたものか決めかねているようで、笑いをひっこめて困惑顔になっていた。

 やがて大広間にざわめきが戻ってきた。人々はさっきの出来事は忘れることにしたようだ。

 再びすぐに入り口のあたりが騒がしくなり、先ほどと同じように人々が道をあけはじめた。貴族たちに道をあけさせる人物なんてそう多くはいない。きっと第二王子のお出ましだろうと眺めていたら、予想どおりイスレイ・クヴァンツ王子のご一行があらわれた。貴族たちは弟君についても遠慮のない感想をもらした。

「イスレイ様はやっぱり素敵ね」
「エルド王子よりも親しみやすいよな」

 口元に微笑みを浮かべた燕尾服姿の美男子が、兄の歩いた道のりを辿るようにゆっくりと歩いていく。顔立ちは兄弟だけあってエルド王子とよく似ているけれど、雰囲気は真逆だった。兄は冷たそうで、弟は優しそうだ。髪もイスレイ王子のほうが茶色が濃くてあたたかみがある。少しカールしているせいか明るい印象に見えた。年齢はスウミとそう変わらなさそうだ。


 スウミは人混みに隠れるように、数歩下がった。またさっきみたいなことがあったらかなわない。
 王子二人を目撃したことで、父から言われたことを思い出していた。

 スウミたち世代の貴族は、第一王子派となるか第二王子派となるかを選ばなければならないだろう、というのだ。

 とはいえ、スウミみたいな訳あり貴族はどちらの王子からもお断りされるだろうから、特に何も考えなくていいし、ただ波風を立てず、悪目立ちさえしなければ良いらしい。情けないといえば情けないけれど、気楽といえば気楽だ。


 今夜の主催者が揃ったところで、開会の挨拶が行われた。
「海鳥とドラゴンの祝福を。社交界デビューおめでとう」と第一王子。
「セラージュの祝福を。皆さん、デビューおめでとう。きょうは楽しんでいってね」と第二王子。
 こういう場でのお馴染みのセリフに、貴族たちは決まりどおりの拍手で応える。

 そうして、ついにパーティーが始まった。
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