この島に優しい風が吹きますように

ゴオルド

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第2話 モンスターに襲われる

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 宮廷楽士たちが一斉に演奏を始めた。

 付添人らは壁際へと下がり、貴族の若者たちが音楽に合わせて踊り始める。二人の王子も当たり前のように中央へと出て行き、この春にデビューした令嬢たちと踊ることになっている。ダンスの相手はもちろん強大な権力を持つ貴族令嬢だろう。1曲終わると王子たちは引っ込み、踊っているのは貴族たちだけとなった。

 スウミにはダンスの相手なんているはずもない。かといって、壁際でじっと立っているのも周囲の視線と忍び笑いが気になるので、バルコニーにでも出ておくことにした。


 外に出た瞬間、あまりの寒さに、ここに来たことを後悔した。この冷気、まるで冬のようだ。
 大広間は1階にあるが、このバルコニーは2階に相当する高さにあるようで、眼下には庭園が広がっていた。月明かりだけでは薄暗くてあまりよく見えないけれど、庭園には背の高い木がたくさん植えられているようだ。
 冷たい風が足元に吹いて、ドレスの裾を揺らした。思わず身震いする。ここにいては風邪をひいてしまうだろう。やっぱり室内に戻ろうと体の向きを変えたとき、風に乗って若い男の声が聞こえてきた。

「……どうにかして誘い出す……おい、ちょうどいいところにカモがいるぞ」
 バルコニーの奥まったところに数人の若い男たちがいて、スウミを見て頷き合っていた。身の危険を感じて室内に駆け込もうとしたが、男たちは素早く動き、スウミを取り囲んだ。

「逃げることないじゃん」
「ちょっと俺らと遊んでくれよ」
「たしかあんたはだよなあ? 広間に戻ったところで踊る相手もいないだろ?」

 見たところ貴族の子息のようだが、あまり品が良いようには思えない。スラムにいるごろつきが正装しているような奇妙な感じだ。
 思わず後ずさりすると、背後から両肩を掴まれて全身がこわばった。

「悪いけど逃がさないよ。こんな夜にこのバルコニーに来るなんてついてないね。愛人の娘っていう生い立ちだし、きっと幸薄いんだろうね」

 胸をぐさりと刺す言葉を耳元でささやかれた。痛みはすぐに怒りに変わり、かっとなったスウミは肩に置かれた手を素早く振り払い、振り返ると、驚愕で目を見開いた。イスレイ第二王子が馬鹿にしたような笑みを浮かべて立っていたのだ。

「ねえ、愛人の娘さん、僕たちの遊びに付き合ってよ」
 第二王子は微笑みながら優雅に一礼した。かと思うと、一瞬でスウミを横抱きにした。
「え、えっ?」
 ふわり、と体が浮く感覚があった。その次の瞬間、スウミは枝を折りながら木々の間を落下していた。が、すぐに地面に叩きつけられて衝撃で息が詰まる。
「……ぐっ……つ……」
 何が起きたのか把握するまで数秒の時間を要した。どうやらバルコニーから庭園に放り投げられようだ。
「大丈夫かな。生きてる?」
 くすくすという笑い声とともに、上から第二王子の声が降ってきた。
「木がクッションになるよう配慮して投げてあげたんだから感謝してよ。もしかしたら擦り傷ぐらいはできたかもしれないけど」
 わけがわからない。手足についた泥を落すと、細かい擦り傷がひりひりした。バルコニーを見上げると、こちらを覗き込むイスレイ王子と目が合った。にこりと微笑まれる。

「ああ、よかった。愛人の娘さんが死んでなくて安心した」
「まだって……」
 王子はバルコニーの手すりに肘を乗せて頬杖をついた。
「これからゲームをしようよ。おまえは今、木で作った迷路の中にいる。そこから生きて脱出できるかどうかのゲームだよ。楽しそうだよね?」
「何を……言っているの……?」
 全く事態が理解できない。それなのに自分の呼吸が浅く速くなっていく。

「迷路の中にはナメクジ型のモンスターを放っているんだ。ランガジルから先日の船便で届いたばかりの子でさ。商人にはずいぶんと吹っかけられたな。この島にはモンスターがいないからって足元見てるよね。でも、その子はゴミを食べてくれる能力を持っているから、どうしても欲しくてさ」

 恐怖でじっと耳を傾けているスウミに、イスレイ王子は上機嫌で説明を続けた。

「そのモンスターは肉食で、生きているゴミも食べてしまうんだよ、おまえみたいなゴミもね」
「な……!」
 スウミは慌ててあたりを見回した。モンスターらしきものはいない。けれど、ここが迷路というのは本当のようだ。刈り込まれた背の高い木々は、壁のようにそびえ立っており、小道が四方八方に伸びていた。

「さあ、いそいで逃げないと食べられちゃうよ。もっとも僕はおまえが生きたまま食べられるところを見たいから、食べられてくれて全然いいんだけどね」
 王子の笑い声が頭上から降ってくる。その声は本当に楽しそうで、だから余計に怖かった。


 足をもつれさせながら走った。走りながら、こぶしで何度も目をこする。涙で視界が悪くなるのが恐ろしかった。
 王家のお遊びの生け贄に自分が選ばれたのだろうということは理解している。しかし、どうして自分が。わけがわからないが、今は逃げることを最優先に考えなければ。

 すぐに行き止まりにぶち当たってしまった。生け垣を強引に突破しようとしたが、腕に鋭い痛みが走って思わず呻く。金属製の針が木々に仕込まれているようだ。これでは木をくぐることもよじ登ることもできない。なんて手の込んだことをするんだろう。王族のおぞましさに身震いしながら再び走り出した。しかし、迷路は走っても走ってもすぐ行き止まりに行き当たってしまう。

 自分の速い鼓動と呼吸音が、耳にはっきり聞える。
 強く目をこすった。泣いている場合じゃない。

 その時、冷たい風が生臭いにおいを運んできた。耳をすますと、ずるっずるっと重い物を引きずるような音が聞こえた。

(あの音はモンスターのもの? しかも近づいてきている!)

 スウミは焦って、でも焦れば焦るほど道に迷っていった。何度目かの行き止まりにぶち当たってしまい、引き返そうと振り返ったとき。

 目の前にそれはいた。

 ぬるりとした表面が月明かりを浴びて光を反射していた。その体は馬ほどもあり、顔と思われる部分にはうねうねとした突起物が何本も生え、伸びたり縮んだりしている。
 巨大ナメクジ。それがスウミに向かってずるっずるっと這い寄ってくる。背後は行き止まりだ。それでも後ずさりせざるを得なくて、背中が生け垣にくっつくまで後退した。ちくりと針が背中に刺さるのを感じ、これ以上逃げられないと悟った。
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