この島に優しい風が吹きますように

ゴオルド

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第27話 金属と呪術のドラゴン、ビビカ

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「社長~! いる~? 元気してた~?」
「お久しぶりです、社長」

 その日、事務所で求人のチラシを書いていたスウミは、懐かしささえ感じる声に、はっと我に返った。
 ドアが開いて、大荷物を持ったマノとビビカがあらわれるより先にスウミは立ち上がって、ドアに駈け寄っていた。

「二人とも! よく来てくれたね! でも、一体どうしたの? 急に来るなんて」
 持っていた麻袋を床に置いて、ビビカがにっこにこの笑顔で答えた。
「薬が完成したの! それで持ってきてあげたんだ」
「薬って、二人が作っていたあの薬?」
 マノが頷き、麻袋から小瓶を取り出した。
「時間がかかってしまって申しわけありませんでした。でも、厳選した原材料を使用し、妥協せず品質向上に努めた結果、効果抜群な薬剤が完成しました」
 久しぶりに見るマノの柔らかな笑みに、心がほっとほぐされる気持ちがする。

「こちらがその薬です」
 手渡されたガラスの小瓶には、うっすら青みがかった液体が入っていた。傾けてみると、やや遅れて液体もとろりと傾いた。
「どういう効果があるの?」
「虫除け効果です。これを窓枠などに塗っておけば蜘蛛の巣は張らないし、蚊やムカデ、ハチやハエなども室内に入ってこないのです。蜘蛛の巣よけ薬はメイドギルドも使っていましたが、効果はいまいちで、塗った翌日に蜘蛛の巣が張ることもしばしばでした。ですが僕らがつくった虫除けは、蜘蛛が走って逃げ出すほど。しかも人間には害はありませんし無臭です。……僕はちょっと臭いと思いますが」
「え、そう? 私は良い匂いだと思うけどな~」
 瓶のふたをあけてにおいを嗅いでみたが、スウミには無臭にしか感じられない。
「これから本格的な夏になるし、虫避け剤は活躍しそうだね! ありがとう、二人とも!」
「社長……」
 マノがスウミにまっすぐ向き合うようにして立ち、生真面目な視線を向けてきた。
「王都支店がうまくいっていないことは、デルファトル公爵から聞いています。ですから、この薬を使って立て直しましょう」
「マノ君……」
「いっぱい宣伝しなきゃね。あの清掃屋さんはすごいねって、虫嫌いの間で評判になるよ!」
「ビビカさん……」

 スウミはなんだか目頭が熱くなってきた。二人が事務所に入ってきた瞬間から、ぱっと室内が明るくなったように感じていたが、心まで明るくしてくれたように感じる。

「こんなに頑張ってくれて……。本当にありがとう。二人がうちにきてくれて心から感謝してるよ……!」
 目を赤くしてお礼を述べるスウミの周りを、ビビカが「ん? あれ? んん?」と、鼻をひくひくさせながら、ぐるぐる回り始めた。

「ビビカさん? どうしたの?」
「なんか嫌な感じ。社長、ちょっとこっち来て」
「えっ」
 ビビカはスウミの手を引いて、小走りに階段を上がり始めた。
「わ、ちょっと待って、そんなに引っ張ったら転ぶっ」
「早く早く!」


 2階の私室に着くなり、ビビカはスウミの服を脱がした。きょうは清掃の予定はなく、王城へ行く予定ももちろんないので、粗末な綿のシャツと古着のロングスカートという格好だったが、シャツをあっという間に脱がされて、下着まで取られてしまった。
「ビビカさん!?」
 くるりと体を反転させられて、背中をビビカに向ける格好になった。
「うわー! やっぱりだ! 社長、呪われてるじゃん!」
「の、呪われてる? 私って呪われてるの?」
「まったくもう。社長、ベッドに寝て!」
「は、はい……」
 言われるがまま上半身裸の状態でベッドにうつ伏せになった。背中にひやりとした感触。ビビカが背中を撫でているようだ。
「ここ……<痕>をつけられてる……」
「痕って何のこと?」
「あー、えっと、ちょっと待って。ん……、はいっ!」
 目の前に扇形の鏡を差し出された。ものすごく大きな鏡だ。一般的な鏡台の鏡よりずっと大きい。こんな大きな鏡をどこに隠し持っていたのだろう。そんな疑問が頭をよぎったが、鏡に映る自分の背中を見て、疑問など吹っ飛んでしまった。

「な、何これ!」
 背中の真ん中に、赤い逆三角形の入れ墨があった。といってもスウミは入れ墨をした覚えはないから、これがビビカの言う<痕>なのだろう。サイズは手のひらぐらいで、三角の内部には文字のようなものが書き込まれていた。

「こんなの、いつの間に! っていうか何これ!」
「呪術師に呪いをかけられちゃった痕だよ。この島には呪術を使える人間はいないはずなのに、どういうことなんだろ。……ま、その話はあとでするとして、今から解呪するからじっとしててね」

(解呪ってビビカさんが? それって普通の人ができるものなの?)

 また背中にひやりとした感触がして、思わずびくりとした。
「どこの呪術師かしらないけど、うちの社長になんてことしてくれてんの。でも、金属と呪術をつかさどる私にかかれば、こんなものおもちゃも同然よ。……消えろ!」

 その瞬間、背中が燃えるような感覚がして、スウミは恐怖で悲鳴を上げそうになったが、すぐにあたたかな安堵感に包まれた。全身がすみずみまでほぐれていくような心地よさだ。

「はい、解呪完了! もう大丈夫だよ」

 身を起したスウミは、自分の体の変化に戸惑った。
「あれ……、なんだろう、すっごく体が軽い……?」
 今までは、もっとずっしりと重かった気がする。でも、それが普通だと思って生活していた。
「ビビカさん、ありがとう。私、自分が呪われてたことにも気づいてなかったよ……」
 いつのまにか自分が重苦しい枷を嵌められていただなんて。一体どこの誰がいつ……。そのときくしゃみが出て、自分が半裸であることを思い出した。いくら初夏とはいえこのままでは風邪を引いてしまう。慌てて服を拾い上げようとして、さっきの鏡が目についた。

「この鏡ってちょっと変わってるね?」
 枕元に置かれた鏡を手にとってみると、紙のように軽かった。形も扇形だし、こんな鏡は見たことがない。
「あ、それ? それね、ドラゴンの鱗だよ。呪術の<痕>はそれにしか映らないの。さっきの背中の三角は普通の鏡には映らないし、人の目にも見えないんだよね。愛も悲しみも人の目では見えないように、呪術もまた人の目では見えない」
「へえ……」
 よくわからないが、この鏡はすごい道具のようだ。
「要る?」
「もらってもいいの? 貴重なものなんじゃないの?」
「いくらでもあるし、欲しいならあげるよ」

 スウミはありがたくもらうことにして、早速その鏡をクローゼットの上に飾った。
「え、飾るの? なんで?」
「だってまた呪われたら、これで確認できるわけでしょう? すごいじゃない。それにこの鏡ってとても綺麗だから」
「綺麗? そう?」と、ビビカは可愛い顔をふにゃふにゃにして照れた。
「なぜ照れてるの……?」
 ビビカやマノがよくわからない反応をするのには慣れているので、深く考えるのはやめておいた。



 着替えが終わると、二人は1階へおりていった。下で心配そうにうろうろと歩き回っていたマノに事情を説明し、カウンター前の席にスウミを真ん中にして3人並んで腰掛けた。

「呪われた心当たりはありますか」
 深刻そうに眉根を寄せるマノにそう問われても、スウミには心当たりなんてなかった。
「知らない人に背中を触られたはずなんだけど、覚えてない? 呪術って触らないといけないんだよね」
 触られる……。
「あっ、そういえば知らない人に触られたよ!」
「どこを、いや、誰、それは誰ですか!」
「えっ、だから知らない人!」
「落ち着いてマノ。社長、どういう状況だったか説明して」

「う、うん。以前チラシ配りのときに、市場で女性に声をかけられたの。それで背中を触られて、なんか嫌な感じがしたのを覚えてる」
 あの儚げな雰囲気の女性が呪術師なのだろうか。思い返してみれば、不幸続きなのはそれからだ。
「まさか仕事がうまくいってないのって呪いのせい?」
「そうだよ! まったくもう、ひどいよね。呪術を悪いことに使うなんて。本当は呪術ってのは、誰かを励ましたり慰めたりするためのものなのに。人間ってやっぱりどうなのかなって思っちゃう。この島から追い出したほうがいい気がしてきた」
 いつも笑顔のビビカが、珍しく顔をしかめて俯いた。
「ビビカさん……?」

「それにしても妙ですね。この島の人間には魔法も呪術も使えないはずなのですが」
 マノが首をかしげている。
 そうなのだ。魔法使いや呪術師はセラージュ島にはいない。そういう力はランガジルや霜ノ國にしか存在しないのだ。セラージュ人はどんなに練習しても、力を使えるようにならないのだと昔から言われていた。

 ちなみに魔法と呪術の違いは、魔法は自然に働きかけるもので、呪術は人間に働きかけるものらしいが、スウミも詳しくは知らなかった。一般教養として子どものころに学習所で習った程度の知識しかない。そんな珍しいものに自分が巻き込まれるなんて、夢にも思わなかった。

「その女の顔って覚えてる?」
 スウミは頷いた。
「じゃあ、もう二度とその女に近づかないようにするんだよ。触られなければ大丈夫だからね」
 頭をなでなでされて、不思議な感じがした。年下で妹みたいだと思っていたビビカが急にすごく年上のような、お母さんのような、そんな感じがしたのだ。もっとも自分にはお母さんなんていないから、あくまでもイメージ上のお母さんだけれど。



 スウミはその夜、手紙を書いた。

 呪いの件について、エルド王子に知らせるべきだと思ったのだ。これはこの島にとって一大事だと思う。ただ、解呪のことは伏せておいた。呪術師は島から追放だ。ビビカをそんな目に遭わせるわけにはいかない。

 なぜビビカは解呪ができるのか。気になるけれど怖くて聞けずにいる。実は呪術師だと打ち明けられてしまったら、さすがに庇いきれない。悪いことはしない人だと信じているから、スウミは何も聞かないことを選んだ。

 この手紙を読んだ王子からもしも解呪のことを追及されたら……それはそのときに対応策を考えるとして、ひとまず今日のところは「この島に呪術師がいる」とだけ書いて送った。

 返事は来なかったし、呼び出しもなかった。お互い気まずい状態だったから、スウミは特におかしいとは思わなかった。王子はスウミから嫌われたとまだ思っているはずだから。あるいはエルド王子は既に知っていたのかもしれない。それなら余計なことをしたかなとさえ思った。
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