この島に優しい風が吹きますように

ゴオルド

文字の大きさ
31 / 45

第31話 はじまりの街

しおりを挟む
 セラージュの最北端にある街、ケブルは古い街並みを持つ港町だ。海の向こうには霜ノ國フロスデンがあり、セラージュ侵略の機会を虎視眈々と狙っている。

 国王と王妃の葬儀から一月ほど経った。

 スウミはたった今ケブルに到着したところだ。ここに支店を作ったとして、黒字を出せそうかどうかを検討しにきたのだ。

 デルファン本店と王都支店は順調だが、秋になって予想どおり依頼は減ってきていた。冬になればさらに減ってしまう。年末年始はパーティーも増えるから一時的には依頼も増えるはずだが、全体的には落ち込んでいく傾向が初春まで続く。何か手を打たなければいけない状況だった。国中が喪中となった影響も未知数だ。早めに打てる手は打っておきたい。

 スウミがこの街に来たのには、ほかにも理由があった。ケブルには歴史に関する研究所があると父から聞いたのだ。ここは「はじまりの街」と呼ばれるほど古い街なので、大昔の史料も多く残っているのだという。伝説野菜を入手するためのヒントが見つかるかもしれない。


 街の入り口で馬からおりると、歩きながら街並みを眺めた。民家はレンガや木材をたっぷりと使い、がっしりと頑丈に作られているようだ。淡いベージュ色のレンガが多いせいで、まち全体が淡い色合いだ。

 まだ秋だというのに、ケブルの木々は既に裸木になっていた。強い海風が吹きつけてきて、芯から冷える。王都を出たのは数日前で、清掃服姿でも寒くなかったが、今は持参していた毛織のスカートとセーターを上から重ね着して、どうにか寒さに耐えている。

 街に到着し、まずは宿を探そうとスウミは考えた。こんな寒い街でもし宿が取れなかったら、この冷気の中での野宿となる。考えるだけで恐ろしい。
 旅行者向けの宿は大通り沿いに建つと相場は決まっているので、大通りを歩いてみることにした。さっそく何軒か見つけたが、小洒落た高級そうな宿ばかりで二の足を踏んだ。もっと安宿はないものかと通りを一本奥に入ったら、心臓が大きく跳ねた。

 淡い街の中でくっきりと浮かび上がるような黒服を着た一団だった。その中央にいる人物に自然と視線が引きつけられる。

 男たちと何やら話していたエルド王子は、スウミの視線に吸い寄せられるように、こちらを見た。
 あの淡い瞳と目が合った瞬間、身も心も震えて、息もできなかった。
 エルド王子の顔にさっと赤みが増した。お互い見つめ合ったまま、その場に縛り付けられたように一歩も動けない。

 王子は黒い服を着て、同じく黒い手袋をし、胸のあたりに海鳥の刺繍のついた濃紺のマントを羽織っていた。それはフォーマルな場で羽織るものだ。昔スウミの家にもそういうものがあった。黒いドラゴンの刺繍入りのマント。お金に困って売ってしまったけれど。あのマントを羽織っているということは、エルド王子はいま公務の最中なのかもしれない。

 邪魔をしてはいけないと思い、スウミは無理やり視線を断ちきり、宿探しに戻ることにした。周囲の建物を見回していたら、王子がこちらに向かってきた。

 目を丸くして見上げるスウミに、エルド王子はぎこちなくお辞儀をした。
「スウミ、こんなところで会えるとは思わなかった」
「わ、私もです」
 スウミも膝を軽く曲げて礼を返した。そこで会話が途切れたが、王子はすぐに話題を振ってきた。
「なぜケブルに。旅行か」
「えっと……」
 言葉に詰まってしまった。仕事で来ているとは言いづらい。
「清掃の仕事なのだな。では忙しいか? 少し時間をもらうことはできないか」
 こちらの都合を聞かれるなんて予想外すぎて、スウミはとっさに返事ができなかった。
「少し散策したいと思っていた。もし良かったら付き合ってほしい」
 断る理由なんてなかった。


 二人、レンガで舗装された通りを歩いた。おつきの方々がついてくるが、スウミたちに近づきすぎないよう距離を保ってくれている。スウミがこっそり振り返ると、預ってもらっている馬が主に呼ばれたのかと勘違いして駆け寄ってこようとしたので、慌てて前を向いた。

「護衛が気になるか? すまない。近ごろはひとりで出歩くのが難しい」
「いえ。こちらこそ馬を預ってもらって済みません」
「俺が誘ったのだから、それぐらい当然のことだ」

 二人ともこれまでのすれ違いに切り込む話題は避けて、その周辺をぐるぐる回るような会話を続ける。

「エルド王子はどうしてケブルにいらっしゃったんですか」
「王と王妃の墓参りだ。この街には代々の王家の墓があるのだ」
「そうだったんですね……」
 お悔やみを述べても、虚ろな言葉が響くだけでしかなかった。
「そういえば、葬儀の前日に王城に来たそうだな。リオンが衛兵から聞いたと言っていた。会えなくて済まなかった」
 スウミはかぶりを振ることしかできなかった。

「……わからないことがある」
 王子は空を見上げた。つられて見上げると、分厚い雲で覆われた灰色の空を背景に、赤い鳥がゆったりと舞っていた。
「王も王妃も前日までお元気だったのだ。なぜ急に、それもお二人揃って……。だが外傷はなく、暗殺の痕跡もなかった。ほかに怪しい点がないか調べさせてはいるが、おそらく何も見つからないだろう」
 暗殺という言葉に背筋が凍る思いがする。親が亡くなったというのに、そういうことを考えなければならないエルド王子のことを思って胸が痛んだ。

 レンガ道は海へと続いており、なだらかな坂道をくだっていくと砂浜に到着した。遠くに桟橋があり、その向こうに舟が何隻も浮かんでいるのが見えた。

 強い潮風に髪がかき乱される。
 砂浜に足を踏み入れたとき、エルド王子が手袋を外して、手を差し出してくれた。そんなに歩きにくいわけではないのだけれどと思いながらも、スウミは手を取った。あたりに遮る物がなくなり見通しが良くなると、護衛たちはさらに離れた。

「手がすべすべしているが」
 指先を撫でられて急にそんなことを言われて、スウミは妙に慌てて説明した。
「あっ、それですね、えっと、ハンドクリームというものを最近知りまして。うちの社員が教えてくれたんですが、それを塗ると手荒れが改善されるのです」
「そうか。それがあれば手荒れを気にせず仕事ができるな」
「そ、そうなんです……」
「良かったな」
 そう微笑まれて変な感じがした。エルド王子ってこういう感じの人だっただろうか。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

魔法師団長の家政婦辞めたら溺愛されました

iru
恋愛
小説家になろうですでに完結済みの作品です。よければお気に入りブックマークなどお願いします。 両親と旅をしている途中、魔物に襲われているところを、魔法師団に助けられたティナ。 両親は亡くなってしまったが、両親が命をかけて守ってくれた自分の命を無駄にせず強く生きていこうと決めた。 しかし、肉親も家もないティナが途方に暮れていると、魔物から助けてくれ、怪我の入院まで面倒を見てくれた魔法師団の団長レオニスから彼の家政婦として住み込みで働かないと誘われた。 魔物から助けられた時から、ひどく憧れていたレオニスの誘いを、ティナはありがたく受ける事にした。 自分はただの家政婦だと強く言い聞かせて、日に日に膨らむ恋心を抑え込むティナだった。 一方、レオニスもティナにどんどん惹かれていっていた。 初めはなくなった妹のようで放っては置けないと家政婦として雇ったが、その健気な様子に強く惹かれていった。 恋人になりたいが、年上で雇い主。 もしティナも同じ気持ちでないなら仕事まで奪ってしまうのではないか。 そんな思いで一歩踏み出せないレオニスだった。 そんな中ある噂から、ティナはレオニスの家政婦を辞めて家を出る決意をする。 レオニスは思いを伝えてティナを引き止めることができるのか? 両片思いのすれ違いのお話です。

異世界に落ちて、溺愛されました。

恋愛
満月の月明かりの中、自宅への帰り道に、穴に落ちた私。 落ちた先は異世界。そこで、私を番と話す人に溺愛されました。

偉物騎士様の裏の顔~告白を断ったらムカつく程に執着されたので、徹底的に拒絶した結果~

甘寧
恋愛
「結婚を前提にお付き合いを─」 「全力でお断りします」 主人公であるティナは、園遊会と言う公の場で色気と魅了が服を着ていると言われるユリウスに告白される。 だが、それは罰ゲームで言わされていると言うことを知っているティナは即答で断りを入れた。 …それがよくなかった。プライドを傷けられたユリウスはティナに執着するようになる。そうティナは解釈していたが、ユリウスの本心は違う様で… 一方、ユリウスに関心を持たれたティナの事を面白くないと思う令嬢がいるのも必然。 令嬢達からの嫌がらせと、ユリウスの病的までの執着から逃げる日々だったが……

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

不能と噂される皇帝の後宮に放り込まれた姫は恩返しをする

矢野りと
恋愛
不能と噂される隣国の皇帝の後宮に、牛100頭と交換で送り込まれた貧乏小国の姫。 『なんでですか!せめて牛150頭と交換してほしかったですー』と叫んでいる。 『フンガァッ』と鼻息荒く女達の戦いの場に勢い込んで来てみれば、そこはまったりパラダイスだった…。 『なんか悪いですわね~♪』と三食昼寝付き生活を満喫する姫は自分の特技を活かして皇帝に恩返しすることに。 不能?な皇帝と勘違い姫の恋の行方はどうなるのか。 ※設定はゆるいです。 ※たくさん笑ってください♪ ※お気に入り登録、感想有り難うございます♪執筆の励みにしております!

人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている

井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。 それはもう深く愛していた。 変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。 これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。 全3章、1日1章更新、完結済 ※特に物語と言う物語はありません ※オチもありません ※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。 ※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。

処理中です...