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第32話 本当の気持ちを教えて

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「あの、エルド王子、無理してませんか」
「無理とはなんだ」
 むっとした顔になった。
「あ、今のが素ですよね。今日はどうされたのですか、無理に微笑んだりして」
 今度は眉間に深い皺が寄った。
「人がせっかく反省して紳士に振る舞っているというのに」
「紳士……」
 ぷいと顔を背けて、王子はそっけない口調で、
「悪いか。俺も俺なりにいろいろ考えたのだ」と言ったが、顔をそむけたせいで首のあたりまで赤くなっているのがわかってしまった。

 何か小さく呟いてから、エルド王子はスウミに体を向けた。
「仕事を悪く言ってすまなかった。言い訳になるが、けなすつもりはなかった。ただもっと会いたいと思ったのと、おまえを守ってやりたいと……。スウミの都合を考えないのも良くなかったと思う。どうか許してほしい」
 王子はまっすぐに見つめてきた。
「おまえはどうなのだ。その……、言っていただろう。もう、好きじゃないと……。今も……そうなのか」
 思い詰めたような眼差しにどきりとする。
 遠くから海鳥の声が聞えた。風を切り裂くように鋭く、切ない声。

(どうか私たちを良い方向へ導いてくれますように)

 そう願いながら、スウミもまっすぐに王子を見上げた。
「あの夜のこと、覚えていますか」
「あの夜?」
「熱が出て……。一緒に眠ったあの夜です」
「あ、あの夜か、そうか、あの夜、いや、何も覚えていないが」
「あの夜、私は気持ちを全て打ち明けたので、もう言わなくてもいいですよね」
 王子は口をぽかんと開けた。あの冷酷そうな顔つきのエルド王子がそんな顔をするなんて、今まで想像したこともなくて、思わず笑いそうになってしまった。
「どういう……ことだ……。俺は覚えてないんだぞ……」
「そうなんですね。残念です」

 春までは、はっきり気持ちを伝えられない。もどかしいけれど、いまは自分を抑えなければ。仕事に専念できるようにならなければ。好きと面と向かって言ってしまったら、自分自身が変わってしまいそうで怖いのだ。でも、嫌いだと誤解されたままなのも嫌なのだ。自分はなんて欲張りな女なんだろう。

「残念だと思うのなら、もう一度言えばいいだろう」
「そんな……恥ずかしいですし」
「恥ずかしいだと? 痴女がおかしなことを言う」
「だから! 痴女じゃないって何回言えばいいんですか!」
 マントが風に翻ったかと思ったら、次の瞬間スウミはマントに包まれていた。正確にはマントを着た人に。
「何て言ったのか教えろ。教えるまで離さない」
 きつく抱きしめられて耳元で熱くささやかれ、思わず体を預けそうになったけれど。

「ああ~! やっと見つけましたぁ!」

 ぽやっとした大きな声だった。首を回して見てみると、海のほうから赤い髪のメイド服の女性がこちらに向かって駈けてきていた。なぜ海側からやってくるのか謎だ。近くに船はないし、まるで空でも飛んできたかのようだ。もちろんそんなわけがないのだけれど。

 しぶしぶ体を離してくれたエルド王子に、彼女とは顔見知りだと説明した。
「お久しぶりです。私パルナエです。私のこと覚えていますか? ほら、一緒にパンケーキ食べた! あれ美味しかったですよね。私あの美味しさには感動しました」

 人なつっこい犬が寄ってきたみたいな、こっちが戸惑っているのにもお構いなしにパルナエはしゃべり続けた。
「あれっ、エルド様、どうしてこちらに!」
「墓参りだ」
「えっ? ご先祖さまに何か御報告でも?」
 王子がこめかみを指で押さえながら、
「陛下と王妃が亡くなったのだ。知らないのか」と説明すると、
「そ、そんな、ちっとも知らなかったです」と、しくしくと泣き始めた。

「相変わらずだな、パルナエ。失踪したと聞いていたが、随分と元気そうだ」
「うう、失踪だなんて。私はスウミ様を探して島中を旅してただけですのに」
「島中を!? いや、というか私を探してたんですね。なぜですか」
 パルナエは涙をぬぐって、真剣な面持ちでスウミを見つめた。
「あの、落ち着いて聞いてほしいんですが……。スウミ様は呪われているんです!」
「あ、はい。知ってます」
「知ってたんですか!?」
「おまえ、呪われてるのか!」
 二人に詰め寄られてしまった。
「でも、解呪してもらいましたから! もう呪われてません」
「そうか……」
 ほっと息をついたエルド王子だったが、しかし、急に険しい表情になった。
「スウミはこの島から出ていないはずだ。ということは、呪術師がこの島にいるということか」
 スウミは頷いた。
「私に呪いをかけたのは女性の呪術師です。髪を複雑に結い上げた方でした」
「ランガジル人だな。しかし亡命してきた人間に<クリスタル>は反応しなかった。彼らの中に呪術師はいない。そもそも監禁状態にあるはずだ。どういうことだ……」
「このことは以前、手紙でお知らせしたかと思うんですが」
 エルド王子はさらに険しい表情になった。
「いや、俺はそんな手紙は受け取っていない。誰かが握りつぶしたな。考えたくないがやはり……」
「エルド様、つかぬことをお伺いしますが」
「なんだ」
 エルド王子は自分の思考から引き戻されて不機嫌そうな声を出したが、パルナエは少しも気にする様子がない。
「イスレイ様もこちらにいらっしゃるのでしょうか」
「いや、あいつは城に残っている」
「そうなのですね。では、私は王城に帰ることにします。スウミ様、呪いが解けて良かったですね!」
「は、はい」
 旅は人を成長させるというが、島中を旅したパルナエも、以前より明るくなったようだ。きっと良い人たちとたくさん出会ったに違いない。そんなことを思いながら、メイド服の背中を見送っていたら、背後でため息が聞こえた。

「散策を続けるぞ。どこか行きたいところはないか」
「あ、それでしたら、歴史に関する研究所に行きたいです」
「歴史? なぜだ。清掃に必要なのか?」
 そうして、スウミはエルド王子に伝説野菜のことを話して聞かせることになった。

 王子は伝説野菜のことを知らなかったようで、かなり興味を持って聞いてくれた。自分でも調べてみると言っていたが、「ただ、それよりも先に片づけないといけない問題がある。パルナエにもう一度話を聞かなければ」とも言っていた。そのときのエルド王子の顔は、暗く沈んでいるように見えた。
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