アワセワザ! ~異世界乳幼女と父は、二人で強く生きていく~

eggy

文字の大きさ
48 / 53

47 熱闘と逃走

しおりを挟む
 そうして『三ツ目』は、森から毛むくじゃらの巨体を出現させた。
 全身闇に沈むような濃い焦げ茶の剛毛に覆われ、両腕両脚とも人の胴体に勝りそうな太さに見える。片手に握っていた腕より太い丸太を、いきなり軽々と振り回す。
 周囲の木々が、いちどきになぎ倒された。
 逃げ遅れていた野鼠のねずみが、必死に駆け出していく。
 太枝を払った丸太が、振り戻される。
 その刹那に、ライナルトは横手へ呼びかけた。

「今だ、撃て!」
「おう!」

 向かって右手に、ケヴィンとイーヴォ。左手に、オイゲンとマヌエル。標的の両横に回っていた四人の男がライナルトと同時、とりどりに腕を振るう。
 魔法の火が三つ、水が二つ、球形で宙を飛んで魔獣の顔面に弾けた。
 もとより、威力が小さいのは承知の上、だ。
 この場の目的は、時間稼ぎなのだから。
 魔法の有効射程距離は約二十ガター以内。身長十ガター近い相手の顔面を捉えるには、水平距離十五ガター程度に接近しなければならない。しかし太い丸太の振回しで、それも思うに任せない。
 それでも何とか、魔獣は不快そうに三つの瞼をしばたき顔面を手で拭っていた。
 ほんのわずかな足止めは、奏功した格好だ。

「よしいけ、もう一丁!」
「おう!」

 続けて、火と水が飛び。
 太い腕が煩わしげに顔面前に振られる。

「もう一丁!」
「おう!」

 さらに続けて、二度三度。
 小さいながらも火と水の球が弾け。
 うるさいとばかりに太丸太が振られ、メキメキと木が倒れた。

「わあ!」

 左横手の男二人が飛び退る。
 幹の直撃は避けたが、マヌエルが枝に足を払われて転倒していた。

「大丈夫か?」
「や――足をやられた」
「起きられるか?」
「済まん、すぐには無理――」
「くそ、待ってろ! みんな、もう一丁だ!」
「おう!」

 愚図愚図してはいられない。
 さらに火が三つ、水が一つ、飛ばされる。
 次々弾け、大きな手がうるさそうに顔前に振られる。
 足が止まった、と見て、ライナルトは素速く前進に移った。
 続けて火が二つ、水が一つ、飛ぶ。大きな手がそれを払う。
 その隙に、太い膝元へ飛び出し。思い切り、愛用の大剣を振るった。
 ガシーーン、と鉄鋼を引っ叩いたような轟音と、手応え。

 ギウアーーーー!

 一声吼えて、巨獣は撲たれた足を押し返してきた。
 呆気なく力負けして、ライナルトは地面に横転した。
 そのまま必死に背をかばい、四つん這いで距離をとる。
 残念ながら、毛むくじゃらの臑に傷一つつけられていない。

「続けろお!」
「おう!」

 両脇から火が二つ、水が一つ。ひと息遅れて、ライナルトも火球を放つ。
 もう頓着せずに、魔獣は大きく丸太を振るった。
 わあ、と悲鳴を上げて、オイゲンが地面に転がった。大きな負傷ではなさそうだが、そのまま立ち上がれず呻いている。

「大丈夫か?」
「な、何とか――いや、足が立たねえ」
「何とか、少し離れろ!」

 残る仲間は、二人。火と水が一つずつ。
 それでも、続けるしかない。

「もう一丁だ!」
「おう!」

 右横から火が一つ、水が一つ。ひと息遅らせて、ライナルトも火球を放った。
 初撃を大きな手が払う。時間差で、火球は額に見開く眼を直撃した。

 ギウアーーーー!

 さすがに効果はあったようで、三つの眼が強く閉ざされ、やや間を置いて開かれる。
 わずかに動きが鈍った、と見てとり。

「オータ!」

 中央の眼の前に、イェッタがレンズを出現させた。
 即座にライナルトが光を放つ。

 ギウアアアーーーー!

 狙いあやまたず、光は額の眼を射貫いた。
 続けて放った火球が、眉間に炸裂。

 グウアアアーーーー!

 大きく仰け反り、巨体が傾く。
 ここぞ、と大剣を両手に握り、ライナルトは突進した。
 さすがの図体で、レンズと光でも致命傷を与えられていない。それでも額の眼を潰すことはできただろうか。
 顔を仰け反らせ、掌で三つの眼を覆っている。その無防備になった片脚に、全力で大剣を叩きつける。

 ギウアーーーー!

 さらに咆哮し、魔獣の脚が跳ね上がった。
 やはり剣で傷つけることは叶わず、ライナルトは地面に転がった。
 片手で顔を庇った形で、巨獣は向き直ってきた。完全にライナルトだけを相手にするつもりになったようだ。
 その背の方向で、オイゲンとマヌエルが脚を押さえ蹲っている。

「ケヴィンとイーヴォ、二人を連れて林に逃げ込め!」
「おお!」
「分かった!」

 こちらに標的を定めている間、四人が逃げる余裕はできるだろう。
 ライナルトは逆の林に逃げ込み、時間を稼ぐ心積もりになった。
 魔獣が眼を庇っているので、レンズ攻撃を続けることができない。むしろ今まで以上に顔を左右に振っていて、狙いの定めようはなさそうだ。
 すぐに、丸太が振られる。
 周囲の木々がなぎ倒される。
 丸太が一方へ振りきられた瞬間を狙って、イェッタが風魔法を使い、ライナルトは顔面向けて火を放った。
 しかし魔獣の動きが大きく、火は空中で弾ける。
 丸太が逆方向に振られる。
 倒れてくる大木を避け、ライナルトは低い姿勢で飛び退った。
 林の中に駆け込むが、魔獣は太い木をなぎ倒しながら追ってきた。

「くそ、動きが速い」
「狙い、定めれない」

 林の中では木々が邪魔をして、ますますレンズも火も狙いに届かせられなくなっているのだ。
 それでも振り返り、牽制のために風と火の魔法を放つ。やはり距離的に足らず、火は大きな顔の手前で弾けた。
 近づかなければ、届かない。近づけば相手の丸太の射程に入ってしまう。これでは有効な攻撃のすべがない。
 大きな歩幅で追ってくる、その行く手を紛らわせるべく、ライナルトは大木の陰へと逃げ道を折った。
 一度たたらを踏む仕草で、魔獣は苛ついたように大きく丸太を振り回した。
 バキバキ、と大木がへし折れ。

「わあ!」

 倒木を避けて、ライナルトは横手へ身を躍らせる。
 その足が脇の木の根に躓いた。
 背中の娘を庇って転がりを堪え、地面に両手をつく。
 途端、左脚の上に大きな木が倒れ落ちてきた。

「ぐわあ!」

しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

異世界リナトリオン〜平凡な田舎娘だと思った私、実は転生者でした?!〜

青山喜太
ファンタジー
ある日、母が死んだ 孤独に暮らす少女、エイダは今日も1人分の食器を片付ける、1人で食べる朝食も慣れたものだ。 そしてそれは母が死んでからいつもと変わらない日常だった、ドアがノックされるその時までは。 これは1人の少女が世界を巻き込む巨大な秘密に立ち向かうお話。 小説家になろう様からの転載です!

【完結】魔術師なのはヒミツで薬師になりました

すみ 小桜(sumitan)
ファンタジー
 ティモシーは、魔術師の少年だった。人には知られてはいけないヒミツを隠し、薬師(くすし)の国と名高いエクランド国で薬師になる試験を受けるも、それは年に一度の王宮専属薬師になる試験だった。本当は普通の試験でよかったのだが、見事に合格を果たす。見た目が美少女のティモシーは、トラブルに合うもまだ平穏な方だった。魔術師の組織の影がちらつき、彼は次第に大きな運命に飲み込まれていく……。

駆け落ち男女の気ままな異世界スローライフ

壬黎ハルキ
ファンタジー
それは、少年が高校を卒業した直後のことだった。 幼なじみでお嬢様な少女から、夕暮れの公園のど真ん中で叫ばれた。 「知らない御曹司と結婚するなんて絶対イヤ! このまま世界の果てまで逃げたいわ!」 泣きじゃくる彼女に、彼は言った。 「俺、これから異世界に移住するんだけど、良かったら一緒に来る?」 「行くわ! ついでに私の全部をアンタにあげる! 一生大事にしなさいよね!」 そんな感じで駆け落ちした二人が、異世界でのんびりと暮らしていく物語。 ※2019年10月、完結しました。 ※小説家になろう、カクヨムにも公開しています。

【完結】契約結婚は円満に終了しました ~勘違い令嬢はお花屋さんを始めたい~

九條葉月
ファンタジー
【ファンタジー1位獲得!】 【HOTランキング1位獲得!】 とある公爵との契約結婚を無事に終えたシャーロットは、夢だったお花屋さんを始めるための準備に取りかかる。 花を包むビニールがなければ似たような素材を求めてダンジョンに潜り、吸水スポンジ代わりにスライムを捕まえたり……。そうして準備を進めているのに、なぜか店の実態はお花屋さんからかけ離れていって――?

男爵家の厄介者は賢者と呼ばれる

暇野無学
ファンタジー
魔法もスキルも授からなかったが、他人の魔法は俺のもの。な~んちゃって。 授けの儀で授かったのは魔法やスキルじゃなかった。神父様には読めなかったが、俺には馴染みの文字だが魔法とは違う。転移した世界は優しくない世界、殺される前に授かったものを利用して逃げ出す算段をする。魔法でないものを利用して魔法を使い熟し、やがては無敵の魔法使いになる。

10歳で記憶喪失になったけど、チート従魔たちと異世界ライフを楽しみます(リメイク版)

犬社護
ファンタジー
10歳の咲耶(さや)は家族とのキャンプ旅行で就寝中、豪雨の影響で発生した土石流に巻き込まれてしまう。 意識が浮上して目覚めると、そこは森の中。 彼女は10歳の見知らぬ少女となっており、その子の記憶も喪失していたことで、自分が異世界に転生していることにも気づかず、何故深い森の中にいるのかもわからないまま途方に暮れてしまう。 そんな状況の中、森で知り合った冒険者ベイツと霊鳥ルウリと出会ったことで、彼女は徐々に自分の置かれている状況を把握していく。持ち前の明るくてのほほんとしたマイペースな性格もあって、咲耶は前世の知識を駆使して、徐々に異世界にも慣れていくのだが、そんな彼女に転機が訪れる。それ以降、これまで不明だった咲耶自身の力も解放され、様々な人々や精霊、魔物たちと出会い愛されていく。 これは、ちょっぴり天然な《咲耶》とチート従魔たちとのまったり異世界物語。 ○○○ 旧版を基に再編集しています。 第二章(16話付近)以降、完全オリジナルとなります。 旧版に関しては、8月1日に削除予定なのでご注意ください。 この作品は、ノベルアップ+にも投稿しています。

異世界に落ちたら若返りました。

アマネ
ファンタジー
榊原 チヨ、87歳。 夫との2人暮らし。 何の変化もないけど、ゆっくりとした心安らぐ時間。 そんな普通の幸せが側にあるような生活を送ってきたのにーーー 気がついたら知らない場所!? しかもなんかやたらと若返ってない!? なんで!? そんなおばあちゃんのお話です。 更新は出来れば毎日したいのですが、物語の時間は割とゆっくり進むかもしれません。

野生児少女の生存日記

花見酒
ファンタジー
とある村に住んでいた少女、とある鑑定式にて自身の適性が無属性だった事で危険な森に置き去りにされ、その森で生き延びた少女の物語

処理中です...