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番外編 後日譚
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「まず確認しておきたいのですが。こちらが百名程度で侵攻した場合、敵は全軍三千名で一度に迎え撃つということはまずないでしょうね。せいぜい尖兵は、数百程度というところでしょうか」
「でしょうな。多くても千名を超えるとは考えられません」
「加えてこちらが小さく固まっているとしたら、その数倍の規模で攻撃のための正式な陣形をとったり周囲から囲み込みに入るよりも、一気に蹴散らしにかかるということになりませんか」
「その可能性が高いでしょう。おそらくはまず弓矢でやり合った後、数に任せて歩兵が殺到することになると思われる」
「数百名の兵が一斉に殺到するとして、まず先頭は数十名、走る速さの加減でもっと少数になるかもしれません」
頷いて、オリアーヌは伯爵に向き直った。
足元に置いた二つの大きな布袋のうち、一つの口を緩めて見せる。
「そうした数十名でしたら、これで一気に戦闘不能にすることができます」
「何だね、それは」
「以前にお話しした、ミニョレー伯爵領領主邸に侵入したときにも使いました、アヒイの粉です」
「ああ。警護の兵を全滅させたという話だったな」
「はい。これを顔に浴びて目や鼻に入ったら、まずふつうに立っていることは叶いません。突進してくる兵がこれを防ぐほど目を覆う防備をしていることも考えられません」
「なるほどな」
「せっかくですので、実験してお目にかけます。今はアヒイの代わりにこちらを使うことにします」
「もう一つの袋のかね。そちらは?」
「オガクズです。木を加工する際に出る屑を、今回はさらに臼で挽いて小麦粉ほどの細かさにしました」
「ほう」
エテュアンの指示で、兵たちが移動する。
こちらから二十ガター程度先の平地に、横二十名ほどの並びを三列重ねるという隊列をとった。
他に、三名の兵がオリアーヌの横に待機する。
「行きます」
オガクズ袋の口を開いて、オリアーヌが宣言した。
たちまち、兵たちの前方空中に茶色の球形が出現する。横に間隔をとりながら、立て続けに三個。
それに向けて、傍らに待機していた兵が手を伸ばした。強くはないが風が発せられたようで、オガクズの球形がたちまち撒き広げられ、兵たちの頭上に舞い落ちる。
「わあ!」
「ペッペッペ!」
「ゲホゴホ――」
そのつもりで準備していた兵たちはすぐに目や口を手で覆うが、それでも咳込んで隊列が乱れ出した。約六十名すべてが等しく、粉の散布に塗れたようだ。
「ご覧の通りです」
「なるほどな。追加の兵に風の加護の者をと希望したのは、このためか」
「はい。わたしが粉を出現させ、数名の加護の風で後押しすれば、数十名の敵を動けなくできると思われます」
「確かに、あの人数が一瞬で全滅か」
「これならば、数百名の一度の殺到を前から順に始末できると思われます」
伯爵の感懐に、司令官が頷き返した。
いつもは冷静な軍人が、珍しくその貌に興奮の色を浮かべている。
「先だってオリアーヌ様にこれを見せていただいて、目を疑いました。確かにこの方法なら、ほぼ味方に被害を出すことなく数百名の敵を屠ることができると思われます。こちらの兵はこうして戦闘不能になっている敵兵に止めを刺すか、何ならのたうち回る者たちを押しのける程度で進軍を続けることができましょう。数千対数千の乱戦になってはこうした方法を採れませんが、こちらが百名程度の小さな固まりになっていてそこへ敵軍が殺到してくるという状況であればこそ、有効と思われます」
「ううむ。百名程度であればこそ活かせる戦法というわけか」
「御意にございます」
「しかし今の試みは、先頭が数十名程度の場合と言ったな。もっと大勢で一気に囲い込むような攻め方をされても、この方法は有用なのか」
「粉の出現は横向きに続けざまにできますので、かなりの人数でも対処可能です」オリアーヌが答える。「なお例えば敵兵が半円状に囲んで先ほどの距離まで攻め寄ってきた場合、さらに被害を大きくできる方法もあります」
「他の手立てもあるのか」
「ご覧ください」
会話していた首脳陣には少し離れてもらい、オリアーヌはさっきの三名の兵に加えてさらに三名を集団から呼び寄せた。元からの者と新しい者を自分のすぐ前に交互の横並びに配置する。
そうしてから無人の更地に向かい、先ほども使用した布袋の口を開いて、
「行きます」
宣告とともに、左真横二十ガターほど先の空中に茶色の球形が出現する。
「でしょうな。多くても千名を超えるとは考えられません」
「加えてこちらが小さく固まっているとしたら、その数倍の規模で攻撃のための正式な陣形をとったり周囲から囲み込みに入るよりも、一気に蹴散らしにかかるということになりませんか」
「その可能性が高いでしょう。おそらくはまず弓矢でやり合った後、数に任せて歩兵が殺到することになると思われる」
「数百名の兵が一斉に殺到するとして、まず先頭は数十名、走る速さの加減でもっと少数になるかもしれません」
頷いて、オリアーヌは伯爵に向き直った。
足元に置いた二つの大きな布袋のうち、一つの口を緩めて見せる。
「そうした数十名でしたら、これで一気に戦闘不能にすることができます」
「何だね、それは」
「以前にお話しした、ミニョレー伯爵領領主邸に侵入したときにも使いました、アヒイの粉です」
「ああ。警護の兵を全滅させたという話だったな」
「はい。これを顔に浴びて目や鼻に入ったら、まずふつうに立っていることは叶いません。突進してくる兵がこれを防ぐほど目を覆う防備をしていることも考えられません」
「なるほどな」
「せっかくですので、実験してお目にかけます。今はアヒイの代わりにこちらを使うことにします」
「もう一つの袋のかね。そちらは?」
「オガクズです。木を加工する際に出る屑を、今回はさらに臼で挽いて小麦粉ほどの細かさにしました」
「ほう」
エテュアンの指示で、兵たちが移動する。
こちらから二十ガター程度先の平地に、横二十名ほどの並びを三列重ねるという隊列をとった。
他に、三名の兵がオリアーヌの横に待機する。
「行きます」
オガクズ袋の口を開いて、オリアーヌが宣言した。
たちまち、兵たちの前方空中に茶色の球形が出現する。横に間隔をとりながら、立て続けに三個。
それに向けて、傍らに待機していた兵が手を伸ばした。強くはないが風が発せられたようで、オガクズの球形がたちまち撒き広げられ、兵たちの頭上に舞い落ちる。
「わあ!」
「ペッペッペ!」
「ゲホゴホ――」
そのつもりで準備していた兵たちはすぐに目や口を手で覆うが、それでも咳込んで隊列が乱れ出した。約六十名すべてが等しく、粉の散布に塗れたようだ。
「ご覧の通りです」
「なるほどな。追加の兵に風の加護の者をと希望したのは、このためか」
「はい。わたしが粉を出現させ、数名の加護の風で後押しすれば、数十名の敵を動けなくできると思われます」
「確かに、あの人数が一瞬で全滅か」
「これならば、数百名の一度の殺到を前から順に始末できると思われます」
伯爵の感懐に、司令官が頷き返した。
いつもは冷静な軍人が、珍しくその貌に興奮の色を浮かべている。
「先だってオリアーヌ様にこれを見せていただいて、目を疑いました。確かにこの方法なら、ほぼ味方に被害を出すことなく数百名の敵を屠ることができると思われます。こちらの兵はこうして戦闘不能になっている敵兵に止めを刺すか、何ならのたうち回る者たちを押しのける程度で進軍を続けることができましょう。数千対数千の乱戦になってはこうした方法を採れませんが、こちらが百名程度の小さな固まりになっていてそこへ敵軍が殺到してくるという状況であればこそ、有効と思われます」
「ううむ。百名程度であればこそ活かせる戦法というわけか」
「御意にございます」
「しかし今の試みは、先頭が数十名程度の場合と言ったな。もっと大勢で一気に囲い込むような攻め方をされても、この方法は有用なのか」
「粉の出現は横向きに続けざまにできますので、かなりの人数でも対処可能です」オリアーヌが答える。「なお例えば敵兵が半円状に囲んで先ほどの距離まで攻め寄ってきた場合、さらに被害を大きくできる方法もあります」
「他の手立てもあるのか」
「ご覧ください」
会話していた首脳陣には少し離れてもらい、オリアーヌはさっきの三名の兵に加えてさらに三名を集団から呼び寄せた。元からの者と新しい者を自分のすぐ前に交互の横並びに配置する。
そうしてから無人の更地に向かい、先ほども使用した布袋の口を開いて、
「行きます」
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