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しおりを挟む山の中は、登ってきた時に見た景色とは違って鬱蒼としていた。灯吾の膝まで伸びた草が、そこ一面を覆っていた。
山に入った経験があまりなく、こういう足場に慣れていない。
宵は社務所で十塚と朝の掃除やら準備をするために残っている。昨晩のことを話してみて、念のために山には入らない方がいいということになった。菜々子と結羽もいつもより早く起きて会いに来てくれた。
灯吾は先に進んでいく背中を見ていた。竹籠を背負った巾木の後ろ姿が、祖父のものに似ている気がして、目がそらせずにいた。
日がてっぺんまで登り切ってから、灯吾と巾木は神社に帰ってきた。竹籠には山菜ときのこ、すこし大きい筍が入っている。
神社の境内には、人がまばらに増え始めていた。野菜、果物。蓆の上に積み上げられている。米俵もあった。明日にはもっと増えるらしい。
「おかえり、灯吾」
「ただいま。これ、採ってきたやつ。足りるよな」
竹籠の中を見せるように傾け、宵が満足そうに笑ったのを見留めた。
すっかり元気を取り戻したような宵が、すでに食材の使用許可をとっていた。こういうところを灯吾は見習わなければならないな、と思う。人に好かれるというか、人懐っこいところ。
灯吾を見て笑う宵の頭を軽く撫でて、遠くの方で二人を呼ぶ菜々子に駆け寄った。お昼ご飯にと、おにぎりが皿いっぱいに並んでいた。すこし不格好なおにぎりもあったりして、なんだかあたたかい気持ちになった。
お昼ご飯を食べてから、生饌を提供してくれることになった方々に挨拶にまわる。人懐っこい宵とは違って、灯吾は堅苦しく、年上の大人相手に打ち解けることはむずかしい。言葉に丁寧にやすりをかけて、身なりを整えて、ちゃんと形になったものを口に出す。そうしてやっと安堵できる。失礼のない整った言葉。
よくもわるくも、灯吾の言葉は定まっている。卒がない。
宵は灯吾のそういう大人びたところに憧れている。
たくさんの野菜を毎年生饌に供えている東藤ご夫妻は、この土地に古くから続く名家であるらしく、野菜を育て始めたのは旦那が婿入りしてから。農家として育ってきた彼の趣味のひとつとして始めたのだが、やっているうちにどんどん畑の面積が広がり、お手伝いさんたちを動員しても手に余るぐらいになったため、今は敷地内に小さな下宿を開いて、手伝ってくれる人と住んでいるという。
「それにしたって、初めてだわ。まさか、御饌参りに遭遇できるなんて」
感嘆の声を漏らしたのは東藤雪子。東藤家を継いだ一人娘だという。
「ご存じなんですか。御饌参りのこと」
「ええ。曾祖母が大学で教鞭を執っておりましてね。各地に赴いて、伝承やら伝統を書いて残すのが好きだったんですよ」
懐かしむようにそう言った雪子は、途端に眉を下げた。
「あの災害でひばな島は無くなってしまったのね、お悔やみ申し上げるわ」
もう、三年になる。確かにあったものが、跡形もなく海の中に消えて、自分たちの居場所があっさりと消えた日。今でも心がすっと冷えて、隙間風が吹き込むような心地になることはある。それでも、前向きに二人でしっかり生きようとしている。
こんなふうに、ひばな島を知っている人がいる。島の伝統を守りたいという灯吾たちを応援してくれる。こんなにありがたいことはない。
「ありがとうございます、東藤さん。ひばな島を知っていてくださって」
「……ッ、いいの、私こそ、お礼が言いたいくらいだわ」
はらはらと舞う桜のように、大きな涙が落ちていく。生き残った二人に向けられる、純粋な悲しみ。やさしい人ばかりだ。
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