神様御膳とふたりぼっちの屋台

夜空 筒

文字の大きさ
3 / 5

3

しおりを挟む



 夜。
 広くはない部屋の中で、灯吾と宵は布団を頭まですっぽりとかぶっていた。

 十塚が電話で、町に呼び出されてしまった。すぐに戻るからね、と言っていたが、この山を夜におりて登ってくるのは大変だろう。明日は食材を探しに山に入って、町の方が供える生饌せいせんを運ぶ予定だった。その際に町の方々に食材を使ってもいいかを尋ねるつもりだったのに。

 まるで雪が降り積もった日みたいに、ひどく静かだ。虫の声も鳥の声はおろか、あのうるさい蛙の声も一切しない。

 それが不気味で、恐ろしかった。歓迎されていないみたいで、宵を疎ましく思っているみたいで。

 灯吾の手が宵の手を包んだ。

「大丈夫だ、朝がくれば、大丈夫だから」

 こくん、と頷いた。朝がくれば大丈夫。
 そうやって過ごしてきた夜がいくつもあった。
 御饌参りを始めてから、なにか、宵にも灯吾にもおかしなところが増えたような気がする。見えないはずのものが、見えるときがある。聞こえないはずの声が聞こえてしまうようになった。

 外は厭に静かだ。
 震える宵の肩をぐっと抱き寄せた灯吾は、明日は宵を山の中には入らせないようにしようと思った。何かがあってからじゃ遅い。もう失うわけにはいかない。

 ふいに、ぐっと部屋が冷え込んだ。
 心地良い冷風ではない。気温が、ぐんっと下がった気がする。足先が冷たい。宵の指先が冷たい。

 宵がぎゅっと目を瞑っている。身を隠すように縮こまって、灯吾と毛布との間で小さく、小さくなろうとしている。

 ――――なにか、いる。

 灯吾は部屋の中を見回した。
 そして、わずかに開いている襖の奥に目をこらした。細い細い隙間の先、青白い肌と、どっぷりと暮れた目がこちらをじっと、見つめている。
 目をそらしてはいけない。そう思った。

「俺がいいと言うまで、目を開けるな。宵は見ちゃいけない」

 灯吾はさらにぐっと宵の手を握りしめた。
 隙間の先でじっと見つめる目は、無感情にそこにあった。
 なにかを求めるような目でもなく、そこにある。分からなかった。人ではない。それは確かだ。圧倒される。不気味というよりも、おそろしい。
 目はそらさなかった。瞬きもせず、じっと見続けた。

 それは現れたときと同じように、ふいに掻き消えた。霧のように、すっかりなくなった。

「もう大丈夫だ。いなくなった」
「うん……ありがとう」

 疲弊しきった顔で、宵は後ろに倒れ込んだ。気をやってしまったようだ。
 灯吾は、宵の頭を持ち上げて下に枕を置いてやった。毛布も掛けて、その隣に寝転んだ。

 どうか、宵に悪いことが起こりませんように。

 そう願いながら、眠りについた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

冷遇妃マリアベルの監視報告書

Mag_Mel
ファンタジー
シルフィード王国に敗戦国ソラリから献上されたのは、"太陽の姫"と讃えられた妹ではなく、悪女と噂される姉、マリアベル。 第一王子の四番目の妃として迎えられた彼女は、王宮の片隅に追いやられ、嘲笑と陰湿な仕打ちに晒され続けていた。 そんな折、「王家の影」は第三王子セドリックよりマリアベルの監視業務を命じられる。年若い影が記す報告書には、ただ静かに耐え続け、死を待つかのように振舞うひとりの女の姿があった。 王位継承争いと策謀が渦巻く王宮で、冷遇妃の運命は思わぬ方向へと狂い始める――。 (小説家になろう様にも投稿しています)

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

私は彼に選ばれなかった令嬢。なら、自分の思う通りに生きますわ

みゅー
恋愛
私の名前はアレクサンドラ・デュカス。 婚約者の座は得たのに、愛されたのは別の令嬢。社交界の噂に翻弄され、命の危険にさらされ絶望の淵で私は前世の記憶を思い出した。 これは、誰かに決められた物語。ならば私は、自分の手で運命を変える。 愛も権力も裏切りも、すべて巻き込み、私は私の道を生きてみせる。 毎日20時30分に投稿

さようなら、お別れしましょう

椿蛍
恋愛
「紹介しよう。新しい妻だ」――夫が『新しい妻』を連れてきた。  妻に新しいも古いもありますか?  愛人を通り越して、突然、夫が連れてきたのは『妻』!?  私に興味のない夫は、邪魔な私を遠ざけた。  ――つまり、別居。 夫と父に命を握られた【契約】で縛られた政略結婚。  ――あなたにお礼を言いますわ。 【契約】を無効にする方法を探し出し、夫と父から自由になってみせる! ※他サイトにも掲載しております。 ※表紙はお借りしたものです。

離婚した彼女は死ぬことにした

はるかわ 美穂
恋愛
事故で命を落とす瞬間、政略結婚で結ばれた夫のアルバートを愛していたことに気づいたエレノア。 もう一度彼との結婚生活をやり直したいと願うと、四年前に巻き戻っていた。 今度こそ彼に相応しい妻になりたいと、これまでの臆病な自分を脱ぎ捨て奮闘するエレノア。しかし、 「前にも言ったけど、君は妻としての役目を果たさなくていいんだよ」 返ってくるのは拒絶を含んだ鉄壁の笑みと、表面的で義務的な優しさ。 それでも夫に想いを捧げ続けていたある日のこと、アルバートの大事にしている弟妹が原因不明の体調不良に襲われた。 神官から、二人の体調不良はエレノアの体内に宿る瘴気が原因だと告げられる。 大切な人を守るために離婚して彼らから離れることをエレノアは決意するが──。

処理中です...