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月下の契り
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夜――
月の光が白く庭を照らすころ。
千弥は、正典に命じられたとおり、ひとり、屋敷裏手の離れへと足を運んだ。
道山にすら行き先を告げず、忍ぶように暖簾をくぐる。
その姿は、もはや若衆ではなく――
一人の男に飼われる“私物”としての顔をしていた。
襖を開けたその奥。
灯を落とした室内に、正典は立っていた。
刀は腰にない。
だが、その眼差しは刃よりも鋭く、命令の気配を孕んでいた。
「遅い」
その一言に、千弥はすぐに膝をついた。
「申し訳ありません、松平さま」
「……その口調も不満だ」
正典は、ゆっくりと歩み寄る。
その気配だけで、空気がぴんと張りつめる。
「私は、誰だ?」
「……御主(ごしゅ)様です」
「よろしい」
その瞬間、襦袢の襟元を正典が乱暴に掴んだ。
一息に引き裂かれた白布が、床に散る。
胸元が晒される羞恥すら、千弥にはもうなかった。
羞恥は、すでに悦びの影に沈んでいる。
「その身体は誰のものか?」
「……御主様のものにございます」
「その心は?」
「……まだ、少しだけ……私のものです」
正典はそこで、初めて笑った。
冷たい、美しい、支配者の笑みだった。
「ならば、今宵で奪ってやる。残らず、従わせる」
そう言って、正典は千弥を組み敷いた。
手足を縛るでもなく、ただ眼差しと声だけで縛りつける。
「声を出せ。命じられて悦ぶのが、お前の仕事だろう?」
千弥の唇が震える。
痛みが走るたびに、奥底の快楽が軋む。
悦びと絶望の区別が、だんだん曖昧になっていく。
「痛い……でも……ご命令なら……」
「いい子だ」
正典の手が、千弥の喉元を這う。
そこに残る微かな痕に、朱筆のような紅がにじむ。
「紅を引くのは、舞台の上だけではない。お前の肌にも引いてやる。……私の紅を」
その言葉とともに、再び身体が貫かれた。
空気が震え、月の光が乱れた障子に滲む。
息が詰まり、目が潤む。
身体の奥が焼けるように熱くなるたび、千弥の中の“自分”がひとつずつ消えていく。
だが――怖くはなかった。
(これが、私の居場所……)
千弥の胸に、ひとつの確信が灯った。
舞台の上では“女”を演じ、
世間では“若衆”として嘲られ、
そして夜には――“御主様のもの”として、壊される。
そのどれでもない、
ただ一人にだけ与えられる役が、いま目の前にある。
それは、役ではない。
契り――だった。
その夜、千弥は初めて何者かのものとして、生きる悦びを知った。
月の光が白く庭を照らすころ。
千弥は、正典に命じられたとおり、ひとり、屋敷裏手の離れへと足を運んだ。
道山にすら行き先を告げず、忍ぶように暖簾をくぐる。
その姿は、もはや若衆ではなく――
一人の男に飼われる“私物”としての顔をしていた。
襖を開けたその奥。
灯を落とした室内に、正典は立っていた。
刀は腰にない。
だが、その眼差しは刃よりも鋭く、命令の気配を孕んでいた。
「遅い」
その一言に、千弥はすぐに膝をついた。
「申し訳ありません、松平さま」
「……その口調も不満だ」
正典は、ゆっくりと歩み寄る。
その気配だけで、空気がぴんと張りつめる。
「私は、誰だ?」
「……御主(ごしゅ)様です」
「よろしい」
その瞬間、襦袢の襟元を正典が乱暴に掴んだ。
一息に引き裂かれた白布が、床に散る。
胸元が晒される羞恥すら、千弥にはもうなかった。
羞恥は、すでに悦びの影に沈んでいる。
「その身体は誰のものか?」
「……御主様のものにございます」
「その心は?」
「……まだ、少しだけ……私のものです」
正典はそこで、初めて笑った。
冷たい、美しい、支配者の笑みだった。
「ならば、今宵で奪ってやる。残らず、従わせる」
そう言って、正典は千弥を組み敷いた。
手足を縛るでもなく、ただ眼差しと声だけで縛りつける。
「声を出せ。命じられて悦ぶのが、お前の仕事だろう?」
千弥の唇が震える。
痛みが走るたびに、奥底の快楽が軋む。
悦びと絶望の区別が、だんだん曖昧になっていく。
「痛い……でも……ご命令なら……」
「いい子だ」
正典の手が、千弥の喉元を這う。
そこに残る微かな痕に、朱筆のような紅がにじむ。
「紅を引くのは、舞台の上だけではない。お前の肌にも引いてやる。……私の紅を」
その言葉とともに、再び身体が貫かれた。
空気が震え、月の光が乱れた障子に滲む。
息が詰まり、目が潤む。
身体の奥が焼けるように熱くなるたび、千弥の中の“自分”がひとつずつ消えていく。
だが――怖くはなかった。
(これが、私の居場所……)
千弥の胸に、ひとつの確信が灯った。
舞台の上では“女”を演じ、
世間では“若衆”として嘲られ、
そして夜には――“御主様のもの”として、壊される。
そのどれでもない、
ただ一人にだけ与えられる役が、いま目の前にある。
それは、役ではない。
契り――だった。
その夜、千弥は初めて何者かのものとして、生きる悦びを知った。
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