12 / 20
新しい日
しおりを挟む
春まだ浅い大坂。
松平正典は大坂町奉行としての任を受け、南御堂裏の広大な邸宅に移り住んだ。
町奉行という立場は重く、公の顔は常に引き締められていたが――
その屋敷の奥、誰も近づくことを許されぬ離れに、ひとりの男が住んでいた。
千弥。
江戸で最も美しい若衆と謳われた彼は、今――
役者でもなければ、客に笑顔を向けることもない。
朝は正典の衣を畳み、
昼は静かに読書を許され、
夜は、御主様の命令が下るのを待つだけ。
檻。
それは鉄や木ではなく、愛と服従で編まれた檻だった。
⸻
ある晩、正典が離れに姿を見せた。
「紅を引け」
千弥は黙って鏡前に座り、
静かに白粉をのせ、紅を引いた。
江戸では舞台のために引いていた紅。
だが今は違う。
これは――“この男のために引く”紅。
正典は近づき、鏡越しに千弥を見つめる。
「……女にも、若衆にも見えぬ。
ただ、“私のもの”にしか見えん」
「……そう思っていただけることが、何よりの喜びにございます」
正典は千弥の顎をとり、口づけを落とした。
淡くついた紅が、互いの唇を染める。
「衣を脱げ。今日は躾け直す」
千弥は、ためらいなく襦袢を滑らせた。
肌に残る幾筋もの痕は、
痛みの記憶ではない――愛された証だった。
正典は組紐を取り出し、千弥の手首を背に縛った。
腕が縛られ、身体が反らされる。
「昨夜、“息を乱すな”と言ったな。覚えているか」
「……はい」
「だが、お前は鳴いた。
だから今夜は、“許可されるまで快楽を感じるな”」
「……承知いたしました」
息を潜めながらも、千弥の身体はわずかに震えていた。
その震えすら、正典は楽しむ。
指が喉を撫で、舌が肩を這い、奥へと侵入していく。
音が漏れないように必死で唇を噛む千弥に、正典が囁く。
「我慢は美徳ではない。お前に求めているのは、“私に悦ばされる自覚”だ」
「……ッ」
千弥の視界が霞む。
快楽と痛みが絡み合い、
身体の奥が満たされていく感覚に抗えなくなったその瞬間――
「……ッ、御主様……好きです……!」
ぽろりと漏れた一言に、正典の動きが止まった。
ふたりの間に、一瞬だけ沈黙が落ちる。
正典は、そっと千弥の頬に唇を寄せた。
「ならば、今夜だけは褒美をやる。
“抱かれる”のではなく、“愛される”という行為を――」
その夜、縛られたままの千弥を、
正典はそっと解き、膝に抱き寄せた。
抱きしめる腕には力があり、
口づけには、いつもと違う**“温もり”が宿っていた。**
「愛しているとは、言わぬ。
だが、お前を失う未来だけは、考えたくない」
「……それで十分です。御主様の檻の中にいられるなら、それで」
⸻
外の世界は遠い。
芝居も、町のざわめきも、もう耳に届かない。
けれど千弥にとって、
この場所こそが、最も“生きている”と実感できる舞台だった。
松平正典は大坂町奉行としての任を受け、南御堂裏の広大な邸宅に移り住んだ。
町奉行という立場は重く、公の顔は常に引き締められていたが――
その屋敷の奥、誰も近づくことを許されぬ離れに、ひとりの男が住んでいた。
千弥。
江戸で最も美しい若衆と謳われた彼は、今――
役者でもなければ、客に笑顔を向けることもない。
朝は正典の衣を畳み、
昼は静かに読書を許され、
夜は、御主様の命令が下るのを待つだけ。
檻。
それは鉄や木ではなく、愛と服従で編まれた檻だった。
⸻
ある晩、正典が離れに姿を見せた。
「紅を引け」
千弥は黙って鏡前に座り、
静かに白粉をのせ、紅を引いた。
江戸では舞台のために引いていた紅。
だが今は違う。
これは――“この男のために引く”紅。
正典は近づき、鏡越しに千弥を見つめる。
「……女にも、若衆にも見えぬ。
ただ、“私のもの”にしか見えん」
「……そう思っていただけることが、何よりの喜びにございます」
正典は千弥の顎をとり、口づけを落とした。
淡くついた紅が、互いの唇を染める。
「衣を脱げ。今日は躾け直す」
千弥は、ためらいなく襦袢を滑らせた。
肌に残る幾筋もの痕は、
痛みの記憶ではない――愛された証だった。
正典は組紐を取り出し、千弥の手首を背に縛った。
腕が縛られ、身体が反らされる。
「昨夜、“息を乱すな”と言ったな。覚えているか」
「……はい」
「だが、お前は鳴いた。
だから今夜は、“許可されるまで快楽を感じるな”」
「……承知いたしました」
息を潜めながらも、千弥の身体はわずかに震えていた。
その震えすら、正典は楽しむ。
指が喉を撫で、舌が肩を這い、奥へと侵入していく。
音が漏れないように必死で唇を噛む千弥に、正典が囁く。
「我慢は美徳ではない。お前に求めているのは、“私に悦ばされる自覚”だ」
「……ッ」
千弥の視界が霞む。
快楽と痛みが絡み合い、
身体の奥が満たされていく感覚に抗えなくなったその瞬間――
「……ッ、御主様……好きです……!」
ぽろりと漏れた一言に、正典の動きが止まった。
ふたりの間に、一瞬だけ沈黙が落ちる。
正典は、そっと千弥の頬に唇を寄せた。
「ならば、今夜だけは褒美をやる。
“抱かれる”のではなく、“愛される”という行為を――」
その夜、縛られたままの千弥を、
正典はそっと解き、膝に抱き寄せた。
抱きしめる腕には力があり、
口づけには、いつもと違う**“温もり”が宿っていた。**
「愛しているとは、言わぬ。
だが、お前を失う未来だけは、考えたくない」
「……それで十分です。御主様の檻の中にいられるなら、それで」
⸻
外の世界は遠い。
芝居も、町のざわめきも、もう耳に届かない。
けれど千弥にとって、
この場所こそが、最も“生きている”と実感できる舞台だった。
0
あなたにおすすめの小説
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-
ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。
1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。
わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。
だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。
これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。
希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。
※アルファポリス限定投稿
ドマゾネスの掟 ~ドMな褐色少女は僕に責められたがっている~
桂
ファンタジー
探検家の主人公は伝説の部族ドマゾネスを探すために密林の奥へ進むが道に迷ってしまう。
そんな彼をドマゾネスの少女カリナが発見してドマゾネスの村に連れていく。
そして、目覚めた彼はドマゾネスたちから歓迎され、子種を求められるのだった。
屈辱と愛情
守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる