【R18】若衆歌舞伎の花、檻に憧れる

ましゅまろ

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白無垢ノ誓

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春の気配がようやく大坂の街に満ち始めたある晩。
松平邸の奥――千弥のいる離れに、一枚の白布が届けられた。

広げられたそれは、白無垢。
婚礼に着る女の装いであり、
穢れのない“新たな始まり”を意味する衣。

けれど千弥は驚かなかった。
むしろ、これこそが“終着点”だと感じた。

(私は、ついに“完全に所有される”。)

かつての舞台衣装よりも、はるかに重く、白いその衣を、
千弥は正座して着付けた。

襟元はやや開かれ、白粉の上からほんのわずかに紅を引く。

――それは、客に見せるための紅ではない。
たった一人に与えるための紅。



その夜、正典が離れの襖を開けた。

「……来たか」

灯りは落とされ、障子越しに月の光だけが差し込んでいる。

白無垢をまとった千弥は、まるで幽鬼のように美しかった。
息を呑んだ正典が、口を開く。

「なぜ、それを着た」

「御主様が望んでおられると思いました。
……違いましたか?」

「違わぬ」

正典は静かに歩み寄り、膝をついた。
千弥の手を取り、白い布の上に口づけを落とす。

「今日をもって、お前は私の“正式な所有物”だ。
屋敷の者にも、役人にも、もう隠さぬ」

「はい……」

「だが、お前が欲しいのは名でも位でもない。
欲しいのは、私の支配だけ――そうだろう?」

「はい。私は、御主様の言葉だけで、生きていけます」

正典は微かに目を細め、
懐から金のかんざしを取り出した。

それはかつて、千弥が舞台で使っていたものに似ていた。
ただ、そこに彫られていたのは――**「一」**の文字。

「これは、“ただ一人のもの”という意味だ。
これをお前の髪に挿す。それが、私からの“契り”だ」

千弥は目を伏せたまま、髪を差し出した。

かんざしが挿される。
それだけで、心の奥に火が灯る。

正典は、千弥の腰をそっと抱き寄せた。
その手つきには、今までのような荒々しさはなかった。

「今宵は、抱くために抱くのではない。
“奪うため”ではなく、“与えるため”にお前を抱く」

千弥は、白無垢の袖を脱ぎながら、そっと囁いた。

「どうか、“全部”ください……御主様の、全部を……」



その夜、ふたりは初めて、対等に抱き合った。

腕も、足も、口づけも、
支配や命令ではなく、確かめ合うように交わった。

千弥の肌に、正典の手が触れるたびに、
彼は泣いた。
涙が頬を伝っても、誰もそれを拭わない。

「御主様……私は……幸せです……」

「ならば、それを壊さぬよう、檻の中で生かしてやる。
……ずっと、“私のもの”として」

白無垢は乱れ、
紅は潰れ、
千弥の心は――初めて自由になった。

それは、檻の中でしか咲けない一輪の花だった。
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